あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第四部

閑話:家令と元影長

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新年あけましておめでとうございます(⁎˃ᴗ˂⁎)
今年もよろしくお願いします。
新年のご挨拶がわりに閑話を投下します。

♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎




 旦那様に国王陛下襲撃事件の容疑がかかり、王宮で軟禁されてから三度目の夜が来た。旦那様が簒奪などお考えになるはずがない。普段から陛下がそんなことを仰っているのは私も承知している。現にお忍びでこの屋敷にお尋ねになった時、何度もそう仰っているのを聞いているから。その度に旦那様は陛下を諫められ、下らぬことを言うのなら帰れと、二度と来るなと仰るのだが、陛下は少しも気にも留めていらっしゃらないようで、またいらっしゃって同じことを仰るのだが……

「なぁ、ティオ。ヴォルフは抜け出してくると思うか?」

 にやにやしながら我が家の先の影の長がそう話しかけてきた。アンゼル様も夢の中に旅立たれて久しく、奥様も既に寝室にお入りになった。今日はブレンが寝ずの番を務める。明日の準備を終えて私室に戻ろうとしたところだった。

「ヴィム殿、不敬ですよ。それに忌まわしくも旦那様に容疑がかかっているのに抜け出すなど、悪手ではありませんか」
「いや、ヴォルフなら抜け出すなんぞ簡単だろう。今までだって何度も忍び込んでいるんだからな」

 なんと? 今までもとは……一体旦那様は何を……

「あ~なんだ、知らなかったのか?」

 私の表情から察したか。表情など表に出ていないと思っていたが、この方はその辺りが異様に敏くていらっしゃる。だからこそ長に命じられたのかもしれないが。

「知るわけがないでしょう。そのような大それたことを……」

 ちょうど部屋に戻って夜食をと思っていたところだったのでヴィム殿を私室に誘った。断られるかと思ったが意外にもついてこられた。

「お、さすがは家令様の部屋だな」
「恐れ多くも使用人にも体裁が必要ですからね」

 当主には及ばないが客間ほどには整えられた部屋。ここに移ってから十二、いや十三年になるか。居間には執務机とソファがあり、寝室と湯あみ用の部屋が付く。上級使用人ともなると専属のメイドや従者も。当主とそのご家族を支える重責に見合ったものをこの家のご当主は授けてくださる。ヴィム殿にソファを勧め、メイドが運んできた料理を並べた。

「それで、旦那様はいつから王宮に忍び込むようなことを?」
「あ~当主になった頃から、かな。だが心配すんな、王家の希望だ。ヴォルフは悪くねぇぞ」

 なんと、先王様の御代からそのようなことを。いえ、旦那様が先王様の実子。親子と名乗れなくとも旦那様を少しでもお側にと思われたのかもしれませんが。

「ま、そこはどうでもいいって。王が認めてるんだから見つかったところで咎める奴はいねぇよ。それに王家の騎士にはうちの協力者もいるからな」
「過信は隙を生みますよ」
「あのヴォルフが隙なんか作るかよ。まぁ、そうだな……作るときゃあの嫁に何かあった時だろうなぁ」

 にやにやしながらヴィム殿はそういうが……なるほど、奥様が危機に陥れば旦那様もお慌てになるやもしれませぬ。ご本人は自覚がおありなのかわかりませんが、奥様にだけは態度が違うのは明らかでいらっしゃる。

「あいつが嫁の側を離れるなんて滅多にねぇからな。今回のルタ国訪問だって、王から一緒に来てほしいと誘われてたのを一蹴していたんだからな」
「そうだったのですか」
「ああ、可哀相になぁ。弟は取り付く島もなく断られて凹んでたぞ」

 陛下が……そんな様子が目に浮かぶのは不敬だとは思っても、旦那様なら即答されるのは私でも容易く予想出来ること。陛下もいい加減お諦めになったらよろしいものを。

「今日で三日目だろ? そろそろ嫁が恋しくて帰って来るんじゃねぇか? おいティオ、何日持つか賭けねぇか? 俺は五日が限界だと思うんだがな」
「悪趣味ですよ」
「固てぇ言うなよ。だって面白ぇじゃねぇか、あの鉄面皮が嫁にだけ懐いているんだぞ? 親父ん時みてぇだよな。まぁ、あの頃はまだ子どもだったけど」

 なんと、ヴィム殿の父君に……確かジーモン殿は任務中に亡くなったと聞いているが。

「不気味だったぞ~図体のでかい無表情なガキが、親父の後を無言で追っていたのは」
「その頃の旦那様はまだ十を過ぎた頃でしょう? 心細く思われて近しい大人を頼るのは普通のことですよ」
「そりゃあ、まぁ、そうなんだけどな」

 ジーモン殿は穏やかで優しそうな顔立ちをされていた。いくら旦那様が感情に薄くとも影に入った直後では不安もおありだっただろうに。それにしても……

「ところでヴィム殿。先ほどから何を呑まれているのです?」

 酒は毒を受けてからお止めになったと聞いているが、今呑んでいるのは水に何かの粉末を溶いたものだった。色は毒々しく、かなりの異臭を放っているが……

「ああ、薬湯だよ」
「薬湯?」
「そ。マルガが飲めってうるせぇんだよ。毒を受けた身体に効くらしいな」
「左様ですか」

 三年前に毒を受けて影の長を下りられたヴィム殿。その後痺れが残り視力や聴力にも影響が出ていると聞いていたが、まだ薬湯を。

「臭いは酷ぇし、見た目通り不味いぞ。飲んでみるか?」
「いえ、結構です。ですが、マルガがそういうのなら効果はあるのでしょう?」
「さぁ、どうだかなぁ。ま、あれから悪化はしてねぇんだから効いているんだろ。ゾルガーに代々伝わる秘伝の薬らしいぞ」

 そう言ってヴィム殿が薬湯の入ったコップを掲げた。元より普通ではない酒を好まれた方だ。不味いと仰りながらも嫌がる気配はないからもしかしたら気に入っているのかもしれない。

「ゾルガーの秘伝ですか」
「ははっ、何でも初代の嫁だか子どもだかが薬師だったらしいぞ。初代も毒を受けたのかもしれねぇな」
「左様ですか。それは感慨深いですね」

 最強の傭兵集団だったと伝わるゾルガーの始まり。当主の血は絶えたが初代の血はリット家の中に受け継がれていると言われている。最初の家令はどのような方だったのか。私は歴代の彼らに及んでいるのだろうか。

「ところで、ティオは何日に賭けるんだ?」
「本気だったのですか?」

 冗談だと思っていたが本気だったとは。しかし旦那様を賭けの対象にするなど家令として認めるわけには……いえ、私もヴィム殿の意見には概ね同意ではあるが。

「だってつまらねぇじゃねぇか。他にこんな話が出来る奴もいねぇし」
「不敬ですよ。私は賭け事は好みません」
「はぁ、くそ真面目だなぁ」
「何と仰られてもお断りです。不真面目が過ぎますよ」
「へいへい、我が家の家令様は頭が固いこって」

 そう言うとつまらなそうにため息をついて頭を掻いた。

「ああ、じゃ、真面目な話な。警戒を怠るなよ。敵は今夜にも襲ってくるかもしれねぇんだからな」
「ヴィム殿、何を物騒なことを……旦那様の無実は疑いようもないでしょう?」

 そもそもあれは告発というよりは単なる言いがかりでしかない。ブレッケル公爵様が裁判をお認めになったのも旦那様のご意向があったからだと伺っている。

「五侯爵家も六侯爵家の半分もヴォルフを疑っちゃいねぇよ。イステルが騒いでるがあいつが主犯なわけがねぇ。でも証拠が無意味だと判断された時が危険だろうな」
「それは……後がなく、実力行使に出ると?」

 愚者は時として思いもよらぬ結果を生み出すこともある。旦那様や我が家が後れを取ることはないが、狂信的な思い込みで暴走する者は時として思いもしない行動に走る。証拠が捏造されたものだと認定された場合、我が身を守るために我らを消しに走るやもしれぬ。いえ、その様なことをすれば陛下のお怒りを買うだけ。でもお二人の仲を知らぬ者なら実力で排除した後、適当な証拠をでっち上げて我が身を正当化する可能性は、ないとは言い難い。

「まぁ、守りはきっちり固めてあるから心配ねぇけど。王子二人はどうでもいいが、あの嫁と子どもは守れよ。傷の一つでも付けられた日にゃ地獄が待ってるぞ。怒り狂ったヴォルフを止めるのは俺でも簡単じゃねぇからな」

 怒り狂った旦那様……想像出来な……くもない。無表情で凄まじい威圧感を放つ姿が容易に想像出来てしまうくらいには奥様に執着していらっしゃる。ご自身が自覚されているかどうかはわかりませんが。いえ、ご自覚はおありのはず。

「早く片付いた方がいいだろうな。でないと嫁がまた熱を出して大騒ぎするからな」

 それは……確かにヴィム殿が仰る通りで、長く離れていると旦那様は決まって奥様を側に置かれて離さない。お陰で何度寝込まれたことか……旦那様に体力の差を申し上げても、その時だけ記憶力がどこかに行ってしまわれる。いえ、それだけ奥様を愛おしく思われている証拠ではあるのですが。

「じゃあな、夜食ごちそうさん」
「いかれるのですか?」
「ああ、アンゼルに付いていねぇとまた嫁がうるせぇだろ?」

 そういうとのんびりした足取りで部屋を出ていってしまわれた。相変わらず自由なお人だ。さて、私もそろそろ休まねば。起きたら手配せねばならないことがまた増えてしまったのだから。




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