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第二部
続く一人寝
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エルマ様のお茶会から半月が過ぎた。あれから私は変わりなく過ごしているけれど、世間では色々な動きがあったわ。
まずあのお茶会の三日後にはエルマ様はバルドリック様と共にベルトラム領へと向かった。無事に到着してお二人で領地を回っているとの便りが昨日届いたわ。ベルトラム領はどんなところなのかしら? 王都の外はガウス領しか行ったことがないから他の領地に憧れるわ。その前にゾルガー領よね。ゾルガー領は海に面していて、交易が盛んな港町があるという。ここからは馬車で六、七日かかるらしいから行くのは簡単ではないけれど、いつかは行ってみたいわ。
エルマ様が王都を離れた翌日には王太子殿下ご夫妻が、その三日後には王子殿下お二人が馬車で二日の距離にある離宮へと向かわれた。別々で向かわれるのは襲撃を受けた場合に備えてのことだという。我が国は治安がいい方だけど絶対はないから仕方がない。こちらも無事に到着されて親子水入らずでお過ごしだとか。
王太子殿下が王都を離れてからは我が家の警備が厳しくなっていた。というのも、陛下たちが王都を離れる前にアーレントとの関税の話し合いも終わったのだけど、これが不調に終わったからだ。アーレントは関税を引き下げる条件の一つにヴォルフ様とクラリッサ様の婚姻を主張して来たのだけど、陛下はクラリッサ様を筆頭侯爵家に入れることに難色を示されたからだ。またクラリッサ様が押しかけてくるのではないかと警戒しても仕方ないわよね。
それに十日ほど前、エマとルーディー母子の住む別邸に賊が侵入する事件があった。幸い別邸に詰める騎士たちが直ぐに気付いて事なきを得たけれど、彼らを消そうとした者がいる可能性は否めない。犯人は街で雇われた破落戸で金欲しさに民家を襲っていた一味だった。
今のところ結びつく証拠がないけれど、この件はザイデル伯爵が絡んでいるのではないかと私たちは疑っている。イルクナー伯爵令息ヴォルフラム様がルーディーを実子として認めた今、彼がしたことはゾルガー家のお家乗っ取りだ。あの母子を消してなかったことにしたかったのだろう。今は影が証拠を探しているわ。
私は今までと変わりなく過ごしていたけれど、ヴォルフ様は以前にもましてお忙しそうだった。陛下や王太子殿下が王都を離れたせいで負担が増しているのか、最近は寝室にいらっしゃる時間がかなり遅い。時には寝室にいらっしゃった形跡がなく、睡眠をとっていないのではと心配だった。
ティオに尋ねたら執務室のソファで仮眠を取られているそのだとか。それでは身体は十分に休めないわ。私が邪魔なら自室に戻ると言ったけれど、それはしなくていいと言われてしまった。どうやら私とヴォルフ様の私室では警備の負担が大きく違うらしい。ヴォルフ様の私室には窓がないし、私が部屋に戻れば警備が分散するからだとか。そこまで警戒しなくても……と思わなくもないけれど、陛下や王太子殿下が不在の王都は普段よりも警備が緩い。ヴォルフ様も神経質にならざるを得なかった。
そのヴォルフ様もお忙しい以外は変わりなかった。領邸から医師が到着して二十日経ったけれど、彼の目から見てもヴォルフ様に心配する要素はないと言われたわ。多少の変化は生きている者ならあって当然で、むしろない方が問題だとも。確かにその通りだから私たちが感じている変化は許容出来る範囲なのかしら。心に負った傷も時間が経つにつれて薄れているはずだから、その分感情も出やすくなっているのかもしれない。それならそれでいいのだけど……
「ねぇ、ティオ、昨夜もヴォルフ様は執務室で仮眠を?」
今日でヴォルフ様が寝室に来られなくなって六日、いえ七日になる。夕食は一緒に摂るけれど、それ以外では殆ど顔を合わさなくなって、フレディ様と過ごす時間の方が長いくらい。そのフレディ様とは仕事の話をしたりしていつもと変わりないらしいのだけど……
「奥様……はい、昨夜はアベルが寝室でお休みになられるよう勧めたそうなのですが……」
「そう」
こうも続くと避けられているような気がしてしまうわ。ただ、元からお忙しい時はこんな感じだから気のせいなのかもしれないけれど……閨を拒否しているから気を悪くされてしまったかしら。子作りのための婚姻なのに、避妊薬を飲ませたことに怒って拒否するっていうのも変な話よね。子どもっぽい嫌がらせだと呆れられてしまったかと不安が募る……
あの時の怒りはもうすっかり消えて、いい加減再開しようとお伝えしたいのだけど、こうもお会い出来ないとそれをお伝えする機会がない。こうしている間に他の女性に目が向いてしまわれないかと思い至ったのもあって益々気が急くのだけど、さすがにフレディ様もいる夕食時に言うのも憚れる。何とか二人きりになりたいわ。それに、もうずっとヴォルフ様の体温を感じていないからそれが寂しい……ティオがいるのに大きなため息が出てしまった。
「イルーゼ、まだ起きていたのか?」
ヴォルフ様が声をかけてきたのは、寝室で何十回目の寝返りをした時だった。既に夜半を過ぎて夜闇が深い。中々寝付けず、今日もいらっしゃらないのかと深い落胆に沈んでいた時だったのもあって、その訪いに心が勝手に弾んだ。
「……ヴォルフ様、来て下さったのですか?」
「ティオに聞いた。お前が沈んでいると」
「え?」
ティオ、そんなことをヴォルフ様に言ったの? 恥ずかしい……彼の前でため息をつくんじゃなかったわ。
「どうかしたか?」
「そ、そんなわけでは……ただ、ヴォルフ様がお休みになっていないのが心配で……」
「俺のことは気にしなくていい。執務の合間に仮眠を取っている」
「でも、それでは十分に身体は休めませんわ。それに……」
言いかけてためらってしまった。その先を言うのが恥ずかしかったからだけど……
「どうした? 何か気になるのか?」
ヴォルフ様は見逃してはくれなかった。感情がないと言いながらよく見ていらっしゃる。嬉しいけれど、こんな時は軽く流してほしかったわ……でも、言うなら今しかないわよね。
「あの……ね、閨のことで……」
「閨?」
「は、い……」
「そのことなら気に病む必要はない。お前は若い。急ぐ必要はないだろう」
口籠っていたら先に退路を断たれてしまったわ。そうじゃないのに……はっきり言えない自分が情けなくて思わず俯いてしまった。
「どうした? 何を気に病む?」
「……ね、閨がしたいんです。ヴォルフ様のお子を私に下さい!」
気にかけて下さった喜びと共に、今しか機会はないとの思いに駆られたら思わずそう口走ってしまった。言ってから自分の口から出た言葉を反芻して嫌な汗が出た。こんな言い方、欲求不満だとおもわれないかしら……そろそろいかがですかとか、もっと気の利いた言い方を考えていたのに……! ヴォルフ様も呆れているわよね。どんな表情をされているのかと考えると怖くて顔があげられない……
「わかった」
「……え?」
「少し待て。湯あみをして来る」
「い、今から、ですか?」
「そうだ」
そう言うとヴォルフ様は部屋を出て行ってしまったけれど……い、今頃ティオかアベルに湯あみを命じているのよね? そ、それって今からしますって言っているも同然ではないかしら? そしてヴォルフ様がそう仰ったということは私があの宣言を取り下げたという事で……そ、そりゃあ致した場合、シーツやベッドに跡が残るから使用人にはわかってしまうことだけど……ヴォルフ様がいらっしゃるまで私は一人恥ずかしさに悶絶していた。これって初夜のあの時よりもずっと恥ずかしい、気がする……
その後、湯あみを済ませたヴォルフ様に致されてしまったのだけど、久しぶりだったせいかいつもよりも濃厚な気がしたわ。目が覚めた時には既にお昼も過ぎていたのには驚いたけれど……慌てて身を起こしたら身体中が痛かった。それでも妻の役目を果たせたこととヴォルフ様の温もりを感じられたことに心が満たされていた。
「すまなかった」
「え?」
私が目を覚ましたと聞いてやってきたヴォルフ様に謝られてしまった。
「最近、お前を避けていた」
「え?」
「共寝すると……約束を違えそうになったのでな」
「……そ、そうですか」
違えるって……何の約束で? 言われた時はわからなかったけれど……後でその言葉の意味に思い至った私が悶絶したのは言うまでもない。
まずあのお茶会の三日後にはエルマ様はバルドリック様と共にベルトラム領へと向かった。無事に到着してお二人で領地を回っているとの便りが昨日届いたわ。ベルトラム領はどんなところなのかしら? 王都の外はガウス領しか行ったことがないから他の領地に憧れるわ。その前にゾルガー領よね。ゾルガー領は海に面していて、交易が盛んな港町があるという。ここからは馬車で六、七日かかるらしいから行くのは簡単ではないけれど、いつかは行ってみたいわ。
エルマ様が王都を離れた翌日には王太子殿下ご夫妻が、その三日後には王子殿下お二人が馬車で二日の距離にある離宮へと向かわれた。別々で向かわれるのは襲撃を受けた場合に備えてのことだという。我が国は治安がいい方だけど絶対はないから仕方がない。こちらも無事に到着されて親子水入らずでお過ごしだとか。
王太子殿下が王都を離れてからは我が家の警備が厳しくなっていた。というのも、陛下たちが王都を離れる前にアーレントとの関税の話し合いも終わったのだけど、これが不調に終わったからだ。アーレントは関税を引き下げる条件の一つにヴォルフ様とクラリッサ様の婚姻を主張して来たのだけど、陛下はクラリッサ様を筆頭侯爵家に入れることに難色を示されたからだ。またクラリッサ様が押しかけてくるのではないかと警戒しても仕方ないわよね。
それに十日ほど前、エマとルーディー母子の住む別邸に賊が侵入する事件があった。幸い別邸に詰める騎士たちが直ぐに気付いて事なきを得たけれど、彼らを消そうとした者がいる可能性は否めない。犯人は街で雇われた破落戸で金欲しさに民家を襲っていた一味だった。
今のところ結びつく証拠がないけれど、この件はザイデル伯爵が絡んでいるのではないかと私たちは疑っている。イルクナー伯爵令息ヴォルフラム様がルーディーを実子として認めた今、彼がしたことはゾルガー家のお家乗っ取りだ。あの母子を消してなかったことにしたかったのだろう。今は影が証拠を探しているわ。
私は今までと変わりなく過ごしていたけれど、ヴォルフ様は以前にもましてお忙しそうだった。陛下や王太子殿下が王都を離れたせいで負担が増しているのか、最近は寝室にいらっしゃる時間がかなり遅い。時には寝室にいらっしゃった形跡がなく、睡眠をとっていないのではと心配だった。
ティオに尋ねたら執務室のソファで仮眠を取られているそのだとか。それでは身体は十分に休めないわ。私が邪魔なら自室に戻ると言ったけれど、それはしなくていいと言われてしまった。どうやら私とヴォルフ様の私室では警備の負担が大きく違うらしい。ヴォルフ様の私室には窓がないし、私が部屋に戻れば警備が分散するからだとか。そこまで警戒しなくても……と思わなくもないけれど、陛下や王太子殿下が不在の王都は普段よりも警備が緩い。ヴォルフ様も神経質にならざるを得なかった。
そのヴォルフ様もお忙しい以外は変わりなかった。領邸から医師が到着して二十日経ったけれど、彼の目から見てもヴォルフ様に心配する要素はないと言われたわ。多少の変化は生きている者ならあって当然で、むしろない方が問題だとも。確かにその通りだから私たちが感じている変化は許容出来る範囲なのかしら。心に負った傷も時間が経つにつれて薄れているはずだから、その分感情も出やすくなっているのかもしれない。それならそれでいいのだけど……
「ねぇ、ティオ、昨夜もヴォルフ様は執務室で仮眠を?」
今日でヴォルフ様が寝室に来られなくなって六日、いえ七日になる。夕食は一緒に摂るけれど、それ以外では殆ど顔を合わさなくなって、フレディ様と過ごす時間の方が長いくらい。そのフレディ様とは仕事の話をしたりしていつもと変わりないらしいのだけど……
「奥様……はい、昨夜はアベルが寝室でお休みになられるよう勧めたそうなのですが……」
「そう」
こうも続くと避けられているような気がしてしまうわ。ただ、元からお忙しい時はこんな感じだから気のせいなのかもしれないけれど……閨を拒否しているから気を悪くされてしまったかしら。子作りのための婚姻なのに、避妊薬を飲ませたことに怒って拒否するっていうのも変な話よね。子どもっぽい嫌がらせだと呆れられてしまったかと不安が募る……
あの時の怒りはもうすっかり消えて、いい加減再開しようとお伝えしたいのだけど、こうもお会い出来ないとそれをお伝えする機会がない。こうしている間に他の女性に目が向いてしまわれないかと思い至ったのもあって益々気が急くのだけど、さすがにフレディ様もいる夕食時に言うのも憚れる。何とか二人きりになりたいわ。それに、もうずっとヴォルフ様の体温を感じていないからそれが寂しい……ティオがいるのに大きなため息が出てしまった。
「イルーゼ、まだ起きていたのか?」
ヴォルフ様が声をかけてきたのは、寝室で何十回目の寝返りをした時だった。既に夜半を過ぎて夜闇が深い。中々寝付けず、今日もいらっしゃらないのかと深い落胆に沈んでいた時だったのもあって、その訪いに心が勝手に弾んだ。
「……ヴォルフ様、来て下さったのですか?」
「ティオに聞いた。お前が沈んでいると」
「え?」
ティオ、そんなことをヴォルフ様に言ったの? 恥ずかしい……彼の前でため息をつくんじゃなかったわ。
「どうかしたか?」
「そ、そんなわけでは……ただ、ヴォルフ様がお休みになっていないのが心配で……」
「俺のことは気にしなくていい。執務の合間に仮眠を取っている」
「でも、それでは十分に身体は休めませんわ。それに……」
言いかけてためらってしまった。その先を言うのが恥ずかしかったからだけど……
「どうした? 何か気になるのか?」
ヴォルフ様は見逃してはくれなかった。感情がないと言いながらよく見ていらっしゃる。嬉しいけれど、こんな時は軽く流してほしかったわ……でも、言うなら今しかないわよね。
「あの……ね、閨のことで……」
「閨?」
「は、い……」
「そのことなら気に病む必要はない。お前は若い。急ぐ必要はないだろう」
口籠っていたら先に退路を断たれてしまったわ。そうじゃないのに……はっきり言えない自分が情けなくて思わず俯いてしまった。
「どうした? 何を気に病む?」
「……ね、閨がしたいんです。ヴォルフ様のお子を私に下さい!」
気にかけて下さった喜びと共に、今しか機会はないとの思いに駆られたら思わずそう口走ってしまった。言ってから自分の口から出た言葉を反芻して嫌な汗が出た。こんな言い方、欲求不満だとおもわれないかしら……そろそろいかがですかとか、もっと気の利いた言い方を考えていたのに……! ヴォルフ様も呆れているわよね。どんな表情をされているのかと考えると怖くて顔があげられない……
「わかった」
「……え?」
「少し待て。湯あみをして来る」
「い、今から、ですか?」
「そうだ」
そう言うとヴォルフ様は部屋を出て行ってしまったけれど……い、今頃ティオかアベルに湯あみを命じているのよね? そ、それって今からしますって言っているも同然ではないかしら? そしてヴォルフ様がそう仰ったということは私があの宣言を取り下げたという事で……そ、そりゃあ致した場合、シーツやベッドに跡が残るから使用人にはわかってしまうことだけど……ヴォルフ様がいらっしゃるまで私は一人恥ずかしさに悶絶していた。これって初夜のあの時よりもずっと恥ずかしい、気がする……
その後、湯あみを済ませたヴォルフ様に致されてしまったのだけど、久しぶりだったせいかいつもよりも濃厚な気がしたわ。目が覚めた時には既にお昼も過ぎていたのには驚いたけれど……慌てて身を起こしたら身体中が痛かった。それでも妻の役目を果たせたこととヴォルフ様の温もりを感じられたことに心が満たされていた。
「すまなかった」
「え?」
私が目を覚ましたと聞いてやってきたヴォルフ様に謝られてしまった。
「最近、お前を避けていた」
「え?」
「共寝すると……約束を違えそうになったのでな」
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