戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

帰郷②

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「ああ。ま、詳しくは後でな。これ以上は子に聞かせる話じゃねぇし」
「そうね」

 まだわからないとは思うけれど、アドネは六つになる。子どもは時々びっくりするほど大人びたことを言うから侮れないわ。

「とーしゃま、あれなーにー?」

 ギルの膝に乗って外を眺めていたロルフが外を指さした。ギルがその視線の先を追う。外を眺める横顔がそっくりだわ。ロルフが一番ギルに似ているわね。アドネはどちらかというとお義父様似かしら。ヴォルフは私似だし。

「あ~あれは鷹だな」
「たか?」
「ああ、強くて早く飛ぶ空の王様だ」
「そらのおおさま? まりゅうすといっしょ?」
「ああ、そうだな。同じ王様だな」

 ギルがそう言うとロルフが目を輝かせて喜んだ。強いとか早いとか王様とか、この子が好きな言葉ね。

「ねぇねぇとーしゃま。あっちにいったら、ほんもののおうましゃんにのれるんでしょ?」
「ああ、たくさん乗れるぞ」
「ほんとう?」
「うそなんかつかねぇよ」

 これからのことを笑顔で話すギルと息子たち。きっと野山を駆け、釣りや狩りに行くのでしょうね。ギルはすっかりその気だし、大人しいヴォルフも意外にも楽しみにしている。狩りはまだ早いけれど釣りなら子どもでも出来そうよね。ギルのことだから野営とか山で生きていく手段も教え込みそう。狩りに行ったら数日帰ってこなくなるかしら? まぁ、野性的な方が生き延びそうよね、ギルみたいに。ホロホロ鳥、また食べたいわね。




「あら、疲れちゃったのね。ふふ、ずっと興奮していたから」
「外に出るのは初めてだからなぁ」

 途中で馬車を止めて昼食を摂ったけれど、数日前から興奮していたせいか子どもたちは馬車が動き出すと早々に眠ってしまった。座席の間に板を置いて、その上に厚手の敷物を敷く。こうすると手足を伸ばして眠れるわ。三人とも可愛い寝息を立てている。馬車が動き出しても目覚める気配はないわ。

「この子たちが喜んでくれてよかったわ」

 ギルに続いて馬車に乗り込むと、膝の間に座らされて後ろから抱きしめられた。揺れる馬車の中では有難いわ。

「まぁ、年頃になったら王都に行きたがるかもしれねぇけどな」
「ふふ、そうね」

 今は物珍しさもあって喜んでいるけれど、いつか王都の華やかさに憧れるかもしれない。それはそれで構わないわ。

「まぁ、どうせ直ぐに戻ることになるけどな」
「それが条件だから仕方がないわ」

 ギルは戻る気がないけれど、陛下やジークベルト殿は年に一度は王城に顔を出せと譲らなかった。そもそも侯爵位をいただいたのに早々に手放すなんて前代未聞なのよ。世間に不仲だと勘繰られないよう、表向きは先の戦争で軍を率いた経験のあるギルが睨みを利かせる話になっている。

 実際、エーデルとの関係はかなり危うい。我が国から嫁いだ王女殿下が亡くなったのも影響しているわ。エーデルは病死と発表したけれど、その後の調べで殿下を蔑ろにして自死に追い込んだことが判明した。殿下と陛下との関係や父王に冷遇されていたのは有名で、国内ではエーデルへの反感が強まっている。ただ、我が国はまだ戦争をするだけの余裕がないし、ギルは故郷に帰ると言ってきかないから苦肉の策だったりする。

「いいじゃない、年に一度で済むんだから。私もたまにはルチアやロンバッハ夫人たちに会いたいわ」
「ああ、ルチアか。秋には子も産まれてるだろうな」
「ええ、楽しみなの」

 一人っ子のルチアは三年前に婿を取って今は一児の母。お相手はギルの部下で優しい目をした大柄な騎士で、好みど真ん中だとルチアが一目惚れして口説き落としたのよね。

 ちなみにルチアは今、私の実家に住んでいる。おじ様がグラーツ家を継ぐことになったのだけど、伯爵なんて恐れ多いと辞退しようとするおじ様に、だったら子爵でと手を打ったのよね。両親と妹の行方は知れず、私も実家まで手が回らない。薬草の知識があって私やマリウス陛下の意に反しない人に託すことを考えた時、これ以上の人材はいなかったから。

「帰ったら忙しくなるぞ。まずは騎士団を編成し直さねぇとな」
「ふふ、騎士団長だものね」

 ギルは王家と辺境伯家の騎士団をまとめ、国境騎士団を作ることが決まっている。もう仕事はしたくねぇという割には楽しそう。何だかんだ言って騎士の仕事が好きなのよね。

 私も薬師の仕事を再開する予定。これまでは出産や育児で満足に動けなかった。幸いだったのは王城の書物も読み放題だったから、知識をかなり増やせたことね。これからはそれも生かして人々の役に立ちたいわ。

 普通の病や怪我だけでなく、ネーメルやメゼレジュの毒にやられた人たちの対策もしたい。ギルも同じ毒を受けているから。今のところその影響は見えないけれど消えたわけじゃない。これからどんな影響が出るのか、どうしたら改善出来るのか、王城の書物でも答えは見つけられなかった。だったら私が調べるしかない。

 それでなくてもギルはあの戦争で身体をかなり酷使している。何度も死にかけているし、怪我が治る前に動いていたから、その影響は確実に残っているはず。若いうちは大丈夫だとは思うけれど、十年二十年後にどうなるかわからないわ。共に孫の顔を見ると約束したけれど、正直に言うと不安が残る。でも、幸いにも私には薬草学があるわ。彼のために出来ることはすべて手を打つわ。

「帰ったら子どもらを連れて森に行くぞ。ああ、綺麗な湖や見晴らしのいい丘もある。お前さんにずっと見せたかったんだ」

 彼の声が耳をくすぐる。二人だけの穏やかな時間。最近は子どもの世話と帰郷の準備が慌ただしくてこんな風にゆっくり過ごす時間がなかった。これからはこんな時間もたくさん取れるかしら。

「楽しみね。前は行く機会がなかったから」
「ああ。夢みてぇだな。お前さんがいて、チビどもがいて……」

 小さな呟きだったけれど、そこに込められた感情はとても深く強いものだった。そうね、もうダメだと、私たちの道は交わらないのだと何度も思ったわ。

「ふふ、これからもっともっと幸せになるわ。ずっと一緒よ」
「ああ、離れねぇし離さねぇからな」

 いつか離れ離れになる時が来るとわかっているけれど、その瞬間が来るまで離れないわ。





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