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第三部
大掃除の前◆
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ザウアー辺境伯領の南に位置するベーメルの街。ここにあるマリウスの屋敷はザウアー辺境伯家が別邸として使わっていた屋敷で、今は王家打倒を掲げる俺たちの総本山ともいえる場所だ。当然王家からもっとも狙われている場所ではあるが、領民は賢明だった領主一族を未だに慕い続け、また長年辺境伯家を守ってきた影的な存在が厳重に守るこの地の警備は固い。俺にとっては造作もないが、王家の影でも忍び込むのは簡単じゃねぇだろう。この地でもっとも安全な場所でもある。
ローズをここに預けたのはこれからする大掃除をあいつに見せたくないためだ。それなりの騒ぎになるだろう。罵声が飛び交い暴れる奴が出るかもしれねぇ。それに万が一にもあいつを人質にでもされちゃ洒落にもならねぇからな。離れているのも心もとねぇが、嫌な思いをさせたくねぇから暫くの我慢だ。掃除が終わればずっと安全で快適に過ごせるはずだ。
あいつを部屋に送り届けてからマリウスの執務室に顔を出した。真面目なあいつは今日も机に向かって働いていた。まぁ、お陰で俺が楽出来るんだから感謝しねぇとな。
「暫くの間、ローズを頼む」
「それは構いませんが……何か不都合でも?」
「ああ、そろそろ大掃除しようかと思ってな」
その言葉にマリウスの手が止まる。こちらに向けた顔から笑みが消えていた。
「……では、いよいよ?」
「ああ、収穫の邪魔になる前に刈り取る」
俺の元にいるのはザウアー辺境伯騎士団に入れない下位貴族や平民の兵士たち、それに他領から流れてきた連中だ。排他的なザウアー辺境伯騎士団はよそ者を受け入れられねぇ。マリウスが説得しても長年染み付いた考えは簡単には変えられず、統制を失いかねねぇと俺が引き取ることになったが……雑多な集まりは統制が取れねぇから軍としての体を成さねぇ。これじゃマリウスらを助けるどころか足を引っ張りかねねぇし、俺ですらいつ寝首をかかれるかわかったもんじゃねぇ。そこそこ人も集まったし、俺の意に従えねぇ奴らはここら辺で排除してもいいだろう。
「そういや、他の協力者はどうなってる?」
王族を倒すだけなら何とでもなる。暗殺しちまえばいい。だが問題はその後だ。国を治めるには協力者が必要だ。今の俺たちだけじゃ半年も持たねぇだろう。
「今、私たちに協力を誓ってくれているのはレンガー公爵、フレーベル辺境伯、ロンバッハ伯爵の三家とその家門です」
「なるほど」
レンガー公爵は三代前の王の弟が興した家で、今の王家とは距離を取っていたな。フレーベルはここザウアーの隣で昔から付き合いが濃くザウアーに同情的だ。ロンバッハは西の守護神と呼ばれる堅固な騎士団を有する武門で、正義感が強く忠誠心が強い。どれも味方になりゃこれ以上ねぇほど頼りになる。
「どの家も既に準備は整っているとの連絡をもらっている」
「そうか。じゃ、残りは俺たちだな」
掃除が終われば王都に向けて進軍出来そうだな。十分に準備が出来ているとは言い難いが、準備が整うのを待っていたら王家に勘づかれちまうし、向こうの準備を整える時間を与えちまう。エーデルの支配下にある今なら王家も思うようには動けねぇ。フォイルゲン総督はエーデル王の意を受けて俺たちに利するだろう。さっさと片付けて、あいつとダーミッシュで式を挙げるんだからな。
「この後戻ってすぐでもいけるか?」
「この後すぐですか? 出来ないことはありませんが……」
「じゃ、頼むわ。しばらく荒れるかもしれねぇから警戒を頼む」
「わかりました。ご武運を」
眉を下げて情けねぇ顔をした。元々目尻が下がってるし、女みたいな顔をしているせいか悲壮感が染み出てるな。
「ははっ、そこまで大げさなことじゃねぇよ」
実際、大したことはねぇ。まぁ、多少死ぬ奴が出るかもしれねえが、それは俺の命に従わなかった結果だ。ここにやってきた連中には最初に言ってある。俺の命令は絶対で、従わねえ奴には容赦しねえと。それでもいいと集まってきた奴らのはずだが、時間が経ち数が増えればいつの間にかそうじゃねえ連中も湧いてくる。そんな奴らはいらねぇ。この先に待っているのは国盗りの大仕事、欲しいのは能力よりも忠誠心だ。俺の命令を聞けねえ奴は命取りになるから側に置くわけにはいかねえ。裏切られて他の連中と共に闇に葬られるのは勘弁願いてえからな。街の警備の強化を頼み、マリウスの屋敷を離れた。
屋敷を辞して街外れの別邸に近づくと、門の外に人影があった。
「ウルガー様。配置は終えました」
「ご苦労さん」
別邸を出る直前、ジルに人の配置を頼んであったがもう終わったか。相変わらず優秀な奴だ。今から始めるのは不穏分子の排除。話し合いで終わればいいが、残念ながらその可能性は低い。となれば力で排除するしかねえんだよな。幸いダーミッシュから集まった俺の部下はそれなりの数になったし、エーデル戦で俺の下で戦った他領出の戦友らもそこそこ集まった。それ以外でもダーミッシュで雇った傭兵や俺の名に惹かれて集まった腕に覚えのある連中もだ。こいつらは普段は王都をはじめとする各地で仲間を集め、賛同者と協力者を募り、王家や貴族家の様子を探っていたが、今回密かに呼び戻しておいた。不穏分子を排除し、打倒王家の組織作りを本格的に始めるためだ。
で、今日これから、不穏分子を排除する。あちこちから流れ着いた傭兵や破落戸、規律違反を犯して騎士団から追い出された問題児、旨い汁が吸えそうだと集まった日和見者たち。どれも俺の下には必要ねえ連中だが、その中でも一番邪魔なのがヘルミーナらのいる「雷鳴」だ。傭兵集団といえば聞こえがいいが身を持ち崩した破落戸の集団で、俺の指示なんか聞きやしねえ。それでも置いておいたのは俺に従う気のねぇ連中を炙り出すため。
それでも、国のせいで行き場を失った奴らだと思えば気の毒で、こんな奴らでも使い道はあるかもしれねぇと思った時もあったが……ローズを泣かせたんならそんな慈悲はいらねぇよな。
「さて、と。始めるか」
最初で最後の大掃除だ。さっさと終わらせてあいつを迎えに行ってやらねぇとな。
♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢
お待たせして申し訳ありませんでした(汗)
今日から更新を再開します。
ローズをここに預けたのはこれからする大掃除をあいつに見せたくないためだ。それなりの騒ぎになるだろう。罵声が飛び交い暴れる奴が出るかもしれねぇ。それに万が一にもあいつを人質にでもされちゃ洒落にもならねぇからな。離れているのも心もとねぇが、嫌な思いをさせたくねぇから暫くの我慢だ。掃除が終わればずっと安全で快適に過ごせるはずだ。
あいつを部屋に送り届けてからマリウスの執務室に顔を出した。真面目なあいつは今日も机に向かって働いていた。まぁ、お陰で俺が楽出来るんだから感謝しねぇとな。
「暫くの間、ローズを頼む」
「それは構いませんが……何か不都合でも?」
「ああ、そろそろ大掃除しようかと思ってな」
その言葉にマリウスの手が止まる。こちらに向けた顔から笑みが消えていた。
「……では、いよいよ?」
「ああ、収穫の邪魔になる前に刈り取る」
俺の元にいるのはザウアー辺境伯騎士団に入れない下位貴族や平民の兵士たち、それに他領から流れてきた連中だ。排他的なザウアー辺境伯騎士団はよそ者を受け入れられねぇ。マリウスが説得しても長年染み付いた考えは簡単には変えられず、統制を失いかねねぇと俺が引き取ることになったが……雑多な集まりは統制が取れねぇから軍としての体を成さねぇ。これじゃマリウスらを助けるどころか足を引っ張りかねねぇし、俺ですらいつ寝首をかかれるかわかったもんじゃねぇ。そこそこ人も集まったし、俺の意に従えねぇ奴らはここら辺で排除してもいいだろう。
「そういや、他の協力者はどうなってる?」
王族を倒すだけなら何とでもなる。暗殺しちまえばいい。だが問題はその後だ。国を治めるには協力者が必要だ。今の俺たちだけじゃ半年も持たねぇだろう。
「今、私たちに協力を誓ってくれているのはレンガー公爵、フレーベル辺境伯、ロンバッハ伯爵の三家とその家門です」
「なるほど」
レンガー公爵は三代前の王の弟が興した家で、今の王家とは距離を取っていたな。フレーベルはここザウアーの隣で昔から付き合いが濃くザウアーに同情的だ。ロンバッハは西の守護神と呼ばれる堅固な騎士団を有する武門で、正義感が強く忠誠心が強い。どれも味方になりゃこれ以上ねぇほど頼りになる。
「どの家も既に準備は整っているとの連絡をもらっている」
「そうか。じゃ、残りは俺たちだな」
掃除が終われば王都に向けて進軍出来そうだな。十分に準備が出来ているとは言い難いが、準備が整うのを待っていたら王家に勘づかれちまうし、向こうの準備を整える時間を与えちまう。エーデルの支配下にある今なら王家も思うようには動けねぇ。フォイルゲン総督はエーデル王の意を受けて俺たちに利するだろう。さっさと片付けて、あいつとダーミッシュで式を挙げるんだからな。
「この後戻ってすぐでもいけるか?」
「この後すぐですか? 出来ないことはありませんが……」
「じゃ、頼むわ。しばらく荒れるかもしれねぇから警戒を頼む」
「わかりました。ご武運を」
眉を下げて情けねぇ顔をした。元々目尻が下がってるし、女みたいな顔をしているせいか悲壮感が染み出てるな。
「ははっ、そこまで大げさなことじゃねぇよ」
実際、大したことはねぇ。まぁ、多少死ぬ奴が出るかもしれねえが、それは俺の命に従わなかった結果だ。ここにやってきた連中には最初に言ってある。俺の命令は絶対で、従わねえ奴には容赦しねえと。それでもいいと集まってきた奴らのはずだが、時間が経ち数が増えればいつの間にかそうじゃねえ連中も湧いてくる。そんな奴らはいらねぇ。この先に待っているのは国盗りの大仕事、欲しいのは能力よりも忠誠心だ。俺の命令を聞けねえ奴は命取りになるから側に置くわけにはいかねえ。裏切られて他の連中と共に闇に葬られるのは勘弁願いてえからな。街の警備の強化を頼み、マリウスの屋敷を離れた。
屋敷を辞して街外れの別邸に近づくと、門の外に人影があった。
「ウルガー様。配置は終えました」
「ご苦労さん」
別邸を出る直前、ジルに人の配置を頼んであったがもう終わったか。相変わらず優秀な奴だ。今から始めるのは不穏分子の排除。話し合いで終わればいいが、残念ながらその可能性は低い。となれば力で排除するしかねえんだよな。幸いダーミッシュから集まった俺の部下はそれなりの数になったし、エーデル戦で俺の下で戦った他領出の戦友らもそこそこ集まった。それ以外でもダーミッシュで雇った傭兵や俺の名に惹かれて集まった腕に覚えのある連中もだ。こいつらは普段は王都をはじめとする各地で仲間を集め、賛同者と協力者を募り、王家や貴族家の様子を探っていたが、今回密かに呼び戻しておいた。不穏分子を排除し、打倒王家の組織作りを本格的に始めるためだ。
で、今日これから、不穏分子を排除する。あちこちから流れ着いた傭兵や破落戸、規律違反を犯して騎士団から追い出された問題児、旨い汁が吸えそうだと集まった日和見者たち。どれも俺の下には必要ねえ連中だが、その中でも一番邪魔なのがヘルミーナらのいる「雷鳴」だ。傭兵集団といえば聞こえがいいが身を持ち崩した破落戸の集団で、俺の指示なんか聞きやしねえ。それでも置いておいたのは俺に従う気のねぇ連中を炙り出すため。
それでも、国のせいで行き場を失った奴らだと思えば気の毒で、こんな奴らでも使い道はあるかもしれねぇと思った時もあったが……ローズを泣かせたんならそんな慈悲はいらねぇよな。
「さて、と。始めるか」
最初で最後の大掃除だ。さっさと終わらせてあいつを迎えに行ってやらねぇとな。
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お待たせして申し訳ありませんでした(汗)
今日から更新を再開します。
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