戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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問題ありの護衛

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 ガラガラと車輪が軽快な音をたてて進む。空は暁の白紫色から青へと移り変わり、久しぶりの日差しが降り注ぐ世界は光に溢れて見えた。雨が続いたおかげで遠くの山々の稜線がくっきりと見えて、畑や山々の緑が目に眩しい。

 私とギルベルト殿はレダさんに紹介された商人たちと共に街の大門を潜った。同行するのは商会を営むロドリゴさんとその同業者のザモロさん、二人の部下が四人と自警団員でレダさんの孫のテレルさんとその同僚のレオさん、そしてロドリゴさんが雇った護衛八人で、私とギルベルト殿を含め総勢十八人になった。

「ベル、大丈夫か?」
「ええ」

 天気がいい時は馬の負担を減らすため、荷馬車の幌を畳んでいる。風に乱れる髪を直した私に声をかけてきたのは、馬に乗ったギルベルト殿だった。もう一頭の馬がその後ろに続く。

 ギルベルト殿は護衛として、私はメイドとして王都の下位貴族に雇われていたことになっている。私たちの振る舞いは平民のそれではないから、その理由づけのためにもそうするしかなかったのだけど、そう告げるとロドリゴさんはギルベルト殿を護衛として雇いたいと申し入れたのだ。知らないとはいえ辺境の英雄を護衛にだなんて、贅沢過ぎるわ。

 エルダの街を出て二日目、旅程は今のところ順調に進んでいた。昨夜は街道沿いの町に泊まり、ロドリゴさんたちは商談に花を咲かせていたけれど、ギルベルト殿はこの商団に加わったことを後悔していた。

 柄が悪いのだ。護衛として雇った男たちは。

 自警団のテレルさんとレオさんは姿勢もよく礼儀正しくて、騎士と言われても違和感がないほどだった。そんな彼らが一緒だから滅多なことはないと思うけれど、今回雇った護衛はロドリゴさんたちも初めて取引する相手だった。通常、商人は安全を最優先して馴染みの護衛を雇うのだけど、これまでの護衛団が捕まらなかったため、街の紹介所に頼んで来たのが彼らだった。初めて見る顔だったのもあり、ロドリゴさんは念のためにと自警団に同行を頼んだそうだ。

 そんな経緯があった上、女性は私一人だったこともあって彼らと顔を合わせた後はかなり渋い顔をしていた。それでもロドリゴさんたちを見捨てられないのか、離れたりはしなかったけれど。この二日間彼は私の側から離れず、ロドリゴさんたちからはお兄さんは心配性だねぇと苦笑されていた。

 今日は野営だった。この辺りは森や山に覆われて村すらもないからで、王都に帰還する時も野営だったから予想は付いていたけれど。そういう場所なのもあって、野営用に木々を倒し平らにした土地が整えられていた。獣や夜盗などから身を守るため集団で野営するのだ。今日は私たちよりも先に十人ほどの集団が入っていた。

「嫌な感じだな」

 野営の準備をしている時、周囲に聞こえない大きさでギルベルト殿が呟いた。護衛たちはだらしなく木の陰に腰を下ろし、手伝いも周囲への警戒もしていないように見えた。テレルさんたちの姿がないのは周囲を確かめに行ったからだろう。

「ベル、警戒を解くなよ。一人になるな」
「ええ」

 彼らは何かと私に話しかけてきたけれど、その口調はお世辞にも紳士的とは言い難かった。言われなくても警戒したくなる人たちだったわ。

「あいつらに寝首を掻かれるかもしれねぇ。いつもの護衛と連絡が取れなかったのも気になるし、共に野営する相手の素性も知れない」

 ギルベルト殿が視線を向けたのはもう一つの集団だった。男性ばかりが十人ほどで、幌付きの荷馬車があるから商人のようだけど。

「彼らが何か?」
「最悪、あいつらグルかもしれねぇ」
「まさか」

 さすがにそれはないのではないかしら? そこまで疑い始めたら何も出来ないわ。

「……常に最悪の状況を想定しておけ。いいな、俺から離れるなよ」
「……ええ」

 まさかと思いながらも、彼の指摘を軽く考えることは出来なかった。実際、商団が雇った護衛に襲われることは昔からあったし、今は戦争で治安の悪化が止まらないから警戒し過ぎるくらいでちょうどいいのかもしれない。ロドリゴさんの部下に呼ばれて夕食の準備を手伝った。こんな時は保存のきく固いパン、大鍋に干し肉を入れたスープが定番だ。

「おい、姉ちゃん、こいつも入れておいてくれよ」

 声を駆けてきたのは護衛として雇われた一人だった。だらしなく立つ所作は破落戸と変わらないように見える。ギルベルト殿もだらしないと思っていたけれど、彼と比べると雲泥の差があるわ。

「これは?」
「滋養に効く薬草だとよ。前に薬師に教えてもらったんだ」

 そう言って差し出された薬草を手に取る。これって……

「これを?」
「ああ、他の野菜と同じように刻んで煮込むだけでいいんだとよ。頼んだぞ」
「……ええ」

 下卑た笑みを浮かべながら男が離れていったけれど、ちらちらとこちらを見ている。あれは私が入れるのを確かめる為? 嫌な予感が益々深まったけれど、そういうことなら仕方がないわね。渡された薬草を刻んで鍋に放り込むと男は今度こそ木々の向こうに消えた。

 夕食は皆で鍋を囲んだけれど、護衛の男たちは持参してきたらしき酒を飲んで私たちを驚かせた。さすがにそれはないとテレルさんが諫めたけれど、夜盗と戦って今夜死ぬかもしれないのだから酒くらい好きに飲ませろと言う。そう言われてしまうと何も言えなかった。

 日が沈んで一刻ほど後、すっかり辺りが闇に覆われた頃に就寝になった。酒盛りしていた護衛たちは焚火を囲ってまだ酒を飲んでいた。彼らはこれから寝ずの番をする。私はロドリゴさんと同じ荷馬車の中で休ませてもらい、ギルベルト殿は番をすると言って座り込んだ。男たちの密やかな声と鳥や獣の声、木々が葉を揺らす音が耳に届くけれど、妙な緊張感があって眠れそうにないわ。

 どれくらい時間が経ったかしら。微かな衣擦れの音と揺れを感じ、軽く肩を叩かれた。音を立てないようそっと身を起こす。

「もしかして?」
「ああ、ここを動くなよ」

 息を殺して耳を澄ます。複数の靴音が近づいているのが聞こえた。



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