【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

文字の大きさ
22 / 68

皇子の結婚事情

しおりを挟む
 エヴェリーナ様がアルヴィド皇子と婚約する予定だったとの話は、私を打ちのめした。エヴェリーナ様に憧れて浮かれていた自分が情けなく恥ずかしい。エヴェリーナ様は私たちをどんな思いで見ていただろうか。慕っていた皇子との婚約が決まりかけていたのに、急に白紙になったのだ。そのショックはどれほどだったか……

「ティア、話してくれる?」
「アンジェリカ様、ですが……」
「本当のことを知っておきたいの。エヴェリーナ様にこれ以上ご無礼を重ねるわけにはいかないもの……」

 既に十分すぎるほどご不快な思いをさせているはず。存在すること自体が許せないかもしれない。だったら知らないままではいられない。

 ティアの話は予想通りだった。お二人の間には婚約の話が出ていて、あと一歩というところだったという。

 帝国は属国にした国に自国の王族を置き、その国の王女を妃として迎える。その方針を今まで続けてきた。アルヴィド皇子もその候補として婚約者も持たず、いざという時に備えていたという。
 そんな中、皇子に結婚の話が出た。帝国に表立って対立する国も、旧マイエルのように圧政に苦しむ国もない。他国に兵を送る気配はなかった。当時アシェルの治政は特段悪いという訳でもなく、戦争を始めるだけの力はないと帝国はみていた。
 皇子妃候補にあがったのはエヴェリーナ様をはじめとした令嬢だった。その中でエヴェリーナ様は最も相応しいと目された。聡明で美しく贅沢も好まない。皇子も彼女ならと婚約に前向きだったという。そうなれば皇子は帝国に残り、いずれは皇帝になる兄を支える筈だった。

 なのに、帝国の予想に反してアシェルが宣戦布告してきた。戦争になれば帝国の勝ちは明らかで、アシェルを治める王族が必要になる。そこで唯一未婚だったアルヴィド皇子に白羽の矢が立ったという。婚約の話はなくなり、戦争に勝ってアシェルの王女を娶ることになった。それが私たちだった。

「エヴェリーナ様は、どんな気持ちでお茶会に……」

 あのお茶会を誰がやろうと言い出したのかわからない。でも、エヴェリーナ様にとっては酷だっただろう。皇子を慕い婚約まであと少しというところで全てを無にした憎い相手。そんな私たちを前に、どんな思いで笑みを浮かべていたのか。

「言い出したのはエヴェリーナ様ご自身だったと伺っています」
「エヴェリーナ様が?」
「はい。詳しいことは存じませんが……」
「そう……」

 どうしてそんなことを言い出したのだろう。かわからない。もしかしたら相手にあってみたかったのだろうか。でもそれなら一度で十分。何度も不快な思いをする必要などない。私だったら……会いたいとは思わないだろう。多分。

「なんてお詫び申し上げたらいいのか……でも、そう思うことも烏滸がましいわよね」
「……」

 ティアは何も言わなかった。きっと同じように思ったからだろう。謝ってすむ話ではないし、謝られても困るだろう。婚約していたのならまだしも候補だったのだ。それに、謝ったら許すと言わなければならなくなる。それはそれで負担だろう。

「侍女たちの態度が変わったのも、そのせいかしら?」
「え?」
「少し前から、ティア以外の侍女たちの態度が、その、前よりも余所余所しく感じるようになったの。思えばエヴェリーナ様とのお茶会の後だったかもしれないわ」

 確証はないけれど、時期はあっているように思う。私が憧れたのだ、侍女の中にも同じように憧れた者はいただろう。同じ敗戦国の王女でもマイエルは九年前。若い侍女だったら馴染みは薄い。

「そう、でしたか。それは申し訳ございません。私の監督不足でございます」
「ティアのせいじゃないわ。侍女たちだって長くお住いのエヴェリーナ様に親しみを感じるのは当然よ。アシェルとは半年前まで戦争をしていたのだし」

 その差はどうしようもない。

「……アルヴィド殿下も、エヴェリーナ様をお慕いしていたのかしら?」

 その可能性は高いだろう。付き合いも長く、エヴェリーナ様は美しく聡明で同性の私から見ても魅力的だ。

「それは……私には何とも。以前から交流はおありでした。皇后様には姫君がいらっしゃらなかったので、どちらかというと皇后さまのご意向が強かったと伺っています」
「そう……」

 皇后さまが敵国だった王女を我が子の妃にと望まれたのだ。あれほど麗しく優秀だと侍女が騒ぐ皇子なら、皇后さまにも自慢の息子だろう。その息子の婚約を台無しにしたのだ。皇后さまの不興も買ってしまったのだろう。それを思うと気が重い。

「エヴェリーナ様に、謝罪すべきだと思う?」
「それは……」

 ティアに聞くことではないとわかっていても、他に相談できる人がいない。私が接する相手は侍女と教師、皇子とエヴェリーナ様くらいだ。異母姉は論外だし。

「……僭越ですが……エヴェリーナ様は謝罪をお望みではないと思います。それはアルヴィド殿下もです」

 ティアが迷いながらもうそう言った。私もそう思う。同じ立場になったらそっとしておいてほしいと思うだろう。知られたことで今までと違う感情を向けられるのは、いい気分はしないだろうから。

「お気になるようでしたら、アルヴィド殿下にご相談するのがおよろしいかと」

 エヴェリーナ様よりは皇子の方がましかもしれない。皇子がエヴェリーナ様の女心を理解しているかにもよるけど。

「そうね。機会があったら、それとなく尋ねてみるわ」

 自分で言いながら心許ないなと思った。帝国に来て半年を過ぎようとしている。少しずつ打ち解けて来ているけれど、あの皇子に個人的なことを尋ねるのはまだハードルが高かった。




しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...