あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

文字の大きさ
322 / 337
第四部

裁判

しおりを挟む
 言葉通り手短に済まされた交わりだったけれど、身体も心も満たされたわ。その後でティオが用意してくれた食事を召し上がった。賄いのような食事だけど淡々と食べていらっしゃったわ。王宮では毒を警戒して十分な食事を摂れていないのかもしれない。たくさん召し上がるから物足りないでしょうね。

 それから再度、今後気を付けるべきことなどを説明された。ヴォルフ様の無罪は疑いようもないけれど、裁判では証拠が全て、既に我が家の騎士服と釦を作った工房を突き止めていて、もし裁判が開かれたらその証拠を示すように言われた。

 その一方で我が家を陥れようとした家の詳細も影が集め、報告書として目の前に示されたわ。そこには主にイステルとフルフトバーム、ノイラートの他国を利するような取引が並べられている。これって……発覚してはまずい内容なのではないの? 

「宰相らに確認は取ってある。もし他の罪もでっち上げようとしたらこれらを示せ」
「わかりましたわ」

 他家の弱みがこんなにも……いえ、当然よね。こうして我が家は相手を牽制しながら反逆の芽を摘んできたのだから。説明を終えるとヴォルフ様は王宮へと戻っていかれた。その背を見送るのが寂しい……次に会えるのはいつになるのかしら。

 でも、心に澱のように溜まっていた冷たく暗い不安は消えていた。彼らの動きをヴォルフ様はしっかり掴んでいたし、サザール公妃のことも想定されていた。陛下もコルネリア様もご無事のようだし、裁判を起こせばヴォルフ様の無実も敵が誰なのかもはっきりする。それらの事情を説明するため危険を冒して来てくださったのね。そのお気持ちに応えられるようしっかりしないと。

「ティオ、屋敷の警備の強化を」
「畏まりました」

 それにもう一つ、ヴォルフ様は彼らが不利だと悟り追い詰められたら、強硬手段に出てこの屋敷を襲うかもしれないと仰っていた。でもそんなことはさせないわ。今ここには殿下たちもいらっしゃるのだから。

「それにしても、王宮を抜け出されるなんて……」
「影に身を置いていた旦那様には造作もないことなのでしょう。これまでも陛下の下に夜中忍ばれていたこともありますから」
「そ、そう」

 王宮に隠し通路があるとの噂はあったし、実際にあるのでしょうけれど、実際に使うとは思っていなかったわ。あれは非常時の逃げ道だから。でも、ヴォルフ様なら出来るわよね。王宮の騎士にはヴォルフ様に忠誠を誓っている者がいるし、陛下が許しているのなら問題なさそうだもの。

「でも、貴族牢はさすがに難しいわよね」
「左様でございますね」

 貴族牢に抜け道があったら意味がないわよね。これからはアベルも毒見も傍に置くことを認められないから、ヴォルフ様の身が心配だわ。大丈夫かしら? せっかく心が満たされてホッとしたのも束の間、急速に心が冷え込んでいった。



 翌日、エーリック様が六侯爵家の要求を受け入れたため、裁判が始まるとの通達があった。私も出席したかったけれど残念ながら認められなかったため、エーリック様や影がもたらす情報だけが頼り。ヴォルフ様は心配いらないと仰っていたし、結果が出るのを待つだけなのも役目の内だと仰っていた。


 さらにその翌日、ヴォルフ様が貴族牢に移り、その翌日から裁判が始まった。エーリック様やエルマ様からも形を変えながらも逐一報告が届く。

 この日は告発した六侯爵家側の尋問が行われた。彼らは国王陛下とランベルツ侯爵の襲撃事件はヴォルフ様が黒幕だと述べ、その証拠は襲撃に遭った際の目撃情報と落ちていた釦、また襲撃された森の近くで濃緑の騎士服を着込んだ一行を見たとの住人を証人として連れてきていた。それ以外でもヴォルフ様が簒奪を狙っているとの噂は根強くあり、それがいつまでも消えないのは危惧する者が多いからだと主張したという。

 中心にいるのはイステル侯爵で、フルフトバーム侯爵とノイラート侯爵がそれに賛同していた。ガーゲルン侯爵をはじめとした他の三家は消極的だったけれど、証拠がある以上は……と疑惑が明らかになることを望んでいるという。



 裁判が始まってから三日目、私は参考人の一人として呼ばれていた。屋敷から出るのは久しぶりね。心持ちが違うせいか、街の景色も王宮の中もいつもと違って見えた。王宮の人々が余所余所しく感じるのは気にし過ぎるせいかしら?

 案内されたのは裁判が開かれるための大部屋で、部屋の真ん中が低くなっていて、正面には裁判を統括する法律の専門家五人と宰相であるバルトリック侯爵、騎士団長であるが座し、その正面には被告が立つ。周囲はすり鉢状に傍聴席があり、その最上段には国王陛下代理を務めるエーリック様が、その左には五侯爵家の当主が、右には六侯爵家の当主が座す。

 ヴォルフ様は傍聴席の前から二番目の席で周囲を騎士に囲まれて座っていらっしゃった。私はその後方に騎士に囲まれて座る。直ぐ近くなのに間に騎士がいるから言葉を交わすことも出来ないのが悲しい。

「ゾルガー侯爵夫人イルーゼ殿」

 名を呼んだのは裁判を主導するのは、法律に詳しいブラル伯爵だった。数代前に臣籍降下した王子の末裔で、代々学者肌で法律の研究をしている。王家との血のつながりがあるから上位貴族の裁判を受け持つことが多い方。傍聴席から証人尋問のために下りてその場に立った。上から見下ろされる形になるから威圧感があるわね。ずっとほぼ最上から見ていたから新鮮にすら感じる。優雅さを損なわないよう正面に向かって一礼した。

「それでは侯爵夫人、質問をよろしいか?
「はい」

 胸を張ってブラル伯爵に視線を向けた。その向こうにはエーリック様やエルマ様の姿が見えた。彼らの表情に勇気付けられるわ。いくつか質問を受け、答える。その度にざわめきがさざ波のように生まれては消えていくけれど意にも介しないわ。質問の内容はヴォルフ様が叛意を持っていたかどうか、屋敷でそのような傾向があったかなど最初は当たり障りのないものだった。

「では夫人、国王陛下やランベルツ侯爵の襲撃について、夫人はどう思われますかな?」

 ブラル伯爵の質問に緊張が増すわ。ここから反撃するのが私の役目だから。

「夫が国王陛下やランベルツ侯爵を襲ったなどという事実はございません。夫は日頃から恐れ多くも国王陛下より譲位を提案されておりましたが、その度にはっきりとお断りしております。そのことは同席した五侯爵家の当主の皆様や宰相閣下、騎士団長閣下などもお聞きになっているものです」

 そう告げる右側から「嘘をつくな」「それも作戦の内だ」などと野次が飛んできた。うるさいわね、発言を許されていないのに勝手に発言するなんて品がないわ。

「静粛に。イステル侯爵、フルフトバーム侯爵、不用意な発言は控えていただきたい」

 ブラル伯爵が彼らを諌めると声は小さくなったけれど、不満なのか何かを呟く声が聞こえた。チラッとそちらの方に視線を向けた。声が大きいのはあの二家だけど、ノイラート家はギュンター様じゃなく当主ね。

「なるほど。ですが夫人、侯爵は双子の片割れである陛下が弟君なのに至尊の冠をいただいたことを面白く思っていないのではありませんか? 何せ侯爵は兄君、本来ならば王位に就かれるお立場だったのだ」

 ブラル伯爵の言葉は淡々としていた。

「確かに夫にはその資格があったのでしょう。ですが、それは先代の国王陛下がお認めにならなかったもの。夫はそのことに納得しております。また王宮での生活は田舎で育った夫には窮屈だと常々申しておりました」

 これも嘘じゃないし、多くの人が知っていること。何なら陛下の前で何度もそう仰っているわ。

「玉座を窮屈とは、いささか不遜ではありませんかな?」

 声を上げたのはノイラート侯爵だった。

「あら、私は王宮が窮屈だとは申しましたが玉座だなどとは言っておりませんわ。それに、玉座を望む方が不遜ではございませんか? 夫は身の程を知り弁えております」
「なっ!」
「ノイラート侯爵、勝手な発言は控えていただこう。では夫人、陛下やランベルツ侯爵を襲った者たちが、ゾルガーの騎士服と同じものを着ていた件は。更には現場に落ちていた釦はゾルガー家の騎士が身に付けているものと同じだったと聞いております。また陛下が襲撃された現場近くでは濃緑の騎士服を着た者が目撃されたとも」

 ブラル伯爵が淡々と事実を述べた。ヴォルフ様を疑う唯一ともいえる物証ね。。だけど……

「その件に関しましては、まったくの事実無根、冤罪であると申し上げますわ」



しおりを挟む
感想 1,598

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】出来の悪い王太子殿下の婚約者ですって? 私達は承諾しておりません!

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
真実の愛は策略で生まれる ~王太子殿下の婚約者なんて絶対に嫌ですわ~  勉強は出来ず、実技も酷い。顔だけしか取り柄のない一番最初に生まれた王子というだけで、王太子の地位に就いた方。王国を支える3つの公爵家の令嬢達は、他国にも名の知れた淑女であり、王太子レオポルドの婚約者候補に名を連ねた。 「絶対にお断りだわ」 「全員一緒に断りましょうよ」  ちょうど流行している物語の主人公のように演出し、道化を演じて退場していただきましょう。王家も貴族のひとつ、慣習や礼儀作法は守っていただかないと困ります。公爵令嬢3人の策略が花開く!   ハッピーエンド確定、6話完結 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、ノベルアップ+ ※2022/05/25、小説家になろう 恋愛日間20位 ※2022/05/25、カクヨム 恋愛週間27位 ※2022/05/24、小説家になろう 恋愛日間19位 ※2022/05/24、カクヨム 恋愛週間29位 ※2022/05/23、小説家になろう 恋愛日間27位  ※2022/05/21、完結(全6話) ※2022/05/21、カクヨム 恋愛週間41位 ※2022/05/20、アルファポリス HOT21位 ※2022/05/19、エブリスタ 恋愛トレンド28位

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。 そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。 娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。 それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。 婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。 リリスは平民として第二の人生を歩み始める。 全8話。完結まで執筆済みです。 この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。