戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

文字の大きさ
110 / 168
第二部

婚約破棄の理由

しおりを挟む
 弱々しい声と表情に、ちょっとだけ罪悪感が湧いた。あくまでもちょっとだけど。

「一方的だったのは悪かった。だが、話し合うにも時間も方法がなかったんだ。それに……」

 そこまで言って目を逸らされてしまった。俯く姿が珍しい。どうしてそんな辛そうな表所をするのよ……これじゃ私が虐めているみたいじゃない……

「ギルベルト様、一度きちんと話し合われるべきです。話は伺いましたが、さすがに何の説明も無しではローズ嬢も納得しがたいかと」」

 暫くの沈黙の後、おじ様が控えめにそう提案すると、ギルベルト殿が驚いたように顔を上げた。

「ローズ嬢はずっと御身を案じていました。彼女には知る権利があると思いますよ」

 おじ様が控えめに、でもはっきりとそう告げた。優しそうな物言いだけどおじ様の口調には否と言わせない力があった。それでもギルベルト殿はまだ迷っているように見える。彼がこんな態度を取るなんて意外に感じた。

「閣下の懸念も理解出来ます。ですが、ローズ嬢は閣下が思うほど弱くないと、私は思いますよ」

 おじ様がそう言っても、彼は無表情のまま何も言わなかった。おじ様が困ったような笑みを浮かべる。

「ローズ嬢も。せっかくここまで来たのです。聞きたいことや言いたいことは全てご本人にぶつけてください」

 おじ様の言葉に私も冷静さを取り戻せた。そうね、王都に来た理由の一つは彼と話をするため。喧嘩腰じゃ話が進まないわよね。そう思い直したけれど彼は口を噤んだままだった。その頑なな態度の理由は私に話せないものだから?

「暫く誰も近寄らないようにします。悔いのないよう、しっかり話し合って下さい」

 そう言うとおじ様は出て行ってしまった。残された空間は酷く余所余所しくて、相変わらず彼からは強い拒絶が感じられた。

「……すまなかった」

 暫くの沈黙の後、ギルベルト殿が頭を下げて謝ってきた。苦しそうな表情から彼がそう思っていることは間違いないように感じた。

「謝罪は結構です。それよりも……話してください。何があったんですか?」

 そう話しかけたけれど返事はなかった。表情を消したまま頑なに口を閉ざしている。

「どうしても……話せませんか? 話せないことなのですか?」

 彼はやっぱり何も言わない。それでも真っ直ぐに視線を向けてくる。何なの? 言いたいけれど言えないと? もしかして口止めされているの?

「では、代わりに私がお話ししましょう」

 私と彼だけの部屋に聞いたことのない声が響いた。声のする方に振り替えると、そこには黒っぽいフードを被った人物が立っていた。いつの間にこの部屋に? 声からして男性のようだけど、深くフードを被っているせいか年齢や表情はわからないわ。

「おい! 余計なことをするな!」
「初めまして、ローズ様。私はギルベルト様の副官を務める者です。ジルとお呼びください」

 石像のように沈黙していたギルベルト殿がこれまでに聞いたことのない険しい声を放ったけれど、言われた方は平然と自己紹介をしてきた。副官? だったらダーミッシュの者なのかしら。

「おい! 余計なこと言うんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ!」

 ギルベルト殿は射殺さんばかりに彼を睨みつけて声を荒らげた。彼らしくない余裕のなさに私に知られたくない理由があるのだと感じた。

「どうして隠すのです? ご本人が知りたがっているのなら話せばいいじゃないですか。エーデル王の縁談を断ったせいで怒りを買ったと」
「ジル!」

 ギルベルト殿が射殺さんばかりに彼を睨みつけて声を荒らげた直後、明らかになったその理由に耳を疑った。縁談って……そんな話があったの? それを断って王の怒りを買ったと? 

 だけどそんな話があっても不思議じゃないことくらい、私にだってわかる。彼は今回の戦争でもっとも活躍した猛将で、その能力はエーデルの王や高位貴族にも認められているとブラッツ様は言っていたわ。だから彼を第二王子の身代わりにとのリムス王家の要求を突っぱねたのだとも。四男の彼を婿にと望む武門の家があってもおかしくないわ。優秀な種を望むのは貴族家では当たり前のことだもの。

 だけど……王が、それも戦勝国の王が用意した縁談を断るのは不可能だわ。下手をしたら怒りを買って条約や約束事が反故にされる可能性もあるし、最悪彼の命だって危うくなるかもしれない。だから私との婚約を破棄したのね。それなら納得だわ。私たちは既にエーデルに属しているから婚姻もエーデル王の管轄。王が望む誰かと勝手に婚姻を結ばれても文句は言えない立場なのだ……

「そ、んな……」

 まだ明るい時間帯なのに急に日が陰ったような気がした。じわじわと事態の大きさが全身に浸透してきて手足の先からゆっくりと体温が奪われていく。

「もうお二人の婚姻は不可能なのです。ローズ様も諦めてダーミッシュに……」
「勝手に決めつけるな!」

 淡々と事実を突きつけて来るジル殿にギルベルト殿が再び声を荒らげた。

「そうは言っても……」
「こいつとの婚姻は邪魔されていねぇ。ただ……」

 そこまで言いかけて口を引き結んだ。どういうこと? エーデル王の怒りは買っていないってこと? 王が邪魔しないなら問題はないんじゃ……ふと彼と目が合うと、彼がくしゃっと表情を歪めた。どうしてそんな表情をするの?

「そうですね。王はお許しくださいましたが……貴族らは諦めていません。障害がいなければいいと、そう考えるでしょう」

 ジル殿の言葉をギルベルト殿は否定しなかった。それは……私がいなくなればいいと考える者たちがいると? 今の私はただの男爵家の養女でしかないから高位貴族が相手では太刀打ちなんか出来ない。だから彼は私に危険が及ばないようにあんなことを……?

「お分りになりましたか、ローズ様。確かにギルベルト様のやり様は最善とは言い難いものだったかもしれません。ですが、ご理解ください。これも全て御身をお守りするためだったのです」



しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

押し付けられた仕事、してもいいものでしょうか

章槻雅希
ファンタジー
以前書いた『押し付けられた仕事はいたしません』の別バージョンみたいな感じ。 仕事を押し付けようとする王太子に、婚約者の令嬢が周りの力を借りて抵抗する話。 会話は殆どない、地の文ばかり。 『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

【完結】慈愛の聖女様は、告げました。

BBやっこ
ファンタジー
1.契約を自分勝手に曲げた王子の誓いは、どうなるのでしょう? 2.非道を働いた者たちへ告げる聖女の言葉は? 3.私は誓い、祈りましょう。 ずっと修行を教えを受けたままに、慈愛を持って。 しかし。、誰のためのものなのでしょう?戸惑いも悲しみも成長の糧に。 後に、慈愛の聖女と言われる少女の羽化の時。

貴方のために

豆狸
ファンタジー
悔やんでいても仕方がありません。新米商人に失敗はつきものです。 後はどれだけ損をせずに、不良債権を切り捨てられるかなのです。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

【完結】悪女を押し付けられていた第一王女は、愛する公爵に処刑されて幸せを得る

甘海そら
恋愛
第一王女、メアリ・ブラントは悪女だった。 家族から、あらゆる悪事の責任を押し付けられればそうなった。 国王の政務の怠慢。 母と妹の浪費。 兄の女癖の悪さによる乱行。 王家の汚点の全てを押し付けられてきた。 そんな彼女はついに望むのだった。 「どうか死なせて」 応える者は確かにあった。 「メアリ・ブラント。貴様の罪、もはや死をもって以外あがなうことは出来んぞ」 幼年からの想い人であるキシオン・シュラネス。 公爵にして法務卿である彼に死を請われればメアリは笑みを浮かべる。 そして、3日後。 彼女は処刑された。

(完結)嘘つき聖女と呼ばれて

青空一夏
ファンタジー
私、アータムは夢のなかで女神様から祝福を受けたが妹のアスペンも受けたと言う。 両親はアスペンを聖女様だと決めつけて、私を無視した。 妹は私を引き立て役に使うと言い出し両親も賛成して…… ゆるふわ設定ご都合主義です。

処理中です...