【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

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皇子との距離

 アルヴィド殿下の妃になるために帝国にやってきたけれど、今のところ彼との関係は殆ど進展がなかった。

(こんな勉強漬けの中で、どうしろって言うのよ……)

 睡眠時間三時間の生活では、皇子と会っても会話もままならなかった。眠いのだ。お茶なんか飲んでいる暇があったら復習か課題を片付けたい。本音を言えば寝たい。皇子に気に入って貰えば妃への距離も短くなるのかもしれないけど、男性とまともに話をしたことがない。気の利いた会話も出来ないのに、眠いせいで頭が回らなくてそれもままならない。

「アルヴィド様ぁ~」

 寝不足で回らない頭で課題に取り組んでいた私の耳に届いたのは、異母姉の甘ったるい声だった。見なくてもわかる。皇子と中庭を散策しているのだ。皇子とは週に一度、一、二時間ほど交流の時間が割り当てられているが、今日は異母姉の番だったらしい。
 異母姉は雨が降っていなければ庭の四阿でお茶をしていた。理由は簡単、皇子と仲がいいとアピール出来るからだ。あの庭は離宮だけでなく他の棟からの視線もあるので、それを狙っているのだろう。

(皇子も、まんざらじゃないんでしょうね)

 皇子も微笑んでいるから嫌ではないのだろう。異母姉が腕に絡みついても邪険にはしていないし。それにあんな美人に言い寄られれば、嫌な気にはならないだろう。
 正体を知っている私からすると、あの手の女に落ちる男は趣味が悪いなとしか思えない。皇子が異母姉を選んだらご愁傷様と思うだろう。彼女の性格からしてずっと猫を被っていられるとは思えないから、後で苦労するだろう。まぁ、その時は知ったこっちゃないけど。

 一方の異母姉は、ソフィになり切って虐げられていた健気な妹を演じ続けていた。ただ、「妹」を意識し過ぎてか幼過ぎるように見える。私と一つしか違わないのに、あれでは四、五歳の差がありそうに見えるだろう。痛々しく感じるのは私だけだろうか……
 そんな彼女の化けの皮ははがれつつあった。侍女からの評判が悪いのだ。専属侍女はこの三月で四人代わっているし、交代で付く侍女も嫌がっている。交代で付いてくれる侍女は私のところにも来るので、謝ることも少なくなかった。みんな私に責任はないと言ってくれるけど、身内として同じ国民として申し訳ない。
 その後も異母姉のはしゃぐ声が聞こえてきた。



 翌日、昼過ぎにアルヴィド皇子がやってきた。今日は私との交流の日だ。私たちの交流会は私の部屋だ。こうなったのには理由がある。
 ことの発端は一月半前。何度目かの交流を経て、ようやく打ち解けてきたと思えるようになった頃、私たちも天気がよければ外でお茶をしていた。アシェルよりも早く春が訪れる帝都では、晴れれば外でお茶を飲むのに支障はなかった。庭に出るのは気晴らしにもなってよかったのだけど、一つ問題が起きた。

「お姉様~! アルヴィド様も!」
「……ソフィ?」

 四阿で近況を話していたところに異母姉が乱入してきたのだ。息を切らす彼女の後ろには、彼女を追う侍女の姿が見えた。

「まぁ、お二人でお茶なんてズルいですわ!」

 始まったのは彼女の「ズルい攻撃」だった。文字通り何でもズルいと言って我を通そうとするのだ。

「何を言っているの? これは交流の時間よ。あなたにだって同じだけ宛がわれているでしょう?」

 そう、皇子との交流の時間は平等に設けられている。どこにもズルいと言われる要素はない。

「そ、それはそうだけど……でも、お二人の楽しそうな声が聞こえて来たんですもの! アルヴィド様は私との時はお話して下さらないにの!」

 それはあなたが一方的に話し続けて、話をする余地を与えないからでしょう? そうは思ったものの、二人の交流の様子を見たわけではないので何とも言えなかった。
「私もお姉様とお茶したいのに! お姉様はいつも忙しいから無理だって仰るばかりで……」
「はぁ?」

 何を言っているのだろう……お茶を一緒になんて言われた記憶がないのだけど。

「知っている人がいない帝国では、お姉様だけが頼りなのに、酷いですわ……」

 そう言うと顔を覆って俯いてしまった。泣いているふりをしているけど、絶対にウソ泣きだ。そうは思っても、皇子の前でそれを指摘することも憚られた。実際に涙が出ていたら私の分が悪くなる……

「し、仕方ないわね。今回だけよ……」

 皇子ではなく私をダシにしてくるのが質が悪い。これでは帝国に来て寂しがっている妹にしか見えない。

「まぁっ! お姉様、ありがとうございます!」

 ぱぁっと笑顔を咲かせた異母姉は、傍から見れば健気に姉を慕う妹に見えただろう。忌々しいが、寒気がするが、まんまとやられたと認めざるを得ない。その後異母姉は、ちゃっかり私と皇子の間に陣取って一方的に皇子に話しかけ続けた。皇子が気を使って私に話を振ってくれたけれど、私と皇子の間は全く縮まらなかった。

 あの後異母姉は厳しく注意されたけれど、寂しいとかなんとか言って聞く耳を持たなかった、らしい。諫めたのが男性教師だったのも悪かっただろう。目を潤ませて縋ればきつく言えなかったのだと安易に想像出来た。そして実際に功を奏しなかった。その後も同じようにやられたからだ。

 こんなことを二度繰り返した私たちは、庭に出るのをやめた。交流会の意味がないからだ。皇子だって片方に肩入れするわけにはいかない。その後、私と王子の交流時には異母姉は部屋から出るのを禁じられ、部屋の前は騎士が立った。寒い季節にわざわざ外に行く気力もなくなった私は、部屋での交流を望んだ。

 私たちの会話は、異母姉とは真逆に皇子が話をして私が聞き役に徹する形が定番だった。何のことはない。私は本物の「アンジェリカ」ではないからだ。いつボロを出すかわからないから迂闊なことが言えない。入れ替わりを言い出したのは王妃と異母姉だけど、もし発覚したら私も連座で罰せられる可能性がある。そう思うと怖くて言い出せなかった。



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