戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

文字の大きさ
86 / 168
第二部

謎の奇病

しおりを挟む
 それから三月近くが過ぎた。変わったことと言えばリムスの王女殿下が二月前にエーデルに輿入れのためこの地を通っていった。王女の輿入れだというのに馬車は二十台ほどだったとか。先代国王の代に王女が別の国に輿入れした時には五十台ほどの馬車が連なったと言われているから随分寂しいものだったらしい。あの頃よりも国は貧しくなったし、敗戦国という立場からも華美になるのを控えたのかもしれないけれど。

 彼が旅立っても私の生活は変わらなかった。唯一変わったといえばルチアが異動してきて一緒に働けるようになったことね。彼女が側にいてくれるお陰で思ったよりもふさぎ込まずに済んで、いつも通りに振舞うことが出来たわ。下宿に帰って一人になると涙が出ることもあったし、月のものが来た時は自分でも思った以上にショックを受けたれど。最初からその可能性は殆どないとわかっていたから、これは彼との繋がりが一つ消えたことへの悲しみだったのかもしれない。

 一足早くエーデルに入ったギルだけど、彼が無事に着いたのかもわからない。話し合いが直ぐに終わるとは思っていないけれど、もう帰って来てもおかしくないはず。出来るだけ早く戻ると言っていたからそろそろ……などと思うのは仕方がないわよね。彼の帰還を待ちわびながら日々を送っていた私の元に届いたのは、正体不明の奇病の話だった。

「……原因不明の病気じゃと?」
「はい。そのためこちらの医師殿や薬師殿の意見をいただきたく」

 医院の医師と薬師が集められたと思ったら、ブラッツ様の部下だという男性が現れてそう告げた。この半年ほど前から領内の一部で原因不明の奇病が発生しているという。最初は身体の怠さや腹痛、吐き気や下痢で、次第に身体の痺れが生じて寝たきりになる者もいるのだとか。症状が進んでなくなった人もいるという。

「うむ……腹痛や下痢なら腹の風邪や食当たりとも言えるが……」
「痺れや寝たきりになるとは聞いたことがありませんな」

 医師はしきりに首を傾げていた。確かにお腹の症状が出るなら風邪か食当たりが最初に思い浮かぶわ。食当たりも人によっては死に至る場合もあるし。間違って毒キノコを食べて……はよく聞く話だし、寝たきりになるのもわからないでもないけれど……

「何か、食べ慣れないものを食べたということは?」
「それも考えたが、妙な症状が出るようになってからは皆も警戒するようになって、普段食べ慣れたものしか口にしないと言っているんだ」

 それでも罹患する者が後を絶たないという。年齢も幼子から年寄り、男女関係ないという。

「川に、毒を流された可能性は?」
「だったら下流でも被害が出るはずだ。その一帯だけというのは考えにくい」

 医師たちが話し込むのを聞きながら、毒の可能性は低そうだと感じた。毒ならもっと広い範囲に影響が出てもおかしくないもの。痺れ……麻痺毒ってことかしら? だけどこの地でそのような薬草が採れるとは聞いたことがないわ。

「近々調査隊を派遣する予定です。そこで誰か同行してくれると助かるのだが……」

 ブラッツ様の目的はそちらだったのね。皆が互いに顔を見合わせる。誰が行くかを探り合っている。だったら……

「私では、ダメでしょうか?」
「ローズ?」

 声を上げたのはルチアだった。院長先生も眉の間に僅かな皴を刻んで私を見ていた。院長先生は反対でしょうね。私を危険な目に遭わせないようにとギルかブラッツ様に言われているでしょうから。

 だけど、彼を待つ日々は思った以上に息苦しくて気が滅入った。ルチアや院長先生の気遣う視線は嬉しくもありがたいけれど息が詰まりそうだし。たった三月で情けないとは思うのだけど、暫くだけでも領都を離れられるのなら少しは気が晴れるかもしれない……この時はそんな気がしていた。

「私なら従軍の経験もありますし、薬師なので毒などの知識もあります。どうでしょうか?」
「じゃが、ローズよ」
「それほど長いものではないのでしょう? 調査だけなら危険も少ないかと」

 それに今はルチアがいてくれるわ。彼女は両親と共に王都で薬屋をしていたし、彼女自身も店に立って薬師として働いていたから安心して任せられる。一方で彼女は従軍の経験がないから調査に同行しても勝手がわからないだろうから、そういう意味でも私の方が向いていると思う。

 結局、他に手を上げる人もいなかったため、私が調査団の一人に加えられた。そのことにホッとしていた。毎日毎日彼が現れるかもしれないと期待して過ごすのに疲れていたから、別のことに気を向けたかった。領内なら移動は一日程度でしょうし、調査も一週間ほどで終わるはず。それに……心当たりと言うほどではないけれど、引っかかるものがあったのもある。それはあまりにも小さくて人に話せるものではないし、説明するには曖昧だったから自分で行って確かめたいのもある。戦時中はよく森に入って薬草を採っていたから懐かしさもあるわ。

「出立は三日後です。詳細はまたお知らせしますが準備をお願いします」

 そう言うとブラッツ様の部下は帰っていった。他の医師や文官も同行するという。

「ローズ、大丈夫なの? 調査団だなんて……」

 集められた部屋を出ると直ぐにルチアが尋ねてきた。心配してくれる彼女の存在が嬉しくも心強いわ。

「大丈夫よ。戦時中ならまだしも今は随分平和になったわ。調査団なら護衛も付くでしょうし」
「でも、男性ばかりじゃないの?」
「それは……」

 それは思いもしなかったわ。戦時中はいつも女性の看護人や騎士が一緒だったから。でも、調査団だと女性はいない、かもしれないわね……

「大丈夫だと思うわ。同行するのは辺境伯領の人でしょ? それにこの指輪があるもの」

 それはギルから預かっている彼の指輪。辺境伯家の家門と彼の身体に彫られた燕がこの指輪にも彫られている。この領の人なら私が彼の後見を得ているとわかるから無体なことはして来ないし出来ないはず。それに、私が行くと知ればブラッツ様も危険な人は入れないと思うわ。ルチアはまだ不安そうだったけれど、私が最近煮詰まっているのを知っているから渋々ながらもわかってくれた。

それから三日後、私は調査団の一員として領邸から馬車で問題の村へと向かった。その日はギルが出立してちょうど三月目の朝だった。




しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

契約通り婚約破棄いたしましょう。

satomi
恋愛
契約を重んじるナーヴ家の長女、エレンシア。王太子妃教育を受けていましたが、ある日突然に「ちゃんとした恋愛がしたい」といいだした王太子。王太子とは契約をきちんとしておきます。内容は、 『王太子アレクシス=ダイナブの恋愛を認める。ただし、下記の事案が認められた場合には直ちに婚約破棄とする。  ・恋愛相手がアレクシス王太子の子を身ごもった場合  ・エレンシア=ナーヴを王太子の恋愛相手が侮辱した場合  ・エレンシア=ナーヴが王太子の恋愛相手により心、若しくは体が傷つけられた場合  ・アレクシス王太子が恋愛相手をエレンシア=ナーヴよりも重用した場合    』 です。王太子殿下はよりにもよってエレンシアのモノをなんでも欲しがる義妹に目をつけられたようです。ご愁傷様。 相手が身内だろうとも契約は契約です。

悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます

タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、 妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。 家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、 何もなく、誰にも期待されない北方辺境。 そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

本当に、貴女は彼と王妃の座が欲しいのですか?

もにゃむ
ファンタジー
侯爵令嬢のオリビアは、生まれた瞬間から第一王子である王太子の婚約者だった。 政略ではあったが、二人の間には信頼と親愛があり、お互いを大切にしている、とオリビアは信じていた。 王子妃教育を終えたオリビアは、王城に移り住んで王妃教育を受け始めた。 王妃教育で用意された大量の教材の中のある一冊の教本を読んだオリビアは、婚約者である第一王子との関係に疑問を抱き始める。 オリビアの心が揺れ始めたとき、異世界から聖女が召喚された。

処理中です...