戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

互いの本音

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 串焼きは美味しかったし黒パンも思ったよりも柔らかくて香ばしかった。彼と一緒だからそう感じるのかしら。すごく満たされている。家族との豪華だけどいつも疎外感が漂っていた晩餐よりもずっと。

「これから、どうするの?」

 お腹が膨れると今後のことが気になった。ここに来たのはいいけれど私は彼の足手まといにならないかしら? 私を手放したのも一緒に居ると危険だと思ったからだと言っていた。ただでさえ危険な場所に身を置く彼の足を引っ張って危険を増やすのは、避けたいわ……

「そう、だな……お前さんはどうしたい?」
「どうって言われても……」

 勢いでここまで来てしまったけれど、冷静になると本当によかったのかとの思いが沸き上がってきている。彼と離れたくないけれどこれで正しかったのかと……

「奇病を調べる以外は特に……色々と急だったし、ここのこともよく知らないし……」

 あの病がダーミッシュのそれと同じかを見極めないといけないし、解毒剤が効くかも確かめたい。でも、それ以外のことはわからないわ。彼が何をしているのか、具体的なことは何も知らないもの。

「そうだよなぁ。すまなかった」
「謝ってほしいわけじゃないわ。ここに来たのは私の意志だし、そのことに後悔はないから」

 そう、後悔はしていないわ。一緒に来なかった方がずっと後悔したと思う。頭ではこれが正解かと迷っているけれど気持ちは彼との縁が再び繋がったことを喜んでいるもの。

「ギ……、ウルガーはどうしたいの?」

 偽名で呼ぶのは難しいものね。無意識に本当の名が出てしまうわ。

「……俺が希望を口にするのは公平じゃねぇだろ」
「え?」
「だって、一方的に約束を破ったのは俺だぞ。そんな俺が何かを望める立場じゃねぇよ」

 驚いたわ、そんな風に思っていたの? 

「そうかもしれないけど、本心じゃなかったのでしょう? あれはエーデル王が……」
「それでも、お前さんを傷つけた事実は変わらねぇよ」
「でも、それならウルガーだって……傷ついたんじゃないの?」

 マリウス殿が言っていたわ。そのせいで彼が酷く荒れていたと。それって彼も傷ついていたってことよね。そう思うのは自惚れかしら?

「……それは、まぁ……」

 ふいと視線を反らして向こうを向いてしまったけれど、耳が赤いわ。え? もしかして、照れてる?

「本意じゃなかったのでしょう? だったら私たちは国同士の争いに振り回されただけだわ。それとも……気持ちは変わってしまった?」

 必ず迎えに行くと、絶対に逃がさないと言ってくれたわ。あの時の言葉はもう過ぎたことになってしまったの?

「そんなわけねぇ! 気持ちは変わってねぇし、むしろ前よりも強くなってる」

 そう言いながら額に手を当てて短い前髪をクシャッと握った。その表情の理由は何? 前よりも気持ちが強くなっているのに言葉にも行動にも出さないのは……罪悪感から? わからないわ。彼が何を考えているのか。ダーミッシュを出る時に言われたブラッツ様の言葉が蘇る。

「……私たちは圧倒的に会話が足りないと思う。もし会えたらちゃんと話し合うようにと、ブラッツ様に言われたわ」
「……そう、かもな」
「だったら……」
「だけど、俺がそれに甘えるのは、違うだろ」

 眉間に皺を寄せて苦しそうな表情は変わらない。私なんかよりもずっと色んなものを、遠くを見通せる彼は私が知らない理由で苦しんでいたのかもしれない。そう思うと自分の小ささが恥ずかしく感じる。彼は知将でもあるのだから私には見えないものが見えていたのでしょうね。それを話してほしいと思うのは思い上がりかしら。

「俺はお前さんの気持ちを優先したい」

 私の気持ちを? 私は……

「私は……一緒にいたい。もう離れるのは嫌」

 彼が離れていってしまいそうな気がして彼の腕を掴んでいた。彼が一瞬目を大きく見開いて苦しそうな、今にも泣きそうな表情を浮かべた。どうしてそんな顔をするの?

「……いいのか?」
「それが正しいのかわからなくて不安だけど……もしかしたらそれでギルが危険な目に遭うかもしれないって、そんな不安が消えないけど……叶うことなら、一緒にいたい」

 ブラッツ様の言葉が背を押してくれたのか、思っていたことは予想以上にすんなりと口から出てくれた。言葉にして改めて自覚したわ。一緒にいたいと、共に生きたいと。

「俺のことは心配いらねぇよ。仲間もいるし戦場にいた頃に比べたらずっとマシだからな」

 あの頃よりも? 確かにあの頃は毎日が命がけだったわ。朝共に出発した仲間が昼には物言わぬ亡骸になっていたなんて日常茶飯事だった。だったら……

「いいの?」
「ああ、むしろ大歓迎でしかねぇよ」

 彼の匂いが一層濃くなって抱きしめられていた。厚手の服で体温は伝わってこないけれど柔らかい感触が頬を温めてくれる。

「死ぬ気で守るから、そばにいてくれ」

 嬉しくて思わず腕に力を込めた。今度こそ離れないわ。でも……

「私が足手まといになるようなら、その時は言ってほしいわ」
「足手まといになんかならねぇよ。薬師なんて即戦力でしかねぇだろ」

 それでも武の才能の欠片もない私じゃ足手まといになることもあるかもしれないけれど、そう言ってくれるのなら薬師として彼を支えるわ。ただ守られるだけなんて性分じゃないもの。寒い部屋では彼の温もりが一層強く感じられる。

「ああ、お前さんにこれを」

 懐を探っていた彼が何かを取り出して私に差し出した。それはすっかりくたびれた小さな革の袋だった。何かしら? 見上げると気まずそうな表情で見下ろしてくる。開けていいのよね? 手を伸ばしてそれを受け取って中身を取り出して、息を呑んだ。ほんのりと温まったそれは銀の鎖のついた緑色の石だった。石の周りには銀で細かい装飾が施されている。

「エーデルに行った時に買ったんだ。お前さんに似合うかと思って」
「これって……」
「緑玉晶だ」
「りょく……」

 それってエーデルでしか採れない緑色の宝石だわ。我が国では希少だから凄く高額だってことくらいは宝石に疎い私だって知っているわ。

「こんな高価なもの……」
「あ~エーデルじゃそれほど高くねぇんだよ。お前さんへの土産にと買ったんだ」

 恥ずかしそうに視線を泳がせながらもこちらをちらちら見る彼が可愛く見えた。その言葉に胸が熱くなる。エーデルに行っても私のことを考えていてくれたのね。




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