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丸薬の正体
「これで、よろしいでしょうか?」
丸薬を口に放り込んで紅茶で飲み干した。丸薬が喉を落ちていくのを感じてからエヴェリーナ様に向かって笑みを向けると、大きく目を見開いて驚きの表情のまま固まっていた。周りにいた侍女たちも不安げにこちらを見ている。
「そ、そんな……あ、あなた、どういうつもり? それが何の薬かわかっているの?」
飲めと言った本人が一番動揺していた。もしかして早まっただろうか。ここで私が死んで困るのはエヴェリーナ様だ。だから毒ではないと判断して飲んだのだけど。
「誠意を見せろと仰ったのはエヴェリーナ様ですもの。私は帝国に身を預ける身。この菓子一つも自分では用意出来ません。そんな私に出来るのは、エヴェリーナ様のお言葉に沿うことだけですわ」
何でもないように笑みを添えてそう答えた。これしか出来ないのは本当だから仕方がない。それはエヴェリーナ様にもわかっていたはずだ。それなのに彼女は得体の知れないものを見るような視線を向けてきた。
「何をしている!?」
「……ア、アルヴィド? どうしてここに……」
大きな声がして振り返ると、回廊の入り口からこちらに向かって駆けてくる人影があった。誰かと思ったら意外にも皇子だった。会うのは久しぶりだ。皇子が来るのを待つ間、身体に意識を向けた。どこにも変化はないように思う。やはり毒じゃないのだろう。遅効性ならわからないけれど。
皇子は程なくして私たちの側にやってきた。後ろから護衛らしき騎士が追いかけてくるけれど、皇子の方が走るのが早い。護衛の意味ないんじゃないだろうか。
「さっき皇宮に戻ったところだ。そうしたら茶会でトラブルがあったと。だから様子を見に来た」
「そ、そう……」
「あらましは聞いた。それでエヴェリーナ、ここでアンジェリカ嬢と何をしている?」
皇子の声も表情も、とても婚約寸前だったとは思えないほど険しかった。皇子がエヴェリーナ様を真っすぐに見て答えを待っていたけれど、何かに気付いたのか目を見開いた。
「エヴェリーナ、お前、その指輪……!」
皇子が初めて狼狽えている姿を見せた。その眼はエヴェリーナ様の手を凝視している。
「見せろ!」
「痛っ!」
皇子が乱暴な手つきでエヴェリーナ様の手首を掴み、エヴェリーナ様が小さな悲鳴を上げた。抵抗したようだけど皇子の力には敵わない。皇子はエヴェリーナ様の指から指輪を外すと、入念に調べ始めた。
「お前、アンジェリカ嬢に何をした!?」
問い詰める皇子に対し、エヴェリーナ様はふてくされたような表情でそっぽを向いている。いつもの気品あふれた王女はいなかった。
「ちょ、ちょっと揶揄ってみただけよ。なのに……まさか何かも聞かずに飲むなんて……」
「飲んだ!? 薬を飲ませたのか!」
「そ、そうよ」
皇子の詰問にエヴェリーナ様が拗ねたように答えた。気まずそうに視線を彷徨わせている。
「何を飲ませた!? 話せ!!」
「い、命に関わるのもじゃないわよ!」
「当然だ。そんなものを飲ませたら処刑だぞ。何の薬だ!?」
皇子がエヴェリーナ様の両肩を掴んで問い詰めた。慌てた様子だけど、命に関わるものじゃないなら大丈夫だよねと、私は人ごとのようにそのやりとりを眺めていた。エヴェリーナ様が別人のようで、現実味が乏しく何だか夢を見ているようだ。今のところ身体に異常は感じないけれど、ふわふわした感じがするのはもしかして薬のせいだろうか。
「……くです」
「聞こえん!」
「び、や、く、です!」
(え?)
聞き間違いだろうか、びやくと聞こえたのだけど。皇子がエヴェリーナ様の肩を掴んだまま固まっているように見えた。珍しい。それにしても、びやくとは鼻薬のことだろうか。それなら子どもの頃に処方されたことがある。それに媚薬なんて物語の世界にしかないはずだ。少なくともアシェルではそんな薬は存在していなかった。
「何だって!?」
「ちょ! 痛いわよ!」
「びやくって、そんなものを飲ませたのか!?」
皇子の叫ぶような声に現実に引き戻された。まだ皇子がエヴェリーナ様の肩を掴み、エヴェリーナ様が痛いと抵抗している。
「だ、大丈夫よ。そんなに強いものじゃないから」
「そういう問題じゃない!」
「もう! 痛いったら! 手を離してよ! この馬鹿力!」
「馬鹿はお前だ!! なんて事してくれたんだ!」
皇子が怒鳴り声をあげるのを初めて見た。黙っていても威圧感万歳なのにこれは怖い。そして負けじと言い返しているエヴェリーナ様がもっと怖い……これは誰? 気品溢れる私の憧れの王女様はどこに行ってしまったのだろう……この場から逃げ出したいのに逃げ出す事も出来なかった。薬のこともあるし……
「だ、だって! 腹が立ったのよ。あのソフィって子、毎回毎回若さをひけらかして! マナーもろくに出来ていないくせに!」
エヴェリーナ様の台詞に耳を疑った。てっきり皇子との仲良しアピールにお怒りかと思っていたけれど……若さ? そりゃあ、異母姉とは四歳差だけど、そっちだったなんて……いや、女性にとって年齢は大事だけど……
「だからって、何故アンジェリカ嬢に薬を盛った? 彼女は関係ないだろう!」
全く皇子の言う通りで、私は無関係だった。エヴェリーナ様に突っかかっていたのは異母姉なのだから。なのにどうしてこうなったのか……
「関係あるわよ! 大ありよ!! この子が王妃に選ばれれば、もうあの女と顔をあわせずに済むんだから!!」
「そんな理由で飲ませたのか?」
「そうよ。でもいいじゃない。どうせ選ばれるのはこの子なんだから」
まさかの理由で私が推されていた。あの聡明なエヴェリーナ様の選ぶ基準がそんな理由だったなんて……しかも私が選ばれるって、そんな話になっていたのか。いやいやいや、選定時間はまだ半年残っているのだけど。その前に数多が回らなくなっている。情報が多すぎて処理しきれないんですが……
「アルがこの子と既成事実を作ってしまえば万事解決でしょう!」
「馬鹿を言うな! そんな理由で決められるか!」
「決められるわよ! 皇后様に聞いたんだから! アルはこの子を推しているって! だったら問題ないでしょう!?」
色々と問題が大ありだと思うのだけど……この時の私は二人の話に突っ込む余裕がなかった。
丸薬を口に放り込んで紅茶で飲み干した。丸薬が喉を落ちていくのを感じてからエヴェリーナ様に向かって笑みを向けると、大きく目を見開いて驚きの表情のまま固まっていた。周りにいた侍女たちも不安げにこちらを見ている。
「そ、そんな……あ、あなた、どういうつもり? それが何の薬かわかっているの?」
飲めと言った本人が一番動揺していた。もしかして早まっただろうか。ここで私が死んで困るのはエヴェリーナ様だ。だから毒ではないと判断して飲んだのだけど。
「誠意を見せろと仰ったのはエヴェリーナ様ですもの。私は帝国に身を預ける身。この菓子一つも自分では用意出来ません。そんな私に出来るのは、エヴェリーナ様のお言葉に沿うことだけですわ」
何でもないように笑みを添えてそう答えた。これしか出来ないのは本当だから仕方がない。それはエヴェリーナ様にもわかっていたはずだ。それなのに彼女は得体の知れないものを見るような視線を向けてきた。
「何をしている!?」
「……ア、アルヴィド? どうしてここに……」
大きな声がして振り返ると、回廊の入り口からこちらに向かって駆けてくる人影があった。誰かと思ったら意外にも皇子だった。会うのは久しぶりだ。皇子が来るのを待つ間、身体に意識を向けた。どこにも変化はないように思う。やはり毒じゃないのだろう。遅効性ならわからないけれど。
皇子は程なくして私たちの側にやってきた。後ろから護衛らしき騎士が追いかけてくるけれど、皇子の方が走るのが早い。護衛の意味ないんじゃないだろうか。
「さっき皇宮に戻ったところだ。そうしたら茶会でトラブルがあったと。だから様子を見に来た」
「そ、そう……」
「あらましは聞いた。それでエヴェリーナ、ここでアンジェリカ嬢と何をしている?」
皇子の声も表情も、とても婚約寸前だったとは思えないほど険しかった。皇子がエヴェリーナ様を真っすぐに見て答えを待っていたけれど、何かに気付いたのか目を見開いた。
「エヴェリーナ、お前、その指輪……!」
皇子が初めて狼狽えている姿を見せた。その眼はエヴェリーナ様の手を凝視している。
「見せろ!」
「痛っ!」
皇子が乱暴な手つきでエヴェリーナ様の手首を掴み、エヴェリーナ様が小さな悲鳴を上げた。抵抗したようだけど皇子の力には敵わない。皇子はエヴェリーナ様の指から指輪を外すと、入念に調べ始めた。
「お前、アンジェリカ嬢に何をした!?」
問い詰める皇子に対し、エヴェリーナ様はふてくされたような表情でそっぽを向いている。いつもの気品あふれた王女はいなかった。
「ちょ、ちょっと揶揄ってみただけよ。なのに……まさか何かも聞かずに飲むなんて……」
「飲んだ!? 薬を飲ませたのか!」
「そ、そうよ」
皇子の詰問にエヴェリーナ様が拗ねたように答えた。気まずそうに視線を彷徨わせている。
「何を飲ませた!? 話せ!!」
「い、命に関わるのもじゃないわよ!」
「当然だ。そんなものを飲ませたら処刑だぞ。何の薬だ!?」
皇子がエヴェリーナ様の両肩を掴んで問い詰めた。慌てた様子だけど、命に関わるものじゃないなら大丈夫だよねと、私は人ごとのようにそのやりとりを眺めていた。エヴェリーナ様が別人のようで、現実味が乏しく何だか夢を見ているようだ。今のところ身体に異常は感じないけれど、ふわふわした感じがするのはもしかして薬のせいだろうか。
「……くです」
「聞こえん!」
「び、や、く、です!」
(え?)
聞き間違いだろうか、びやくと聞こえたのだけど。皇子がエヴェリーナ様の肩を掴んだまま固まっているように見えた。珍しい。それにしても、びやくとは鼻薬のことだろうか。それなら子どもの頃に処方されたことがある。それに媚薬なんて物語の世界にしかないはずだ。少なくともアシェルではそんな薬は存在していなかった。
「何だって!?」
「ちょ! 痛いわよ!」
「びやくって、そんなものを飲ませたのか!?」
皇子の叫ぶような声に現実に引き戻された。まだ皇子がエヴェリーナ様の肩を掴み、エヴェリーナ様が痛いと抵抗している。
「だ、大丈夫よ。そんなに強いものじゃないから」
「そういう問題じゃない!」
「もう! 痛いったら! 手を離してよ! この馬鹿力!」
「馬鹿はお前だ!! なんて事してくれたんだ!」
皇子が怒鳴り声をあげるのを初めて見た。黙っていても威圧感万歳なのにこれは怖い。そして負けじと言い返しているエヴェリーナ様がもっと怖い……これは誰? 気品溢れる私の憧れの王女様はどこに行ってしまったのだろう……この場から逃げ出したいのに逃げ出す事も出来なかった。薬のこともあるし……
「だ、だって! 腹が立ったのよ。あのソフィって子、毎回毎回若さをひけらかして! マナーもろくに出来ていないくせに!」
エヴェリーナ様の台詞に耳を疑った。てっきり皇子との仲良しアピールにお怒りかと思っていたけれど……若さ? そりゃあ、異母姉とは四歳差だけど、そっちだったなんて……いや、女性にとって年齢は大事だけど……
「だからって、何故アンジェリカ嬢に薬を盛った? 彼女は関係ないだろう!」
全く皇子の言う通りで、私は無関係だった。エヴェリーナ様に突っかかっていたのは異母姉なのだから。なのにどうしてこうなったのか……
「関係あるわよ! 大ありよ!! この子が王妃に選ばれれば、もうあの女と顔をあわせずに済むんだから!!」
「そんな理由で飲ませたのか?」
「そうよ。でもいいじゃない。どうせ選ばれるのはこの子なんだから」
まさかの理由で私が推されていた。あの聡明なエヴェリーナ様の選ぶ基準がそんな理由だったなんて……しかも私が選ばれるって、そんな話になっていたのか。いやいやいや、選定時間はまだ半年残っているのだけど。その前に数多が回らなくなっている。情報が多すぎて処理しきれないんですが……
「アルがこの子と既成事実を作ってしまえば万事解決でしょう!」
「馬鹿を言うな! そんな理由で決められるか!」
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