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思いがけない再会
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声の主がゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。着ている服は平民の男性がよく着ている簡素なものだし、逆光で顔ははっきり見えないけれど、背を丸めて身体を揺らしながら歩く姿は記憶の端に引っ掛かった。
「な、なんで……」
いるはずのない人物が目の前にいて言葉を失った。しかもルチアのご両親たちと一緒にいるなんて……いえ、彼らは昔からの顔馴染みだと言っていたけれど。だけどこの状況で共にいる理由が見つからない。
「家に戻れといったよな?」
投げられた言葉はいつもの軽い口調ではなかった。諫めるような、有無を言わせない物言いに呆気に取られて何も言い返せなかった。いえ、言いたいことは山のようにあるのだけど、思いがけない再会に頭も言葉もまとまらない。無事な姿を見たいとは願っていたけれど……
「ったく、厄介事に自ら頭突っ込むんじゃない。今すぐここを去れ。近くに宿があるから今日はそこに泊まって家に帰れ」
突き放すような言い方には反論を許さないとの意思が見えた。いつもと違う様子に不安が募る。何か厄介事に巻き込まれている? ルチアやそのご両親は大丈夫なの? それに、帰れと言われても……
「家には、帰りません」
「はぁ? まだそんなことを言ってるのか? 一時の感情で未来を捨てるな。世間はお前さんが思うほど甘くないんだぞ」
不真面目な振る舞いと人を食ったような作戦で敵国を振り回した人が一般常識を唱えてきた。この人に言われるとどうして反発したくなるのだけど。それに……
「王都の噂、ご存じですか?」
「何言ってる?」
「知りませんか? 戦死認定の取消しを求めた者が行方不明になっていると。そんな噂が流れています」
「何を、馬鹿な……」
どうやらこの噂は知らなかったらしい。彼も辺境伯家の使用人も全ての噂を網羅しているわけじゃなかったのね。
「パン屋の女将さんから聞きました。一年くらい前からある噂だそうです。家族が捜索を頼んでも死亡認定されているので騎士も動いてくれないとも」
「……なんだよ、それ……どうなっているんだ、この国は」
知らなかったらしく黒い髪をガシガシと掻きながら顔をしかめたけれど、そんなこと私に聞かれても知らないわよ。だけどそういう噂があるのは事実だし、現に私は誤認定されている。自ら厄介事に首を突っ込みたくないから家に帰らないのだけど。
それに、これだけははっきりしている。両親は、妹は、私を守る気なんか淡雪の欠片ほどもないってことを。だったら自分の身は自分で守るしかない。この人が私を受け入れる気がないのなら別の道を探すだけ。薬師の知識と技術があればどこででも生きていけるはず。ルチアも両親と再会出来たから目的の一つは果たせたし。
「そういうことですので家には戻りません。彼女を送り届けたので私の用も済みました。これで失礼します」
そう言うと軽く一礼して扉から離れた。既に夜も更けてきている。さっきの宿は空いているかしら。まずはそこで一泊して、それから今後のことを考えよう。幸いしばらくは働かなくても食いつなげるだけのお金はある。ルチアと離れるのは寂しいけれど、彼女もこれから王都を離れて逃亡生活になるのだろう。一緒にいたら彼女やご両親に迷惑をかけることになるかもしれない。お荷物になりたくないわ。
「お、おい、失礼しますって、どこへ行く気だ?」
「とりあえず近くの宿へ。直ぐ近くですからご心配なく」
「ご心配なくって、心配しかないだろが」
何なのよ、もう。さっきまで家に帰れ、近くの宿に泊まれ、ここから離れろって言ってたのに。
「たった今、近くの宿に行けと言ったのはどなたです?」
「う……それは……」
一応、先に言ったことは覚えていたし矛盾している自覚はあるらしい。
「ベル!? 待って!!」
言い淀んでいる隙を見て一歩を踏み出そうとしたけれど、呼び止めたのはルチアだった。ギルベルト殿を押しのけてこちらにやってきた。
「どこへ行くの?」
「とりあえずさっきの宿に泊るわ」
「さっきの宿って……今からこの暗い中を? 危険すぎるわ」
「大丈夫よ、一本道だし、ここに来るまでも危険な感じはしなかったもの」
安心させるように笑みを向けたけれど、ルチアは私の腕を取るとキッとギルベルト殿を睨みつけた。
「ベルに何を言ったんですか!?」
おっとりしたルチアが珍しく本気で怒っていた。最大級に怖い顔をしているつもりなのでしょうけれど、童顔だから可愛く見えるだけだった。それが私のためだと思うとこんな時なのに胸が温かくなる。
「え? いや、ここにいちゃ危険だから離れろと……」
「真っ暗な外は安全だと?」
「いや、だけどここにいたら仲間だと思われて、最悪反逆罪で捕まるかもしれないし……」
「「反逆罪!?」」
ルチアと声が重なってしまった。反逆罪って一体……いえ、ちょっと待って。そういえばこの人、王城で牢に繋がれたってカミルさんたちが言っていたわよね。もしかして、脱獄してきた……?
「どういうこと? 父さん、母さん、反逆罪って……一体何をやっているの!!」
ルチアの指摘にご両親がさっと顔色を変えた。どうやらルチアの指摘通りらしい。ということは、ご両親はギルベルト殿の救出に関わっていたってこと? カミルさんが首尾よくと言っていたけれど、それって……
「父さん、採取に行っていたって……嘘だったの?」
「ルチア……」
「どういうこと!? 店に騎士が来たのって……」
心当たりが幾つもあるのか、ルチアが口を開きかけたけれど言葉が続かなかった。おじ様は俯き、おば様は眉を下げながらもルチアの視線を受け止めていた。
「どういうことかちゃんと話して。でないと、わたしもベルと一緒にここを出ていくわ!」
「な、なんで……」
いるはずのない人物が目の前にいて言葉を失った。しかもルチアのご両親たちと一緒にいるなんて……いえ、彼らは昔からの顔馴染みだと言っていたけれど。だけどこの状況で共にいる理由が見つからない。
「家に戻れといったよな?」
投げられた言葉はいつもの軽い口調ではなかった。諫めるような、有無を言わせない物言いに呆気に取られて何も言い返せなかった。いえ、言いたいことは山のようにあるのだけど、思いがけない再会に頭も言葉もまとまらない。無事な姿を見たいとは願っていたけれど……
「ったく、厄介事に自ら頭突っ込むんじゃない。今すぐここを去れ。近くに宿があるから今日はそこに泊まって家に帰れ」
突き放すような言い方には反論を許さないとの意思が見えた。いつもと違う様子に不安が募る。何か厄介事に巻き込まれている? ルチアやそのご両親は大丈夫なの? それに、帰れと言われても……
「家には、帰りません」
「はぁ? まだそんなことを言ってるのか? 一時の感情で未来を捨てるな。世間はお前さんが思うほど甘くないんだぞ」
不真面目な振る舞いと人を食ったような作戦で敵国を振り回した人が一般常識を唱えてきた。この人に言われるとどうして反発したくなるのだけど。それに……
「王都の噂、ご存じですか?」
「何言ってる?」
「知りませんか? 戦死認定の取消しを求めた者が行方不明になっていると。そんな噂が流れています」
「何を、馬鹿な……」
どうやらこの噂は知らなかったらしい。彼も辺境伯家の使用人も全ての噂を網羅しているわけじゃなかったのね。
「パン屋の女将さんから聞きました。一年くらい前からある噂だそうです。家族が捜索を頼んでも死亡認定されているので騎士も動いてくれないとも」
「……なんだよ、それ……どうなっているんだ、この国は」
知らなかったらしく黒い髪をガシガシと掻きながら顔をしかめたけれど、そんなこと私に聞かれても知らないわよ。だけどそういう噂があるのは事実だし、現に私は誤認定されている。自ら厄介事に首を突っ込みたくないから家に帰らないのだけど。
それに、これだけははっきりしている。両親は、妹は、私を守る気なんか淡雪の欠片ほどもないってことを。だったら自分の身は自分で守るしかない。この人が私を受け入れる気がないのなら別の道を探すだけ。薬師の知識と技術があればどこででも生きていけるはず。ルチアも両親と再会出来たから目的の一つは果たせたし。
「そういうことですので家には戻りません。彼女を送り届けたので私の用も済みました。これで失礼します」
そう言うと軽く一礼して扉から離れた。既に夜も更けてきている。さっきの宿は空いているかしら。まずはそこで一泊して、それから今後のことを考えよう。幸いしばらくは働かなくても食いつなげるだけのお金はある。ルチアと離れるのは寂しいけれど、彼女もこれから王都を離れて逃亡生活になるのだろう。一緒にいたら彼女やご両親に迷惑をかけることになるかもしれない。お荷物になりたくないわ。
「お、おい、失礼しますって、どこへ行く気だ?」
「とりあえず近くの宿へ。直ぐ近くですからご心配なく」
「ご心配なくって、心配しかないだろが」
何なのよ、もう。さっきまで家に帰れ、近くの宿に泊まれ、ここから離れろって言ってたのに。
「たった今、近くの宿に行けと言ったのはどなたです?」
「う……それは……」
一応、先に言ったことは覚えていたし矛盾している自覚はあるらしい。
「ベル!? 待って!!」
言い淀んでいる隙を見て一歩を踏み出そうとしたけれど、呼び止めたのはルチアだった。ギルベルト殿を押しのけてこちらにやってきた。
「どこへ行くの?」
「とりあえずさっきの宿に泊るわ」
「さっきの宿って……今からこの暗い中を? 危険すぎるわ」
「大丈夫よ、一本道だし、ここに来るまでも危険な感じはしなかったもの」
安心させるように笑みを向けたけれど、ルチアは私の腕を取るとキッとギルベルト殿を睨みつけた。
「ベルに何を言ったんですか!?」
おっとりしたルチアが珍しく本気で怒っていた。最大級に怖い顔をしているつもりなのでしょうけれど、童顔だから可愛く見えるだけだった。それが私のためだと思うとこんな時なのに胸が温かくなる。
「え? いや、ここにいちゃ危険だから離れろと……」
「真っ暗な外は安全だと?」
「いや、だけどここにいたら仲間だと思われて、最悪反逆罪で捕まるかもしれないし……」
「「反逆罪!?」」
ルチアと声が重なってしまった。反逆罪って一体……いえ、ちょっと待って。そういえばこの人、王城で牢に繋がれたってカミルさんたちが言っていたわよね。もしかして、脱獄してきた……?
「どういうこと? 父さん、母さん、反逆罪って……一体何をやっているの!!」
ルチアの指摘にご両親がさっと顔色を変えた。どうやらルチアの指摘通りらしい。ということは、ご両親はギルベルト殿の救出に関わっていたってこと? カミルさんが首尾よくと言っていたけれど、それって……
「父さん、採取に行っていたって……嘘だったの?」
「ルチア……」
「どういうこと!? 店に騎士が来たのって……」
心当たりが幾つもあるのか、ルチアが口を開きかけたけれど言葉が続かなかった。おじ様は俯き、おば様は眉を下げながらもルチアの視線を受け止めていた。
「どういうことかちゃんと話して。でないと、わたしもベルと一緒にここを出ていくわ!」
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