【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

文字の大きさ
27 / 68

憧れが壊れた日

しおりを挟む
「…………」

 目が覚めた。ぼ~っとする頭のまま周囲を見渡すと、部屋は明るかった。部屋に入り込む日差しの長さから寝過ごしたのかと思ったけれど、カーテンは閉まっている。怠さもあって直ぐに起き上がる気になれなかった。もし寝坊してもティアが起こしに来てくれるからと、もう一度掛布の中に潜り込んだ。

「……リカ様、アンジェリカ様」

 聞き慣れた声に意識が浮上した。今度こそ起きなきゃいけないらしい。そう思いながら目を開けてビックリした。ティアの横に皇子がいたからだ。

「な……!」

 女性の寝室に入って来るってどういうこと? そう思ったけれど相手は皇子。頭の片隅で逆らってはいけないと本能が告げていた。いやでも、こっちは寝起きで髪はぼさぼさだし、人前に出られる格好じゃないんですけど? 思わず掛布を頭から被って顔だけ出した。

「で、殿下……」

 顔が引き攣っている自覚はあるけれど、これくらいの不快感を表してもいいだろう。怖いけど、いざとなればティアが助けてくれるはず。ティアは皇子にも物申せるから。

「ああ、寝室に押しかけてすまない。だが、体調を確かめておきたかった」
「……」
「気分はどうだ? 身体で異常を感じることはないか?」

 まさか心配されるとは。意外に思いながら見上げていると、重ねて気分が悪いのかと尋ねてきた。気分は……よくない。寝起きに部屋に突撃されて気分がいい令嬢はいないだろう。一応私も花も恥じらう乙女なんですが……

「……特には。ちょっと怠くて、頭がぼ~っとしていますが……」

 改めて自分の身体を意識した。痛みは……ない。ちょっと怠いけど、それ以外では違和感はないし、気分も悪くない。お腹は……空いたけど。喉も乾いたけれど痛くはない。ぼ~っとしている頭から一番新しい記憶を引っ張り出す。何だか夢のようで現実感が薄いけれど、何があったのかは大体思い出した。足の付け根に違和感はない。うん、大丈夫。

「そうか」

 皇子が思案顔で顎に手を添えた。考え込む姿も絵になる。今は魔王オーラが出ていないしティアがいてくれるからそれほど怖くはない。昨日のエヴェリーナ様と言い合っている姿は怖かったけど……って……

「あの、エヴェリーナ様は……」

 いきなり媚薬ってどういうことだと尋ねるのもどうかと思い、エヴェリーナ様のことを尋ねた。あれからどうなったのだろう。

「エヴェリーナは当分謹慎。中庭の散策も禁止だ」
「あの、何か、罰的なものは……」

 気になるのはそこだった。亡国とはいえ私も一応王族。薬を盛ったら国では処刑だけど、大丈夫なのだろうか。

「与えた仕事をやって貰う。休みなしで一月ほど」
「や、休みなしで?」

 さすがにそれはどうかと思ったけれど、それですませたのだから相当な温情だと言われた。確かに処刑とか鞭打ちとか鉱山労働よりはマシなんだろうけど……

 体調には問題なかったので、それからは簡単にあらましを教えて貰った。まずエヴェリーナ様だけど、彼女は薬師だった。マイエル王国は薬関係に明るく、王族にしか伝わらない希少な薬があるらしい。彼女はその薬を帝国の指示に従って作っているのだとか。作った薬は厳重に管理されているが、彼女は中庭にある草花を利用して媚薬を作っていた。手に入る材料が限られているので効果が薄いものしか作れなかったが、私が呑んだ丸薬がそれだった。
 効果が薄かったため、解毒剤と睡眠薬で収まったという。強い薬だと解毒剤も利かず、放置すると気が狂ってしまうものもあるのだとか。そんな物騒なものでなくてよかった。作れるらしいけど材料がないから無理らしい。これからは気を付けようと自分に念を押した。

「それにしても……どうしてあんな薬を飲んだ?」

 やっぱりそう来たか。来るとは思っていたけれど。

「誠意を見せろと言われたもので」
「誠意だと?」

 異母姉の無礼のお詫びに飲んだのだと、ああなった経緯を説明したら、思いっきり睨まれた。

「エヴェリーナが俺を慕っていた!?」

 一番怖い顔をしたのはそこだった。物凄く嫌そう。エヴェリーナ様に失礼過ぎやしないか。そう思っていたのだけど……

「エヴェリーナが好きなのは叔父上だ」
「は?」
「あいつは叔父上を一目見た時から、ずっと叔父上しか見ていない」

 皇子がはっきりと言い切った。皇子の言う叔父上は皇弟殿下、今アシェルにいるルードヴィグ様だという。九年前に皇弟殿下がマイエルを滅ぼした際、謁見の間で対面して一目惚れし、それから一途に想っているのだという。何歳差なんだろう。そして皇弟殿下、独身だったのか。それも驚きだけど……

「えええ? じゃ、殿下との婚約は……」
「あんなものは政略以外の何物でもない。俺は笑いながら毒を盛るような女はごめんだ」

 物凄く嫌な、嫌悪感満載の顔をされた。どうやらこれまでも色々とあったらしい。気になるけれど、とっても気になるけど、そこに触れてはいけない気がした。実験台という単語が頭をよぎった。

「そんな……エヴェリーナ様は理想の王女じゃ……」
「あの女が理想? ああ、まぁ、被っている猫は一級品だがな」

 私の理想は呆気なく崩れた。色々あったけれど、これは一番ショックだった。憧れていたのに……

「とにかく、完全に薬の影響が抜けるまで休め」

 そう言うと皇子が頭を撫でて出て行った。思いがけない行動に頭が真っ白になる。

(い、いいいい今のは何? 頭撫でられた? 何で? どうして? )

 今までで一番の謎だ。ちらとティアを見ると、こちらも珍しく驚きの表情を露わにしていた。

「……ティア、今の……見た?」
「ええ」
「何が、起きたの?」
「殿下がアンジェリカ様の頭を、撫でられました、わね。意外ですわねぇ、そんなことする方じゃありませんのに」

 ティアは頬に手を当てて困惑していたけれど、私よりは冷静だった。何だったんだ、今のは……

「アンジェリカ様、気にしても仕方ありませんわ。まずは解毒剤をどうぞ」
「……ありがとう」

 困惑しながらも解毒剤を飲んだ。記憶に残っていた通り、あまり飲みたくない味だった。こうしていただけでも疲れたし、身体が怠い。まだ薬の影響が残っているから数日は大人しくしている様に言われた。

 ベッドに横になったまま、あの時の事を思い返す。あの時エヴェリーナ様は私が王妃に選ばれると言っていた。皇子が私を推しているとも。あれは媚薬のせいで意識が朦朧としていた。それで見た白昼夢だったのだろうか。異母姉を王妃にしたくない思いに変わりはない。それでも、二人が私を推しているとは信じ難かった。



しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...