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第5話 伝票片の告発
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・見逃された死
ミラはライトを落としたまま、前を走る作業車との距離を一定に保っていた。詰めない。離れない。道路の反射と車体の輪郭だけで追う。
助手席側でジャムが顔を上げた。
「右に入る」
サンは頷くだけで、手を膝の上に置いたまま視線を前へ固定する。
ミラの指がハンドルを切り、車は静かに曲がった。
作業車はコンクリの壁に挟まれた下り坂へ入った。人の通行より、車と荷の出入りを優先した造りだ。
上の建物は廃墟に見える。窓は割れ、外壁は汚れ、入口は封鎖されている。看板は剥がれ、文字は読めない。
ただ、下り坂の奥だけが現役だった。床は新しいコンクリで補修され、角の金具とボルトが新しい。排水溝の蓋は交換され、溝の内側も清掃されている。壁には番号札が等間隔に打たれ、白い監視灯が点いていた。
空気は湿っていて冷たい。消毒の匂いが強い。機械の低い音が一定で、止まらない。
作業車が奥へ入る直前、いったん減速した。運転席の男が端末を触る。画面が点き、指が動き、短い電子音が鳴る。車が再び進む。
ジャムが息を抑えたまま囁く。
「画面を点けてロックを解除する。搬送の画面を出して承認を押す。音が鳴るまで待ってから入る。流れが毎回同じ」
サンは視線を動かさずに、首だけで肯定する。
ミラも無言でスピードを落とし、入口の手前で車を止めた。エンジンは切らない。
「ここから先は車では入れない」
ミラは前を見たまま、呼吸と同じ調子で告げる。
「俺はここで待つ。戻るときは合図を出せ」
ジャムがすぐに決めた。
「合図は短く二回にする」
サンがドアに手をかけた瞬間、ジャムの指が袖に掛かった。
「走らないで」
サンは頷き、ドアを静かに押し開ける。
二人は壁沿いに進む。足音の出る場所は避ける。濡れた面も踏まない。監視灯の直下には入らない。機械音が強くなる方向へ、暗い帯だけを選ぶ。
作業灯が見えた。狭い区画に作業員が二人いる。荷台から金属枠を引き出していた。透明な板で囲われた枠だ。中に人影がある。
ジャムは息を止める。声は出さない。
サンは数だけ取る。枠の数。作業員の数。端末を持っている人。端末を持っていない人。誰が周囲を見るか。誰が手順を回すか。
作業員の声が落ちた。
「非公開だ。急げ」
もう一人が答える。
「反応が弱い。時間がない」
枠の中の人影が小さく動いた。指先が透明な板に触れて、離れた。
サンの左手がわずかに浮きかける。
ジャムがサンの肘に触れて止めた。押さえつけない。ただ、動き始める前に潰す。
サンは踏み出しかけた足を戻し、息を一度だけ深く吸って整える。
作業員が枠に手を伸ばし、内側へ何かを押し当てた。短い音。
その直後、枠の中が静かになった。息の音が消えた。
ジャムの肩が小さく揺れた。けれど声は出さない。
作業員は手順を止めない。
「処理は終わりだ。次に行く」
「見逃しだ。最初からそうだった」
サンは視線を外さず、喉を動かさないまま確認する。
「動かなくなった」
ジャムが一度だけ頷いた。
作業員は枠を奥へ送った。床のレールに沿って滑る。一定の速度。一定の間隔。
白い光の境目を越えた瞬間、枠の側面にあった小さな赤い点が消えた。
ジャムが息だけで言う。
「消えた」
サンは返事をしない。代わりに、奥へ視線を走らせて“見えなくなる位置”を記憶する。
作業灯のそばの床に、破れた伝票の端が落ちていた。踏まれて角が丸い。印字は薄いが、黒い線と文字が残っている。
ジャムがしゃがみ、指先で拾い上げた瞬間、上から羽音が近づいた。巡回ドローン。照合の光が走る気配。
サンが一歩だけ前へ出る。照合の線をずらす位置に立つ。詠唱は短くする。声量も上げない。
「――風速、十八メートル」
砂埃が舞い、換気口の前に薄い幕ができた。照合光が一拍遅れる。
その一拍で、ジャムは伝票片を懐へ入れる。二人は影へ戻った。
羽音が遠ざかる。
サンは息を吸う。胸の奥が痛む。呼吸が浅くなる。それでも止まらない。
来た道を戻る。ミラの待つ位置が近づくと、ライトが短く二回瞬いた。
後部ドアが開く。
「乗れ」
ミラは前を見たまま、シートの背を少し前へ倒してスペースを作る。
ジャムが先に入り、サンが続く。ドアが閉まった瞬間、車は静かに動き出した。
ミラが言う。
「中で何が起きた」
ジャムは伝票片を握ったまま、言葉を選ぶ。
「作業員が処理していた。枠の中の人は動かなくなった」
サンが補う。
「入口の手順と、端末を持っている担当は見えた」
ミラが息を吐き、ミラーで一度だけ後ろを見る。
「証拠はあるか」
ジャムが伝票片を開いて見せる。
「これ。印字が残っている。『見逃し処理』と『搬送先:記録外』」
ミラの指がハンドルを握り直した。
「記録外でも線は追える。次の便で端末を押さえる」
ジャムが頷く。
「列に混ざる。端末の操作は覚えた」
サンは窓の外へ視線を戻した。入口の灯りはもう見えない。
代わりに、作業車が止まった位置と、電子音が鳴った間隔だけを頭の中に残す。
ジャムが小さく言う。
「見逃された死がある」
サンは返事を繰り返さない。
「次は端末の持ち主まで届く」
ミラは速度を保ち、次の待ち位置へ向かった。車内に余計な音はない。
[pagebreak]
・仕事は終わった
ミラは街灯のない道を選び、監視灯の白い点が見えない場所で車を止めた。エンジンは切らない。音を増やさないために、回転だけを保つ。
サンは背もたれに肩を預け、呼吸を整えていた。息は乱れていない。体も動く。
それでも胸の奥が微かに痛む。これは、技による痛みとは違う何かだ。目を閉じると、作業灯の白さと、枠の中で動きが止まった瞬間が戻ってくる。サンは目を開けた。
ジャムは窓の外を見て、周囲の形を頭に入れる。道幅。退避できる影。車が入ってくる方向。出ていく方向。監視灯の位置。足音が響く素材。光が落ちる角度。
ミラが前を見たまま話を切り出した。
「次は端末を取る。やり方は決めたか」
ジャムは頷く。
「決めてるよ。端末を操作している担当が一人のときに、私が作業員の列に入る」
「理由は作れるか」
「作れる。画面を点けて、ロックを解除して、搬送の画面を開いて、承認を押す。順番が毎回同じ。確認の話にできる」
サンは窓の外の暗い斜面を見た。入口へ続く坂の影が輪郭だけで残っている。
「一人じゃないなら、今日はやめる」
ジャムは迷わず頷く。
「分かった。無理はしない」
しばらくすると、遠くからエンジン音が重なって近づいてきた。作業車の列が同じ方向へ流れていく。ライトは落としているのに、車体の影が路面の反射に浮かぶ。
最後尾の作業車が入口の手前で一拍止まった。運転席の男が端末を操作し、短い電子音が鳴って車が入った。
ジャムが息を抑えたまま言う。
「今の人。端末を触っていたのは一人だけ」
ミラはハンドルを握ったまま、視線だけで二人を見る。
「俺は車から動かない。二人でやれ。中へは入るな。入口の外だけだ」
サンとジャムは車を降りた。足を置く場所を揃え、音の出る面を避ける。水たまりは踏まない。監視灯の下には立たない。ミラの車は、影の中で待ったままだ。
入口の手前に、端末担当の車が一台だけ残っていた。男は運転席から降り、端末を見下ろしている。画面の光が頬に当たる。ロック解除、搬送の画面、承認、確認。動作が途切れない。
サンは男の視界に入らない角度へ回り、しゃがんで小石を拾った。
ジャムは少し離れた影で待つ。息を浅くして、男の手元だけを見る。
サンが小石を転がした。金属に当たって乾いた音が一つ鳴る。
男の顔が上がり、音の方へ視線が動いた。
その瞬間、ジャムが影から出た。急がない。足を止めない。入口の前で声をかける動きだけを残して近づく。
「確認したい。承認が通っていない表示が出ている」
男の肩が一瞬止まった。顔が上がり、目が大きくなる。
「っ!!」
すぐに声が出た。
「そんなはず無いだろ!」
ジャムは声を荒げない。
「端末の画面を見せて。今ここで終わらせたい」
男は端末を引っ込めかけて止めた。言い合いを続けたくない。入口の前に立っている時間を増やしたくない。
端末を胸の前に置いたまま、画面だけが見える角度に傾けた。渡しはしない。見せるだけだ。
ジャムはその角度のまま画面を見た。搬送の一覧、時刻、便番号、承認の履歴。
「この行。承認が二回になっている」
男の視線が画面に寄った。
サンが背後に立ち、男の肩に手を置いた。もう片方の手を口元へ添える。声が出ない位置だけを作る。力は入れない。
「騒ぐな。動くな」
男の体が固まる。息が詰まり、肩が上がる。
ジャムが端末を受け取った。
「今から画面を見る。余計な操作はしない」
二人は男を挟んだまま、監視灯の届かない影へ移った。男は歩ける。倒れない。サンは位置だけで逃げ道を塞ぐ。
ジャムは端末を見下ろし、必要な画面だけを開いた。搬送の一覧。便番号。時刻。搬送先の表示。
“記録外”の文字が混じっている。地名は出ない。コードだけの行もある。
「場所の名前は出ていない。コードだけ。でも時刻と便番号は残ってる」
サンが覗き込み、行を追った。
「次に動く便は分かるか」
「分かるよ。時間が短い便がある。戻りが早い」
ジャムは担当者表示と端末IDの出る場所を確認し、目で覚えてから画面を閉じた。電源も落とす。
「同じ端末かどうかは見分けられる。表示が残ってる」
サンが男の耳元で言う。
「今から離す。追うな。声を出すな」
男は小さく頷いた。サンが手を離すと、男はその場で呼吸を整えようとしたが、声は出さない。
ジャムが合図の小さな灯りを布で覆い、短く二回だけ点けた。戻る合図だ。
少し間を置いて、離れた場所で車の灯りが一度だけ瞬いた。ミラが受け取った合図だ。
車は音を抑えたまま寄ってくる。後部ドアが開く。ミラが前を見たまま言った。
「乗れ」
ジャムが先に入り、サンが続く。ドアが閉まる。ミラは最初は転がすように車を動かし、道路へ出てから速度を上げた。
ジャムは懐の端末の位置を確かめ、視線を前に戻す。
「短い便を追う。ほかは今日は見ない」
ミラが頷く。
「短い便だけだ。余計な動きはしない」
サンは窓の外を見た。入口の監視灯は遠ざかる。機械音はまだ止まっていない。
胸の奥の微かな痛みは残ったままだ。だが、止まらなければ次へ行ける。
「今日の仕事は終わった」
サンの声は低い。断定ではなく、区切りとして出た音だった。
ジャムはすぐに続けない。端末を守る位置に手を置き、前を見た。
車は暗い道へ入る。次の便へ向かう距離だけを稼いでいく。
(つづく)
ミラはライトを落としたまま、前を走る作業車との距離を一定に保っていた。詰めない。離れない。道路の反射と車体の輪郭だけで追う。
助手席側でジャムが顔を上げた。
「右に入る」
サンは頷くだけで、手を膝の上に置いたまま視線を前へ固定する。
ミラの指がハンドルを切り、車は静かに曲がった。
作業車はコンクリの壁に挟まれた下り坂へ入った。人の通行より、車と荷の出入りを優先した造りだ。
上の建物は廃墟に見える。窓は割れ、外壁は汚れ、入口は封鎖されている。看板は剥がれ、文字は読めない。
ただ、下り坂の奥だけが現役だった。床は新しいコンクリで補修され、角の金具とボルトが新しい。排水溝の蓋は交換され、溝の内側も清掃されている。壁には番号札が等間隔に打たれ、白い監視灯が点いていた。
空気は湿っていて冷たい。消毒の匂いが強い。機械の低い音が一定で、止まらない。
作業車が奥へ入る直前、いったん減速した。運転席の男が端末を触る。画面が点き、指が動き、短い電子音が鳴る。車が再び進む。
ジャムが息を抑えたまま囁く。
「画面を点けてロックを解除する。搬送の画面を出して承認を押す。音が鳴るまで待ってから入る。流れが毎回同じ」
サンは視線を動かさずに、首だけで肯定する。
ミラも無言でスピードを落とし、入口の手前で車を止めた。エンジンは切らない。
「ここから先は車では入れない」
ミラは前を見たまま、呼吸と同じ調子で告げる。
「俺はここで待つ。戻るときは合図を出せ」
ジャムがすぐに決めた。
「合図は短く二回にする」
サンがドアに手をかけた瞬間、ジャムの指が袖に掛かった。
「走らないで」
サンは頷き、ドアを静かに押し開ける。
二人は壁沿いに進む。足音の出る場所は避ける。濡れた面も踏まない。監視灯の直下には入らない。機械音が強くなる方向へ、暗い帯だけを選ぶ。
作業灯が見えた。狭い区画に作業員が二人いる。荷台から金属枠を引き出していた。透明な板で囲われた枠だ。中に人影がある。
ジャムは息を止める。声は出さない。
サンは数だけ取る。枠の数。作業員の数。端末を持っている人。端末を持っていない人。誰が周囲を見るか。誰が手順を回すか。
作業員の声が落ちた。
「非公開だ。急げ」
もう一人が答える。
「反応が弱い。時間がない」
枠の中の人影が小さく動いた。指先が透明な板に触れて、離れた。
サンの左手がわずかに浮きかける。
ジャムがサンの肘に触れて止めた。押さえつけない。ただ、動き始める前に潰す。
サンは踏み出しかけた足を戻し、息を一度だけ深く吸って整える。
作業員が枠に手を伸ばし、内側へ何かを押し当てた。短い音。
その直後、枠の中が静かになった。息の音が消えた。
ジャムの肩が小さく揺れた。けれど声は出さない。
作業員は手順を止めない。
「処理は終わりだ。次に行く」
「見逃しだ。最初からそうだった」
サンは視線を外さず、喉を動かさないまま確認する。
「動かなくなった」
ジャムが一度だけ頷いた。
作業員は枠を奥へ送った。床のレールに沿って滑る。一定の速度。一定の間隔。
白い光の境目を越えた瞬間、枠の側面にあった小さな赤い点が消えた。
ジャムが息だけで言う。
「消えた」
サンは返事をしない。代わりに、奥へ視線を走らせて“見えなくなる位置”を記憶する。
作業灯のそばの床に、破れた伝票の端が落ちていた。踏まれて角が丸い。印字は薄いが、黒い線と文字が残っている。
ジャムがしゃがみ、指先で拾い上げた瞬間、上から羽音が近づいた。巡回ドローン。照合の光が走る気配。
サンが一歩だけ前へ出る。照合の線をずらす位置に立つ。詠唱は短くする。声量も上げない。
「――風速、十八メートル」
砂埃が舞い、換気口の前に薄い幕ができた。照合光が一拍遅れる。
その一拍で、ジャムは伝票片を懐へ入れる。二人は影へ戻った。
羽音が遠ざかる。
サンは息を吸う。胸の奥が痛む。呼吸が浅くなる。それでも止まらない。
来た道を戻る。ミラの待つ位置が近づくと、ライトが短く二回瞬いた。
後部ドアが開く。
「乗れ」
ミラは前を見たまま、シートの背を少し前へ倒してスペースを作る。
ジャムが先に入り、サンが続く。ドアが閉まった瞬間、車は静かに動き出した。
ミラが言う。
「中で何が起きた」
ジャムは伝票片を握ったまま、言葉を選ぶ。
「作業員が処理していた。枠の中の人は動かなくなった」
サンが補う。
「入口の手順と、端末を持っている担当は見えた」
ミラが息を吐き、ミラーで一度だけ後ろを見る。
「証拠はあるか」
ジャムが伝票片を開いて見せる。
「これ。印字が残っている。『見逃し処理』と『搬送先:記録外』」
ミラの指がハンドルを握り直した。
「記録外でも線は追える。次の便で端末を押さえる」
ジャムが頷く。
「列に混ざる。端末の操作は覚えた」
サンは窓の外へ視線を戻した。入口の灯りはもう見えない。
代わりに、作業車が止まった位置と、電子音が鳴った間隔だけを頭の中に残す。
ジャムが小さく言う。
「見逃された死がある」
サンは返事を繰り返さない。
「次は端末の持ち主まで届く」
ミラは速度を保ち、次の待ち位置へ向かった。車内に余計な音はない。
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・仕事は終わった
ミラは街灯のない道を選び、監視灯の白い点が見えない場所で車を止めた。エンジンは切らない。音を増やさないために、回転だけを保つ。
サンは背もたれに肩を預け、呼吸を整えていた。息は乱れていない。体も動く。
それでも胸の奥が微かに痛む。これは、技による痛みとは違う何かだ。目を閉じると、作業灯の白さと、枠の中で動きが止まった瞬間が戻ってくる。サンは目を開けた。
ジャムは窓の外を見て、周囲の形を頭に入れる。道幅。退避できる影。車が入ってくる方向。出ていく方向。監視灯の位置。足音が響く素材。光が落ちる角度。
ミラが前を見たまま話を切り出した。
「次は端末を取る。やり方は決めたか」
ジャムは頷く。
「決めてるよ。端末を操作している担当が一人のときに、私が作業員の列に入る」
「理由は作れるか」
「作れる。画面を点けて、ロックを解除して、搬送の画面を開いて、承認を押す。順番が毎回同じ。確認の話にできる」
サンは窓の外の暗い斜面を見た。入口へ続く坂の影が輪郭だけで残っている。
「一人じゃないなら、今日はやめる」
ジャムは迷わず頷く。
「分かった。無理はしない」
しばらくすると、遠くからエンジン音が重なって近づいてきた。作業車の列が同じ方向へ流れていく。ライトは落としているのに、車体の影が路面の反射に浮かぶ。
最後尾の作業車が入口の手前で一拍止まった。運転席の男が端末を操作し、短い電子音が鳴って車が入った。
ジャムが息を抑えたまま言う。
「今の人。端末を触っていたのは一人だけ」
ミラはハンドルを握ったまま、視線だけで二人を見る。
「俺は車から動かない。二人でやれ。中へは入るな。入口の外だけだ」
サンとジャムは車を降りた。足を置く場所を揃え、音の出る面を避ける。水たまりは踏まない。監視灯の下には立たない。ミラの車は、影の中で待ったままだ。
入口の手前に、端末担当の車が一台だけ残っていた。男は運転席から降り、端末を見下ろしている。画面の光が頬に当たる。ロック解除、搬送の画面、承認、確認。動作が途切れない。
サンは男の視界に入らない角度へ回り、しゃがんで小石を拾った。
ジャムは少し離れた影で待つ。息を浅くして、男の手元だけを見る。
サンが小石を転がした。金属に当たって乾いた音が一つ鳴る。
男の顔が上がり、音の方へ視線が動いた。
その瞬間、ジャムが影から出た。急がない。足を止めない。入口の前で声をかける動きだけを残して近づく。
「確認したい。承認が通っていない表示が出ている」
男の肩が一瞬止まった。顔が上がり、目が大きくなる。
「っ!!」
すぐに声が出た。
「そんなはず無いだろ!」
ジャムは声を荒げない。
「端末の画面を見せて。今ここで終わらせたい」
男は端末を引っ込めかけて止めた。言い合いを続けたくない。入口の前に立っている時間を増やしたくない。
端末を胸の前に置いたまま、画面だけが見える角度に傾けた。渡しはしない。見せるだけだ。
ジャムはその角度のまま画面を見た。搬送の一覧、時刻、便番号、承認の履歴。
「この行。承認が二回になっている」
男の視線が画面に寄った。
サンが背後に立ち、男の肩に手を置いた。もう片方の手を口元へ添える。声が出ない位置だけを作る。力は入れない。
「騒ぐな。動くな」
男の体が固まる。息が詰まり、肩が上がる。
ジャムが端末を受け取った。
「今から画面を見る。余計な操作はしない」
二人は男を挟んだまま、監視灯の届かない影へ移った。男は歩ける。倒れない。サンは位置だけで逃げ道を塞ぐ。
ジャムは端末を見下ろし、必要な画面だけを開いた。搬送の一覧。便番号。時刻。搬送先の表示。
“記録外”の文字が混じっている。地名は出ない。コードだけの行もある。
「場所の名前は出ていない。コードだけ。でも時刻と便番号は残ってる」
サンが覗き込み、行を追った。
「次に動く便は分かるか」
「分かるよ。時間が短い便がある。戻りが早い」
ジャムは担当者表示と端末IDの出る場所を確認し、目で覚えてから画面を閉じた。電源も落とす。
「同じ端末かどうかは見分けられる。表示が残ってる」
サンが男の耳元で言う。
「今から離す。追うな。声を出すな」
男は小さく頷いた。サンが手を離すと、男はその場で呼吸を整えようとしたが、声は出さない。
ジャムが合図の小さな灯りを布で覆い、短く二回だけ点けた。戻る合図だ。
少し間を置いて、離れた場所で車の灯りが一度だけ瞬いた。ミラが受け取った合図だ。
車は音を抑えたまま寄ってくる。後部ドアが開く。ミラが前を見たまま言った。
「乗れ」
ジャムが先に入り、サンが続く。ドアが閉まる。ミラは最初は転がすように車を動かし、道路へ出てから速度を上げた。
ジャムは懐の端末の位置を確かめ、視線を前に戻す。
「短い便を追う。ほかは今日は見ない」
ミラが頷く。
「短い便だけだ。余計な動きはしない」
サンは窓の外を見た。入口の監視灯は遠ざかる。機械音はまだ止まっていない。
胸の奥の微かな痛みは残ったままだ。だが、止まらなければ次へ行ける。
「今日の仕事は終わった」
サンの声は低い。断定ではなく、区切りとして出た音だった。
ジャムはすぐに続けない。端末を守る位置に手を置き、前を見た。
車は暗い道へ入る。次の便へ向かう距離だけを稼いでいく。
(つづく)
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