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第三部
思いがけない事実
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あれから直ぐに元居た別邸に戻った。久しぶりの別邸は以前の騒々しさが消え、穏やかな静けさに包まれていたわ。ウルガーの話では「雷鳴」の人たちを中心に五十人くらいが追放されて、今は騎士団の隣にある囚人の寮にいるのだとか。彼らはそこで監視付きの上で道路工事をするのだという。それなりの人数がいるから殺したりはしないとは思っていたけれど、ザウアー領の隣にあるフレーベ辺境伯領の鉱山にでも送るのかと思っていたから意外だったわ。
「フレーベに送るとなると騎士を付けなきゃいけねぇからな」
彼の言う通りね。これから王都に向かおうという今、騎士を彼らに割く余裕はなさそうだもの。
「あいつら、他の奴からも盗みを働いていたんだ。十年くらいは強制労働させときゃいい」
「他にも? もう傭兵というより盗賊ね」
柄も素行も悪かった。傭兵の多くは夜盗と変わらないと言われている。それでもダーミッシュの戦役では戦力になった傭兵がたくさんいたわ。ここに集まった人たちの多くは彼の下で戦った傭兵だそうで、実際見覚えのある顔もいくつかある。
「傭兵のほとんどはそんなもんだ。まぁ、残った奴らは真っ当だが堅苦しい組織に馴染めねえからな。騎士団には入れられねぇ。俺たちは傭兵ってことでいいだろ?」
「ウルガーがいいなら私は何でもいいわ。彼らはちゃんと統制出来るのでしょ?」
「当たり前だ」
だったらいいわ。ダーミッシュでも傭兵が参加した作戦に私も加わったけれど彼らから直接危険を感じることはなかったし、彼らは自らの仕事に誇りを持っていた。「雷鳴」の彼らとは根本的に違う。
久しぶりの彼の部屋は掃除がされていて暖炉では火が揺らめいて暖かい空気を生み出していた。あの嫌な出来事が嘘のようね。ソファに二人並んで座る。彼の腕は腰に回されたまま。それだけのことに心が満ちるけれど、安堵の後に心を占めたのは今後への不安だった。
「ねぇ、私はどうしたらいい?」
私の問いの意味を直ぐにわからなかったのか、ウルガーが私を見下ろして目を瞬かせた。マリウス殿の屋敷で感じた疑問は今、一層大きく育っている。
「お前さんは連れていく。離さねえと言っただろ?」
「私が枷にならない?」
不安だったのは武の才能に恵まれなかった私自身。馬にだってろくに乗れない私が共に向かったところで邪魔にしかならないのではとの不安は以前からあったけれど、王家打倒が具体的になった今、その思いは一層強まっている。行きたくないわけじゃない。側にいたいと思う。だけど、それ以上に彼の足手まといになりたくないとの思いが勝る。
「枷なんかにならねえよ。むしろ重要な戦力だ」
「だけど、薬師ならおじ様もいるし、マリウス殿の部下にもいるでしょう?」
「それでも、薬師の塔を出ていて薬師一族のグラーツ家のお前さんには敵わねえよ。それに、実家のこともあるだろう?」
「実家?」
今ここでその名が出るとは思わなかったわ。そりゃあ、実家にはいろいろと気になる点もあるし、もう少し王都に残って実家の様子を探りたいとは思っていたけれど……
「王家が毒を撒いてあちこちに解毒剤という恩を売っているのは知っているだろ?」
「ええ」
ネーメルの毒木に縁る奇病は王家が関わっている可能性がある。解毒剤を輸入して高額な値で貴族家に売りつけているとも。
「その話が出た時、それを証明出来る薬師が必要だ。王宮薬師のお前さんなら可能だろう?」
「それは……そう、だけど」
彼の言うとおり、ではあるわ。ネーメルの毒木研究をしていたのは私の先生だし、解毒剤は兄弟子が処方を私に託してくれた。実家にはその解毒剤に必要な薬草も……
「やっぱり、私の実家が関わっていると思う?」
「そうでないことを願っていたんだがな」
それは、何らかの確証するに至る材料があったってことね。
「実家で、何が見つかったの?」
「当主がエーデルと通じているかもしれねえ」
「……え?」
思いがけない内容に、頭がすぐには理解してくれなかった。お父様が、エーデルと通じている? あの小心者の父が? 俄かには信じられなかった。
「本人が望んでやったというよりも、エーデルに命じられて仕方なくって感じだろうが。案外、奇病の発端の出所はエーデルかもしれねえな」
「エーデルが?」
それこそ信じられないわ。そんなことをしてエーデルに何の得が……いえ、エーデルにとって今のリムス王家は許しがたい仇敵で、だからこそマリウス殿の後押しをしているのだけど。だからといってそこまでするかしら? だって、今犠牲になっているのは民で、王家は何の痛みも……
「……まさか、リアム王家を陥れるために?」
さぁな。けど、エーデルの爺ならやりそうだけどな」
ウルガーが迷いなくそう答えた。私はエーデル王を知らないけれど、彼はエーデル王を食えねぇクソ爺と呼んで嫌っていたわ。だったらそれくらいのこともやるのかしら? そんな……ちょっと待って!! それって……
「じゃ……実家は……」
「あんまりいい話にはならねぇだろうな」
身体中の血が一気に雪解け水のように冷えていくのを感じた。もしこの件が公になったら父は……いえ、こうなっては家族どころか一族揃って大罪人として罰せられてしまうわ。そんなことって……
「いい様に利用されたんだろうな。お前さんは死んだことになっているからお咎めはねえだろうが……」
ウルガーに引き寄せられるままにその胸に縋った。仲のいい家族ではなかったけれど、要らない者として捨てられたけれど、それでも私の両親と妹には変わりない。ちょっとくらい痛い目に遭えばいいのにと思ってはいたけれど……ここまでのことなんか望んでいなかったわ。
「フレーベに送るとなると騎士を付けなきゃいけねぇからな」
彼の言う通りね。これから王都に向かおうという今、騎士を彼らに割く余裕はなさそうだもの。
「あいつら、他の奴からも盗みを働いていたんだ。十年くらいは強制労働させときゃいい」
「他にも? もう傭兵というより盗賊ね」
柄も素行も悪かった。傭兵の多くは夜盗と変わらないと言われている。それでもダーミッシュの戦役では戦力になった傭兵がたくさんいたわ。ここに集まった人たちの多くは彼の下で戦った傭兵だそうで、実際見覚えのある顔もいくつかある。
「傭兵のほとんどはそんなもんだ。まぁ、残った奴らは真っ当だが堅苦しい組織に馴染めねえからな。騎士団には入れられねぇ。俺たちは傭兵ってことでいいだろ?」
「ウルガーがいいなら私は何でもいいわ。彼らはちゃんと統制出来るのでしょ?」
「当たり前だ」
だったらいいわ。ダーミッシュでも傭兵が参加した作戦に私も加わったけれど彼らから直接危険を感じることはなかったし、彼らは自らの仕事に誇りを持っていた。「雷鳴」の彼らとは根本的に違う。
久しぶりの彼の部屋は掃除がされていて暖炉では火が揺らめいて暖かい空気を生み出していた。あの嫌な出来事が嘘のようね。ソファに二人並んで座る。彼の腕は腰に回されたまま。それだけのことに心が満ちるけれど、安堵の後に心を占めたのは今後への不安だった。
「ねぇ、私はどうしたらいい?」
私の問いの意味を直ぐにわからなかったのか、ウルガーが私を見下ろして目を瞬かせた。マリウス殿の屋敷で感じた疑問は今、一層大きく育っている。
「お前さんは連れていく。離さねえと言っただろ?」
「私が枷にならない?」
不安だったのは武の才能に恵まれなかった私自身。馬にだってろくに乗れない私が共に向かったところで邪魔にしかならないのではとの不安は以前からあったけれど、王家打倒が具体的になった今、その思いは一層強まっている。行きたくないわけじゃない。側にいたいと思う。だけど、それ以上に彼の足手まといになりたくないとの思いが勝る。
「枷なんかにならねえよ。むしろ重要な戦力だ」
「だけど、薬師ならおじ様もいるし、マリウス殿の部下にもいるでしょう?」
「それでも、薬師の塔を出ていて薬師一族のグラーツ家のお前さんには敵わねえよ。それに、実家のこともあるだろう?」
「実家?」
今ここでその名が出るとは思わなかったわ。そりゃあ、実家にはいろいろと気になる点もあるし、もう少し王都に残って実家の様子を探りたいとは思っていたけれど……
「王家が毒を撒いてあちこちに解毒剤という恩を売っているのは知っているだろ?」
「ええ」
ネーメルの毒木に縁る奇病は王家が関わっている可能性がある。解毒剤を輸入して高額な値で貴族家に売りつけているとも。
「その話が出た時、それを証明出来る薬師が必要だ。王宮薬師のお前さんなら可能だろう?」
「それは……そう、だけど」
彼の言うとおり、ではあるわ。ネーメルの毒木研究をしていたのは私の先生だし、解毒剤は兄弟子が処方を私に託してくれた。実家にはその解毒剤に必要な薬草も……
「やっぱり、私の実家が関わっていると思う?」
「そうでないことを願っていたんだがな」
それは、何らかの確証するに至る材料があったってことね。
「実家で、何が見つかったの?」
「当主がエーデルと通じているかもしれねえ」
「……え?」
思いがけない内容に、頭がすぐには理解してくれなかった。お父様が、エーデルと通じている? あの小心者の父が? 俄かには信じられなかった。
「本人が望んでやったというよりも、エーデルに命じられて仕方なくって感じだろうが。案外、奇病の発端の出所はエーデルかもしれねえな」
「エーデルが?」
それこそ信じられないわ。そんなことをしてエーデルに何の得が……いえ、エーデルにとって今のリムス王家は許しがたい仇敵で、だからこそマリウス殿の後押しをしているのだけど。だからといってそこまでするかしら? だって、今犠牲になっているのは民で、王家は何の痛みも……
「……まさか、リアム王家を陥れるために?」
さぁな。けど、エーデルの爺ならやりそうだけどな」
ウルガーが迷いなくそう答えた。私はエーデル王を知らないけれど、彼はエーデル王を食えねぇクソ爺と呼んで嫌っていたわ。だったらそれくらいのこともやるのかしら? そんな……ちょっと待って!! それって……
「じゃ……実家は……」
「あんまりいい話にはならねぇだろうな」
身体中の血が一気に雪解け水のように冷えていくのを感じた。もしこの件が公になったら父は……いえ、こうなっては家族どころか一族揃って大罪人として罰せられてしまうわ。そんなことって……
「いい様に利用されたんだろうな。お前さんは死んだことになっているからお咎めはねえだろうが……」
ウルガーに引き寄せられるままにその胸に縋った。仲のいい家族ではなかったけれど、要らない者として捨てられたけれど、それでも私の両親と妹には変わりない。ちょっとくらい痛い目に遭えばいいのにと思ってはいたけれど……ここまでのことなんか望んでいなかったわ。
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