あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第三部

ダンスの誘い

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 デットリック様が謝罪をされてその場は収まったけれど、今回は私よりもエルフリーナ様の方が分が悪いように思えた。彼らがどんな風に話を取り繕ってもエルフリーナ様の行動は陛下たちに届く。会場には王家の影が目を光らせていて、私たちも常に見張られているわ。それにヴォルフ様を慕っている陛下がどちらを信じるかは明らかで、不用意な発言をしたエルフリーナ様にいい感情をお持ちにならないだろう。

 そんな懸念はあっても何かしようとは思わなかった。我が国はこの縁談を諸手を挙げて歓迎しているわけじゃない。リシェル様がグレシウスで冷遇されたことを陛下もヴォルフ様も忘れていないから。私だってリシェル様にはいい感情は残っていないけれど、国民として冷遇されたことに憤りを感じているわ。

「ああ、ゾルガー侯爵夫人、一曲お相手願いますか?」

 会話が途切れたタイミングで音楽が次のダンスを誘う旋律を奏でた。私をヴォルフ様から引き離してヴォルフ様とマルティナ様を躍らせるおつもりかしら? 相手は王太子、断るのは不敬と誹られる可能性もあるけれど……

「断る。妻はまだ体調が戻っていない」
「体調って……出産からもう三月は経ったでしょう? 我が妃は二月で戻りましたよ」

 にこやかに、でも断ることを許さないような圧を感じるわ。それにしても二月でって妃殿下は安産だったのね。

「つわりが長く出産でもかなり体力を落とした。今日は王のダンスも断っている」

 新たに王位に就かれた陛下からも事前にダンスのお誘いがあったけれど、ヴォルフ様が断っていたわ。その話を聞いたのは即位の式典前にご挨拶に行った時だった。別にダンスくらいはと思ったのだけど、ヴォルフ様は陛下とダンスを踊れば他国の王族からの申し込みが続き、断れないと仰っていた。まだ落ちた体力は戻っていないので今回は有り難く陛下の名をお借りすることにしたのよね。

「……そう、ですか。それは残念ですね。さすがに陛下を差し置くなど出来ませんから」

 さすがに陛下の名を出されてはデットリック様も引き下がざるを得なかった。いくら招待客とはいえ王と王太子では立場が違う。国力も同程度となれば尚更だ。それに、この婚姻を強く望んでいるのは最近他国との関係で懸念が強まったグレシウスの方。我が国の心情を見誤ってはいないのね。

「申し訳ありません」
「いえいえ、だったら次の楽しみに取っておきますよ」

 そういうとデットリック様は一同を伴ってその場を離れた。その後ろ姿を見送って息を吐いた。自覚はしていなかったけれど緊張していたみたいね。

「中々気の強い王女だな」

 彼らの後ろ姿を眺めながらヴォルフ様がそう呟いた。そこには特に感情は含まれていなかったけれど、今後の妃候補としての採点はしっかりされているのでしょうね。

「ふふ、マルティナ様への愛情からでしょう」
「そういうものか」
「姉を慕う妹のようで微笑ましかったですわ」

 その純粋さは可愛らしいけれど、王妃に立つ身としてはまた意見が変わってくるのだけど。親しい者だけを優遇するようでは王妃など務まらない。臣下の夫人なら許されることも国の頂点に立てば余計な恨みを残す芽にもなり看過出来ないもの。まぁ、他人の夫に恋慕するのを諫めないのは問題だけど。

 それにしてもデットリック様は柔和そうに見えたけれどエルフリーナ様に対しては随分高圧的だった。実父に対してあれだけ委縮してしまうのは普段からあんな風に叱咤を受けているからかもしれない。王族だと貴族以上に親子関係が薄く、それぞれの立場に相応しい態度を求めるばかりで親子の情が薄いこともは少なくないと聞く。我が国は国王ご夫妻が王子殿下を愛情深く育っていらっしゃるけれど、グレシウスはそうではないみたいね。王太子殿下と妃殿下は大恋愛の末に結ばれたけれど、今はすっかり冷めた関係だと言われているし。

「少し休むか?」
「まだ大丈夫ですわ」
「だが気を遣っただろう」

 確かに他国の王太子と王女、更にはヴォルフ様を狙っている女狐を相手にするのは骨が折れたけれど、ヴォルフ様がいてくださったから心強かったわ。

「少し風に当たろう。ここは暑い」
「はい」

 そう仰るのなら否はないわ。気を遣って下さるのが分かるから頬が緩んでしまう。季節は夏に向かって順調に暑さを増している。夜会なら日も隠れて涼しくなるけれど、今日はまだ日が高いし、ここは人が多くて暑いわ。バルコニーに出るかと思ったら庭に向かわれた。そうね、バルコニーには日よけがないから庭の方が涼しいわね。ゆっくりと私の歩幅に合わせてくださるのが嬉しい。

 今日の庭は王宮の庭師が持つすべてをかけて整備したのでしょうね。いつも以上に花々は鮮やかに咲き誇り、萎れた花、色が悪くなった葉の一枚も見えないわ。整然と整えられた庭は我が国自慢の庭園で、庭道楽のベルトラム侯爵が手をかけていると言われている。今回も侯爵は随分張り切っていたとエルマ様からも伺っているわ。

「素敵ですね」

 艶やかに飾られた庭に心が躍るわ。そんな庭をヴォルフ様と歩けることが嬉しい。こんな時でなければゆっくりお茶をしたいわ。でも、お茶をするならゾルガー邸のいつもの庭がいいわ。産後私が動けない間にヴォルフ様が庭に手を入れて下さって、今は幼子が歩いても危険がないようになっている。アンゼルを抱いたヴォルフ様と三人で散歩する時間はこれ以上ないほど幸せを感じるのよ。今はアンゼルがあの庭を歩く日を心待ちにしている。アンゼルを真ん中に、三人で手を繋いで歩くの。一歳になるくらいには歩けるようになると聞くわ。来年の春には私の夢がまた叶うはず。

「この先に四阿がある。そこで休むぞ」
「はい」

 王宮の庭にはいくつか四阿があるけれど、身分によって使える場所が違う。この先にあるのは侯爵家以上の者が使える場所だ。近くには給仕たちが控えていて、私たちの姿を目に止めると深く頭を下げた。

 ヴォルフ様に手を預けて椅子に座る。ドレスはちょっとしたことでも気を遣うわね。まだドレスの広がりが小さいから楽だけど。やたらと広がりのあるドレスを好んでいた姉たちは面倒だとは思わなかったのかしら。マルガとアベルが飲み物をトレイに乗せて差し出した。王宮では私たちが口にする者はゾルガー家の者が用意すると決まっているから給仕が手を出すことはない。彼らは場を整えるだけだ。

「美味しい……」

 マルガが出してくれたのは冷たく冷やした果実水だった。ダンスも踊ったし挨拶も続いたから身体が水分を欲していたわ。ヴォルフ様は……ワインね。私は妊娠が判明してからは呑んでいない。今もアンゼルにお乳を上げているから控えているけれど、医師の話ではそろそろ乳母に任せてもいいらしい。私もそろそろ家政や社交に戻らなきゃいけないし、そういう時期なのかもしれないけれど、まだ踏ん切りがつかないわ。だってお乳を飲んでいるアンゼルはとても可愛いのだもの。

「疲れたなら控室に戻るか?」

 空になったグラスをアベルに渡しながらヴォルフ様がそう言って下さったけれど、さすがに早過ぎないかしら。

「まだ挨拶が終わっていない方も大勢いらっしゃいますわ」
「だがまだ産後だ。無理をするな」
「もうすっかり元気ですわ。体力だって少し無理をするくらいでないとつきませんし」

 ヴォルフ様って意外と心配性よね。婚約者になって暫くして、鍛錬を始めた頃にそう仰ったのはヴォルフ様なのに。

「だが……」
「ルーザー医師ももう大丈夫だと仰っていましたわ。鍛錬も少しずつ再開するつもりですし」
「鍛錬などしなくてもいいだろう」
「そうはいきませんわ。守りたい者が増えましたもの」

 そういうと眉間に僅かな皴が現れた。

「お前が自ら剣を手にする必要はないだろう。守りは固めてある」

 確かにゾルガー邸も東棟も私の周りも警備が厳しくなったし、信用が置ける者しか出入り出来なくなったわ。

「ヴォルフ様がアンゼルを守る為に万全の手を打って下さっているのはわかっていますわ。それでも万が一ということが絶対にないとは言い切れないでしょう? あの子には出来ることは何でもしたいのです」

 私がそういうとヴォルフ様がじっと私を見下ろした。ヴォルフ様に手抜かりがあるという意味ではないわ。

「不安か?」
「そういう意味ではなくて……あの子は私の幸せの結晶です。だから守りたい。母親として当然の想いですわ」

 あなた様とのお子だから愛おしくて守りたいだけ。弟妹が出来てもそれはきっと変わらないわ。

「そうか。だが、不安があるなら遠慮なく言え」
「わかりましたわ」

 どこまでこの方は私を喜ばせて下さるのかしら。幸せ過ぎて不安になりそうだわ。この幸せがずっと続いてほしい。

「どうやって……したのよ! 年増のく……!」
「何とか……よ!」

 せっかく幸せな気分に浸っていたのに……少し離れた場所でもめ事が起きているみたいね。耳を傾けなくても風向きのせいか会話が途切れ途切れに流れてくる。

「……フレディ……だわ!」

 耳を疑ったわ。今、確かにフレディって言ったわよね? さして珍しい名前ではないけれど、年増って……思わずヴォルフ様を見上げると、声がする方を気にしているのか口の端が下がっているわ。ということは、絡まれているのって……

「様子を見に行くか?」
「もちろんです」

 知らん顔は出来ないわ。私たちは声のする方へと向かった。




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