あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

文字の大きさ
250 / 340
第三部

姉からの謝罪

しおりを挟む
 姉の予想外の言葉に罠かもしれないとも疑念も浮かんだけれど、今回だけは信じてみようという気になった。言葉遣いも態度も完璧とは言い難いけれど、彼女にしては相当気を遣っているように見えたし、ある意味姉も父の被害者とも言える。父の妄執がなければ違う未来があったかもしれないから。それに……たまにだけど、凄く稀だったけれど、幼い頃に助けてくれたこともあった。それは当時に私にはとてもありがたかったことだから。

「お姉様のお気持ちはわかりました。謝罪を受け入れます」
「……いいの?」
「嫌だと言って困るのはお姉様でしょう?」

 そう告げると一瞬目を大きく見開いてから何とも表現しようのない表情を浮かべた。謝罪は受け取ってほしいけれど許されると思っていなかったのかしら。確かにそれだけのことをされたけれど、今私がここにいるのはあの家で育ったからでもある。嫌な思いも随分したけれどそれが私を強くしてくれたし、ヴォルフ様の妻にと願い出る行動に繋がった面もある。どれか一つでも欠けていたらこの未来はなかったわ。

「受け入れるのはこれまでのことへの謝罪だけです」
「……ありがとう、ございます」

 僅かの間の後、深く頭を下げた。姉が私に頭を下げる日が来るとは思わなかったわ。その後父のことを尋ねたけれど、侍女から聞いていた通り姉は父を警戒していた。ベタベタと身体を触ってくる父に違和感を持ったのは十を過ぎた頃で、それからは出来るだけ母や侍女から離れなかったという。我が父ながら気持ち悪いとしか思えなかったわ。子どもの頃は母に似ていたらもっと可愛がってもらえたのにと思っていたけれど、そうならなくてよかったのかもしれない。

「最後に……これからは姉と呼ばないようにお願いします」

 話し合いが終わった後、そう言われて驚いた。彼女からそんな言葉が出てくるなんて……

「私たちはもう、立場が違います。私はガウス家に籍はありませんし、それに……実際に姉ではありませんから」

 少し寂しそうに見えたのは私の感傷かしら。でも彼女の言う通りね。私たちはいとこで、今は筆頭侯爵夫人と伯爵令嬢。しかも彼女は二度も婚約が白紙になっている上、麻薬中毒と未婚の母というこれ以上ないほどの瑕疵がある。

「わかりましたわ。これからはフィリーネ様とお呼びします。私のことはイルーゼとお呼びになって」
「いえ、お名前呼びは辞退いたします。これからは侯爵夫人と」

 そう告げた彼女は真っすぐに私を見ていて、そこには強い意志が見えた。どうしてこうも変わったのかしら? 演技でなければいいと、本心からのものならいいと心から思った。

 話を終えた後、ヴォルフ様の待つ応接室へと戻った。こちらはこちらでヴォルフ様と伯父が何か話をしていたらしい。どんな話をされてきたのかしら? 後で詳しく教えてくださるわよね。

「どうだった?」
「フィリーネ様から謝罪をいただき、受け入れました」
「そうか」

 特に驚いた風もなかったからヴォルフ様はどんな話をするのか見当がついていらっしゃったのかしら? いえ、どんな答えでも驚かれることはないかもしれないわ。

「伯爵、貴殿の提案を受け入れよう。謹慎は解く。二人を嫁がせていい」
「あ、ありがとうございます」

 伯父様がぱっと表情を明るくした。さっきよりも顔に赤みが戻ってきたように見える。拒否されたらと気が気ではなかったのね。

「だが次はないと思え。侮るならゾルガーはベルナー伯爵家と一切の関係を絶つ」
「肝に銘じます」

 伯父様が深く頭を下げた。再び上げた顔は緊張感に満ちていたけれど、この部屋に入った時よりもずっと生気があった。

 伯父様たちが帰った後、ヴォルフ様と執務室に戻った。姉の代わりようには驚いたけれど、母は殆ど話すことはなかったわね。当然謝罪も。それが母の答えなのね。謝罪する気がないのか、許されると思っていないのか、許されたくないのか。あの人の気持ちは母親になった今もわからない。

 ソファに並んで腰かけるとティオがお茶を淹れロッテがお菓子を並べてくれた。なんだかすごく疲れたわ。無意識に緊張していたのかもしれない。お茶の優しい香りが気持ちを和らげてくれる。

「どうだった?」
「姉から、謝罪がありました。嘘をついているようには見えなかったので受け入れました」

 ここに戻ってきたら本当に本心だったのかと思う気持ちが強くなったわ。やっぱり積み重なった不信感の方が強いのね。

「そうか」
「それに、姉と呼ばないようにと言われました。驚きましたわ。自らそう言うとは思わなかったので」

 不仲でも姉妹となれば世間で酷い扱いを受けることはないわ。だけど、他人行儀に呼び合えば私が姉を拒絶したと思って軽んじてくる者も出てくるはず。それを知らない人ではないでしょうに。

「母親と姉は、ベルナー伯爵家で冷遇されていたそうだ」
「冷遇?」

 驚いたわ。母たちはベルナー領の領邸ではなく、前当主たちと別邸で暮らしていた。祖父母は母と姉を快く迎えてくれたと聞いていたから穏やかに暮らしていたと思っていたのに。

「祖父母が体調を崩した後、別邸を取り仕切っていたのは伯爵の嫁だ。嫁は娘と共にあの二人を家の恥だときつく当たってろくに世話もしていなかった」
「世話をって……では使用人もそれに倣ったと」

 ヴォルフ様が頷く。日に焼けていたのはそのせいだったのかしら。義伯母の顔が浮かんだ。気が強そうな方で娘もよく似ていた。あまり交流がなかったのにヴォルフ様と婚姻してから親族だからと何度か話しかけて来たことがあったわね。出戻った者を快く思わないのは貴族社会では当り前だけど……

 私が別室で謝罪を受けている間、伯父様はヴォルフ様に母たちの境遇を説明し、家から出したいとの相談を受けていた。穏やかな気性の伯父様が何度注意してもお荷物を養う余裕はないと義伯母に言われ、終いには使用人たちまで真似をする始末。実際母たちのせいで義伯母たちは世間から嫌味を言われたりして肩身の狭い思いをしていたから、優しい伯父は強く諫められなかったという。

 妻子の態度に困り果てた伯父様が仲のいいエンデ伯爵に冗談で侍女として雇ってくれないかと言ったらしい。その頃のエンデ伯爵は親族から一日も早く後継をと急かされ辟易していたところで、若くて子が産めるのなら妻として迎えようと言ってくれたのだとか。

 ちなみに母にも再婚の話が出ているという。相手は隠居した伯爵家の前当主で、妻が亡くなって久しく、行き場がないのなら話し相手として側にいてほしいと申し出ているのだとか。母の二十ほど年上の方で看取り要員とも言えるけれど、母は実家の世話になって兄に負担をかけるくらいならと頷いたとか。ただ、フィリーネ様の今後を見届けてからと言っているので後になるそうだけど。

「そんな状態だったのですね」

 影の報告でも義伯母たちがきつく当たっているとあったけれど、そこまでだとは思わなかったわ。それに少しは苦労した方がいいと思って放っておいたのも事実。でも、実際に当事者から話を聞いてみないとわからないものね。実家では父に気を遣う日々だったでしょうけれど、それでも悠々自適の生活を送れていただけに相当辛かったはず。

「あれでよかったのか?」

 ヴォルフ様にそう尋ねられたけれど……よかった、のかしら?

「まだ、何とも言えません。あの人が本当に変わったのかも、まだわかりませんし……」
「そうか」

 そうね、まだわからないわ。何かを企んでいるとは思えなかったけれど、心の奥まで見極めるのは簡単じゃないもの。

「今回の謝罪だけで信用することは出来ません。これまでがこれまでですから」

 確かに変わったと感じたわ。でも、いくら冷遇されて苦労したとはいっても、そう簡単に変わるとは思えない。あの謝罪だけで信じるのは難しいわ。それくらい実家の家族への不信感は根強いから。

「嫌な思いをしたら遠慮なく言え。一人で抱え込むな」
「わかりました。何かあったらちゃんとお話しますわ」

 気が付けば笑顔でそう答えていた。心配してくださるお気持ちが嬉しい。でも姉が何をしても傷つくことはないわ。私にはヴォルフ様が、私を案じて守ってくれる家族がいるから。





しおりを挟む
感想 1,598

あなたにおすすめの小説

迎えに行ったら、すでに君は行方知れずになっていた

月山 歩
恋愛
孤児院で育った二人は彼が貴族の息子であることから、引き取られ離れ離れになる。好きだから、一緒に住むために準備を整え、迎えに行くと、少女はもういなくなっていた。事故に合い、行方知れずに。そして、時をかけて二人は再び巡り会う。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

そしてヒロインは売れ残った

しがついつか
恋愛
マーズ王国の住民は、貴賤に関係なく15歳になる歳から3年間、王立学園に通うこととなっている。 校舎は別れているものの、貴族と平民の若者が一か所に集う場所だ。 そのため時々、貴族に対してとんでもないことをやらかす平民が出てきてしまうのであった。 リーリエが入学した年がまさにそれだった。 入学早々、平民の女子生徒が男子生徒に次々とアプローチをかけていったのだ。

【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea
恋愛
王太子でもあるエイダンの婚約者として長年過ごして来た公爵令嬢のフレイヤ。 未来の王となる彼に相応しくあろうと、厳しい教育にも耐え、 身分も教養も魔力も全てが未来の王妃に相応しい…… と誰もが納得するまでに成長した。 だけど─── 「私が愛しているのは、君ではない! ベリンダだ!」 なんと、待っていたのは公衆の面前での婚約破棄宣言。 それなのに…… エイダン様が正妃にしたい愛する彼女は、 身分が低くて魔力も少なく色々頼りない事から反発が凄いので私に側妃になれ……ですと? え? 私のこと舐めてるの? 馬鹿にしてます? キレたフレイヤが選んだ道は─── ※2023.5.28~番外編の更新、開始しています。 ですが(諸事情により)不定期での更新となっています。 番外編③デート編もありますので次の更新をお待ちくださいませ。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

【完結】元サヤに戻りましたが、それが何か?

ノエル
恋愛
王太子の婚約者エレーヌは、完璧な令嬢として誰もが認める存在。 だが、王太子は子爵令嬢マリアンヌと親交を深め、エレーヌを蔑ろにし始める。 自分は不要になったのかもしれないと悩みつつも、エレーヌは誇りを捨てずに、婚約者としての矜持を守り続けた。 やがて起きた事件をきっかけに、王太子は失脚。二人の婚約は解消された。

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。