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番外編~エルネスト
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黄色く色づいた麦の上を風が走り抜けて、その度に黄色い絨毯がさざ波のように揺れた。王都からどれくらい離れているのかもわからない王領の一つ、それが俺の居場所だった。
「ジル様、今日は昨日耕した畑に種を蒔きましょう」
「ああ、そうだな」
エルネストの名を捨ててジルと名乗る様になった俺は、朝食を食べ終えて作業着に着替えると、監視役の農務官の男と一緒に畑に出た。
父だった国王陛下から俺に下された罰は、王領の北の離宮への生涯幽閉だった。あの離宮は罪を犯した王族が死ぬまで閉じ込められる場所で、一度入れば二度と出られないと言われている。
そこに俺と母上は別々に送られてきた。母上がいるとわかったのは…母上が抵抗する声が聞こえたからだった。激しく監視役の騎士を罵る声が風に乗って俺のいる部屋にまで届いたのだ。それでも近くにいるなら様子を知ることが出来るのでは…と希望を感じたくらいには、俺の生活は寂しく虚しいものだった。
情況が変わったのは、国王になった兄上に王太子となる王子が生まれた時だった。恩赦が下され、俺の罪も少しだけ軽減されて待遇のいい場所に移されたのだ。母上も一緒かと思ったが、母上は未だに自分は悪くないと仰っているとかで恩赦はないという。離れる事に寂しさもあったが母上が変わるとは思えず、仕方ないと感じた。
新しい住処は、北の離宮よりも温暖で過ごしやすい穀倉地域だった。一年中作物が作られ、農地が土だけになる時期が短いここで、俺は国から派遣された農務官たちと一緒に穀物の品種改良を手伝っていた。王子教育で得た知識と膨大な無為な時間のお陰で、彼らと仕事をするくらいの知識が得られたのは幸いだったと言える。
監視が付くのは変わらないが、意外にもここでの生活は悪くなかった。冷害に弱い穀物の品種改良には遣り甲斐があったし、食事も何もかもがこれまでと比べ物にならないほどに質素になったが、泥にまみれながら過ごす時間は不思議と心を慰めてくれた。
「ジル様、午後から雨が降りそうですよ」
「そうか…だったら種まきを急ごう。それが終わったら水路の様子を見に行くんだ。この前の雨で溢れそうになったんだろう?」
「はい。ゴミが詰まっていたと聞いています」
「そうか。じゃ、ゴミの回収もしてしまおう」
「ありがとうございます」
幽閉されている屋敷は少し高い場所にあるが、民家は割と低い土地にもあって、雨のたびに水が浸かる場所もある。それを事前に防ぐのは俺の仕事ではないが、知っていて見過ごすことは出来なかった。水路のゴミ拾いは重労働だが、一時間頑張れば多くの領民が被害を免れる。監視中の俺は比較的自由になる時間があった。だったら俺がやればいいだろう。
「はぁ…疲れた…」
水路のごみ掃除は何度やっても重労働だった。収穫した穀物や狩った草、木の枝などが水路の水止め場に溜まるのだが、水を含んでいる分重くなっているし、水から上げたら離れた場所まで運んでおかないとまた水路に流れてしまう。終わった頃には腕が疲れ過ぎて感覚がなくなっている気がした。冷めた湯で身体を洗って着替えをし、固いベッドに倒れ込んだが…心の中は充足感で満ちていた。
(王族だった頃が…嘘みたいだ…)
煌びやかな宮殿で贅沢三昧の日々は、まるで他人事のようにすら感じられた。両親や兄上達に会えない寂しさが募るが、今ではそれだけの事をしたのだという自覚もあった。あの頃の自分は驕慢で何も知らない子供だったと今ならわかる。気付くのが遅すぎたのだということも。それでも、こうして生きていられるだけ有難いと思えるのは、少しは成長した証だろうか…
「ジル、晩御飯よ」
「ああ、今行く」
うとうとしかけた俺に声を掛けたのは…アネットだった。彼女は今、この屋敷の下働きの侍女として働いていた。彼女は貴族籍をはく奪され、その生家の男爵家も領地を半分没収されていた。それでも捜査に協力的だったのと、レティシアの口添えもあって予想よりも軽い罪で済んだと言った。この屋敷の侍女が年を理由に辞めた後釜としてやってきた時は、驚きしかなかった。
「ラフォン侯爵令嬢に教えて貰ったのよ」
戸惑う俺にアネットはそう言って笑みを浮かべたが、それは昔のものとは違って真っすぐで力強いものだった。もう儚げな面影はなかった。
「私くらい側にいてもいいでしょ?」
彼女を利用したのに、そう言って細やかな気遣いをしてくれる彼女に、昔とは違った感情が芽生えたのを感じた。それでも…気の強い世話好きな姉と世間知らずの弟みたいですね、と監視役の農務官は苦笑していた。
だが、それでいいと思う。俺にはもう子供を作る力はないし、結婚を許される立場でもない。いつか彼女の気が済んで、誰か好きな相手が現れたら、ここを出て幸せになって欲しいと思う。
「ちょっとジル、早くしないと冷めちゃうでしょ」
「あ、ああ。直ぐに行く」
いつまでこの小さな幸せが続くだろうか。幾ばくかの寂しさを感じながら、ベッドから起き上がった。外は既に雨が降り出し、静かに屋根を叩いていた。
【完】
- - - - -
これまで読んで下さってありがとうございました。
ここで一旦完結とさせて頂きます。
気が付けば30万文字を超える長編になってしまいましたが、最後までお付き合い下さってありがとうございます。
「ジル様、今日は昨日耕した畑に種を蒔きましょう」
「ああ、そうだな」
エルネストの名を捨ててジルと名乗る様になった俺は、朝食を食べ終えて作業着に着替えると、監視役の農務官の男と一緒に畑に出た。
父だった国王陛下から俺に下された罰は、王領の北の離宮への生涯幽閉だった。あの離宮は罪を犯した王族が死ぬまで閉じ込められる場所で、一度入れば二度と出られないと言われている。
そこに俺と母上は別々に送られてきた。母上がいるとわかったのは…母上が抵抗する声が聞こえたからだった。激しく監視役の騎士を罵る声が風に乗って俺のいる部屋にまで届いたのだ。それでも近くにいるなら様子を知ることが出来るのでは…と希望を感じたくらいには、俺の生活は寂しく虚しいものだった。
情況が変わったのは、国王になった兄上に王太子となる王子が生まれた時だった。恩赦が下され、俺の罪も少しだけ軽減されて待遇のいい場所に移されたのだ。母上も一緒かと思ったが、母上は未だに自分は悪くないと仰っているとかで恩赦はないという。離れる事に寂しさもあったが母上が変わるとは思えず、仕方ないと感じた。
新しい住処は、北の離宮よりも温暖で過ごしやすい穀倉地域だった。一年中作物が作られ、農地が土だけになる時期が短いここで、俺は国から派遣された農務官たちと一緒に穀物の品種改良を手伝っていた。王子教育で得た知識と膨大な無為な時間のお陰で、彼らと仕事をするくらいの知識が得られたのは幸いだったと言える。
監視が付くのは変わらないが、意外にもここでの生活は悪くなかった。冷害に弱い穀物の品種改良には遣り甲斐があったし、食事も何もかもがこれまでと比べ物にならないほどに質素になったが、泥にまみれながら過ごす時間は不思議と心を慰めてくれた。
「ジル様、午後から雨が降りそうですよ」
「そうか…だったら種まきを急ごう。それが終わったら水路の様子を見に行くんだ。この前の雨で溢れそうになったんだろう?」
「はい。ゴミが詰まっていたと聞いています」
「そうか。じゃ、ゴミの回収もしてしまおう」
「ありがとうございます」
幽閉されている屋敷は少し高い場所にあるが、民家は割と低い土地にもあって、雨のたびに水が浸かる場所もある。それを事前に防ぐのは俺の仕事ではないが、知っていて見過ごすことは出来なかった。水路のゴミ拾いは重労働だが、一時間頑張れば多くの領民が被害を免れる。監視中の俺は比較的自由になる時間があった。だったら俺がやればいいだろう。
「はぁ…疲れた…」
水路のごみ掃除は何度やっても重労働だった。収穫した穀物や狩った草、木の枝などが水路の水止め場に溜まるのだが、水を含んでいる分重くなっているし、水から上げたら離れた場所まで運んでおかないとまた水路に流れてしまう。終わった頃には腕が疲れ過ぎて感覚がなくなっている気がした。冷めた湯で身体を洗って着替えをし、固いベッドに倒れ込んだが…心の中は充足感で満ちていた。
(王族だった頃が…嘘みたいだ…)
煌びやかな宮殿で贅沢三昧の日々は、まるで他人事のようにすら感じられた。両親や兄上達に会えない寂しさが募るが、今ではそれだけの事をしたのだという自覚もあった。あの頃の自分は驕慢で何も知らない子供だったと今ならわかる。気付くのが遅すぎたのだということも。それでも、こうして生きていられるだけ有難いと思えるのは、少しは成長した証だろうか…
「ジル、晩御飯よ」
「ああ、今行く」
うとうとしかけた俺に声を掛けたのは…アネットだった。彼女は今、この屋敷の下働きの侍女として働いていた。彼女は貴族籍をはく奪され、その生家の男爵家も領地を半分没収されていた。それでも捜査に協力的だったのと、レティシアの口添えもあって予想よりも軽い罪で済んだと言った。この屋敷の侍女が年を理由に辞めた後釜としてやってきた時は、驚きしかなかった。
「ラフォン侯爵令嬢に教えて貰ったのよ」
戸惑う俺にアネットはそう言って笑みを浮かべたが、それは昔のものとは違って真っすぐで力強いものだった。もう儚げな面影はなかった。
「私くらい側にいてもいいでしょ?」
彼女を利用したのに、そう言って細やかな気遣いをしてくれる彼女に、昔とは違った感情が芽生えたのを感じた。それでも…気の強い世話好きな姉と世間知らずの弟みたいですね、と監視役の農務官は苦笑していた。
だが、それでいいと思う。俺にはもう子供を作る力はないし、結婚を許される立場でもない。いつか彼女の気が済んで、誰か好きな相手が現れたら、ここを出て幸せになって欲しいと思う。
「ちょっとジル、早くしないと冷めちゃうでしょ」
「あ、ああ。直ぐに行く」
いつまでこの小さな幸せが続くだろうか。幾ばくかの寂しさを感じながら、ベッドから起き上がった。外は既に雨が降り出し、静かに屋根を叩いていた。
【完】
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これまで読んで下さってありがとうございました。
ここで一旦完結とさせて頂きます。
気が付けば30万文字を超える長編になってしまいましたが、最後までお付き合い下さってありがとうございます。
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