戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第二部

「すき」の意味

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 その質問が馬鹿馬鹿しいことは重々承知していたけれど、これまでの態度とその言葉がどうしても結びつかなかった。彼が言う「すき」は私が思うそれと同じなのかの確証が持てない。もしかしたらダーミッシュには別の意味があるとか、思いもしないような意味で使われている可能性があるかもしれない。王都とここでは発音も表現も微妙に違うし、読みと意味が同じでもスペルが微妙に違う、なんてこともあるから。それはダーミッシュがリムス国とエーデル国双方に属していることも影響しているのかもしれないけど……

「……そう来るか……うん、まぁ、急に言われても困るよねぁ……」

 カミルさんが何やらブツブツ言い出したけれど、「はい、急にそんなこと言われて困っています」とはさすがに言えなかった。

「ああ、ごめんね。すきって惚れているとか愛しているってことだよ」
「……惚れて……」

思わず口に出てしまったけれど、全く実感が湧かないわ……あのキス以外でそうだと思わせるようなことはなかったように思うし……

「ちょっと、信じられません……」

 それが正直な気持ちだった。ずっと二人きりだったけれど、そんな素振りは見せなかったわ。私が気付いていないだけかもしれないけれど。

「そう? 俺からすると凄くわかりやすかったけど」
「そう、ですか……」

 付き合いが長いからかしら? 私は薬師と患者の関係で他の人と変わらなかったわ。少し、いえ、かなり手のかかる患者だったけれど。どこでそんな感情を私に持つようになったのかまったく見当がつかない。思い返しても大人しくしてと、医師の指示に従って安静にしていてと怒っていたことしか思い出せないのだけど。

「ベルちゃんが荷馬車から落ちた時に直ぐに助けに行ったとか、ドルフたちを先に行かせたとか、俺からするとわかりやすいなぁって思ったんだけどなぁ」
「それは……でも、ルチアが落ちても同じようにされたのでは……」

 彼の性格からして仲間を見捨てて先を急いだりはしないと思う。

「まぁね。でも先に行かせたりはしなかったよ。破落戸なんてあいつの敵じゃないし。あいつは否定するだろうけど」
「……え?」

 じゃ、二人きりになるためにわざと先に行かせたってこと?

「でも、道中でそんな素振りは……」

 少しもなかった、と思う。少なくともあのキス以外ではそんな対象に思われているなんて感じることはなかった。

「……あいつは、ベルちゃんに想いを告げる気はなかったからね。こうなることがわかっていたから」
「こうって……じゃ、王都に戻っている時にはこうなると予想して? だ、だったら……」

 さらりと言われたけれど、わかっていたなら私になんか構わずダーミッシュに戻ってくれたらよかったのに。

「あいつがそう望んだからね。しかも俺もいないところでそうされちゃね。ドルフがギルに異を唱えるなんて出来るはずもないし」

 そう言われればその通りだわ。子飼いの使用人が主家の令息に異を唱えるなんて出来るはずもない。だけど……

「俺たちが王都にいたのは王家に呼び出されただけじゃない。君たちがラモンの家に来るまでは、俺たちは違う行動をとるつもりだったんだ」
「違う行動って……」
「王の暗殺」
「あ、暗殺……?」

 穏やかで優しいお兄さんとしか認識していなかった彼から出た物騒な言葉に、背中を氷解が滑り落ちるような感覚がした。彼が副官に選ばれたのは暴走しがちなギルベルト殿を抑え導くためだと思っていたけれど……

「王を暗殺すれば王子二人は王位を巡って争い始めてダーミッシュどころじゃなくなる。それを狙っていたんだけど……君がダーミッシュに戻ると言い出してその計画は消えたんだ」
「私が?」
「貴族籍のない君が単身ダーミッシュに向かおうとしている時に騒ぎを起こせない。ただでさえ低い生存率をさらに下げることになるからね。あの時が絶好の機会だったけど君の意思は固かったし、ギルも君を優先した。あいつは懐に入れた相手には甘いからね。惚れた女相手なら尚更だろう?」

 そう問われたけれど、声に硬さを感じて思わず身が竦んだ。こうなったのも私のせいだと言われているよう……いえ、実際そうなのよね。怖くて顔を上げられない。私がギルベルト殿と再会しなければ……

「ああ、ごめんごめん。責めているわけじゃないんだ。先に声をかけたのもそう決めたのもギルで、この結果を招いたのはあいつなんだから。むしろ巻き込んでごめんね」

 慌てて謝られたけれど、家に戻れと言われたのに従わなかった私にも一因があるわ。

「そういえばあいつ、ホロホロ鳥やら耳黒兎をベルちゃんに食べさせたんだって?」
「え、ええ……」

 そんなこともあったわね。野営ってこんなことまでするのかと感心して……急に話が飛んで余計に混乱する。

「あいつ、今までそんなことしたことないんだけどね」
「……え?」
「野営の時に狩りをすることはあるけどホロホロ鳥なんか獲ったりしないよ。面倒くさがりのあいつがわざわざそんな手間のかかることすると思う?」

 確かに彼は隙あらば怠けようとしてよくカミルさんに叱られていたわ。それじゃ……

「ベルちゃんにいいところ見せたかったんだろうなぁ。最期の思い出に君との二人きりの時間を、と思ったんだろうね」

 思わずカミルさんを見上げると、呆れたように、困ったように赤茶の眉を下げて力なく笑っていた。あの旅が最後の思い出作りだった? そんな感じは少しも感じなかったわ。いつも通り揶揄ってきて、ずっと機嫌がよくて……そんな……

「ま、そういうわけだから。せめてあいつが本気だってことはわかってやってほしい」
「は、はい……」

 カミルさんがそう言うのなら、そうなのよね。まだ好かれている実感はないし、情報量が多過ぎて消化しきれないけれど……

「ごめんね、ベルちゃん、巻き込んじゃって。謝って済むことじゃないけれど俺はあいつが大事だし、こんなことで失うわけにはいかないんだ。だから……これから先何が起きるかわからないけれど、恨むならあいつじゃなく俺にして」

 そう言って笑みを浮かべたけれど何だか泣いているように見えた。この先には彼らを恨みたくなるような未来があると? それを承知の上でカミルさんは彼の意に反して私を巻き込むのね。私だけでなくギルベルト殿からも恨まれるかもしれないのに。でも、大切な人のために泥を被ろうとするカミルさんを恨むことなんか出来ないわ。それをわかっていてそんな風に言うなんて、ずるい人だわ。



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