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不穏な野営
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その後、私たちはアンネマリー嬢たちが野営している場所に移動した。罠かと思ったけれど既に王命に反していると言われればギルベルト殿も無下にも出来なかったのだろう。お荷物の私は彼に従う以外に道はなかったのだけど……
「ギ、ギルベルト様、どうしてベルティーナ様が……」
馬上で抱きしめていた相手が私だと知ったアンネマリー嬢は顔を青褪めさせて私たちを見ていた。まさか想い人が他の女と、これまで散々嫌がらせをしていた私と一緒だったなんて思いもしなかったのだろう。
「ああ、ベルが俺んとこに来てくれるって言うんでな。責任もって俺が連れていくって約束したんだ」
「……え?」
アンネマリー嬢は一層紺碧色の瞳を見開き、ギルベルト殿が私の肩を抱いて笑った。今、愛称で呼んだのって絶対わざとよね。もしかしてこの人、アンネマリー嬢の想いにも、彼女の周りへの嫌がらせにも気付いていた、とか?
「ま、そういうわけだから、よろしくな」
「え、ええ……」
想い人にそんな風に言われたらそう答えるしかないわよね。彼女の困惑した表情に笑ってしまいそうになった。私もいい性格しているなぁと思うけれど、彼女から受けた嫌がらせに比べたらささやかなものよね。可哀相だとは思わないわ。
彼らが野営していたのは崖下の一角で、三、四人が入るテントが三つと同じくらいの大きさで少し立派な造りのテントが一つ、焚火を囲むように建てられていた。アンネマリー嬢はギルベルト殿に、自分が使っていたテントを使うよう勧めた。
「お前さんはどうするんだ?」
「ギルベルト様がお嫌でなければ、ご、ご一緒に……」
僅かに目を伏せてそう告げる姿は騎士の格好でも可憐に見えるけれど、言っていることは随分大胆だった。顔がいいからこれでコロッと絆される男性もいそうだわ。だけど……
「は? 何言ってんだ。未婚の令嬢と二人きりで寝れるかよ」
彼女の勇気ある提案は素気無く断られた。
「で、ですが、ギルベルト様を他の騎士と同じテントになど恐れ多いですわ」
「俺はどこででも構わねぇよ。それに、俺がそこで寝るとしてベルはどうするんだ?」
「べ、ベルティーナ様には……申し訳ありませんが、騎士たちと同じテントで……」
彼の性格を知っていたら絶対に言ってはいけない類のものなのに。言っちゃったわ、この人。案の定、ギルベルト殿の顔が険しくなった。普通そうなるわよね。
「話にならねぇな。断る。俺たちは自分のテント使うわ」
「え? 自分たちのって……」
「何か問題があるか? これまでもそうしていたんだ。問題ないだろう?」
最初の問いはアンネマリー嬢に、最後の問いは私に向けてのものだったけれど、これってアンネマリー嬢にとっては最悪の展開じゃない? だけど、いい気味だと思ってしまった。だから……
「別に構いませんよ。今さらですから」
そう答えると彼女の顔が驚愕に塗りつぶされた。ここは穏便に済ませるべきかとも思ったけれど、ギルベルト殿の提案に乗ることにした。彼女には散々嫌がらせされたからこれくらいのお返しなんてかわいいものよね。
それに、これまでも何度か同じテントで寝ていたのは事実だし、何なら同じベッドで一晩過ごしたこともある。まぁ、それでも彼が私に手を出すことはなかったから、間違いなんて起きるはずもない。彼も惚れるなと言っていたわ。それってそういう可能性はないってことよね。
「ああ、悪ぃが一角を借りるぞ。ベル、テント張るから手伝え」
「はいはい」
いつも一人でやるのに手伝わせようとするのも絶対わざとね。だけど彼が私を大事にしていると彼女たちが思いこめば下手なことは出来ないわ。彼女もこれ以上自分の価値を下げることはしないはず。多分。
「いつでも逃げれるようにしておけ」
テントを張っている最中、ギルベルト殿はすれ違いざま私にしか聞こえない声でそう言った。聞き直すことも出来ずにその意味を考える。それはつまり……彼女たちが私たちを害する可能性があるってこと? ギルベルト殿を慕っていた彼女が? 気になることはいくらでもあったけれど、頭の中で使えそうな薬草とその数を思い浮かべる。いざとなったら一服盛って逃げるのもありかもしれない。
テントを張り終えた後、まだ夕食まで時間があるというのでギルベルト殿はテントの中に座り込んで荷物を確かめていた。私も鞄の中の薬の種類を確かめる。ふと、彼の手が私の手を掴んだ。驚く私に「しっ」と声をかけると、手のひらを上にしてそこに自分の指をなぞり始めた。くすぐったい……何なの?
「字」
何をしているのかと思っていた私に彼が一言そう告げた。ああ、手のひらに字を書くって言いたいのね。会話を聞かれたくないと。小さく頷くと笑みを返された。
『夜 逃げる』
そう記されて思わず彼を見上げた。先の笑みは消えて想像していたよりも真剣な表情だった。
『なぜ?」
『あいつら 俺 捕まえる』
『なぜ?』
『王家 取引 多分』
それって……はっきりしないけれど、彼らが王家と取引したってこと? ギルベルト殿の身柄と何かを引き換えに?
『逃げる?』
『ああ」
『どうやって?』
この状況下でどうやって逃げるの? マルトリッツ家の騎士に囲まれているし、夜闇の中で馬を走らせるのは危険なのに。
『考える』
これから考えるのね。だったら私も考えなきゃ。私が出来ることなんて薬草を使ったものばかりだけど……今手持ちのもので何か出来るかしら?
「ギ、ギルベルト様、どうしてベルティーナ様が……」
馬上で抱きしめていた相手が私だと知ったアンネマリー嬢は顔を青褪めさせて私たちを見ていた。まさか想い人が他の女と、これまで散々嫌がらせをしていた私と一緒だったなんて思いもしなかったのだろう。
「ああ、ベルが俺んとこに来てくれるって言うんでな。責任もって俺が連れていくって約束したんだ」
「……え?」
アンネマリー嬢は一層紺碧色の瞳を見開き、ギルベルト殿が私の肩を抱いて笑った。今、愛称で呼んだのって絶対わざとよね。もしかしてこの人、アンネマリー嬢の想いにも、彼女の周りへの嫌がらせにも気付いていた、とか?
「ま、そういうわけだから、よろしくな」
「え、ええ……」
想い人にそんな風に言われたらそう答えるしかないわよね。彼女の困惑した表情に笑ってしまいそうになった。私もいい性格しているなぁと思うけれど、彼女から受けた嫌がらせに比べたらささやかなものよね。可哀相だとは思わないわ。
彼らが野営していたのは崖下の一角で、三、四人が入るテントが三つと同じくらいの大きさで少し立派な造りのテントが一つ、焚火を囲むように建てられていた。アンネマリー嬢はギルベルト殿に、自分が使っていたテントを使うよう勧めた。
「お前さんはどうするんだ?」
「ギルベルト様がお嫌でなければ、ご、ご一緒に……」
僅かに目を伏せてそう告げる姿は騎士の格好でも可憐に見えるけれど、言っていることは随分大胆だった。顔がいいからこれでコロッと絆される男性もいそうだわ。だけど……
「は? 何言ってんだ。未婚の令嬢と二人きりで寝れるかよ」
彼女の勇気ある提案は素気無く断られた。
「で、ですが、ギルベルト様を他の騎士と同じテントになど恐れ多いですわ」
「俺はどこででも構わねぇよ。それに、俺がそこで寝るとしてベルはどうするんだ?」
「べ、ベルティーナ様には……申し訳ありませんが、騎士たちと同じテントで……」
彼の性格を知っていたら絶対に言ってはいけない類のものなのに。言っちゃったわ、この人。案の定、ギルベルト殿の顔が険しくなった。普通そうなるわよね。
「話にならねぇな。断る。俺たちは自分のテント使うわ」
「え? 自分たちのって……」
「何か問題があるか? これまでもそうしていたんだ。問題ないだろう?」
最初の問いはアンネマリー嬢に、最後の問いは私に向けてのものだったけれど、これってアンネマリー嬢にとっては最悪の展開じゃない? だけど、いい気味だと思ってしまった。だから……
「別に構いませんよ。今さらですから」
そう答えると彼女の顔が驚愕に塗りつぶされた。ここは穏便に済ませるべきかとも思ったけれど、ギルベルト殿の提案に乗ることにした。彼女には散々嫌がらせされたからこれくらいのお返しなんてかわいいものよね。
それに、これまでも何度か同じテントで寝ていたのは事実だし、何なら同じベッドで一晩過ごしたこともある。まぁ、それでも彼が私に手を出すことはなかったから、間違いなんて起きるはずもない。彼も惚れるなと言っていたわ。それってそういう可能性はないってことよね。
「ああ、悪ぃが一角を借りるぞ。ベル、テント張るから手伝え」
「はいはい」
いつも一人でやるのに手伝わせようとするのも絶対わざとね。だけど彼が私を大事にしていると彼女たちが思いこめば下手なことは出来ないわ。彼女もこれ以上自分の価値を下げることはしないはず。多分。
「いつでも逃げれるようにしておけ」
テントを張っている最中、ギルベルト殿はすれ違いざま私にしか聞こえない声でそう言った。聞き直すことも出来ずにその意味を考える。それはつまり……彼女たちが私たちを害する可能性があるってこと? ギルベルト殿を慕っていた彼女が? 気になることはいくらでもあったけれど、頭の中で使えそうな薬草とその数を思い浮かべる。いざとなったら一服盛って逃げるのもありかもしれない。
テントを張り終えた後、まだ夕食まで時間があるというのでギルベルト殿はテントの中に座り込んで荷物を確かめていた。私も鞄の中の薬の種類を確かめる。ふと、彼の手が私の手を掴んだ。驚く私に「しっ」と声をかけると、手のひらを上にしてそこに自分の指をなぞり始めた。くすぐったい……何なの?
「字」
何をしているのかと思っていた私に彼が一言そう告げた。ああ、手のひらに字を書くって言いたいのね。会話を聞かれたくないと。小さく頷くと笑みを返された。
『夜 逃げる』
そう記されて思わず彼を見上げた。先の笑みは消えて想像していたよりも真剣な表情だった。
『なぜ?」
『あいつら 俺 捕まえる』
『なぜ?』
『王家 取引 多分』
それって……はっきりしないけれど、彼らが王家と取引したってこと? ギルベルト殿の身柄と何かを引き換えに?
『逃げる?』
『ああ」
『どうやって?』
この状況下でどうやって逃げるの? マルトリッツ家の騎士に囲まれているし、夜闇の中で馬を走らせるのは危険なのに。
『考える』
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