【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

文字の大きさ
37 / 169

三日目の朝

 それから後のことは夢の中にいるような曖昧な世界に感じられた。レオさんは左肩に刀傷を受けていたけれど出血の割に傷は深くなく、傷の処置はギルベルト殿がしてくれた。戦場に長く身を置いていたためか、私なんかの何倍も手際よく綺麗に包帯を巻いていて、私がやったのは作り置きの化膿と痛みを止める薬を渡すことだけだった。

 破落戸たちは偽護衛と野営していた一行を合わせて二十あまりで、ギルベルト殿とテレルさん、ロドリゴさんの弟子の若い男性が縄で縛って木に括りつけていた。テレルさんの話ではここには毎朝近くの町の自警団が巡回に来るそうで、彼らに引き渡すことになった。

 夜明けまでにはまだ時間があるし、トランの街に着くのは夕方近くになるから少しでも眠るように言われた。レオさんは熱が出るかもしれないからと荷馬車に横になっている。その側に腰を下ろし、荷馬車の柵に背を預けた。息は穏やかだから今のところは大丈夫そうでホッとした。

 破落戸らはギルベルト殿とテレルさんが見張ってくれると言う。彼らこそずっと馬上で、荷馬車に揺られている私たちのようにうとうとすることも出来ない。見張りだけなら私がと名乗り出たけれど、ギルベルト殿もテレルさんも鍛えているから問題ない、それに護衛がいないこの状況では警戒を怠れないからと言われてしまえば、そちら方面では何の才能もなかった私は何も言えなかった。

 荷馬車の中は幌のお陰で真っ暗だった。まだ気が昂っているのか全く眠れそうにない。それは他の人も同じらしく、それでも明日のためにと身体を休めていた。いっそ薬で眠ってしまった方がいいかと思ったけれど、それだと緊急時に目が覚めない可能性もあるから使えなかった。

 することがないと余計なことばかり考えてしまうのは人の性かしら。忘れていた戦場でのあれこれが思い出され、途方もない自己嫌悪が襲ってきた。役立たずだと、薬師のくせに血が苦手だなんて話にならないと、何度も何度も上官や先輩方から叱咤され、その度に必死になって耐えてきたわ。最後の頃には平気になったと思っていたのに……

 心の底に澱のように溜まっていた弱い自分が顔を出し、未熟者だと嘲笑う……助けてと、死にたくないと懇願しながら死んで行った同胞が繰り返し現れて役立たずだと責め立てる……その度に膝を抱えて謝りながら夜を明かした日々。もう終わったことだと、過去のことだと思っていたのに……



 結局、まんじりともしない間に夜が明けてしまったけれど、明るくなった世界にホッとした。あのまま暗がりの中にいたら心まで引き摺られてしまいそうだったから。無性にルチアに会いたくなった。あの春のお日様のような笑顔を見たらこの淀んだ心の中も少しは晴れてくれそうだから……今日は目的の街に着く。ルチアに近付いていると思うと少し気が楽になった。

 ここにいるのは危険だからと、空が白む前に野営地を発った。破落戸が獣に襲われないかが気になったけれど、悪さをした彼らが悪いとギルベルト殿もテレルさんも一蹴した。確かにその通りだし、連れて行くわけにもいかない。運がよければ死なずに済むだろう、こっちは殺されるか奴隷に落とされたかもしれなかったんだと言われれば納得だった。出発すると気付いた彼らは何やら叫んでいたけれど、あれだけの元気があれば大丈夫そうね。

 彼らにとって幸いなことに半刻もしないうちに巡回する自警団と鉢合わせたので、テレルさんが事情を話して回収を頼んでいた。自警団員同士顔見知りらしく話が早くて助かったわ。それから更に半刻ほど進んだところで朝食にしようとテレルさんが歩みを止めた。この近くには泉があり、旅人が休む場所なのだと言う。彼の言う通り、少し進んだ先に開けた場所があり、馬車を止めた跡があって近くには泉から流れて来たらしい小川があった。

「はぁ、飯が美味い」
「左様ですなぁ」

 干し肉とその辺りで採った山菜や薬草を煮込んだスープにギルベルト殿が破顔し、ロドリゴさんが同調していた。目覚めてから一刻も過ぎると、何も感じなかったお腹も空腹を主張するのね。滋養にいい薬草が生えててよかったと思う。熱いほどのスープが内臓に染みわたって空腹と言葉に出来ない何かを満たしてくれた。

 薬草を見つけた時、直ぐ近くにリーエの姿もあったのでテレルさんにレダさんが欲しがっていた薬草だと告げた。

「これが、婆ちゃんの……」
「根っこごと持って帰ってください。これで手の痛みと腫れは楽になると思います」

 そう告げると彼は目尻を下げてお礼を言った。誰かさんと違って邪気のない笑みが新鮮に思えた。教えた通りに彼は近くに生えているリーエを掘り出して根元を縛り、馬の背にぶら下げていた。これだけあったらレダさんも暫くは楽になるわね。痺れ薬にはお世話になったからこれで少なからぬ恩を返せたと思う。

「ベルさんは優秀な薬師なんですね」

 そう言ってテレルさんが和やかな笑みを見せてくれた。柔和な顔立ちのせいか癒される笑顔だと思う。背も高いし人当たりも柔らかいからきっともてるわね。

「いえ、私なんかまだまだです。いつか、レダさんのように街の人に頼りにされる薬師になりたいと思っていますが……」

 本当にそんな風になれるのか、自信がなかった。血を見ただけでうろたえるなんて情けない……子どもの頃から苦手だったけれど、戦場に行けば、慣れれば克服出来ると思っていた。だけど、一層悪化してしまっている。そのことが情けない……

「大丈夫です。ベルさんなら立派な薬師になれますよ」

 お世辞とわかっていてもテレルさんの気遣いが嬉しかった。空っぽになってしまった心に少しだけ温かい何かが加わった気がした。

「ありがとうございます。頑張りますね」

 そう答えた言葉に嘘はなかったけれど、あったはずの自信はどこかに行ってしまって見つかりそうになかった。




感想 97

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました

ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。 とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。