戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

変わらない幸せを

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 夏の匂いに染まった風が青々とした葉を揺らし、木々の隙間から日差しが金粉のように零れ落ちて地面に模様を描く。明るく見通しのいい森の奥にその小屋はある。

 ギルの故郷に戻ってから十年が過ぎた。野生に満ちた夫は帰郷すると早々に子どもたちを森や川に連れて行って、乗馬や狩り、釣りを教え込んでいた。子どもたちが大きくなると森の中に小さな小屋を建て、夏になるとここに来て十日ほどを過ごすのが恒例になっているわ。

「ほぉら。焼けたぞ、ライナ」

 小屋の側の焚火を皆で囲む。火の側には串に刺した肉や魚が香ばしい香りを上げ始めている。その中の一つを取ってギルが隣に座る彼と同じ髪色を持つ娘に手渡した。

「熱いから気を付けるんだぞ」
「ふぁい、とうしゃま……」

 返事もそこそこに肉汁の滴る肉にかぶりついたのは、この地に来た翌年に生まれた末の娘。見た目はおしとやかそうに見えるけれど、兄たちに負けじと対抗する気性の持ち主でお転婆に育っている。その横では息子たちが次々に串に手を伸ばした。人気なのは肉で魚が残るのはいつものこと。骨があるから食べにくいのよね。

「ほら」

 魚に手を伸ばそうとしたらギルが肉の串を差し出してきた。これって……

「お前さんに獲ってきたんだ」
「あ、ありがとう」

 子どもの前なのに甘さを隠さないのは変わらないわね。愛されていると実感出来るけれど、ちょっと気恥ずかしいわ。

「ああっ! お父様、ずるいっ!」
「お前には先にやっただろうが」
「そっちのお肉の方が大きいもん!」

 女の子だからか性格なのか、ルチアは口が達者でよく父親や兄たちと言い合っている。ちょっと食い意地が張りすぎているのが心配だけど、年頃になったら収まるのを期待している。

「大して変わらねぇだろ。そんなに欲しけりゃ自分で狩ってこい」
「無茶言わないでよ。兄様たちだって獲れてないのに!」

 ホロホロ鳥は警戒心が強いから、狩人でも獲るのは簡単じゃないのよね。

「そうか? 俺が初めて獲ったのは十三の時だったから、そろそろ行けるだろ?」
「十三……」
「えげつねぇな、親父。同じ人間とは思えねぇ」

 アドネが眉をひそめ、ロルフが悪態をついた。どうやら今回も無理だったみたいね。

「くそっ、明日こそは捕ってやる! 兄さん、邪魔しないでよ」
「そういうお前こそ邪魔するなよ」
「二人とも、獲ろうって気が強すぎるんだよ」

 直ぐに喧嘩腰になるアドネとロルフをヴォルフが宥めるのもいつものこと。ヴォルフは狩りや乗馬よりも薬草を採ったり本を読んだりするのを好む。同じ兄弟だけど性格が全然違うわ。

「明日も教えてやるから喧嘩するな。それに怪我もな。王都に行けなくなるぞ」

 父親の言葉に四人が頷いたけれど、食べるのに一生懸命で返事は視線だけだった。こちらも毎年恒例になった陛下の即位記念に合わせた王都行き。アドネが夏の休暇で帰って来るのに合わせて森で過ごし、それから一緒に王都に向かうのは二年前からの習慣になったわ。来年からは双子たちも王都に出る。寂しくなるわね。

「ヴォルフは薬師の塔に行くんでしょ?」
「うん、母様の手伝いがしたいんだ。俺、騎士には向いていないと思うし」
「ふふ、嬉しいわ。同じ道を選んでくれて」

 この子はいずれここに戻り、私が開いた薬店を継ぎたいと言ってくれている。嬉しいわ、我が子が継いでくれると思うと張り合いが増すわね。

「ロルフは? まだ迷っている?」
「うん、まぁ……」

 歯切れの悪い次男はまだ進路を決めかねていた。アドネがギルの跡を継ぎたいと言っているから遠慮しているのもあるし、子がいないジークベルト殿から養子に来ないかと誘われているのよね。彼はギルが押し付けた侯爵家をロルフに継がせたいらしい。

「好きにしろ。学園に入って学びながら考えればいいだろ。世界は広いんだ。向こうに行けば何か見つかるだろ」

 ギルも子どもたちの未来は彼らに任せている。辺境伯家はブラッツ様のお子が継ぐし、騎士団長だって世襲じゃない。それこそ商人になりたいと言っても応援しそうよね。

「私! 私はジークおじ様のお嫁さんになる!」
「はぁ? お前、まだそんなこと言ってるのかよ?」
「何よ、父様には関係ないでしょ!」
「なっ! 関係あるだろうが! あんなおっさんに可愛い娘をやれるかよ!」
「ジークおじ様はおっさんじゃないわ!」

 また盛大な言い合いが始まったわ。ライナはどうも金髪や銀髪への憧れが強くて、幼い頃からジークベルト殿や陛下と結婚したいと言っていたわ。陛下にはお妃様がいるから無理だと言うと、独身のジークベルト殿に狙いを定めているけれど……さすがに渋すぎるわ。しかも少しだけどギルよりも年上なのに。

「はぁ、また始まったよ」
「放っておけよ。王都に行きゃ変わるだろ」
「そうだな」

 兄三人はそんなやり取りも我関せずで、今度は魚の串に手を伸ばした。ライナの初恋は今だけだと見切っていて、学園に入れば現実を知ってその恋も終わると勝手に決めている。ギルだけが本気で阻止しようと必死なのよね。まだ九歳だから心配するのは早過ぎると思うのだけど……色々規格外のギルだけど、普通の父親らしい一面もあったのね。

 子どもたちは元気に育っているし、心配していたギルも今のところ健康に不安はない。四年前に開いた私の薬店は順調だし、弟子にしてほしいと言ってきた六人も順調に育っている。思い描いていたよりもずっと大きな幸せを得たと感じているわ。来年もその先も、この幸せが続いてほしい。

「どうした?」

 いつの間にか父娘の言い合いは終わり、ギルが不思議そうに私を見ていた。

「何でもないわ。ただ、幸せだなって思ったの」

 そう言うと怪訝な表情を浮かべた。予想通りの反応に安心する。まだ日は高く、森を抜ける夏風が心地いいわ。後で散歩に誘ってみようと思いながら魚の串に手を伸ばした。



               【完】





♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢
更新が遅くなって申し訳ありませんでした。
最後までどう締めくくるかに悩んで書き直していたため、こんな時間になってしまいました。

本作はこれで完結となります
最後まで読んでくださってありがとうございます。

一方でタイトル回収されてないだろうと感じられたら申し訳ありません。
タイトル(各話の副題も)を考えるのが凄く苦手なのと、キャラクターが思わぬ方向に動いてくれて、こんな形になりました。
今回はほぼプロットなしでスタートしたのも大きな要因かと…(そこは大いに反省しています)

ただ、これまでとは違うものが書けたので満足しています。
特にギルベルトは今までに書いたことのなかったヒーローだったので、書いていてすごく楽しかったです。

最後までお付き合いくださった皆様には心より感謝申し上げます。
また別の作品も読んでくださると嬉しいです。
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感想 91

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みんなの感想(91件)

fioretta7
2025.11.11 fioretta7
ネタバレ含む
2025.11.13 灰銀猫

最後までお付き合いくださった上に読み返してくださって
ありがとうございます(⁎˃ᴗ˂⁎)
思いを出さないギルでしたが、それでもホロホロ鳥を捧げたりと
彼なりに精一杯出来ることをやっていました。
「お前さん」呼び、不快に思う方もいるのでは…と心配だったのですが、
意外に好評で嬉しいです。

ヴォルフはもう、ギルの願望(狼のように強く愛情深く)そのままですね。
二人の間に生まれた子どもたちも愛情深い子に育ったと思います。

解除
mari-enosawa
2025.11.07 mari-enosawa

タイトルは回収してましたよー
キャラが楽しんで走りまわるってありますよね
そんなお話ってとっても魅力的な事が多い気がします

2025.11.07 灰銀猫

最後までお付き合いくださってありがとうございます(⁎˃ᴗ˂⁎)
タイトル回収、出来ていたでしょうか(だったら嬉しいです)
今回はキャラが勝手に動いて大変でした(特に野生児のあの人が…)
でも、書いていてとても楽しかったです。

解除
rieda546
2025.11.07 rieda546

お疲れ様でした!楽しく読ませてもらい、次の話しも、楽しみにしてます!

2025.11.07 灰銀猫

最後までお付き合いくださってありがとうございます(⁎˃ᴗ˂⁎)
次作も読んでくださると嬉しいです!

解除

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