戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第二部

問題の村

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 それから三日後、私は調査団の一員として領邸から馬車で問題の村へと向かった。既に冬が訪れているダーミッシュは雨が多くなるけれど、出立した日は雲の間から陽ざしが差し込み、いつもよりも暖かく感じられた。

 同行するのは辺境伯家の文官と医師、護衛騎士が六人で、私は調査団の責任者で文官のロルフ殿と医師のルキ殿、女性騎士のリッサさんと同じ馬車に乗った。リッサさんはブラッツ様が案じて付けてくださった方かしら。女性がいてくれるのは心強いわ。車中でロルフ殿から改めて今回の調査のあらましを聞いた。

 今回問題があったのはダーミッシュ領の北側にある寒村で、人口は五十人程度の村だという。半年ほど前から体調不良者が出始めて、朝晩が涼しくなり始めた頃だったのもあり、最初は風邪が流行っているのだろうと思われていた。だけど、次第に腹痛や嘔吐、下痢などの症状を訴える者が増え、今では十人程度が身体の痺れを訴え、うち二人は寝たきりに近いという。流行り病や食当たりの可能性が高そうだけど……今の段階では何とも言えないわね。先ずは村の方々の話を聞いてみないと。

 その日の夕刻に問題の村に着いた。この村は街道から離れていて、国境までにもう一つ村があるという。他の町村と同じく農業で生計を立てていて、少し離れた場所には森があり、そこから川が村を掠めるように流れている。寂れた感じはダーミッシュではよく見る光景ね。終戦から一年以上経ったけれど、壊すのは一瞬でも直すのには何倍もの時間がかかる。

 村に入ると出迎えたのは高齢の村長で、そのまま村長の家に案内された。ここで改めて説明を受けたけれど、それは馬車内でロルフ殿から聞いたものと大差なかった。

「今日はゆっくりお休みください」

 村長が恭しく頭を下げ、私たちを部屋へと案内してくれた。街道沿いではないこの街には宿はなく、村長の家がそのかわりをするのはよくあること。私はリッサさんと同じ部屋を宛がわれた。

 そのリッサさんは艶やかな茶の髪と濃い灰色の瞳を持つ背の高い女性だった。綺麗な顔立ちで騎士にしておくのはもったいないほどの美人だけど、馬車内では殆ど話さず、時折ロルフ殿が声を掛けると簡潔に応えるだけ。移動中は仕事中だと考える真面目な方なのかもしれない。そう思っていたのだけど……

「リッサさん、よろしくお願いしますね」

 同室だし女性は私たちだけだから良好な関係をと思い背中に向かって挨拶をすると、一瞬驚いたようにこちらを見た後で表情を消された。

「こちらこそ」

 そう言うと視線を戻して荷物を片付け始めてしまった。なんというか……あまり友好的ではないようね。もしかしてこの任務は不本意だったのかしら。何となく背中から拒絶を感じ、それ以上話しかけられなかった。

 気まずいのはリッサさんだけでなく、医師のルタ殿もだった。黒髪と濃い茶の瞳を持つ両親と同じ年代の男性で、挨拶をしても私のことを胡散臭気に見るだけで無視されたわ。馬車の中で友好的と言えるのはロルフ殿くらいだけど、彼はブラッツ様から私とギルのことを聞いているからよね。内心どう思っているかまでは見極められなかった。



 気まずい一夜を過ごした翌朝、私たちは村人に話を聞いて回った。最初に寝たきりになった方や痺れがある方など症状の重い方の話を聞き、それからは家族などから症状が出た時の様子などを尋ねた。主にロルフ殿が質問し、気になったことがあればルキ殿か私が踏み込んだ質問をしたのだけど、私が尋ねる度にルキ殿が不満げな表情を浮かべていた。医師の中には薬師を下に見る人が少なくないし、年の差もある。彼からしたら私は半人前で尊重する価値もないと思っているのかもしれないわね。ロルフ殿も諫めない様子からしても彼も同じ気持ちなのかもしれない。ここに来て動向を申し出たことを少しだけ後悔した。

 そうはいっても役目を放棄する気はなかった。ルタ殿は食当たりの可能性が高いと考えているようで、症状が出た村人を呼んで症状が出る間に食べたものを尋ねていた。暫くは村人の受け答えを見ていたけれど、話を聞けば聞くほど食当たりの可能性は低いように思えた。食当たりなら同じ食事を食べた家族も症状が出るはず。だけど症状が出た人たちは同一の家族ではなく、村人たちも特段変わったものを食べた記憶はなく心当たりもないという。

 流行り病の可能性もあるけれど、腹痛などの症状はともかく麻痺が残るようなものは聞いたことがない。戦争が終わった直後だからエーデル人が持ち込んだものの可能性も考えられるけれど、症状が出始めたのは戦争が終わった後だからその可能性は低いとルキ殿は言う。私も同感だけど、食当たりというのも腑に落ちないのよね。そんな毒性のあるものがあったかしら? キノコの類なら可能性はあるけれど……

「やはり予想通り食当たりでしょう」

 自分の思考に入り込んでいたけれどルキ殿の声で我に返った。食当たりと結論付けてしまうの? まだ来たばかりで聞き取りしかしていないのに? ロルフ殿は納得していないようだけど医師の意見も否定出来ないように見えた。

「まだそう決めるのは時期尚早では? まだ聞き取りだけですぞ?」
「そうは言うが、流行り病の可能性がないのであれば食当たりでしょう? それとも、他に心当たりが?」

 どうやらルキ殿は早く帰りたいらしい。面倒臭そうな態度を隠しもしなかった。ロルフ殿よりも年上で専門家としての矜持があるためかもしれないけれど。

「ローズ嬢は、どう思われますか?」

 さすがにこれで調査を打ち切るのは憚られたのか、ロルフ殿が話を振ってきた。どうしたものかしら。食当たりと断定するのは納得いかないけれど、それを覆すだけの材料がないわ。だけど、ここで何か言わないとこれで調査が終わってしまう。もしそうじゃなかったら? また被害者が出るかもしれない・……

「そう、ですね。食当たりの可能性もありますが、そうだと断定するのは確かに時期尚早かと」
「何だと!! 貴様、薬師の分際で俺の意見に異を唱えるのか!?」

 ロルフ殿の表情が僅かに緩んだように見えたけれど、否定された側は顔を赤くして激高した。




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