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侍女たちの変化
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エヴェリーナ様との出会いは私の世界を大きく変えた。具体的な目標が見つかれば、学習にも身が入った。さすがに外見はどうにもならないけれど、所作や教養、心を強く持つ姿勢なら近付くことは出来るだろう。外から遮断され、単調に授業を受けるだけの日々に現れた彼女は、私の心を大きく占めていた。
「アンジェリカ様、最近は随分と熱心ですわね」
ティアにそう言われるくらいには、私の生活は色付いていた。
「そう? だったらエヴェリーナ様のお陰だわ。あの方にお会いして自分の至らなさがはっきりわかったもの」
「まぁ、アンジェリカ様も頑張っていらっしゃいますわ」
「ううん、私なんか足元にも及ばないわ」
本当に天と地ほどの差があるだろう。五年後の自分が今のエヴェリーナ様のようになれているとは思えない。それでも、努力すれば僅かでも近づけるだろうか。近付きたい。息苦しい軟禁生活の中でその想いは日に日に募っていった。
その後も二週に一、二回、エヴェリーナ様とのお茶の機会を貰えた。その日ばかりは朝からソワソワして心が躍った。凛とした振る舞いや教養の深さ、言葉の使い方など、どれも見惚れてしまうほどに素晴らしい。
ただ、異母姉が毎回毎回突っ掛かって空気を悪くする。それとなく窘めても、悪気のない無邪気な王女を装うので厄介だった。異母姉にしてみれば、自分よりも上がいるのが許せないのだろう。王妃になるのは自分だと信じ込んでいるから、エヴェリーナ様を格下だと示したいのだろう。
そんな日々が続く中、違和感が過ることがあった。
「ヘレン、どうかしたの?」
「はい?」
最近ヘレンの様子がおかしい。そんな風に感じるようになった。最初は明るくてよく話し、喋り過ぎよとティアに窘められていたのに、最近は殆ど話してくれなくなった。挨拶はしてくれるし、何かを頼めばしてくれるのだけど……それはとても些細なもので、気のせいだと思えるレベルのものだった。それもヘレンだけじゃない。他に交代で付いてくれる侍女たちもだ。
「お、お気に障りましたのなら申し訳ございません」
深々と頭を下げるヘレンに、疑問は確信に変わった。今までになく他人行儀な態度はこれまでの違和感が気のせいではないと示していた。
「あ、謝って貰うことなど何もないわ。ただ、最近前ほど話してくれなくなったから……何か気に障るようなことを言ってしまったのかと思って」
侍女たちが揃って態度を変えたのなら、それは私のせいだろう。もしかしたら知らない間に気分を害していたのかもしれない。
「あ、アンジェリカ様に謝って頂くようなことはございません。いえ、今までが馴れ馴れし過ぎたのです。申し訳ございませんでした」
そう言うとヘレンは部屋を出て行ってしまった。手にしたトレイには水差しやコップなどが乗っていた。寝室の掃除中だったらしい。そうなると引き留めることも出来なかった。
それからも侍女たちの態度は余所余所しいままだった。丁寧だった私たちの世話も、ティアを除くと必要最低限になったような気がする。
もしかすると帝国から慣れ合っていると注意があったのかもしれない。親しく話をしていたとはいえ私は敵国の王女。私たちの様子を危惧した者がいてもおかしくはないだろう。これまでがよすぎたのだ。
侍女たちの態度に自分の立場を改めて思い知る。それは仕方のないことだ。我が国と帝国は戦争をして、少なくない人が命を落とし傷ついたのだから。これまでは帝国が私たちを気遣ってくれていたのかもしれない。急に親元から離された私たちが教育を受けられるようにと。そう思えばこれまでの態度も納得だった。
居心地の悪さに慣れてきた頃。エヴェリーナ様とのお茶会の後、四阿から自室に戻ろうとした私は聞こえてきた会話に足を止めた。
「……アシェルの……は許し難いわ」
「ええ。戦争がなけれ……エヴェリーナ様はアルヴィド殿下と……」
「エヴェリーナ様は……を慕っていらっしゃっ……」
「もう少しで婚約だっ……に」
声を殺して囁かれたそれに、私の鼓動が一気に早まった。
(ど、どういうこと……? 婚約って……)
断片的な言葉は、思いがけない未来を示していた。皇子とエヴェリーナ様は結婚する予定だった……?
「アンジェリカ様?」
私が急に歩みを止めたことにティアが訝しんで名を呼ぶと、それに気づいたのか侍女たちが小さく悲鳴を上げた。それにティアが気付き、私と侍女たちを交互に見る。
「アンジェリカ様、お部屋に戻りましょう」
侍女たちを一瞥するとティアが歩き始めてしまったので、私はその後に続いた。部屋に戻るとティアがお茶を入れてくれたけれど、私はその間も先ほどの会話が頭に繰り返されて呆然としていた。そんな可能性をすっかり失念していた。
「アンジェリカ様、何をお聞きになりました?」
ティアが静かにそう尋ねてきた。きっと彼女たちの話を理解していて、確認のために尋ねているのだろう。
「……アルヴィド殿下と、エヴェリーナ様がご婚約なさる予定だったと」
言葉にしてみると、酷く罪悪感が湧いた。しかもエヴェリーナ様は皇子を慕っていたと言っていた……
「そう、ですか。お聞きになってしまわれたのですね。申し訳ございません。お耳に入れる予定はなかったのですが」
ティアが深々と頭を下げた。侍女たちの断片的な言葉が蘇る。侍女はエヴェリーナ様が皇子を慕っていたと言っていた。心臓に冷水が流れるような気がした。
「アンジェリカ様、最近は随分と熱心ですわね」
ティアにそう言われるくらいには、私の生活は色付いていた。
「そう? だったらエヴェリーナ様のお陰だわ。あの方にお会いして自分の至らなさがはっきりわかったもの」
「まぁ、アンジェリカ様も頑張っていらっしゃいますわ」
「ううん、私なんか足元にも及ばないわ」
本当に天と地ほどの差があるだろう。五年後の自分が今のエヴェリーナ様のようになれているとは思えない。それでも、努力すれば僅かでも近づけるだろうか。近付きたい。息苦しい軟禁生活の中でその想いは日に日に募っていった。
その後も二週に一、二回、エヴェリーナ様とのお茶の機会を貰えた。その日ばかりは朝からソワソワして心が躍った。凛とした振る舞いや教養の深さ、言葉の使い方など、どれも見惚れてしまうほどに素晴らしい。
ただ、異母姉が毎回毎回突っ掛かって空気を悪くする。それとなく窘めても、悪気のない無邪気な王女を装うので厄介だった。異母姉にしてみれば、自分よりも上がいるのが許せないのだろう。王妃になるのは自分だと信じ込んでいるから、エヴェリーナ様を格下だと示したいのだろう。
そんな日々が続く中、違和感が過ることがあった。
「ヘレン、どうかしたの?」
「はい?」
最近ヘレンの様子がおかしい。そんな風に感じるようになった。最初は明るくてよく話し、喋り過ぎよとティアに窘められていたのに、最近は殆ど話してくれなくなった。挨拶はしてくれるし、何かを頼めばしてくれるのだけど……それはとても些細なもので、気のせいだと思えるレベルのものだった。それもヘレンだけじゃない。他に交代で付いてくれる侍女たちもだ。
「お、お気に障りましたのなら申し訳ございません」
深々と頭を下げるヘレンに、疑問は確信に変わった。今までになく他人行儀な態度はこれまでの違和感が気のせいではないと示していた。
「あ、謝って貰うことなど何もないわ。ただ、最近前ほど話してくれなくなったから……何か気に障るようなことを言ってしまったのかと思って」
侍女たちが揃って態度を変えたのなら、それは私のせいだろう。もしかしたら知らない間に気分を害していたのかもしれない。
「あ、アンジェリカ様に謝って頂くようなことはございません。いえ、今までが馴れ馴れし過ぎたのです。申し訳ございませんでした」
そう言うとヘレンは部屋を出て行ってしまった。手にしたトレイには水差しやコップなどが乗っていた。寝室の掃除中だったらしい。そうなると引き留めることも出来なかった。
それからも侍女たちの態度は余所余所しいままだった。丁寧だった私たちの世話も、ティアを除くと必要最低限になったような気がする。
もしかすると帝国から慣れ合っていると注意があったのかもしれない。親しく話をしていたとはいえ私は敵国の王女。私たちの様子を危惧した者がいてもおかしくはないだろう。これまでがよすぎたのだ。
侍女たちの態度に自分の立場を改めて思い知る。それは仕方のないことだ。我が国と帝国は戦争をして、少なくない人が命を落とし傷ついたのだから。これまでは帝国が私たちを気遣ってくれていたのかもしれない。急に親元から離された私たちが教育を受けられるようにと。そう思えばこれまでの態度も納得だった。
居心地の悪さに慣れてきた頃。エヴェリーナ様とのお茶会の後、四阿から自室に戻ろうとした私は聞こえてきた会話に足を止めた。
「……アシェルの……は許し難いわ」
「ええ。戦争がなけれ……エヴェリーナ様はアルヴィド殿下と……」
「エヴェリーナ様は……を慕っていらっしゃっ……」
「もう少しで婚約だっ……に」
声を殺して囁かれたそれに、私の鼓動が一気に早まった。
(ど、どういうこと……? 婚約って……)
断片的な言葉は、思いがけない未来を示していた。皇子とエヴェリーナ様は結婚する予定だった……?
「アンジェリカ様?」
私が急に歩みを止めたことにティアが訝しんで名を呼ぶと、それに気づいたのか侍女たちが小さく悲鳴を上げた。それにティアが気付き、私と侍女たちを交互に見る。
「アンジェリカ様、お部屋に戻りましょう」
侍女たちを一瞥するとティアが歩き始めてしまったので、私はその後に続いた。部屋に戻るとティアがお茶を入れてくれたけれど、私はその間も先ほどの会話が頭に繰り返されて呆然としていた。そんな可能性をすっかり失念していた。
「アンジェリカ様、何をお聞きになりました?」
ティアが静かにそう尋ねてきた。きっと彼女たちの話を理解していて、確認のために尋ねているのだろう。
「……アルヴィド殿下と、エヴェリーナ様がご婚約なさる予定だったと」
言葉にしてみると、酷く罪悪感が湧いた。しかもエヴェリーナ様は皇子を慕っていたと言っていた……
「そう、ですか。お聞きになってしまわれたのですね。申し訳ございません。お耳に入れる予定はなかったのですが」
ティアが深々と頭を下げた。侍女たちの断片的な言葉が蘇る。侍女はエヴェリーナ様が皇子を慕っていたと言っていた。心臓に冷水が流れるような気がした。
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