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第四部
勝負の行方
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金属同士がぶつかる悲鳴にも似た音が鍛錬場に響いた。ヴォルフ様を襲った刀身は当然ながらその身に届くことはなく、次の瞬間には空を舞っていた。皆が見守る中、真剣は弧を描いた後で鈍い音を立てて地面に転がった。斬撃を放った本人も呆然とその様を眺めている。
「嘘、だろ……」
零れた呟きには勝利を確信していたことを表していた。娘と同じ色の瞳を大きく見開いて剣を見つめる姿にはどこかあどけなさが残るけれど……ヴォルフ様に勝てると思っていたのかしら? これまでの戦いを見ていたらそんな可能性は極めて低いと思うのだけど……
「兄上!」
次の瞬間、その細い首に銀の切っ先が当てられ、ハンス様が叫んだ。
「敵から目を離すな」
「っ!」
ヴォルフ様の低いけれどはっきりした声に紫瞳が再び大きく見開かれた。首に切っ先を受けて顔色が一気に失せる。これは完全にリカード様の失態ね、たとえ武器を失っても敵から目を離すなんて言語道断。もし敵わぬと悟ったなら逃げ道を探せというのがゾルガーの方針。負けたら潔く死ぬなんて綺麗ごと、我が家では何の価値もない。勝利は生者にしか与えられないのだから。
「弱いな」
「っ」
「お前の父親はもっと強かった」
「な……」
三度リカード様の瞳が大きく見開かれた。ヴォルフ様が剣を下ろして彼の首を解放しても、足が縫い付けられたようにその場に佇んでいた。悔しそうに顔を歪める様はどこか幼さが残る。
「ち、父上が……」
「あれも甘い子どもだったがお前はそれ以上だ。このままなら俺はお前を認めん」
ヴォルフ様の宣言にその場にいた騎士がざわついた。王家よりもゾルガーに、ヴォルフ様に忠誠を誓っている者たちだけど、さすがに今の言葉は不敬に感じたのかもしれない。許されるのは五侯爵家の当主くらいかしら。
「み、認めないって……ど、どういう……」
「言葉通りだ。学と武、そして覚悟、どれもお前は足らなすぎる」
「な……!」
戸惑いながら尋ねるリカード様の目には強い不安が見えた。ご自身が否定されるなんて思ったこともなかったのでしょうね。学園では常に首席を争い、剣術大会でも優秀な成績を残され、公明正大なお人柄で申し分ないと称えられていたとか。それでは自惚れても仕方がないのかもしれないけれど、それは学園での話。卒業して世に出れば大人として扱われる。そうなったら大目に見てくれるなんてことはないわ。
「な、何が足りないと……」
「自分で考えろ。そうでなければ意味がない」
そういうとヴォルフ様は剣を鞘にしまった。今日の鍛錬はお終いってことね。残念だけど結構な時間が経っているから仕方ないわね。まだ立ち竦んでいるリカード様たちを残してヴォルフ様はこちらに向かってきた。東棟に戻られるのね。その隣に続く。もう少し雄姿を眺めたかったけれど次の機会を待つわ。
部屋に戻って着替えをした後朝食を摂り、執務室で共に義務を果たす。私とヴォルフ様ではやる仕事は違うけれど、私の仕事の多くは侍女たちに振り分けて、最近はヴォルフ様の手伝いが増えている。万が一の時に仕事を肩代わり出来るようにとのヴォルフ様の方針で、王都は私が、領地はフレディがその役目を担う。いずれは私とフレディが交代し、どちらも出来るようにするおつもりだとか。子どもたちにこの家を盤石な状態で託すため、ヴォルフ様はありとあらゆる可能性をお考えになって手を打たれている。もう二度と先々代のような失態を犯さないため、新たな悲劇を生まないため、そして私たちが安寧の中でひ孫の誕生を祝うために。
「旦那様」
執務を始めて程なくしてルッツが現れた。その後ろには二人の王子の姿が見える。朝食を終えたら来るようヴォルフ様に言われていたわね。「入れ」とヴォルフ様が許可を出すとルッツが二人を従えて入ってきた。その間に私は席を立ってヴォルフ様の左後ろに移動する。ルッツが壁側に寄り、王子二人がヴォルフ様の正面に立った。
ゾルガーの騎士服に身を包み、茶のかつらを被ったリカード様とハンス様。リカード様はあからさまに反抗的な目をヴォルフ様に向け、ハンス様は怯えを隠せていない。二人とも感情を表に出し過ぎだわ。その辺りはマルレーネ様たちの方が長けているわ。いえ、相手がヴォルフ様だからかもしれないけれど。
「明後日、お前たちを王宮に戻す」
「王宮に?」
怪訝そうにリカード様が繰り返した。ここでの滞在は陛下がお戻りになるまでの予定だけど、まだ半分にも満たないものね。ヴォルフ様も一旦との言葉を伝えなかった。これはわざとかしら?
「どうしてだ? 父上が戻るのはまだ先のはずだ」
彼なりに不審に思ったらしくそう尋ねてきた。ヴォルフ様に言い返せるなんて気はお強いのね。ハリマン様ですら今でも前に立つと緊張のせいか顔色を失くすのに。そこは王太子としての矜持かしら。
「俺がお前たちを害したと言う者が後を絶たない」
「それは……ある意味そうなのでは?」
やっぱりここでの生活に不満があったのね。だけどそんな言い方はないんじゃないかしら? ヴォルフ様が望んだわけでもないのに。
「お前たちを保護すると同時に鍛え直してほしいと王に頼まれていた。加減しなくていい、ゾルガーの騎士と同じものをと。お前たちもそのつもりでいると聞いていた」
「ち、父上が……」
二人とも動揺を露にしていた。もしかして陛下、二人にちゃんと説明していなかったんじゃないの? 全く伝わっているようには見えないわよ。
「だが、お前たちの態度は王の言葉とかけ離れている。その気がないなら戻らなくていい。こちらが望んだわけではない」
ヴォルフ様がはっきり告げると二人はますます困惑を深めていた。これが陛下のご意向だとご存じなかったなんて……陛下、もしかしてわざと伝えなかった? それとも、言えば嫌がるから黙っていたとか?
「話はそれだけだ。鍛錬する気がないならしなくていい。好きにしろ」
「……それは王命を違えるのではないか?」
「やる気がない者を鍛えたところで怪我をするだけだ。意味がない」
「俺たちにやる気がないと?」
「ないだろう? 入団を希望する者は寝食を惜しんで鍛錬に精を出す」
それは事実ね。ゾルガーの騎士を望む者はどんなに厳しい鍛錬も必死についていこうとするわ。実力主義の我が家では、身分が低くても実力を認められれば相応のものを得られるから。
「俺は王太子だ。そこまで鍛える必要はないだろう」
「王が鍛えてほしいと願ったのは剣の腕ではない。その性根だ」
「性根だって?」
リカード様が不服そうに顔を赤くしてヴォルフ様を睨んだ。
「お前たちは世間を知らなすぎるし考えも甘すぎる。その上我慢が出来ず楽に流される」
「ふ、不敬だぞ!」
「そういうところだ。王は俺の指摘に腹は立てても不敬という言葉で逃げなかった」
「な……!」
リカード様が声を詰まらせた。その横でハンス様が「兄上、落ち着いてください」と小声で諫めているけれど伝わっていなさそうね。それにしても、陛下との間にそんな経緯があったのね。なぜかしら、その光景が目に浮かぶわ……
「下がれ。明後日までは好きに過ごせばいい」
それだけを言うとヴォルフ様は書類に視線を落とした。これ以上話すことはないということね。ルッツがヴォルフ様を見てから私を見た。判断に迷っているのかしら? 下がっていいとの意を込めて頷くと、小さく頭を下げてからお二人を促して部屋を出ていった。彼らは何も言わなかった。
「ヴォルフ様、大丈夫でしょうか? 王宮に戻ったら不当な扱いを受けていたと騒ぎ出すのでは……」
「言いたければ言えばいい。王の要請には応えた。それを受け入れなかったのはあいつらだ」
確かにその通りではあるのだけど、ヴォルフ様を糾弾しようとする者たちはこれ幸いと騒ぎ立てるのではないかしら? ハンス様はともかくリカード様は反抗的だったし、納得していないわよね。なんとなく不穏なものを感じるのだけど……
「その、明後日はどのような形で確認を?」
「五侯爵家の当主と宰相、騎士団長、あとは文句を言ってきている者たちを集めて王子と会わせる」
「その場に、私もご一緒しても?」
そう願うと書類に向けていた目が私を捕らえた。
「別に構わないが。楽しいものは何もないぞ」
「構いませんわ」
ただヴォルフ様が心配なだけ。殿下たちは心を入れ替えてほしいとは思うけれど、それは彼ら次第だし、そもそも私たちが責任を負うのは違うと思う。お手伝いはしても第一の責任は親である陛下にあるのだから。
「嘘、だろ……」
零れた呟きには勝利を確信していたことを表していた。娘と同じ色の瞳を大きく見開いて剣を見つめる姿にはどこかあどけなさが残るけれど……ヴォルフ様に勝てると思っていたのかしら? これまでの戦いを見ていたらそんな可能性は極めて低いと思うのだけど……
「兄上!」
次の瞬間、その細い首に銀の切っ先が当てられ、ハンス様が叫んだ。
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「っ!」
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「弱いな」
「っ」
「お前の父親はもっと強かった」
「な……」
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「ち、父上が……」
「あれも甘い子どもだったがお前はそれ以上だ。このままなら俺はお前を認めん」
ヴォルフ様の宣言にその場にいた騎士がざわついた。王家よりもゾルガーに、ヴォルフ様に忠誠を誓っている者たちだけど、さすがに今の言葉は不敬に感じたのかもしれない。許されるのは五侯爵家の当主くらいかしら。
「み、認めないって……ど、どういう……」
「言葉通りだ。学と武、そして覚悟、どれもお前は足らなすぎる」
「な……!」
戸惑いながら尋ねるリカード様の目には強い不安が見えた。ご自身が否定されるなんて思ったこともなかったのでしょうね。学園では常に首席を争い、剣術大会でも優秀な成績を残され、公明正大なお人柄で申し分ないと称えられていたとか。それでは自惚れても仕方がないのかもしれないけれど、それは学園での話。卒業して世に出れば大人として扱われる。そうなったら大目に見てくれるなんてことはないわ。
「な、何が足りないと……」
「自分で考えろ。そうでなければ意味がない」
そういうとヴォルフ様は剣を鞘にしまった。今日の鍛錬はお終いってことね。残念だけど結構な時間が経っているから仕方ないわね。まだ立ち竦んでいるリカード様たちを残してヴォルフ様はこちらに向かってきた。東棟に戻られるのね。その隣に続く。もう少し雄姿を眺めたかったけれど次の機会を待つわ。
部屋に戻って着替えをした後朝食を摂り、執務室で共に義務を果たす。私とヴォルフ様ではやる仕事は違うけれど、私の仕事の多くは侍女たちに振り分けて、最近はヴォルフ様の手伝いが増えている。万が一の時に仕事を肩代わり出来るようにとのヴォルフ様の方針で、王都は私が、領地はフレディがその役目を担う。いずれは私とフレディが交代し、どちらも出来るようにするおつもりだとか。子どもたちにこの家を盤石な状態で託すため、ヴォルフ様はありとあらゆる可能性をお考えになって手を打たれている。もう二度と先々代のような失態を犯さないため、新たな悲劇を生まないため、そして私たちが安寧の中でひ孫の誕生を祝うために。
「旦那様」
執務を始めて程なくしてルッツが現れた。その後ろには二人の王子の姿が見える。朝食を終えたら来るようヴォルフ様に言われていたわね。「入れ」とヴォルフ様が許可を出すとルッツが二人を従えて入ってきた。その間に私は席を立ってヴォルフ様の左後ろに移動する。ルッツが壁側に寄り、王子二人がヴォルフ様の正面に立った。
ゾルガーの騎士服に身を包み、茶のかつらを被ったリカード様とハンス様。リカード様はあからさまに反抗的な目をヴォルフ様に向け、ハンス様は怯えを隠せていない。二人とも感情を表に出し過ぎだわ。その辺りはマルレーネ様たちの方が長けているわ。いえ、相手がヴォルフ様だからかもしれないけれど。
「明後日、お前たちを王宮に戻す」
「王宮に?」
怪訝そうにリカード様が繰り返した。ここでの滞在は陛下がお戻りになるまでの予定だけど、まだ半分にも満たないものね。ヴォルフ様も一旦との言葉を伝えなかった。これはわざとかしら?
「どうしてだ? 父上が戻るのはまだ先のはずだ」
彼なりに不審に思ったらしくそう尋ねてきた。ヴォルフ様に言い返せるなんて気はお強いのね。ハリマン様ですら今でも前に立つと緊張のせいか顔色を失くすのに。そこは王太子としての矜持かしら。
「俺がお前たちを害したと言う者が後を絶たない」
「それは……ある意味そうなのでは?」
やっぱりここでの生活に不満があったのね。だけどそんな言い方はないんじゃないかしら? ヴォルフ様が望んだわけでもないのに。
「お前たちを保護すると同時に鍛え直してほしいと王に頼まれていた。加減しなくていい、ゾルガーの騎士と同じものをと。お前たちもそのつもりでいると聞いていた」
「ち、父上が……」
二人とも動揺を露にしていた。もしかして陛下、二人にちゃんと説明していなかったんじゃないの? 全く伝わっているようには見えないわよ。
「だが、お前たちの態度は王の言葉とかけ離れている。その気がないなら戻らなくていい。こちらが望んだわけではない」
ヴォルフ様がはっきり告げると二人はますます困惑を深めていた。これが陛下のご意向だとご存じなかったなんて……陛下、もしかしてわざと伝えなかった? それとも、言えば嫌がるから黙っていたとか?
「話はそれだけだ。鍛錬する気がないならしなくていい。好きにしろ」
「……それは王命を違えるのではないか?」
「やる気がない者を鍛えたところで怪我をするだけだ。意味がない」
「俺たちにやる気がないと?」
「ないだろう? 入団を希望する者は寝食を惜しんで鍛錬に精を出す」
それは事実ね。ゾルガーの騎士を望む者はどんなに厳しい鍛錬も必死についていこうとするわ。実力主義の我が家では、身分が低くても実力を認められれば相応のものを得られるから。
「俺は王太子だ。そこまで鍛える必要はないだろう」
「王が鍛えてほしいと願ったのは剣の腕ではない。その性根だ」
「性根だって?」
リカード様が不服そうに顔を赤くしてヴォルフ様を睨んだ。
「お前たちは世間を知らなすぎるし考えも甘すぎる。その上我慢が出来ず楽に流される」
「ふ、不敬だぞ!」
「そういうところだ。王は俺の指摘に腹は立てても不敬という言葉で逃げなかった」
「な……!」
リカード様が声を詰まらせた。その横でハンス様が「兄上、落ち着いてください」と小声で諫めているけれど伝わっていなさそうね。それにしても、陛下との間にそんな経緯があったのね。なぜかしら、その光景が目に浮かぶわ……
「下がれ。明後日までは好きに過ごせばいい」
それだけを言うとヴォルフ様は書類に視線を落とした。これ以上話すことはないということね。ルッツがヴォルフ様を見てから私を見た。判断に迷っているのかしら? 下がっていいとの意を込めて頷くと、小さく頭を下げてからお二人を促して部屋を出ていった。彼らは何も言わなかった。
「ヴォルフ様、大丈夫でしょうか? 王宮に戻ったら不当な扱いを受けていたと騒ぎ出すのでは……」
「言いたければ言えばいい。王の要請には応えた。それを受け入れなかったのはあいつらだ」
確かにその通りではあるのだけど、ヴォルフ様を糾弾しようとする者たちはこれ幸いと騒ぎ立てるのではないかしら? ハンス様はともかくリカード様は反抗的だったし、納得していないわよね。なんとなく不穏なものを感じるのだけど……
「その、明後日はどのような形で確認を?」
「五侯爵家の当主と宰相、騎士団長、あとは文句を言ってきている者たちを集めて王子と会わせる」
「その場に、私もご一緒しても?」
そう願うと書類に向けていた目が私を捕らえた。
「別に構わないが。楽しいものは何もないぞ」
「構いませんわ」
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