戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

舞踏会

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 舞踏会は先ほどの大広間で行われる。私たちは今、陛下やレンガー公爵、ロンバッハ伯爵たちと一緒に大広間に通じる王族の部屋に控えていた。陛下から会場に入場した後、私たちが続く。

 前方ではマリウス陛下が侍従頭となったランドルフ殿たちと共に扉の前に立っておられる。恐れ多いことにギルと私がその次で、その後ろにはフレーベ辺境伯夫妻、ロンバッハ伯爵夫妻、オッペル伯爵とその嫡男夫妻、最後にレンガー公爵夫妻が続く。この順番は新王朝における序列だとギルが言っていたわ。

 リアム王家の血を受け継ぐレンガー公爵が最後なのは公爵自ら申し出られたから。レンガー公爵は自分たちは王家と共に滅ぶべきで、マリウス陛下が即位した後は爵位を返上し、国外退去か田舎での蟄居を願い出ていた。リムス王家の血を引く自分は新しい王朝には不要で、自身やその子女が将来の禍根となるのを危惧されたから。

 でも、その申し出を強く否定したのがギルだった。レンガー公爵家の始まりは三代前に遡り、現公爵だけでなく先代も先々代も王家とは繋がりの薄い家から妻を迎えていて王家の血はかなり薄まっていること、公爵自体は公明正大で非道な行いをしておらず、それどころか王家の無謀な施策を幾度となく抑えてきた。ここで公爵を罰すればマリウスに付こうとしていた貴族家たちに余計な猜疑心を植え付けることになって悪手になる、それくらいなら公爵自らが恭順を示した方がよほど利になると説得したのだ。

 ギルの考えにマリウス陛下をはじめとした他のお三方も賛同し、公爵の思いを汲んで序列を一番下にすることで折り合いをつけたとか。実際、レンガー公爵は公爵家の当主でありながら穏やかで物腰柔らかく、腰も低い方だった。夫人もおっとりとした平凡な女性といった雰囲気で、政争などとは無縁のように見える。それでも、さすがは公爵夫人として長くその地位にあっただけに所作は申し分なく美しく、滲み出るような気品に気圧されそうになったわ。こんな方を差し置いて私が前にいるなんて、本当に申し訳ないわ……

「ああ、そろそろ入場か」

 陛下の元に侍従が来て、ランドルフ殿に何やら話しかけている。それを見てギルが緊張感のない声でそう呟いた。会場からは微かにざわめきが伝わってくる。と、次の瞬間、入場を告げる騎士の声が高らかに響き、会場に繋がる扉がゆっくりと開かれた。

 華やかさを含んだ重厚な音楽が流れこんでくる中、先導する護衛騎士に続いて陛下がゆっくりと会場へと歩を進められた。その途端に会場からは割れんばかりの拍手が鳴り響いて、聞こえていた音楽すらもかき消すほど。大広間は煌めくシャンデリアに照らされ、先ほどまでの厳粛さに華やぎを加えて眩い程だった。初めて王城の舞踏会に参加した私はそれだけで心が挫けそうになった。

 そんな私を励ますように、ギルが腰に手を回して軽く叩いた。見上げると血のようだと敵に恐れられた瞳が柔らかく甘く私を見下ろしていた。マリウス陛下のような際立った美形じゃないし、普段は皮肉っぽい表情が多いから気付かない人も多いけれど、ギルだって整った顔立ちをしている。そんな風に見つめられると心臓が別の意味で鼓動を早めて落ち着かないわ。だけど……

「大丈夫そうだな」

 こうやって私の緊張を和らげてくれるのね。いつだって彼は私に甘くてその時々で出来る限りのことをしてくれる。その気持ちが嬉しい。

「ありがとう」

 自然と笑みが浮かんで、それを見たギルがいつものにやっとした笑みを見せてくれた。畏まった微笑みよりもいつもの笑みの方が安心するわ。彼がいてくれるのならきっと大丈夫。ここ数日はレンガー公爵夫人にお願いして礼儀作法を教えてもらったし、夫人も特に問題はないと言ってくださったわ。それよりも堂々と胸を張ることの方が大事だとも。

「いくぞ」
「ええ」

 ギルの言葉を合図に一歩を踏み出した。ここからは別の戦いが始まるけれど、ギルが一緒なら乗り越えられるはず。これまでだって何度も死にそうになったけれどちゃんと生き延びてきたのだから。

 マリウス陛下が玉座の前に立たれ、私はギルと共にその一段下の前に立つ。更に一段下にはロンバッハ伯爵夫妻とフレーベ辺境伯夫妻が、その下にはオッペル伯爵とその息子夫婦、そしてレンガー公爵夫妻が立つ。その下には早くからマリウス陛下に協力してくれた貴族家が集っていて、これからのこの国の序列を言葉よりも明確に示していた。今日は国内すべての貴族家が招待されていて会場に納まりきらないほど。その圧倒的な人の数に足がすくみそう。それでもギルに恥をかかせたくないと、挫けそうになる心を励まして顔の筋肉に笑みを作れと命じた。

 私たちの入場が終わると、会場内がシンと水を打ったように静まり返った。皆が陛下のお言葉を待つために口を噤んで注目する。彼らの視線は陛下に向けられているとわかっているけれど、すぐ下にいる私に向けられているような錯覚がして気が遠くなりそうだわ。

「皆の者、よく集まってくれた」

 朗々と陛下の低くよく響く声が会場を走る。この方は人目を惹く容姿をお持ちだけど、声もよく通って鮮明に聞こえるわ。王となるべくして生まれた方だと誰かが言っていたけれど、本当にそうかもしれない。貴族たちの目は陛下への警戒心よりも期待の方が大きい様に見える。陛下のお言葉が続き、貴族たちがところどころで言葉に歓声を上げる。演説もお上手よね。人の心を掴む術を心得ていらっしゃる。ギルたちが陛下を助けようとしたのも納得だわ。

 それでも、その中には憮然とした表情を隠しもしない者たちもいた。彼らは陛下に恭順を誓っても歓迎していない前国王派の人たち。前王家の凋落が覆されないと知るや慌てて陛下のもとに駆け付けたけれど、それは保身のための処世術。本気で陛下に忠誠を誓ったわけじゃない。もし前国王派が盛り返せばあっさりそちらに流れていくでしょうね。彼らの顔を覚えて警戒するのもこれからの私たちの役目になるかしら。

「これから共に新しい国を造っていこうではないか! 諸君の協力を期待する!」
「国王陛下万歳!」
「新しい御代に幸あれ!」
「新王朝の幕開けだ!」

 陛下が力強く会場内に呼びかけると、それに呼応するように会場内に陛下と新しい国を讃える声が飛び交い、それはいつしか大きな「国王陛下万歳!」の歓声へと収まった。耳をつんざく様な声援と拍手に床が揺れたようにすら感じるわ。この日、リムス国はその名を捨て、新しい国名と共に新たな歴史が始まるのを、私はギルと共に確かに見届けていた。



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