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第二部
降参◆
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「ローズ様が、王都にいらっしゃいました」
王都とザウアーの連絡役を務めていたジルが耳打ちしてきた内容は信じられないものだった。ローズが、あいつが王都にいる、だと? 自分の耳を疑ったし、最初は人違いだと思った。だが特徴を聞けば髪色以外は一致するし、ジルがカミルに確認したら間違いないと言ったと。おい、なんであいつが王都にいるんだよ!!
「お待ちください、ギルベルト様!」
ジルの制止を無視して俺は最低限のものだけ持って馬に跨っていた。ザウアーから王都までは馬で五日もかかるんだ、躊躇している暇はなかった。あいつを永遠に失うかもしれねぇ恐怖に苛まれながら俺は必死で馬を駆った。
本人は知らねぇだろうが、あいつは既に反逆者扱いになっている。俺とダーミッシュを目指していたのをマルトリッツ家の連中に見られたからだ。これは王城に勤める騎士から得た情報だから間違いねぇ。あいつにはその可能性は話してあったし、外に出なけりゃ滅多なことはねぇが、それでも問題はある。総督の娘だ。
あの女は見た目に反して中身はとんでもねぇ性悪だ。エーデルでは儚げな外見を利用してか弱い女を演じてあちこちの令息と懇意になり、図に乗って公爵家の令嬢の婚約者を奪ったことで糾弾され、自身も婚約破棄された。リムスに来たのはエーデルの社交界で居場所を失ったからで、ほとぼりが冷めるまではと思ったのだろう。ちなみにこっちに来てからも男好きは健在でリムスの令息らを漁っている。
俺は興味の欠片もなかったが、何の因果かあの女に目を付けられちまった。単にダーミッシュの英雄という二つ名に興味を持っただけだろう。いずれザウアーに向かうからと放っておいたんだが……
あの女と同じ敷地にローズがいると思うと気が気じゃなくて眠れもしねぇ。あいつが俺の婚約者だと知ったらどんな嫌がらせをしてくるか……エーデルで得た情報では、取り巻きを使って格下の令嬢を虐めるなんざ当たり前、中には破落戸に襲われた令嬢もいるという。ローズはダーミッシュの後見を得ているが表向きは分家の男爵家の養女。平民と変わらねぇ身分となればあの女が何をするかわかったもんじゃねぇ。
あの女に見つかったらやべぇからと身を隠して別邸に入った。無事なあいつを見た時……俺は久しぶりに感情が昂って抑えられなかった。
久しぶりに会ったあいつは前よりも肌艶もよくなって元気そうだった。綺麗な銀髪が黒く染められているのは気に食わねぇが他の男の目に触れずに済んだのは幸いだ。やっぱり可愛い……今すぐ抱きしめたかったが、俺から一方的に縁を切ったんだからそれも叶わねぇ。胸が痛むがあいつのためにも冷たく突き放すのが最善だと自分に言い聞かせて、そうしたはずなのに……
何であいつはああも一々可愛いんだよ!! 頼む、誰かあいつを止めてくれ……俺と同じ印と名前を刻むなんざ反則だろう。あの白い腕に俺の名を見た時には心臓が止まるかと思った。いや、いっそ止まってくれてもよかった。そうしたら幸せなまま死ねただろうから。珍しく弱気な考えが頭をかすめたのは疲れと寝不足で頭がおかしくなっていたせいだと思いたい。はぁ、自分がこんなに情けねぇ奴だったとは……
結局……あいつを冷たく突き放すなんざ無理な話だった。俺は惚れた女はとことん甘やかしたいんだからしょうがねぇだろ。惚れた方が負けだと言うがその通りだな。ドルフやジルまであいつの側に立つし、ジルはエーデルでのことまで暴露するし……
(あの野郎、よくも裏切りやがって……)
そうは思ったが俺もまだまだ修行が足りねぇと認めるしかなかった。惚れたあいつを冷たく突き放すなんざ無理な話で、俺の頭の中はとっくにあいつを側に置く算段を始めていた。我ながら節操がねぇと思うが……これが本心だ。ここで会えたのも神の思し召しかもしれねぇと、俺の頭は全て自分の都合のいいように捉えていた。いや、神なんて信じちゃいねぇんだけど。
「……私も、一緒にいたい、です……」
俺にどうしたいか問われたあいつは、涙を溜めながら声を震わせてそう言った。そんなあいつを抱きしめた時、本当に欲しかったのはこれだったと実感した。こいつが俺の腕の中にいるならどんなことでも出来そうな気がするし、何だって出来る気がした。いや、やるしかねぇだろう。声を押し殺して泣くこいつを抱きしめていると、一度は封じた筈のもう一人の俺が俺の奥底から目覚めるのを感じた。戦争が終わったから二度と表に出てくることはねぇと思っていた、反吐が出るほど冷徹で人の命も駒に考えちまう戦争の鬼が。
だが、そのせいで俺の頭の中はこれ以上ないくらいに冴えていた。リムス王家を追い払い、ついでにこいつを泣かせるきっかけを作ったエーデル王にも煮え湯を飲ませてやらなきゃな。安全な場所から高みの見物を決め込むつもりだろうが、そんな楽はさせてやらねぇ。こっちに手出しが出来ねぇよう引っかき回してやればいいだけだ。そのためのネタはエーデルやザウアーで手に入れた。どうするかはこれからじっくり考えるとして、今はここを離れることを優先すべきだろう。あの女らに嗅ぎつけられる前に王都を離れてザウアーに向かう。
「ローズ、今すぐ王都を離れる」
「……え?」
戸惑いを露わにして見上げる様が可愛過ぎる。ああ、平和な時代だったらいつも笑っていられるように思いっきり甘やかしてやるのに。だが今はそんなことを言ってる場合じゃねぇ。
「俺がここにいるのは極秘だ。総督の娘に見つかったら面倒だし、お前さんは知らねぇだろうがお前さんもお尋ね者なんだ」
そう言うと直ぐに事情を察してはくれたが、返ってきたのは一緒に行けないとの言葉だった。今回は毒木の解毒剤を調べるために来たと、解毒剤が無事見つかったからダーミッシュに戻って報告しなければいけないと。だがそれは問題ねぇ。そのためにドルフが同行しているんだろう。
直ぐにドルフを呼んでこいつをザウアーに連れていくと告げると、最初からその可能性も考えていたと言われた。それで兄貴が俺を案じてこいつを寄こしたのだと直ぐにわかった。お節介だし過保護だとは思うが、今はその気遣いに甘えさせれもらう。ついでにダーミッシュから俺と合流するために来たカミルらも一緒に別邸を離れた。
王都とザウアーの連絡役を務めていたジルが耳打ちしてきた内容は信じられないものだった。ローズが、あいつが王都にいる、だと? 自分の耳を疑ったし、最初は人違いだと思った。だが特徴を聞けば髪色以外は一致するし、ジルがカミルに確認したら間違いないと言ったと。おい、なんであいつが王都にいるんだよ!!
「お待ちください、ギルベルト様!」
ジルの制止を無視して俺は最低限のものだけ持って馬に跨っていた。ザウアーから王都までは馬で五日もかかるんだ、躊躇している暇はなかった。あいつを永遠に失うかもしれねぇ恐怖に苛まれながら俺は必死で馬を駆った。
本人は知らねぇだろうが、あいつは既に反逆者扱いになっている。俺とダーミッシュを目指していたのをマルトリッツ家の連中に見られたからだ。これは王城に勤める騎士から得た情報だから間違いねぇ。あいつにはその可能性は話してあったし、外に出なけりゃ滅多なことはねぇが、それでも問題はある。総督の娘だ。
あの女は見た目に反して中身はとんでもねぇ性悪だ。エーデルでは儚げな外見を利用してか弱い女を演じてあちこちの令息と懇意になり、図に乗って公爵家の令嬢の婚約者を奪ったことで糾弾され、自身も婚約破棄された。リムスに来たのはエーデルの社交界で居場所を失ったからで、ほとぼりが冷めるまではと思ったのだろう。ちなみにこっちに来てからも男好きは健在でリムスの令息らを漁っている。
俺は興味の欠片もなかったが、何の因果かあの女に目を付けられちまった。単にダーミッシュの英雄という二つ名に興味を持っただけだろう。いずれザウアーに向かうからと放っておいたんだが……
あの女と同じ敷地にローズがいると思うと気が気じゃなくて眠れもしねぇ。あいつが俺の婚約者だと知ったらどんな嫌がらせをしてくるか……エーデルで得た情報では、取り巻きを使って格下の令嬢を虐めるなんざ当たり前、中には破落戸に襲われた令嬢もいるという。ローズはダーミッシュの後見を得ているが表向きは分家の男爵家の養女。平民と変わらねぇ身分となればあの女が何をするかわかったもんじゃねぇ。
あの女に見つかったらやべぇからと身を隠して別邸に入った。無事なあいつを見た時……俺は久しぶりに感情が昂って抑えられなかった。
久しぶりに会ったあいつは前よりも肌艶もよくなって元気そうだった。綺麗な銀髪が黒く染められているのは気に食わねぇが他の男の目に触れずに済んだのは幸いだ。やっぱり可愛い……今すぐ抱きしめたかったが、俺から一方的に縁を切ったんだからそれも叶わねぇ。胸が痛むがあいつのためにも冷たく突き放すのが最善だと自分に言い聞かせて、そうしたはずなのに……
何であいつはああも一々可愛いんだよ!! 頼む、誰かあいつを止めてくれ……俺と同じ印と名前を刻むなんざ反則だろう。あの白い腕に俺の名を見た時には心臓が止まるかと思った。いや、いっそ止まってくれてもよかった。そうしたら幸せなまま死ねただろうから。珍しく弱気な考えが頭をかすめたのは疲れと寝不足で頭がおかしくなっていたせいだと思いたい。はぁ、自分がこんなに情けねぇ奴だったとは……
結局……あいつを冷たく突き放すなんざ無理な話だった。俺は惚れた女はとことん甘やかしたいんだからしょうがねぇだろ。惚れた方が負けだと言うがその通りだな。ドルフやジルまであいつの側に立つし、ジルはエーデルでのことまで暴露するし……
(あの野郎、よくも裏切りやがって……)
そうは思ったが俺もまだまだ修行が足りねぇと認めるしかなかった。惚れたあいつを冷たく突き放すなんざ無理な話で、俺の頭の中はとっくにあいつを側に置く算段を始めていた。我ながら節操がねぇと思うが……これが本心だ。ここで会えたのも神の思し召しかもしれねぇと、俺の頭は全て自分の都合のいいように捉えていた。いや、神なんて信じちゃいねぇんだけど。
「……私も、一緒にいたい、です……」
俺にどうしたいか問われたあいつは、涙を溜めながら声を震わせてそう言った。そんなあいつを抱きしめた時、本当に欲しかったのはこれだったと実感した。こいつが俺の腕の中にいるならどんなことでも出来そうな気がするし、何だって出来る気がした。いや、やるしかねぇだろう。声を押し殺して泣くこいつを抱きしめていると、一度は封じた筈のもう一人の俺が俺の奥底から目覚めるのを感じた。戦争が終わったから二度と表に出てくることはねぇと思っていた、反吐が出るほど冷徹で人の命も駒に考えちまう戦争の鬼が。
だが、そのせいで俺の頭の中はこれ以上ないくらいに冴えていた。リムス王家を追い払い、ついでにこいつを泣かせるきっかけを作ったエーデル王にも煮え湯を飲ませてやらなきゃな。安全な場所から高みの見物を決め込むつもりだろうが、そんな楽はさせてやらねぇ。こっちに手出しが出来ねぇよう引っかき回してやればいいだけだ。そのためのネタはエーデルやザウアーで手に入れた。どうするかはこれからじっくり考えるとして、今はここを離れることを優先すべきだろう。あの女らに嗅ぎつけられる前に王都を離れてザウアーに向かう。
「ローズ、今すぐ王都を離れる」
「……え?」
戸惑いを露わにして見上げる様が可愛過ぎる。ああ、平和な時代だったらいつも笑っていられるように思いっきり甘やかしてやるのに。だが今はそんなことを言ってる場合じゃねぇ。
「俺がここにいるのは極秘だ。総督の娘に見つかったら面倒だし、お前さんは知らねぇだろうがお前さんもお尋ね者なんだ」
そう言うと直ぐに事情を察してはくれたが、返ってきたのは一緒に行けないとの言葉だった。今回は毒木の解毒剤を調べるために来たと、解毒剤が無事見つかったからダーミッシュに戻って報告しなければいけないと。だがそれは問題ねぇ。そのためにドルフが同行しているんだろう。
直ぐにドルフを呼んでこいつをザウアーに連れていくと告げると、最初からその可能性も考えていたと言われた。それで兄貴が俺を案じてこいつを寄こしたのだと直ぐにわかった。お節介だし過保護だとは思うが、今はその気遣いに甘えさせれもらう。ついでにダーミッシュから俺と合流するために来たカミルらも一緒に別邸を離れた。
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