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第三部
王都へ
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翌日、まだ外の世界が白い靄に覆われている夜明け前、私はウルガーと共に馬に乗って森の中の屋敷を離れた。それはジル殿やカミルさん、おじ様なども含めて百騎ほどと、予想よりも大幅に少ない人数での出立だった。こんな人数で大丈夫なのかと不安になったけれど、主だった部下はジークハルト殿が率いて出立済みだった。それ以外は既に王都の中に潜入していて、マリウス殿の部隊が到着次第、中から門を開けたり、こちらに協力する貴族家との連絡役を務めているのだという。
「傭兵なんて何でも屋みてえなもんだから。騎士にあるこうあるべしっていう縛りがねぇからずっと使い勝手がいい」
なんてことはない様子で彼はそう言った。確かに騎士は戦うことに特化しているけれど、それ以外のことは自分たちの役目じゃないとの態度が目立つ。それは騎士としての誇りではあるのだけど、戦争は戦闘だけじゃない。ダーミッシュの戦役でも傭兵や平民兵の地味で泥臭い根回しがあったから数々の作戦が成功したのだとウルガーは言っていたし。
「まぁ、王家を倒したってことを誇示するにはマリウスんとこの騎士が華々しく動いてくれるのが一番だ。適材適所ってやつだな」
彼の口調は普段の軽口と変わらない。こんな時でも緊張しているようには見えないわ。私は昨夜は色んな事が頭に浮かんでなかなか寝付けなかったけれど、彼は早々に寝息を立てていた。この辺りは器の違いなのでしょうね。
森の中から王都の様子を窺がった。王都の周囲には数多の騎士の姿があり整然と並んでいる。それぞれに貴族家の家紋が記された旗が見えるわ。私たちが見ているのは南の門で、人の背の三倍はあるだろう大きな門扉は今は閉ざされていた。
「よしよし、レンガーはちゃんと言いつけを守ってるな」
ウルガーが部下の報告を聞きながら笑みを見せた。南の門を守るようにレンガー公爵家の騎士団が街道を挟むように並んでいる。レンガー公爵家は三代前の国王の弟が起こした家で、公爵は常識的で人望も厚い。初代公爵は人格者として誉れ高く、それは代々受け継がれていて現王が即位する前は彼を王にと望む声もあったと聞く。そのせいで現王から常に疑いの目を向けられて苦労したとも。彼の妻はあまり裕福ではない伯爵家の令嬢で、それは王の意向だったとも言われているけれど、夫婦仲は良好らしく一男一女を授かり、子女らは王子王女たちよりも優秀だと言われているわ。その奥様は二年前に流行り病で亡くなっている。
「レンガー公爵が裏切る可能性は……」
人格者の公爵だからこそ王家を裏切ることに強い抵抗がある可能性はないのかしら?
「限りなく低いな。レンガーは相愛だった婚約者を奪われて王を恨んでいる。王を憚って誰も口にしねえが親より上の世代では有名な話だ」
「婚約者って……」
「婚姻寸前の令嬢を無理やり手篭めにしたんだ。令嬢はその後自害している」
「自害って……そんな非道なことが……よくレンガー公爵は反乱を起こさなかったわね」
「令嬢が王に身を任せたのはレンガーを守るためだった。恋人の思いを汲んでその時は耐えたそうだ」
だったら裏切る可能性は低いわね。だけど、彼が王位に就くことも出来るでしょうに。そう思い至った私にウルガーは、レンガー公爵はリアム王家の血統は十分すぎるほど濁ってしまった。新王は全く無関係な者を立てるべきだとの考えだという。確かにレンガー公爵が後を継いだら新しい王朝にはならないし、これだけ民からの支持を失った王統では国の立て直しは難しいかもしれない。
「そういえばマリウス殿は? どの門から入るの?」
「ああ、北だ」
「北って……マルトリッツ家がいるのに?」
「そのマルトリッツを倒して入場するのがいいんじゃねえか。王家の忠臣で武に長けたマルトリッツを退けたとなりゃあ、様子見をしていた貴族家らもこっちに付きやすくなるからな」
そんなことを考えていたのね。確かに宣伝効果は大きいけれど……下剤で弱っているところを襲うのはどうなのかしら? いえ、相手が万全の態勢だとそれだけ抵抗も大きくてこちらの被害も大きくなるのだけど。
「まぁ、頃合いを見てフレーベやロンバッハ、あとオッペル伯爵も加わるぞ」
「オッペル伯爵家って……」
確か王都を警護する王宮騎士団の団長を務めている方よね。じゃ、王都へ突入しても抵抗は少なくて済むのかしら。
「オッペルは不正を摘発しても王の周りの貴族家がもみ消すもんですっかりやる気をなくしていたんだ。マリウスが立つと知ったら接触してきた。不正が不正として罰せられる世にしてほしいと」
オッペル伯爵は騎士道精神に溢れた義信の方だと聞いていたけれど、そんな方まで……
「王家の忠臣の中で一番反感を買っているのはマルトリッツだ。奴らとの戦闘はマリウスを引き立てるためのもんだな」
なんとも正々堂々とは程遠いけれど、犠牲者が少ないのならいいわよね。ウルガーが好きな言葉は「最小の労力で最大の成果を」だったことを思い出したわ。
動きがあったのは一刻ほど後。朝日を受けて王都の城壁がその存在を主張する頃、王都の側に到着したマリウス殿とマルトリッツ家の騎士団との戦いが始まったとウルガーの部下が報告に来た。距離もあってこちらではその様子は窺えないけれど、五月雨式に彼の部下がその様子を報告にやってくる。予想通りマルトリッツ家の騎士の動きは鈍く、マリウス殿の部隊が優勢だという。
「そろそろだな」
マリウス殿の優勢を告げる報告をいくつか受けた後、ウルガーがそう呟いて近くに控えていたジル殿を呼んだ。
「ジル、王都の門を開かせろ。一斉に突入する」
「はっ!」
身を翻してジル殿が王都の門に向かって走り、控えていた部隊に向かって手をあげると、程なくして狼煙が上がるのが見えた。それに合わせて王都の頑強な門扉が鈍い音を立てて開いていく。扉が開き切るとレンガー公爵家の部隊が次々と吸い込まれるように門の向こうへと消えていった。どうなることかと固唾を飲んでその様子を見守っていたけれど、侵入を阻止するものはなく、混乱も起きていないように見えた。
「さぁて、俺たちも行くぞ」
のんびりした口調はこの場にはそぐわなかったけれど、彼らしくもあった。いつの間にか近くに来ていたジークハルト殿が率いる部隊に囲まれながら私たちは王都の門を潜った。
「傭兵なんて何でも屋みてえなもんだから。騎士にあるこうあるべしっていう縛りがねぇからずっと使い勝手がいい」
なんてことはない様子で彼はそう言った。確かに騎士は戦うことに特化しているけれど、それ以外のことは自分たちの役目じゃないとの態度が目立つ。それは騎士としての誇りではあるのだけど、戦争は戦闘だけじゃない。ダーミッシュの戦役でも傭兵や平民兵の地味で泥臭い根回しがあったから数々の作戦が成功したのだとウルガーは言っていたし。
「まぁ、王家を倒したってことを誇示するにはマリウスんとこの騎士が華々しく動いてくれるのが一番だ。適材適所ってやつだな」
彼の口調は普段の軽口と変わらない。こんな時でも緊張しているようには見えないわ。私は昨夜は色んな事が頭に浮かんでなかなか寝付けなかったけれど、彼は早々に寝息を立てていた。この辺りは器の違いなのでしょうね。
森の中から王都の様子を窺がった。王都の周囲には数多の騎士の姿があり整然と並んでいる。それぞれに貴族家の家紋が記された旗が見えるわ。私たちが見ているのは南の門で、人の背の三倍はあるだろう大きな門扉は今は閉ざされていた。
「よしよし、レンガーはちゃんと言いつけを守ってるな」
ウルガーが部下の報告を聞きながら笑みを見せた。南の門を守るようにレンガー公爵家の騎士団が街道を挟むように並んでいる。レンガー公爵家は三代前の国王の弟が起こした家で、公爵は常識的で人望も厚い。初代公爵は人格者として誉れ高く、それは代々受け継がれていて現王が即位する前は彼を王にと望む声もあったと聞く。そのせいで現王から常に疑いの目を向けられて苦労したとも。彼の妻はあまり裕福ではない伯爵家の令嬢で、それは王の意向だったとも言われているけれど、夫婦仲は良好らしく一男一女を授かり、子女らは王子王女たちよりも優秀だと言われているわ。その奥様は二年前に流行り病で亡くなっている。
「レンガー公爵が裏切る可能性は……」
人格者の公爵だからこそ王家を裏切ることに強い抵抗がある可能性はないのかしら?
「限りなく低いな。レンガーは相愛だった婚約者を奪われて王を恨んでいる。王を憚って誰も口にしねえが親より上の世代では有名な話だ」
「婚約者って……」
「婚姻寸前の令嬢を無理やり手篭めにしたんだ。令嬢はその後自害している」
「自害って……そんな非道なことが……よくレンガー公爵は反乱を起こさなかったわね」
「令嬢が王に身を任せたのはレンガーを守るためだった。恋人の思いを汲んでその時は耐えたそうだ」
だったら裏切る可能性は低いわね。だけど、彼が王位に就くことも出来るでしょうに。そう思い至った私にウルガーは、レンガー公爵はリアム王家の血統は十分すぎるほど濁ってしまった。新王は全く無関係な者を立てるべきだとの考えだという。確かにレンガー公爵が後を継いだら新しい王朝にはならないし、これだけ民からの支持を失った王統では国の立て直しは難しいかもしれない。
「そういえばマリウス殿は? どの門から入るの?」
「ああ、北だ」
「北って……マルトリッツ家がいるのに?」
「そのマルトリッツを倒して入場するのがいいんじゃねえか。王家の忠臣で武に長けたマルトリッツを退けたとなりゃあ、様子見をしていた貴族家らもこっちに付きやすくなるからな」
そんなことを考えていたのね。確かに宣伝効果は大きいけれど……下剤で弱っているところを襲うのはどうなのかしら? いえ、相手が万全の態勢だとそれだけ抵抗も大きくてこちらの被害も大きくなるのだけど。
「まぁ、頃合いを見てフレーベやロンバッハ、あとオッペル伯爵も加わるぞ」
「オッペル伯爵家って……」
確か王都を警護する王宮騎士団の団長を務めている方よね。じゃ、王都へ突入しても抵抗は少なくて済むのかしら。
「オッペルは不正を摘発しても王の周りの貴族家がもみ消すもんですっかりやる気をなくしていたんだ。マリウスが立つと知ったら接触してきた。不正が不正として罰せられる世にしてほしいと」
オッペル伯爵は騎士道精神に溢れた義信の方だと聞いていたけれど、そんな方まで……
「王家の忠臣の中で一番反感を買っているのはマルトリッツだ。奴らとの戦闘はマリウスを引き立てるためのもんだな」
なんとも正々堂々とは程遠いけれど、犠牲者が少ないのならいいわよね。ウルガーが好きな言葉は「最小の労力で最大の成果を」だったことを思い出したわ。
動きがあったのは一刻ほど後。朝日を受けて王都の城壁がその存在を主張する頃、王都の側に到着したマリウス殿とマルトリッツ家の騎士団との戦いが始まったとウルガーの部下が報告に来た。距離もあってこちらではその様子は窺えないけれど、五月雨式に彼の部下がその様子を報告にやってくる。予想通りマルトリッツ家の騎士の動きは鈍く、マリウス殿の部隊が優勢だという。
「そろそろだな」
マリウス殿の優勢を告げる報告をいくつか受けた後、ウルガーがそう呟いて近くに控えていたジル殿を呼んだ。
「ジル、王都の門を開かせろ。一斉に突入する」
「はっ!」
身を翻してジル殿が王都の門に向かって走り、控えていた部隊に向かって手をあげると、程なくして狼煙が上がるのが見えた。それに合わせて王都の頑強な門扉が鈍い音を立てて開いていく。扉が開き切るとレンガー公爵家の部隊が次々と吸い込まれるように門の向こうへと消えていった。どうなることかと固唾を飲んでその様子を見守っていたけれど、侵入を阻止するものはなく、混乱も起きていないように見えた。
「さぁて、俺たちも行くぞ」
のんびりした口調はこの場にはそぐわなかったけれど、彼らしくもあった。いつの間にか近くに来ていたジークハルト殿が率いる部隊に囲まれながら私たちは王都の門を潜った。
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