あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第三部

穏やかで勇ましい日

 翌朝早く、ヴィムはゲオルグ様たちを連れて領邸を発った。予想通り罵詈雑言を放つ彼らにうんざりしていたヴィムは朝食に薬を仕込んで眠らせたため、出立は静かなものだった。三日かけて王都に着く予定だけど、その間彼らは檻付きの荷馬車の中。貴族として育った彼らにはそれだけでもかなりの罰になりそう。ヴィムやゾルガーの騎士のためにも無事に到着してほしいわ。

 それからは穏やかに日が過ぎた。アベルに休むと仰ったヴォルフ様だけど、現実は崖崩れの対応などやることは少なくなかった。フレディと共に道の復旧と共にう回路の整備なども地元の監督官たちと連日話し合いを続けていらっしゃったわ。あの崖の辺りは昔から頻繁に崩れたため、これを機に別の道を造ろうとの声が上がっていた。



 アベルが仕事に復帰した日の午後、私はザーラと共に騎士団の慰問に訪れていた。王都の屋敷でも騎士団への慰問は夫人の大事な役目の一つ。彼らの士気はそのままゾルガーの力に繋がるから。

 先代のお義父様の頃は、第一夫人だったナディア様はまったく興味を示されなかったけれど、第二夫人のメリア様は熱心だったという。彼女はゾルガー一門のリット子爵家の出だったから騎士との関係の重要性を理解されていたのでしょうね。それに、お義父様とは幼馴染で、ナディア様の目もあったから隠されていたけれどお二人の仲はよかったらしい。

 慰問には軽くつまめる軽食や焼き菓子を差し入れるのが常。作るのは領邸の料理人たちだけど、今日は私とザーラも少しだけ手伝ってみた。ゾルガーは血統よりも実力を重視するし、領地では主と使用人の距離も近い。これまでも何度か差し入れを持って慰問しているけれど、今日はいつもとは様子が違った。

 というのも、今日はヴォルフ様が剣を手に騎士たちの相手をしていらっしゃったからだ。お忙しいから滅多にそんなことはなさらないのだけど、今回はフレディのお陰で余裕がおありらしい。ザーラと共に鍛錬場に顔を出すと人だかりが出来ていて、その真ん中では一対一の打ち合いが行われていた。

「何をやっているの?」

 付き添いのマルガに尋ねると、彼女は近くの騎士に尋ねてくれた。彼の話では今日は模擬戦をしていて、上位者にはヴォルフ様が金一封を出すと仰ったとかで盛り上がっているのだとか。

「模擬戦なんて初めてだわ」
「どうやら旦那様とフレディ様も出られるようですよ」
「ええっ? ヴォルフ様が?」

 当主自ら模擬戦に? フレディまで? 騎士が言うには領地に来ると一度はこうして騎士たちと剣を交えるのだという。知らなかったわ。王都ではいつもお忙しくて、騎士の棟に向かうこともあまりないようだから。

「あ、フレディ様が出てきましたよ」

 マルガが弾んだ声をあげた。騎士たちが道を開けてくれたお陰で前の方に出ることが出来たわ。広い鍛錬場の中央にはフレディとリット家の嫡男のルッツが対峙していた。

「どっちが強いのかしら?」
「う~ん、五分五分、でしょうか。ルッツさんも中々に強いですから」

 ルッツは王都の騎士の責任者を務めているからかなりの手練れよね。フレディはどうなのかしら? 彼も子どもの頃から鍛錬はしているのでしょうけれど。この試合はルッツの勝ちかしらと思いながら見ていたら、わっと歓声が上がった。意外にも勝者はフレディだった。

「凄いわ! ね、ザーラ!」
「え、ええ」

 ザーラの声には安堵が込められていたけれど……

「ザーラ、大丈夫? 心配なら見ない方が……」

 お腹の子に障るといけないわ。まだ安定期に入っていないのだから。

「い、いえ、大丈夫です」
「本当に?」
「ええ。ここでやめるとかえって気になってしまいますから」

 そう答えるザーラはすっかり妻の顔をしていた。今のところ悪阻もなく順調で、フレディの過保護っぷりは増す一方。微笑ましく思っていたらまた歓声が上がった。さっきよりも大きいわ。試合はまだ始まっていないのに……って、ええっ?

「次はフレディ様と……えっと、旦那様ですね」
「ヴォルフ様?」

 マルガが目を輝かせたけれど、目を疑ったわ。だって、フレディの次の相手はヴォルフ様だったから。剣を手にした姿は久しぶりだわ。そこにいるだけで雄々しくてかっこいい……嫌だわ、ドキドキしてきちゃったじゃない。当主とその甥の勝負に騎士たちはお祭り騒ぎだった。歓声が止まないわ。

「両者、始め!」

 試合の立会人の号令と共に歓声はぴたりと止まって異様な緊張感がその場を支配していた。皆が固唾を飲んで二人の様子を伺っているわ。ザーラとマルガも息を忘れたように中央に立つ二人を見つめている。

 ヴォルフ様はいつぞやの決闘の時と同じく剣を下げたまま。対するフレディは剣を構えてヴォルフ様を鋭く見つめている。ヴォルフ様はいつも通り無表情だけど、対するフレディは見たこともないような鋭い目を向けていて、闘志が全身から立ち上っているように感じた。

 先に動いたのはフレディだった。鋭く胴の辺りを横切った刃は直ぐにヴォルフ様の足に向かった。最初のあれは陽動で足が本命だったのかしら? 私は剣の才能がまったくないからわからないわ。それからは二人の動きを追うのに精一杯だった。フレディは最初の一打目は大振りだったけれどその後は小さな動きでヴォルフ様を狙っている、ように見える。対するヴォルフ様はフレディの剣を軽くかわしている、みたいね。だったら……そう思ったのと同時に、フレディの剣が宙を舞い、ヴォルフ様のそれはフレディの喉元に突き付けられていた。

「……しょ、勝者旦那様!!」

 立会人が息を呑んだ後でそう宣言すると、一層大きな歓声がその場を満たした。凄いわ、ヴォルフ様の圧勝だった。そしてフレディも。あんなに強かったなんて知らなかったわ。皆と一緒に拍手を送っていた。ヴォルフ様はこんなにも支持されているのね。無表情だし冷徹だと王都では遠巻きにされている印象が強かったけれど、余計な心配だったわ。

「やっぱり旦那様かぁ……」
「さすがだよなぁ!」
「俺、フレディ様に賭けてたのになぁ」
「ああ、最近のフレディ様は凄かったんだけどなぁ」

 騎士たちはフレディの成長ぶりをよく見ていた。守るべき者が出来て変わったのね。それもいい方に。ザーラがフレディを受け入れなかったら……ちょっと怖い展開になっていたかもしれないわね。

 結局模擬戦はヴォルフ様とフレディを除外し、最後まで残っていたルッツが勝者になった。賞金が入った袋を立会人はルッツの渡そうとしたけれど、彼はそれを辞退した。

「賞金はご辞退します。そのかわり、一つお願いが」

 恭しく頭を垂れた後、ルッツがヴォルフ様を見上げて願い出た。

「何だ? 言ってみろ」
「ありがとうございます。でしたら……手合わせをお願いします」

 ルッツがそう言うと騎士たちが歓呼の声を上げ、中には口笛を鳴らしはやし立てる者もいた。

「いいだろう」
「ありがたき幸せ」

 是と答えたヴォルフ様にルッツが再び頭を下げた。

「凄いわね、旦那様に勝負を挑むなんて」
「ルッツさんは負けず嫌いですからねぇ」

 穏やかに見えるけれどルッツは強い闘志を秘めているらしい。ザーラとマルガの方が彼らとの付き合いが長いから詳しいのよね。私の場合、最初から主従の関係だったから軽口をたたくようなこともなかったのだけど。

「あ、始まりますよ」

マルガの声に中央に立つ二人に視線を向けると、ヴォルフ様がこちらを見た。それだけだったけれど私に気付いて下さったみたいね。ヴォルフ様はフレディの時と同じく構えもせずルッツに対峙していた。ルッツが低めの体勢で構えを取る。暫くの間緊張感の中で二人が微動だにしなかったけれど、先に動いたのはルッツだった。一気に間を詰めてヴォルフ様を突きに行ったけれど、ヴォルフ様は僅かに身体をずらして剣を交わすとその背に柄で突き、ルッツが数歩先に倒れた。あっという間だったわ。

「さすが旦那様!」
「圧勝ですわね」

マルガが感嘆の声を上げ、ザーラがしみじみと呟いた。本当にお強いわ。ヴォルフ様に勝てる人なんているのかしらと思ってしまう。

 その後もヴォルフ様は稽古だと仰って騎士と剣を交えていた。ヴォルフ様がご自身から一本取ったら褒美をやると仰ったから一層熱が入ったらしく、騎士たちが次々と勝負を挑んでいたけれど、ヴォルフ様はいつも通り淡々と仕事を処理するように騎士たちを軽くあしらっていた。この強さが騎士たちの憧憬を集めて結束を強めているのね。王都では決してみられることのない風景がここにはあったわ。



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