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第三部
穏やかな時間
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あれからウルガーと呼ぶこと、敬語を使わないことを約束させられたところで、使用人が湯あみの準備が出来たと告げに来た。準備もあるから俺が先に入ると言って行ってしまったけれど、部屋を出る際に鍵を掛けられた。彼が戻ってきたと知った仲間が押しかけてくるかもしれない、もし誰かが来ても返事もしなくていいと言われた。随分と警戒しているみたいね。何故かしら? いえ、男性ばかりだと言っていたからそのせいかもしれないけれど。でも、私に興味を持つ男性なんているかしら……
しばらくすると彼が戻ってきた。首にタオルをかけて頭を拭きながら部屋に入ってきた。寒いのだからちゃんと乾かさないと。そう言うとガシガシと髪を拭いたけれど、髭を剃ってさっぱりした姿に鼓動が跳ねた。パッと見た感じは猛将の印象はなくて、どこにでもいそうな普通の青年に見える。顔立ちは整っているけれど、口が悪いし貴族的な所作も面倒だと放棄しているから高位貴族の令嬢にはあまり人気がない。一方でダーミッシュでは下位貴族の女性や女性騎士などには人気があった。王宮などではちゃんとしているから、その差がいいと言っている人もいたし。とにかく、女性にもてるのは間違いないわ。
しばらくするとお湯の入れ替えが終わったと言われたので部屋に向かったけれど……何故か彼がついてきた。中まで入ってくる気じゃないわよね?
「覗いたりしねぇよ。見張るだけだ」
信じていいのよね? もっとも、そんなことするような人だとは思っていないし思いたくないけれど。でも……音が聞こえるくらい近くにいられるのはちょっと恥ずかしいわ。
「……疲れた……」
気になることはあるけれど、早くしないと湯が冷めると言われて慌てて中に入った。せっかくのお湯がもったいないものね。部屋はほんのりと暖かかった。お湯もちょっと熱いくらいで気持ちいい。身体は正直でお湯の中で身体の芯がほぐれていくのを感じた。知らない間に緊張していたみたいね。
改めて周囲を見渡すと湯浴みの部屋は小さくて湯船があるだけのものだった。それでもお湯が流れてもいいように床に水を逃す穴が開いている。今までこんな部屋は見たこともないわ。ザウアーは湯浴みの文化が進んでいるのかしら。お陰で床が濡れるのを気にしないでいられるのは気が楽よね。
ゆっくり浸かりたかったけれど彼が外で待っている上、寒いせいかお湯はあっという間に冷めていく。身体が冷える前にと上がった。服を着て髪を拭く。部屋を出ると彼が廊下で誰かと話をしていたけれど、私に気付くと「また後でな」と言って切り上げてしまった。部屋は隣なんだから気にしなくていいのに。それに、この寒い中待っていたの?
「部屋で待っていてくれればよかったのに。身体が冷えてしまうわ」
「あ~そのつもりだったけど、運悪くちょうどあいつに捕まったんだよ」
そう言いながら私の肩に手を添えた。過保護すぎるわ、熱を出した後の子どもじゃないのだけど。
「ほら、髪拭くぞ」
そう言うと私をソファに座らせて髪を拭き始めた。ダーミッシュに向かう旅でも何度か拭いてもらった。
「ああ、やっと色が落ちたな」
「ふふ、もうほとんど残っていないわよ」
王都に出る時に黒く染めたわ。あまり長くはもたないから何度か染め直したけれど、そのせいで落とそうとしたらなかなか落ちなかった。でも今はずいぶん元の色に戻ったと思うわ。
「やっぱりいい色だよな。もう二度と染めさせたりしねぇ」
彼は私の髪を気に入ってくれていた。ダーミッシュでは色の濃い髪が多いから珍しいのもあったと思う。私は祖母と同じこの色を誇りに思っていたけれどそれで両親に遠ざけられたし、金髪の妹に比べて地味で冷たく見えると不評だったからあまり思い入れはなかった。でも、彼が好きだと言ってくれるなら私も好きになれるわ。
「同じ髪でもこんなに色が違うもんなんだなぁ」
「ウルガーは真っ黒だものね」
彼の髪は真っ黒で日に当たると僅かに青みを帯びる。それはそれでとても綺麗だと思うし彼によく似合っているわ。伸ばしたらいいのにと思うけれど、今は手入れしている余裕がないらしい。だったら平和になってからの楽しみにとっておくわ。
「ウルガー様」
髪を拭き終わった頃に扉が叩かれて声がかかった。彼が入室の許可を出すと入ってきたのはジル殿だった。手には籠を抱えている。
「あ、すまねぇな」
「いえいえ、今日くらいはゆっくりなさってください」
そう言うと彼は籠をテーブルに置いた。何かしら? 凄くいい匂いがするのだけど……
「カミルらは?」
「俺たちの隣の部屋に」
「そうか、よろしく頼む。詳しいことは明日な。今日は誰も近付くなと言っておいてくれ」
「わかりました」
それだけ言うとジル殿は部屋を出て行ってしまった。おじ様やカミルさんたちもゆっくりしているのかしら。
「ほら、腹減っただろ? こんなもんで悪ぃが味は保証するぞ」
そう言いながら彼が籠を開けようとしたけれどソファに合う高さの机がないと気付いたらしい。周囲を見渡したけれど何もないと諦めたのかそのまま隣に座った。
「ま、屋台のもんだからこのままでも問題ねぇだろ」
そう言って籠から出してきたのは肉の串焼きや黒パン、チーズなどだった。串焼きもパンもまだ温かいわ。香ばしい肉の香りがお腹を刺激して一気に空腹をもたらした。肉の串焼きは少し冷めてしまったけれど十分に柔らかくて美味しいわ。ダーミッシュに向かう旅を思い出すわね。どこかの町の露店でも食べたわ。あの時は焼き過ぎて固かったけれど、それまで野営続きだったから美味しく感じたのよね。
でも、今はもっと美味しく感じる。彼とこんな風に話が出来るとも思っていなかったから。殴ったらそのままダーミッシュに戻って一生独身を貫いてやると思っていたわね。そのつもりだったけれど、そんなのは私が望んでいた未来じゃなかった。この先どうなるのかわからない不安は変わらなかったけれど、彼と一緒ならきっと大丈夫よね。
しばらくすると彼が戻ってきた。首にタオルをかけて頭を拭きながら部屋に入ってきた。寒いのだからちゃんと乾かさないと。そう言うとガシガシと髪を拭いたけれど、髭を剃ってさっぱりした姿に鼓動が跳ねた。パッと見た感じは猛将の印象はなくて、どこにでもいそうな普通の青年に見える。顔立ちは整っているけれど、口が悪いし貴族的な所作も面倒だと放棄しているから高位貴族の令嬢にはあまり人気がない。一方でダーミッシュでは下位貴族の女性や女性騎士などには人気があった。王宮などではちゃんとしているから、その差がいいと言っている人もいたし。とにかく、女性にもてるのは間違いないわ。
しばらくするとお湯の入れ替えが終わったと言われたので部屋に向かったけれど……何故か彼がついてきた。中まで入ってくる気じゃないわよね?
「覗いたりしねぇよ。見張るだけだ」
信じていいのよね? もっとも、そんなことするような人だとは思っていないし思いたくないけれど。でも……音が聞こえるくらい近くにいられるのはちょっと恥ずかしいわ。
「……疲れた……」
気になることはあるけれど、早くしないと湯が冷めると言われて慌てて中に入った。せっかくのお湯がもったいないものね。部屋はほんのりと暖かかった。お湯もちょっと熱いくらいで気持ちいい。身体は正直でお湯の中で身体の芯がほぐれていくのを感じた。知らない間に緊張していたみたいね。
改めて周囲を見渡すと湯浴みの部屋は小さくて湯船があるだけのものだった。それでもお湯が流れてもいいように床に水を逃す穴が開いている。今までこんな部屋は見たこともないわ。ザウアーは湯浴みの文化が進んでいるのかしら。お陰で床が濡れるのを気にしないでいられるのは気が楽よね。
ゆっくり浸かりたかったけれど彼が外で待っている上、寒いせいかお湯はあっという間に冷めていく。身体が冷える前にと上がった。服を着て髪を拭く。部屋を出ると彼が廊下で誰かと話をしていたけれど、私に気付くと「また後でな」と言って切り上げてしまった。部屋は隣なんだから気にしなくていいのに。それに、この寒い中待っていたの?
「部屋で待っていてくれればよかったのに。身体が冷えてしまうわ」
「あ~そのつもりだったけど、運悪くちょうどあいつに捕まったんだよ」
そう言いながら私の肩に手を添えた。過保護すぎるわ、熱を出した後の子どもじゃないのだけど。
「ほら、髪拭くぞ」
そう言うと私をソファに座らせて髪を拭き始めた。ダーミッシュに向かう旅でも何度か拭いてもらった。
「ああ、やっと色が落ちたな」
「ふふ、もうほとんど残っていないわよ」
王都に出る時に黒く染めたわ。あまり長くはもたないから何度か染め直したけれど、そのせいで落とそうとしたらなかなか落ちなかった。でも今はずいぶん元の色に戻ったと思うわ。
「やっぱりいい色だよな。もう二度と染めさせたりしねぇ」
彼は私の髪を気に入ってくれていた。ダーミッシュでは色の濃い髪が多いから珍しいのもあったと思う。私は祖母と同じこの色を誇りに思っていたけれどそれで両親に遠ざけられたし、金髪の妹に比べて地味で冷たく見えると不評だったからあまり思い入れはなかった。でも、彼が好きだと言ってくれるなら私も好きになれるわ。
「同じ髪でもこんなに色が違うもんなんだなぁ」
「ウルガーは真っ黒だものね」
彼の髪は真っ黒で日に当たると僅かに青みを帯びる。それはそれでとても綺麗だと思うし彼によく似合っているわ。伸ばしたらいいのにと思うけれど、今は手入れしている余裕がないらしい。だったら平和になってからの楽しみにとっておくわ。
「ウルガー様」
髪を拭き終わった頃に扉が叩かれて声がかかった。彼が入室の許可を出すと入ってきたのはジル殿だった。手には籠を抱えている。
「あ、すまねぇな」
「いえいえ、今日くらいはゆっくりなさってください」
そう言うと彼は籠をテーブルに置いた。何かしら? 凄くいい匂いがするのだけど……
「カミルらは?」
「俺たちの隣の部屋に」
「そうか、よろしく頼む。詳しいことは明日な。今日は誰も近付くなと言っておいてくれ」
「わかりました」
それだけ言うとジル殿は部屋を出て行ってしまった。おじ様やカミルさんたちもゆっくりしているのかしら。
「ほら、腹減っただろ? こんなもんで悪ぃが味は保証するぞ」
そう言いながら彼が籠を開けようとしたけれどソファに合う高さの机がないと気付いたらしい。周囲を見渡したけれど何もないと諦めたのかそのまま隣に座った。
「ま、屋台のもんだからこのままでも問題ねぇだろ」
そう言って籠から出してきたのは肉の串焼きや黒パン、チーズなどだった。串焼きもパンもまだ温かいわ。香ばしい肉の香りがお腹を刺激して一気に空腹をもたらした。肉の串焼きは少し冷めてしまったけれど十分に柔らかくて美味しいわ。ダーミッシュに向かう旅を思い出すわね。どこかの町の露店でも食べたわ。あの時は焼き過ぎて固かったけれど、それまで野営続きだったから美味しく感じたのよね。
でも、今はもっと美味しく感じる。彼とこんな風に話が出来るとも思っていなかったから。殴ったらそのままダーミッシュに戻って一生独身を貫いてやると思っていたわね。そのつもりだったけれど、そんなのは私が望んでいた未来じゃなかった。この先どうなるのかわからない不安は変わらなかったけれど、彼と一緒ならきっと大丈夫よね。
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