戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

不穏分子の排除◆

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 食堂に足を踏み入れると、そこにあったテーブルと椅子は部屋の四方へと片付けられ、空いた空間には手足を縛られて眠る五十人ほどの見知った顔があった。こいつらは「雷鳴」に属する奴らを中心とした、いわゆる「俺に従わねぇ奴ら」だ。

 こいつらが夕刻、この食堂を占拠して酒盛りをしているのはいつものこと。別に咎める気はなかった。俺の部下はこんな時間から酒盛りなんかしねえし、多くは俺の指示に沿って動いているからここにはいねえ。見込みのある奴らには俺の部下が声をかけて仕事に同行するようにしてこちら側に取り込んでいた。残っているのは役に立たねえ連中たちばかり。衣食住を満たすためにここにいるだけで、国や民のことなんか気にもしていねえ。それが悪いことだとは言わねえが、俺の元で働きたい、役に立ちたいと押しかけてきたのにその初心を忘れ、今じゃこの屋敷を自分たちのものだと勘違いして横暴に振舞っていた奴らだ。

 まぁ、こうなるように仕向けたってのもあるが。組織ってのは人数が増えりゃどうしてもこいつらみたいな不穏分子も出てくる。それを炙り出すために何も言わず好きにさせていたが、ここまで増長するとは思わなかった。

 一刻ほど後、眠り薬の効果が切れたこいつらは、自分たちの置かれた状況に最初は呆然とし、次に慌てふためき、最終的には不当だと罵り始めた。特にうるさかったのは「雷鳴」の若い連中だったが、ヘルミーナの首からぶら下がった首飾りについて尋ねると口を噤んだ。

「ウルガー!! 信じて!! 私は盗んでなんかいないわ!!」

 後ろ手に縛られて床に転がった女が金の髪を振り乱して己の潔白を訴えた。それを冷たく見下ろす。

「うるせえ。証拠を首からぶら下げておいて知らねえが通用するとでも思ってんのか?」
「こ、これは……そ、そうよ、拾ったのよ!!」

 視線を彷徨わせて目で仲間に助けを求めるが、誰も庇ってくれねえみたいだな。まぁ、「雷鳴」全員がこの女と同じように縛られてるんだからどうしようもねえだろうけど。それにしても必死に考えた挙句に出てきた言い訳がそれかよ。希少な宝石がその辺に落ちてるわけねえだろうが。

「へぇ、拾ったねぇ」

 俺がそう返すとパッと表情を弾ませた。なんだ、その助かったって面は。

「そ、そうなの。拾ったのよ。だから……」
「どこでだ?」
「そ、それは……」

 拾った場所なんぞ言えねえよな。俺たちの部屋だなんて。頭悪すぎだろ。いや、傭兵ん中で育てばこんなもんか? まぁ、こいつらは傭兵と名乗っちゃいるが盗賊と大して変わらねぇんだけどな。

「お前が取り巻きの男を連れて俺の部屋に押し入ったの、ここの使用人が見ているんだよ」
「そ、それは……ああ、使用人らが見間違えたのよ!」
「そ、そうだよ。俺たちは……」
「ここの使用人は全員俺の部下だ。洗濯女もだ」
「へ? な、何で……」
「そりゃあ、お前らみたいな裏切者を監視するためだな」

 ひゅっと誰かの声にならない悲鳴があがった。呆然と見上げてくる表情からはそんなことは欠片も思っていなかったと伝えているが、馬鹿じゃねぇか? 俺たちが目指しているのは国盗りなんだぞ? 裏切者がいるかもしれねえのに野放しにするわけねえだろ。

「最初に言っておいたよな。俺は裏切りは許さねえと。裏切ったら殺すと。なあ、頭目よ。忘れたとは言わせねえぞ?」

 盗人娘の養父にそう問いかけると、神経質そうな表情に怯えが浮かんでいた。気が小せえ奴だな。まぁ、だからこそずる賢く力のある奴に寄生して生きてきたんだろうが、今回ばかりは相手が悪かったな。若い連中を抑えられなかったのが最大の敗因だが。

「俺の意に従わねえどころか、俺の部屋に押し入って妻に送った首飾りを盗もうなんざ、いい度胸だな」
「お、俺は知らん。こいつらが勝手にやったことだ!!」
「父さん!!」

 甲高い悲鳴が耳に痛えな。はは、やっぱりな。この野郎、あっさり娘を切り捨てやがった。まぁ、見目がいいからいずれ使えると思って引き取って育ててたんだろうとは思っていたが。

「うるさい! 俺は言ったはずだ、やりすぎるなと!」
「で、でもっ!! ウルガーを篭絡しろって言ったの、父さんじゃない!」
「な……! 知らん! 俺はそんなことは言ってねぇ!!」

 とうとう親子喧嘩を始めやがった。まぁ、娘が俺に惚れたから父親もあわよくば……と思ったんだろうが、こんなわがままで手くせの悪い娘、誰が相手にするかよ。

「うるせぇ。喧嘩するなら他所でやれ。ああ、お前らこれから強制労働な」
「は?」
「王都に続く街道を整備するんだよ。ああ、ちゃんと一日二食は食わせてやるし、時期が来りゃあ解放してやる。ただし監視付きだ。逃げ出したらその場で切り捨てる」
「な……!」
「じょ、冗談じゃねぇ!! なんで俺たちが……!!」

 こいつらの今後を教えてやったらまた騒ぎ始めたけど、このまま野に放てば王家にすり寄ってこっちの情報を流すかもしれねぇ。今それをされちゃ困るんだよな。だから事が片付くまではこっちの目の届くところに置いておくしかねぇ。口封じも考えたが、殺した後の始末が面倒だし、こんな奴らでも道の整備くらいの仕事は出来るだろう。

「嫌なら断ってもいいぜ。そのかわりここで死んでもらうことになるがな」

 壁際に等間隔で立っていた俺の部下たちが揃って一歩前に出て、腰に下げた剣に手をやった。その整然とした動きに沈黙が場を占める。騎士としての訓練を積んだ部下たちの乱れのない動き、それだけで自分たちとの技量の差を理解したんだろう。いくら強くても訓練された騎士とじゃ技量の差は一目瞭然だ。

「死にたくなきゃ大人しくしているんだな。お前らは騎士じゃねぇから一度は見逃してやるが、次はないと思え」

 誰も異を唱える者はいなかった。破落戸がいくら頑張ったって騎士には勝てねぇんだ。縛られた奴の中には俺の影もいる。そいつが使えねえと判断したら始末するだろう。


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