戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

新王の即位式典

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 秋の気配が風に乗り初め、朝晩は肌寒く感じる日が増えたその日、王城にある大広間は久方ぶりの華やぎを迎えていた。

 この嘉日、ザウアー辺境伯家の嫡男であり、リムス前国王らの非道によって平民に身を落としたマリウス様が至高の地位に就かれた。艶やかな銀糸のような髪と澄んだ秋空のような青い瞳、北方出身の者とわかる白い肌と芸術家が魂を込めて彫り上げたような秀麗な顔と、堂々たる佇まいの長身で鍛えられた体躯、そしてこの式典のために誂えた白地に金銀をふんだんに使った盛装がその美貌を神々しいまでに引き上げているわ。神々の祝福を独り占めしたかのような麗しい王の誕生に会場は溢れんばかりの熱気と興奮に包まれていた。

 そんな新たな王の一段下に立つのは艶やかな黒髪と紅玉のような瞳を持つダーミッシュ辺境伯家の四男で私の夫のギル。先のダーミッシュ戦役では果敢にエーデルを退け、壊滅的な敗北を五分よりもやや敗北寄りに押しとどめたリムス側の英雄。敗戦後は戦犯として差し出されそうになり、エーデルでは望まぬ結婚を強いられてマリウス様の元に出奔したことになっている。そんな彼はダーミッシュのエーデル編入でエーデル国民になったけれど、リムスに亡命したことになっていた。

 そして、その二人の下に控えるのは、三代前のリアム国王の弟を祖とするレンガー公爵、マリウス陛下の幼馴染で隣の領地のフレーベ辺境伯、王都を守護する騎士団長を代々務めてきたオッペル伯爵、そして西の穀倉地帯を有し裕福なロンバッハ伯爵。彼らはマリウス陛下を影ながら支え、リムス旧王家を共に倒した盟友と呼ばれる方々たちで、新しい治世の重鎮となることが決まっている。

 さすがに先の王統を倒した直後というだけあって、会場には多くの騎士が配置され、物々しさも際立っているように感じたわ。これまで夜会などに出たことがなかったから比較する対象がないのだけど、大広間の壁や扉、廊下など至るところに騎士が立ち、虫一匹通り抜けるのも難しそう。これは王城のいたるところに隠し戸や隠し通路があるから。この日までに凡そのものは把握したけれど、古く建て増しを繰り返した王城すべてを把握している者がいないため、マリウス陛下を害しようとする者を警戒しての措置だった。

 というのも、マリウス陛下は独身でお子がいらっしゃらないからだ。マリウス陛下の家族は先王に対し命をもって抗議され、生き残っているのは陛下お一人のみ。陛下に何かあればその後を継ぐ者がいないという非常に危うい状態にある。万が一のことが起きれば次の王を誰にするかで争いが起きるのは確実で、ようやくマリウス陛下の元でまとまった新しい体制が瓦解するかもしれず、ギルたちは陛下の暗殺を何よりも恐れていた。

 そんなわけで私はギルの妻としてではなく陛下付きの薬師として、玉座の裏側に陛下の侍従や医師らと共に控えていた。すぐ側には万が一に備えて多種多様な薬草と調合済みの解毒剤を用意してある。ギルと共に壇上に上がるなんて恐れ多くて勘弁したかったからいいのだけど、それでもこの場にいるということが信じられないわ。本来ならまだまだ駆け出しの新米に少し毛が生えた程度の若輩者なのだから。それでもギルの妻で信用出来るからと陛下に直々に頼まれてしまえば断れなかった。

 玉座の裏のレースのカーテンの影の向こう側、会場からは照明の関係もあって見えない位置から、陛下の侍従や医師たちと共に式典の成り行きを見守っていた。音を立てるのも憚られる厳かな雰囲気が満ちる中、粛々と式典は進む。

 この角度からは陛下の背中しか見えないけれど、辛うじてギルの姿は見えたわ。彼は真っ黒の騎士の正装を身に着け、腰には剣を下げている。いつも何を着てもだらしなく着崩しているけれど、今日は文句を言いながらも首元まできっちり釦を締めているわ。陛下ほど背は高くないけれど、表情を消して玉座の前に佇む彼は研ぎ澄まされた剣のようで十分に素敵だわ。控室でも見とれてしまったけれど、ゆっくり眺めている時間はなかった。この後も舞踏会があるからもう暫くはあの姿を見ていられるはず。そう思うと顔がにやけてしまいそうになって慌てて引き締めたわ。

 今ここに集まっているのはマリウス陛下への恭順を示した貴族や、その即位を認めると表明した国の大使たち。陛下が王位簒奪と自らの即位を宣言されてから二月半が過ぎたけれど、その間に恭順を示さなかったのは前国王に忠誠を誓って取り下げなかった一部の貴族と違法行為で訴えられた者たち。彼らは先の裁判で爵位を剥奪された上、処刑か幽閉、追放などの罪が決まったからこの場にはいない。

 そのせいか陛下の存在は熱狂的に受け入れられ、陛下もその麗しいお姿を存分に振りまいているわ。そして男性よりも女性の声の方が大きい気がする。独身で美貌の国王となれば当然よね。

 厳かな式典は幸いにもこれといった問題も起きず終わりを迎えた。そのことに安堵して身体から力が抜けそう。万が一のことが起きても私に出番が回ってくる可能性は低いけれど、それでも知らない間に緊張していたらしい。こんな感覚は戦場の時以来かもしれないわ。



 即位式が終わり陛下が下がられると、侍従たちと共に陛下の後ろに続いた。陛下のすぐ横にいたギルが陛下と数話言葉を交わして列を離れ、廊下の端に佇んだ。私が追いつくとすぐに手を伸ばしてきて私の手を取る。

「さ、着替えに行くぞ」
「陛下は? お側にいなくてもいいの?」
「マリウスも今から着替えだ。侍従も護衛もいる。俺やお前さんが付き添う必要はねぇよ」

 首元の釦を外しながらギルがそう言った。前を進む陛下をランドルフ殿たちが囲んでいる。確かに私たちがいなくても問題なさそうね。

「それに、こっちの方が大事だからな」

 そう言って私の腰に手を回した。

「さ、行くぞ」

 上機嫌にそう言って私の手と腰を支えながら私控室に向かった。今の私は王宮薬師の制服だけど、この後行われる舞踏会ではドレスに着替える予定。ドレスなんて着慣れないからこのままでいいと言ったのだけど、舞踏会はギルを含めた側近のお披露目で、その妻の私が制服姿だなんて絶対に認めないとギルに大反対されてしまった。いつの間にかドレスや宝飾品まで用意してあったのだから驚きしかなかったわ。しかもマリウス陛下が衣装を頼む際、私のドレスも一緒に頼んだのだとか。それを聞いて頭を抱えたのだけど、本人はついでだし支払いは自分がするんだから問題ねぇと涼しい顔をしていたわ。

 控室に入ると、中にいた王宮の衣装係や侍女たちに囲まれ、部屋の奥へと引っ張られた。

「え? ちょ……」
「まぁ頑張れ」

 ギルはにやにやしながら軽く手を振ったけけど……何? どういうこと? 



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