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王女の未来
未来の配偶者になるかもしれない第三皇子を改めて見上げた。皇弟殿下によく似ているけれどより、より冷たさを感じさせるのは目尻が上がっているせいだろうか。緩く結うほどの長さのある皇弟殿下と違い短く整えられた髪が一層精悍に見えるのもあるかもしれない。
異母姉の視線も受けているだろうけれど、彼は無の表情を固定したままで、この決定をどう思っているのかは伺えなかった。だけど異を唱えるような人物を送り込んでは来ないだろう。
「発言を、お許しいただけないでしょうか?」
この場面で声を上げたのはまたしても王妃だった。その勇気と豪胆さは素晴らしいものかもしれない。嫌いな相手ではあるけれど、そこは凄いなと思った。
「よかろう。申してみろ」
「ご厚情感謝いたします。その、王妃に関してですが……」
言いかけた途中で、いかにもこの先は言い辛いと言った風に口籠った。
「何だ? 言い出したのなら最後まで申せ」
「……は、はい。その……私が申し上げるのも口幅ったいと思われるかもしれませんが……皇子殿下の妃には第一王女を推させて頂きたいのです」
「ほう、第一王女とな?」
「は、はい。第一王女はこのように地味ではございますが、優秀で勤勉であり、公務も積極的に行っておりました。一方の第二王女は派手な見目もあってかチヤホヤされ、勉強嫌いで評判がよくありません。貴族の間でも我儘で癇癪持ちだとの噂が……そこは教育が至らなかった私共の手落ちでございますが、如何せん母の身分が低く、どうしても資質に差が……」
王妃がしおらしくそう話す姿に私は大きな衝撃を受けた。その演技力もさることながら実の溺愛する娘を貶めたからだ。その言葉が私に向けられたのなら気にもならなかっただろうに……
(も、もしかして、それは私を差し出すために?)
次の瞬間、ハッと閃いて腑に落ちた。ああ、王妃は私を皇子に押し付けて異母姉を守ろうとしたのだ。確かに入れ替わる時、私を帝国に差し出すと言っていた。王妃にとっては自慢の娘をそんな風に言うのは不本意だろうに……でも、そこまでしても実子を守ろうとする姿に感心するとともに、その母心を羨ましいと思った。
「それを決めるのは我々だ。それに身分が低いからこそ見えるものもあろう。教育は帝国にて平等に行う。これは皇帝陛下のご意志だ」
「て、帝国で……そんな……」
提案を無下にされた王妃が青ざめた。異母姉を帝国に奪われると思ったのだろうか。帝国に連れて行かれれば手も足も出ないし、見目がいいだけに余計に心配なのかもしれない。
「詳しいことは改めて連絡する。それまでは貴族牢にて謹慎とする。帝国が寄こした者以外との接見を禁じる」
こうして皇弟殿下との謁見は終わった。私たちは別々に貴族牢へと連れていかれて、外部との接触は最低限となった。日に三度の食事と一度の湯あみの時には帝国の女性騎士が立ち合い、侍女が私たちの世話をしたけれど、会話を交わすのも禁止されてしまった。
(命が助かったのはよかったのだろうけれど……これからどうなってしまうのかしら……)
鉄格子が嵌められた窓の外は、今にも泣きだしそうな灰色の空が広がっていた。季節は秋の盛りを過ぎて冬まで後一歩に迫り、木々の葉が落ちた庭は私たちの状況のように見えた。
貴族牢での生活は侍女部屋で暮らしていた私にとっては贅沢に思えるものだった。まず部屋が広くて立派だ。部屋の広さは王妃の部屋に比べたら狭いけれど、居間と寝室、トイレや湯あみのための部屋も別だった。侍女部屋など寝室の半分以下の広さだったのに。
家具やカーテンなども王族としては質素かもしれないけれど、傷みが目立った侍女部屋のそれに比べたら格段にいいし、座り心地のいいソファまである。
食事だって温かいものが日に三度部屋まで届けられるし、お茶もお茶菓子も出る。以前は食堂に行く必要があったし、時間が決まっていたため仕事が押せば食べ損ねていた。お茶やお菓子なんか侍女になってからは口にしたことなどなかった。
謁見の翌々日、女性騎士が若い女性を連れてきた。帝国風の身なりのその人は私の専属侍女だと言った。これまで専属侍女など付けて貰ったことのなかった私は面食らうばかりだ。
「初めまして、アンジェリカ王女殿下。お目にかかれて光栄にございます。ティアと申します。どうか何なりとお申し付けください」
何度繰り返しても異母姉の名で呼ばれるのに慣れない。私よりも少し年上に見えた彼女は優しげで、若葉色の瞳には意志の強さが感じられた。丁寧な態度に逆に警戒心が湧いたのは、そんな扱いに慣れていないせいだろうか。
「そうそう、皇弟殿下よりお召し物が届いておりますわ」
「服が?」
「ええ。昨日用意したものはサイズが合わなかったそうですわね。新しいものをご用意致しました」
「ええっ?」
サイズが合わなかったのは異母姉のものだったからだ。まさかわざわざ新しいものを用意されるとは思わなかった。どうせ外に出ないから何でもいい、何なら侍女服でも構わないと言ったのに。
「ただ、急なことでサイズが合うものがございませんでしたの。今から手直しいたしますが、お針子を連れて来ていないので少々お時間を頂けますか?」
なんて丁寧な物言いをするのだろう。余計な手間をかけてしまったことが申し訳ない。
「サイズ直しなら自分でやります」
「まぁ、王女殿下にそのような真似は……」
「裁縫は得意なの。それに、することがなくて困っていたところですから」
「それでも、王女殿下に下々のような真似はさせられませんわ」
ティアはそう言って渋ったけれど、私も暇すぎて苦痛を感じるようになっていた。私を助けると思ってと重ねて言うと、そういうことでしたら……と渋々ながらも認めてくれた。侍女としてこの三年間、寝る間もなく働いていたせいか、じっとしていることも苦痛に感じるようになっていた。それに、何かしていなければ不安に押しつぶされそうだったのもある。
(本当に、これからどうなるのかしら……)
暇を持て余したまま見えない不安を抱える日々は、王妃に虐げられるのと同じくらい耐えがたく思えた。
異母姉の視線も受けているだろうけれど、彼は無の表情を固定したままで、この決定をどう思っているのかは伺えなかった。だけど異を唱えるような人物を送り込んでは来ないだろう。
「発言を、お許しいただけないでしょうか?」
この場面で声を上げたのはまたしても王妃だった。その勇気と豪胆さは素晴らしいものかもしれない。嫌いな相手ではあるけれど、そこは凄いなと思った。
「よかろう。申してみろ」
「ご厚情感謝いたします。その、王妃に関してですが……」
言いかけた途中で、いかにもこの先は言い辛いと言った風に口籠った。
「何だ? 言い出したのなら最後まで申せ」
「……は、はい。その……私が申し上げるのも口幅ったいと思われるかもしれませんが……皇子殿下の妃には第一王女を推させて頂きたいのです」
「ほう、第一王女とな?」
「は、はい。第一王女はこのように地味ではございますが、優秀で勤勉であり、公務も積極的に行っておりました。一方の第二王女は派手な見目もあってかチヤホヤされ、勉強嫌いで評判がよくありません。貴族の間でも我儘で癇癪持ちだとの噂が……そこは教育が至らなかった私共の手落ちでございますが、如何せん母の身分が低く、どうしても資質に差が……」
王妃がしおらしくそう話す姿に私は大きな衝撃を受けた。その演技力もさることながら実の溺愛する娘を貶めたからだ。その言葉が私に向けられたのなら気にもならなかっただろうに……
(も、もしかして、それは私を差し出すために?)
次の瞬間、ハッと閃いて腑に落ちた。ああ、王妃は私を皇子に押し付けて異母姉を守ろうとしたのだ。確かに入れ替わる時、私を帝国に差し出すと言っていた。王妃にとっては自慢の娘をそんな風に言うのは不本意だろうに……でも、そこまでしても実子を守ろうとする姿に感心するとともに、その母心を羨ましいと思った。
「それを決めるのは我々だ。それに身分が低いからこそ見えるものもあろう。教育は帝国にて平等に行う。これは皇帝陛下のご意志だ」
「て、帝国で……そんな……」
提案を無下にされた王妃が青ざめた。異母姉を帝国に奪われると思ったのだろうか。帝国に連れて行かれれば手も足も出ないし、見目がいいだけに余計に心配なのかもしれない。
「詳しいことは改めて連絡する。それまでは貴族牢にて謹慎とする。帝国が寄こした者以外との接見を禁じる」
こうして皇弟殿下との謁見は終わった。私たちは別々に貴族牢へと連れていかれて、外部との接触は最低限となった。日に三度の食事と一度の湯あみの時には帝国の女性騎士が立ち合い、侍女が私たちの世話をしたけれど、会話を交わすのも禁止されてしまった。
(命が助かったのはよかったのだろうけれど……これからどうなってしまうのかしら……)
鉄格子が嵌められた窓の外は、今にも泣きだしそうな灰色の空が広がっていた。季節は秋の盛りを過ぎて冬まで後一歩に迫り、木々の葉が落ちた庭は私たちの状況のように見えた。
貴族牢での生活は侍女部屋で暮らしていた私にとっては贅沢に思えるものだった。まず部屋が広くて立派だ。部屋の広さは王妃の部屋に比べたら狭いけれど、居間と寝室、トイレや湯あみのための部屋も別だった。侍女部屋など寝室の半分以下の広さだったのに。
家具やカーテンなども王族としては質素かもしれないけれど、傷みが目立った侍女部屋のそれに比べたら格段にいいし、座り心地のいいソファまである。
食事だって温かいものが日に三度部屋まで届けられるし、お茶もお茶菓子も出る。以前は食堂に行く必要があったし、時間が決まっていたため仕事が押せば食べ損ねていた。お茶やお菓子なんか侍女になってからは口にしたことなどなかった。
謁見の翌々日、女性騎士が若い女性を連れてきた。帝国風の身なりのその人は私の専属侍女だと言った。これまで専属侍女など付けて貰ったことのなかった私は面食らうばかりだ。
「初めまして、アンジェリカ王女殿下。お目にかかれて光栄にございます。ティアと申します。どうか何なりとお申し付けください」
何度繰り返しても異母姉の名で呼ばれるのに慣れない。私よりも少し年上に見えた彼女は優しげで、若葉色の瞳には意志の強さが感じられた。丁寧な態度に逆に警戒心が湧いたのは、そんな扱いに慣れていないせいだろうか。
「そうそう、皇弟殿下よりお召し物が届いておりますわ」
「服が?」
「ええ。昨日用意したものはサイズが合わなかったそうですわね。新しいものをご用意致しました」
「ええっ?」
サイズが合わなかったのは異母姉のものだったからだ。まさかわざわざ新しいものを用意されるとは思わなかった。どうせ外に出ないから何でもいい、何なら侍女服でも構わないと言ったのに。
「ただ、急なことでサイズが合うものがございませんでしたの。今から手直しいたしますが、お針子を連れて来ていないので少々お時間を頂けますか?」
なんて丁寧な物言いをするのだろう。余計な手間をかけてしまったことが申し訳ない。
「サイズ直しなら自分でやります」
「まぁ、王女殿下にそのような真似は……」
「裁縫は得意なの。それに、することがなくて困っていたところですから」
「それでも、王女殿下に下々のような真似はさせられませんわ」
ティアはそう言って渋ったけれど、私も暇すぎて苦痛を感じるようになっていた。私を助けると思ってと重ねて言うと、そういうことでしたら……と渋々ながらも認めてくれた。侍女としてこの三年間、寝る間もなく働いていたせいか、じっとしていることも苦痛に感じるようになっていた。それに、何かしていなければ不安に押しつぶされそうだったのもある。
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