戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

決戦前夜

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 短くもない話し合いの後、マリウス殿たちは仲間のもとへ戻った。屋敷に残った者たちは明日に備えてそれぞれの準備を詰めるために部屋を出ていった。私ももう少し薬を作っておこうと調合室に向かおうとして、ウルガーに呼び止められた。話があるからと私室へと向かう。いつものソファに隣り合わせで座ると、彼は私の肩を抱いて空いた方の手で私の手を握った。

「ローズ、言いにくいことなんだが……」

 なんとなく気まずそうな空気を放つウルガーに、言いたいことのおおよその見当が付いた。二度と側を離れないと約束したけれど、それが難しいことは私が一番理解しているわ。だって私は一人では馬にも乗れないし武器も使いこなせない。彼らが向かうのは王城という戦場で、ぎりぎりの人数だから私の護衛に人を割くことも出来ない。確実に足手まといになると分かっていて同行出来るほど私の神経は図太くないわ。

「わかっているわ。私はここに残るから」

 それで解決だと思ったのだけど……見上げた顔一面に驚きが現れていた。えっと、違う、の?

「馬鹿言うな! 連れて行かねぇ選択肢なんかねぇよ! お前さんは俺と来るんだ」
「いや、でも私、馬にだって一人で乗れないし……」
「そんなこと今更だろうが。それに、一人で乗れたら逆に心配で連れていけねえよ」
「……はぁ?」

 いやいやいや、王城に攻め込むのに馬に二人で乗る方がどうかと思うけれど……

「俺は指揮する側なんだから問題ねぇよ」
「でも、万が一ってこともあるでしょ?」
「ねぇよ。そんな軟な作戦考えてねえから」

 そ、そうなの? でも、それだと皆に示しがつかないんじゃ……さすがに王家打倒の決戦の場に女と馬に二人乗りで参加するって、ちょっと不謹慎というか、呆れられないかしら?

「じゃ、何の話なの?」

 その話じゃないとなると見当もつかないのだけど。

「お前さんの実家のことだ」
「実家?」

 意外だと思ったけれど、実家の動きが怪しいことを思い出した。すっかり失念していたわ。そういえば両親やアデリッサ、リーヴィス様はどうなっているのかしら? アデリッサも学園を卒業したのだし、あの二人は婚姻したのよね? 

「どうやら伯爵がエーデルと通じていたと王の側近が気付いたらしい」
「父が……」

 だったら、彼らは、グラーツ伯爵家はもう……いえ、王の耳に入っていないのならこれからってこと?

「伯爵は家族を連れて逃げたらしく王都にはいねえ」
「逃げた?」

 あの父にそんな行動力が……いえ、母やアデリッサにお尻を叩かれて……なら可能性はあるわね。あの二人は口も達者だし行動力があるもの。

「今グラーツ伯爵家はもぬけの殻だ。行き場のない使用人が何人か残っているらしいが」
「そう、ですか」

 思い浮かんだのは家族を病で亡くして一人になったり、年を取って他家に使えることが難しい使用人たちだった。彼らは私に同情的でよく庇ってくれていた。

「誰もいないのなら……あの家を手に入れることは出来ませんか? あの家の薬草園では希少な薬草を育てているから」
「それでいいか?」
「ええ。でも、王家を倒してからにしてください。あの家よりも皆の方が大事ですから」

 薬草は惜しいけれど仲間には代えられないわ。それに王都で育てている薬草は領地でも育てている。マリウス殿が王になった後で収用してくれてもいい。

「お前さんが望むなら手に入れることも可能だ。元々はお前さんが継ぐものだったんだからな」
「……それは……」

 そう言われたけれど今は戸惑いしかなかった。あんなに大切に思っていたはずなのに不思議だわ。それ以上に目の前の彼との未来があればいいと思ってしまう。

「今はもう、欲しいとは思いません。だって……ダーミッシュまであの土地を持っていくことは出来ないもの」

 ダーミッシュでの日々は貴族として生きる未来を遠くに追いやっていた。平民と同じ生活をしていたせいかもしれないし、彼と一緒になってもそんな未来になるだろうと漠然と考えていたから。だって男爵家の養女と、辺境伯家とはいえ四男の彼だもの。長子以外は実家の持つ爵位を得ることもあるけれど、漠然とだけど彼は爵位を望まないと思っていたから。

「それは、俺との未来のためだと思っていいんだよな?」

 ちょ……今それを聞くの? そういう話じゃなかったのに、そんな風に言われたら意識しちゃうし恥ずかしいのだけど……

「い、今は実家の話でしょ?」
「そうだけど。俺たちの将来にも関わってくるだろ?」
「それはそうだけど……」

 もう、緊張感がないんだから。いえ、そうやって私の緊張を紛らわせてようとしてくれているのかもしれない。ここ数日は気が高ぶっているのかよく眠れずにいるし。

「ま、急ぐ話じゃねえからゆっくり考えてくれ。管理は誰かに任せたっていいんだからな」

 そういわれると心が動くわ。確かに実家の薬草は希少だし、家には私ですら見ることが出来なかった薬草学に関する希少な本もある。それらが手に入るのならもっとたくさんの人の役に立てるはず。王家のお抱え薬師だったのだから、王家と当主しか知らない薬もあるかもしれないし。

「マリウスが王を倒したらすぐに即位を宣言する。そうしたら真っ先に俺たちの婚姻を認めるように言ってある。明日の晩には夫婦だぞ」
「へ? 明日?」
「ああ。悪いが式は後でいいだろ? エーデルの爺から横やりを入れられる前に婚姻するぞ」

 見上げると思いっきり人の悪い笑顔で私を見下ろしていた。ダーミッシュの戦役での彼を表現する言葉の中に有言実行や電光石火などというものもあったけれど、明日って……もしかして話したかったのってそれのこと?



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