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第三部
マリウス殿と合流
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ウルガーが宣言していた通り、その日の夕刻前にマリウス殿は腹心のランドルフ殿を伴って単騎でこの屋敷をひっそりと訪れた。
「よぉ! 無事着いたな!」
「ウルガー殿、お待たせしました」
気やすい態度のウルガーに対してマリウス殿は礼儀正しかった。これじゃどっちの立場が上かわからないわね。いえ、ウルガーは誰に対してもこんな感じだけど。
「疲れてるいところ悪いが、本題に入るぞ」
そう前置きしてウルガーが現状をマリウス殿に話し始めた。
「王家は既にお前さんの存在に気付いている。王都の騎士団と呼びかけに参じた貴族家の騎士団に討伐を命じたそうだ」
「左様ですか。ですが襲ってこないのですね」
ウルガーの答えはマリウス殿の想定内だったらしく、特に驚いた様子はなかった。そんな彼も様子にウルガーが人も悪い笑みを浮かべた。
「そんな余力がねえんだろう。王が優先しているのは討伐よりも王城の警護だ」
「なるほど。守りが薄くなるから王都の外まで迎え撃つ気はないと?」
「ああ。ついでに貴族家の騎士も信用していねぇんだろうな」
「意外ですね。そんな洞察力が残っていたとは」
マリウス殿が困ったような笑みを浮かべた。これまでの行いから理性など持ち合わせていないように見えたけれど。臆病だって噂は本当のようね。
「王家は籠城も辞さない構えだ。既に王都の四門のうち、三つは閉鎖されいてる」
「籠城ですが。まぁ、有効ではありますね。援軍が来るならば、ですが」
「ははっ、援軍なんか来ねえよ」
それって、王家の呼びかけに応じた貴族家の多くがこちら側ってこと? いったいどれくらいの貴族家が私たちに協力してくれるのかしら。もし失敗したら反逆者、一族郎党処刑されるとなればそう簡単に寝返るなんて出来ないと思うのだけど。
「時間をかけるだけ無駄だ。明日、攻め込むぞ」
その言葉にその場にいた全員が息を呑んだ。それくらいウルガーの言葉は突拍子もなく聞こえたわ。だって、マリウス殿の騎士団だってまだ到着していないのよ。準備が整っているようには見えない。
「明日? 性急じゃない?」
思わず口をはさんでしまったわ。だけどいくら何でも早すぎる。マリウス殿の軍はまだ到着していないのよ。
「そんなことはねえぞ、前々からそのつもりで準備していたんだ」
「そうなの?」
とてもそんな風には見えなかったけれど……
「それに時間がかかりゃその分王家に対応させる時間を与えちまう。籠城されちゃ面倒だ。こっちはそれに耐えるだけの十分な物資がねえからな」
「ウルガーの言う通りですよ。ローズ嬢、何も心配ありませんから」
マリウス殿が安心させるように笑みを向けた。その様子から彼らは最初からそのつもりで動いていたのだと悟った。のんびりしていて大丈夫なのかと心配していたけれど、余計なお世話だったのね。
「マリウスんとこの部隊はそのまま真っ直ぐ王城に向かえ。北と西の門は閉まっているが時が来たら開けるよう指示してある」
「そうですか。ですが迎え撃つ騎士がいるのでは……」
「北にはマルトリッツ家がいるが、あいつらは十分戦えねえ。可哀相なことに今夜から腹を下す者が多発するからな」
ウルガーがそういってニヤッと口の端をあげて私を見て、その彼を見たマリウス殿たちも私を見た。いえ、作りましたよ、確かに。便秘に効く強めの薬を大量に。それをまさか騎士団に呑ませるとは思わなかったけれど。
「西はロンバッハ家が守っているがこっちも心配ねえ。あいつらは味方だからな」
「計画通りですね」
「ああ。ついでに唯一開いている南門にはレンガー公爵家が、東には俺たちの部隊がいる。マリウスの部隊に呼応して王都内に進んで一気に片を付けるぞ」
ウルガーはそう言ったけれど、そんな簡単に事が進むのかしら? 他にも王家を守ろうとしている貴族家があるでしょうに。
「そんなに気負うことはねえ。王家の井戸の幾つかにも腹を下す薬を流しておいたからな。明日の王城は病人ばっかりだから攻めるのは簡単だ」
ウルガーが得意そうにそう言うとマリウス殿やジークハルト殿が渋い表情を浮かべた。正々堂々戦うことをよしとする騎士の彼らには承服しがたいのでしょうね。
だけどウルガーは綺麗事だけじゃ生き残れないと言い放ち実利を優先する。英雄譚に残るような華々しい勝ち方よりも、泥臭くても被害を最小限に抑えられる方がずっと重要だと。それは長年緊張状態が続くダーミッシュで暮らしてきた経験のせいだろうとおじ様は言っていた。私も最初はそんな考えはどうかと思ったけれど、人は死んだら生き返らないし、失われたものも簡単には取り戻せないと従軍して知ったから、今は彼の考えを支持しているわ。
「狙うのは王と王子二人だ。それ以外は放っておけばいい」
「王子の子供たちはどうするんだ?」
「物心つかねえガキまで巻き込む必要はねえだろう?」
「だが、いつか簒奪を企むかもしれませんぞ」
ジークハルト殿の懸念はもっともだわ。マリウス殿を次代の王にするのは私たちの共通認識だけど、そうなれば遺された王子の子たちは自分たちが正当な王位継承者だといずれ声をあげるでしょうね。
「相手はまだ幼児だ。断種はするが命まで奪う必要はねえだろ?」
「でも、十年も経てば一人前だぞ」
「放っておけ。そんな奴らにひっくり返されるほど弱え国を作るつもりはねえだろ?」
最初の言葉はジークハルト殿に、後半はマリウス様に向けた言葉だった。
「もちろんです」
マリウス殿がいつもの柔和さの中に固い信念を滲ませてそう答えた。彼らの中にはもうこの先作り上げる国の形が出来上がっているのね。まだまだ準備が足りないのではと心配だったけれど、それは杞憂だったらしい。
「ここまで来たらやるだけだ。これで失敗するなら俺たちもそれまでだってことだ」
「そうですね」
マリウス殿が表情を和らげたけれど、これから行うのは数百年続いた王家の打倒。害でしかない相手だとわかっていても王家に逆らうと思うと酷く不安を感じる。これも貴族として王家への忠誠を子供のころから叩き込まれた影響なのかしら。だけど、もう後には引けない。彼らの会話を聞きながら覚悟を決めた。
「よぉ! 無事着いたな!」
「ウルガー殿、お待たせしました」
気やすい態度のウルガーに対してマリウス殿は礼儀正しかった。これじゃどっちの立場が上かわからないわね。いえ、ウルガーは誰に対してもこんな感じだけど。
「疲れてるいところ悪いが、本題に入るぞ」
そう前置きしてウルガーが現状をマリウス殿に話し始めた。
「王家は既にお前さんの存在に気付いている。王都の騎士団と呼びかけに参じた貴族家の騎士団に討伐を命じたそうだ」
「左様ですか。ですが襲ってこないのですね」
ウルガーの答えはマリウス殿の想定内だったらしく、特に驚いた様子はなかった。そんな彼も様子にウルガーが人も悪い笑みを浮かべた。
「そんな余力がねえんだろう。王が優先しているのは討伐よりも王城の警護だ」
「なるほど。守りが薄くなるから王都の外まで迎え撃つ気はないと?」
「ああ。ついでに貴族家の騎士も信用していねぇんだろうな」
「意外ですね。そんな洞察力が残っていたとは」
マリウス殿が困ったような笑みを浮かべた。これまでの行いから理性など持ち合わせていないように見えたけれど。臆病だって噂は本当のようね。
「王家は籠城も辞さない構えだ。既に王都の四門のうち、三つは閉鎖されいてる」
「籠城ですが。まぁ、有効ではありますね。援軍が来るならば、ですが」
「ははっ、援軍なんか来ねえよ」
それって、王家の呼びかけに応じた貴族家の多くがこちら側ってこと? いったいどれくらいの貴族家が私たちに協力してくれるのかしら。もし失敗したら反逆者、一族郎党処刑されるとなればそう簡単に寝返るなんて出来ないと思うのだけど。
「時間をかけるだけ無駄だ。明日、攻め込むぞ」
その言葉にその場にいた全員が息を呑んだ。それくらいウルガーの言葉は突拍子もなく聞こえたわ。だって、マリウス殿の騎士団だってまだ到着していないのよ。準備が整っているようには見えない。
「明日? 性急じゃない?」
思わず口をはさんでしまったわ。だけどいくら何でも早すぎる。マリウス殿の軍はまだ到着していないのよ。
「そんなことはねえぞ、前々からそのつもりで準備していたんだ」
「そうなの?」
とてもそんな風には見えなかったけれど……
「それに時間がかかりゃその分王家に対応させる時間を与えちまう。籠城されちゃ面倒だ。こっちはそれに耐えるだけの十分な物資がねえからな」
「ウルガーの言う通りですよ。ローズ嬢、何も心配ありませんから」
マリウス殿が安心させるように笑みを向けた。その様子から彼らは最初からそのつもりで動いていたのだと悟った。のんびりしていて大丈夫なのかと心配していたけれど、余計なお世話だったのね。
「マリウスんとこの部隊はそのまま真っ直ぐ王城に向かえ。北と西の門は閉まっているが時が来たら開けるよう指示してある」
「そうですか。ですが迎え撃つ騎士がいるのでは……」
「北にはマルトリッツ家がいるが、あいつらは十分戦えねえ。可哀相なことに今夜から腹を下す者が多発するからな」
ウルガーがそういってニヤッと口の端をあげて私を見て、その彼を見たマリウス殿たちも私を見た。いえ、作りましたよ、確かに。便秘に効く強めの薬を大量に。それをまさか騎士団に呑ませるとは思わなかったけれど。
「西はロンバッハ家が守っているがこっちも心配ねえ。あいつらは味方だからな」
「計画通りですね」
「ああ。ついでに唯一開いている南門にはレンガー公爵家が、東には俺たちの部隊がいる。マリウスの部隊に呼応して王都内に進んで一気に片を付けるぞ」
ウルガーはそう言ったけれど、そんな簡単に事が進むのかしら? 他にも王家を守ろうとしている貴族家があるでしょうに。
「そんなに気負うことはねえ。王家の井戸の幾つかにも腹を下す薬を流しておいたからな。明日の王城は病人ばっかりだから攻めるのは簡単だ」
ウルガーが得意そうにそう言うとマリウス殿やジークハルト殿が渋い表情を浮かべた。正々堂々戦うことをよしとする騎士の彼らには承服しがたいのでしょうね。
だけどウルガーは綺麗事だけじゃ生き残れないと言い放ち実利を優先する。英雄譚に残るような華々しい勝ち方よりも、泥臭くても被害を最小限に抑えられる方がずっと重要だと。それは長年緊張状態が続くダーミッシュで暮らしてきた経験のせいだろうとおじ様は言っていた。私も最初はそんな考えはどうかと思ったけれど、人は死んだら生き返らないし、失われたものも簡単には取り戻せないと従軍して知ったから、今は彼の考えを支持しているわ。
「狙うのは王と王子二人だ。それ以外は放っておけばいい」
「王子の子供たちはどうするんだ?」
「物心つかねえガキまで巻き込む必要はねえだろう?」
「だが、いつか簒奪を企むかもしれませんぞ」
ジークハルト殿の懸念はもっともだわ。マリウス殿を次代の王にするのは私たちの共通認識だけど、そうなれば遺された王子の子たちは自分たちが正当な王位継承者だといずれ声をあげるでしょうね。
「相手はまだ幼児だ。断種はするが命まで奪う必要はねえだろ?」
「でも、十年も経てば一人前だぞ」
「放っておけ。そんな奴らにひっくり返されるほど弱え国を作るつもりはねえだろ?」
最初の言葉はジークハルト殿に、後半はマリウス様に向けた言葉だった。
「もちろんです」
マリウス殿がいつもの柔和さの中に固い信念を滲ませてそう答えた。彼らの中にはもうこの先作り上げる国の形が出来上がっているのね。まだまだ準備が足りないのではと心配だったけれど、それは杞憂だったらしい。
「ここまで来たらやるだけだ。これで失敗するなら俺たちもそれまでだってことだ」
「そうですね」
マリウス殿が表情を和らげたけれど、これから行うのは数百年続いた王家の打倒。害でしかない相手だとわかっていても王家に逆らうと思うと酷く不安を感じる。これも貴族として王家への忠誠を子供のころから叩き込まれた影響なのかしら。だけど、もう後には引けない。彼らの会話を聞きながら覚悟を決めた。
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