あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

文字の大きさ
320 / 337
第四部

貴族会議

しおりを挟む
 結局、眠れなかった私はあの後、エルマ様をはじめとした何人かに手紙を書いた。昨夕ランベルツ侯爵が襲われたのなら朝になったら我が家の周りに王家の騎士が追加されて、手紙を出すのが一層難しくなるかもしれない。そんな懸念もあったから。

 いくらヴォルフ様が否定しても、陥れようとした者たちはそれを許すはずもないし、盤石ともいえるヴォルフ様を陥れようとするなら相応の罠を張っている可能性がある。敵の正体が確定していない今、油断は出来ない。書いた手紙は夜が明ける前に屋敷の外へ持ち出したから、後は無事に届くのを祈るだけ。

 いつもの時間にベッドから出て身支度を整えた。頭が重いしすっきりしないのは今の状況のせいよね。既に戦いは始まっている、気を引き締めないと。

「ロッテ、何か変わったことはない?」
「今のところは特には。ですが、朝から王家の騎士の数が増えたようです。ティオさんがそう言っていました」
「そう」

 エーリック様もお辛いわね。ヴォルフ様の無実を疑うことはないけれど、稚拙だと思っても物証があれば無下にも出来ない。あの釦が偽物だと証明すればいいのだけど、まだその時じゃない。

 軽く朝食を済ませて執務室に向かうと、既にヴィムがソファでだらしなく座ってお茶を飲んでいた。皮肉っぽい笑みを浮かべながら「遅ぇぞ」と言うのを無視して向かい側に座った。

「それで、どうなったの?」
「あ? ああ、手紙は無事に届けた。それと王家の騎士の数が倍になったな。責任者があんたと話をしたいと言っているらしい。なぁ、ティオ?」

 ヴィムが話を振ったのはティオだった。彼の傍若無人な振る舞いに以前は無表情で怒っていたけれど、毒を受けてからは小言は言っても表情は緩やかになった。

「はい、責任者のグラーツ様が挨拶をしたいと」
「グラーツって……アマーリエ様の?」
「おそらくは」

 エーリック様の妻であるアマーリエ様のお兄様よね。確か……ダニエル様だったかしら。あそこの兄君お二人はおとなしい性格のアマーリエ様を案じてか、昔から過保護なのだとアマーリエ様がこぼしていたことがあったわ。

「わかったわ、会います」

 そう言うとティオが一礼して扉近くに控える騎士に声をかけた。

「アマーリエ様の兄君なら、安心していいのかしら?」
「さぁな。俺はゾルガー以外の奴は信用しねぇけどな」

 元影の長らしい言葉ね。いえ、この人は誰も信じていないのかもしれないけれど。唯一信じているとすればヴォルフ様くらいかしら。お二人は運命共同体だと言っていたし。程なくしてブレンがグラーツ様を応接間に案内したと告げに来た。ティオとロッテ、ブレンを伴って向かった。

「侯爵夫人、突然の面会に応じてくださってありがとうございます。この屋敷の警護を命じられたダニエル=グラーツです」

 待っていたのは大きな身体を持つ騎士だった。ヴォルフ様も大きいけれどこの方もそれに劣らないわね。筋骨逞しい身体は楚々としたアマーリエ様と兄妹とは思えないほど。それでも髪の色は優しい茶で下がった目尻も似ているわ。

「いえ、お手数をおかけしますわ。こうなった経緯を詳しく伺っても?」
「はい、実は……」

 そこからダニエル様はこうなった経緯を話してくれたけれど、内容は未明にヴィムが持ってきたそれと変わりなかった。

「あと、こちらを」

 そう言って差し出されたのは一通の書簡だった。見慣れた柄はエーリック様からのものだわ。封を開けて中身を確かめると、そこには謝罪の言葉と共に六侯爵家から貴族会議を開くよう求められ、今日の午後から五侯爵家と六侯爵家、更には公侯爵家を集めての会議を開くという。伯爵家を含めなかったのは人数が多く調整に時間がかかるからだとか。

 この会議で六侯爵家が国王陛下とランベルツ侯爵への襲撃容疑でヴォルフ様への尋問を願っていると記されていた。予想通りの展開ね。証拠は騎士服とあの釦かしら。それとも、他にも何かある? 残念ながらエーリック様の手紙にはそこまで書かれてはいなかった。彼にもわからないのでしょうね。

「わかりました。エーリック様へのお返事を託しても?」
「はい、私が責任をもってお届けします。あと、妹からの伝言を預かっているのですが……」
「アマーリエ様から?」
「はい。ゾルガー侯爵の無実を信じていると。無実を証明すべくエーリック卿や五侯爵家の皆様も動いているのでどうかお気を強く持ってくださるようにと」

 控え目だけど春の日差しのような彼女の笑顔が浮かんだ。その気持ちが嬉しい。思わず目の奥が熱くなったのを瞬きをしてやり過ごす。そうよ、こうして私たちを案じてくださる方がいてくれる。彼女たちのためにも負けるわけにはいかないわね。

「ありがとうございます。アマーリエ様のお心を嬉しく思います」
「閣下は私心なく国と民のために尽くしてくださっているのは誰もが知るところ。私も閣下の無実を信じております」

 そう言って騎士らしい美しい所作で一礼した。その気持ちが嬉しい。また時間を置いて来ると言うのでその時に手紙を渡すことにした。

「どこまで信じていいのかしら?」

 執務室に戻ってヴィムに問いかけた。彼はどこかで私たちの面会を見ていたのでしょうけれど、どう感じたかしら? ダニエル様は彼の目にどう映った? 悔しいけれど人を見る目も彼には敵わない。いえ、彼は私が知らない裏事情も知っているのもあるのでしょうけれど。

「あ~俺は信じねぇが、あんたが信じたいなら信じればいい」
「随分と他人事ね」
「俺が危険だと言って、それを素直に受け入れるあんたじゃねぇだろうが」

 そう言われると何も言い返せないわ。だけど参考にしたい。いえ、甘えてはいけないわね。私は侯爵夫人として自分で考えて判断しなければいけないのだから。

 結局、悩みに悩んだ結果、当たり障りのない内容で返信した。後で悪用されそうなことは書けないし、エーリック様まで共犯だと言い出されても困るから。

 その日はじりじりした焦燥感の中で過ごすことになった。会議はどうなっているのかと考えると家政の仕事にも集中出来ない。六侯爵家はなんと言っているの? 中心にいるのは誰? 騎士服と釦以外の証拠はあったの? エルマ様が当主として出席しているから後で詳細を知らせてくださると思うし、我が家の者たちも動いているけれど、私も参加したかったわ。いえ、当主でなければ会場には入れないのだけど。



 その日の夕方、思いがけない客人があった。使用人に扮して現れたのは……エルマ様だった。

「エルマ様、どうして! 危険ですわ。ベルトラム侯爵が襲われたばかりなのに!」
「ふふっ、大丈夫ですわ。バルも一緒ですから」

 そう言って騎士服を着た護衛に視線を向けたけれど……そこにいたのはかつらを被ったバルドリック様だった。ご夫妻でなんて危険なことをしているのよ。

「イルーゼ様、時間がないので手短に申しますわ。六侯爵家が連名でゾルガー侯爵様の裁判を要求されましたの」
「裁判を?」

 まさかそんな風に話を持っていくとは思わなかった。だけど我が国の裁判は国王陛下に対して求めるものだから、陛下ご不在の今は……

「当主たちがエーリック様に詰め寄られて。私をはじめ五侯爵家は陛下が戻るまで待つように伝えましたの。でも彼らは自分たちに隠したことも不満だったようで……」
「そう、ですか」

 建国時から国防を担ってきただけに六侯爵家は誇り高いといえば聞こえはいいけれど、尊大で声が大きいのよね。利権も絡んで王家や五侯爵家とは意見が対立することも多く仲は良くない。近年は我が家が力を持ち過ぎだと危惧する声も上がってきていたわ。陛下がヴォルフ様に王位を譲りたいなんて冗談を仰るのもそれに拍車をかけているわ。王都にいてその様子を直に見ている者は陛下の願いは望み薄とわかっているけれど、人伝に聞けば本気に受け取りかねない、かもしれない。

「裁判になれば侯爵様は貴族牢に入れられることになります」
「貴族牢に……」

 そうなるわよね。となれば今までのように食事を届けることも難しくなってますます危険が増すわ。まさか裁判まで要求されるとは思わなかった。裁判は公開されるし、訴えて間違いだった場合、自分たちが訴えられることになるからよほどの証拠がない限り求めない。イステルやノイラートはまだしも、他の四家も彼らに与したのなら相応の証拠があるってことよね。

「イルーゼ様、侯爵様の無実は疑いようもありませんが、証拠をでっち上げられている今、簡単には終わらないかもしれません。それに……」

 そう言うとエルマ様が距離を詰めて耳元でその続きを囁いた。

「エルマ様、それは……」
「私の手の者が拾ってきた情報ですわ。どこまで信じられるかわかりませんが、どうかお気をつけて」

 思いがけない話だけど、まったくあり得ない話じゃないわね。あの方がこの件に絡んでいるなんて。だけど人が良さそうに見えて野心家だと先王様や王太后様が警戒していらした方。可能性を排除するわけにはいかないわ。




しおりを挟む
感想 1,598

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】出来の悪い王太子殿下の婚約者ですって? 私達は承諾しておりません!

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
真実の愛は策略で生まれる ~王太子殿下の婚約者なんて絶対に嫌ですわ~  勉強は出来ず、実技も酷い。顔だけしか取り柄のない一番最初に生まれた王子というだけで、王太子の地位に就いた方。王国を支える3つの公爵家の令嬢達は、他国にも名の知れた淑女であり、王太子レオポルドの婚約者候補に名を連ねた。 「絶対にお断りだわ」 「全員一緒に断りましょうよ」  ちょうど流行している物語の主人公のように演出し、道化を演じて退場していただきましょう。王家も貴族のひとつ、慣習や礼儀作法は守っていただかないと困ります。公爵令嬢3人の策略が花開く!   ハッピーエンド確定、6話完結 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、ノベルアップ+ ※2022/05/25、小説家になろう 恋愛日間20位 ※2022/05/25、カクヨム 恋愛週間27位 ※2022/05/24、小説家になろう 恋愛日間19位 ※2022/05/24、カクヨム 恋愛週間29位 ※2022/05/23、小説家になろう 恋愛日間27位  ※2022/05/21、完結(全6話) ※2022/05/21、カクヨム 恋愛週間41位 ※2022/05/20、アルファポリス HOT21位 ※2022/05/19、エブリスタ 恋愛トレンド28位

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。 そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。 娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。 それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。 婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。 リリスは平民として第二の人生を歩み始める。 全8話。完結まで執筆済みです。 この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。