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皇帝陛下の謁見
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皇后様のお茶会から二日後、再び呼び出しを受けた。今度は皇帝陛下に謁見だという。その知らせと共にドレスなども運び込まれて、あれよあれよと言っている間にその日が訪れた。
(どうして急に皇帝陛下が……)
まだ選考期間は残っている中で謁見する意味が分からない。最初の頃に皇帝陛下にご挨拶したいと願い出たけれど、必要ないと言われたのだ。なのに、なぜ今なのか……皇子の言葉が思い出される。もしかすると妃が発表されるのかもしれない。
指定されたドレスはシンプルで露出も控えたデザインだった。クリーム色で差し色も刺繍などの装飾もないけれど、生地の手触りは素晴らしく最高級のものだろう。宝飾品なども最低限で、皇后様にお会いする時とは随分控えめな装いで、それが却って不安になる。
迎えの女官と護衛に囲まれて向かった先は、玉座のある広いホールだった。いわゆる謁見室、だろうか。趣向を凝らした装飾は帝国の国力を示し、それだけで圧倒された。既に部屋には多くの高位貴族らしい者が集まり、その中には正装した皇子の姿もあった。玉座は空で、皇帝陛下はこれからお出ましになるのだろう。
異母姉も呼ばれていて、戸惑いの表情を浮かべていた。私と同じドレスだけど、スタイルが違うせいか別物に見える。目が合うと口の端だけを上げた。
(何?)
何を考えているのかわからないだけに警戒心が募る。もしかしたらここに呼ばれた理由を知っているのだろうか。侍女と護衛を連れて私の隣までやってきたところで、皇帝陛下の入場が告げられた。頭を下げて入場を待っているうちに緊張が増してきた。何が起こるのかがわからないのが不安を煽る。
「顔を上げろ」
衣擦れの音が一通り収まると、深く染み入るような低音が響いた。決して大きくないのに空気が重くなった感じがした。恐る恐る顔を上げると、玉座には赤い髪の男性が座り、その隣には皇后様の姿もあった。
(……この方が、皇帝……)
皇子が年を重ねたらこうなるのだろう。そう思うほどに皇子と顔立ちがよく似ていた。違うのは頬に走る深い傷跡だろうか。そのせいか精悍というよりも恐ろしく見えた。じりじりと肌を指すような威圧感が重い……
「本日は旧アシェル国王と王妃のことを尋ねたくて呼んだ。宰相の質問に答えるように」
父と王妃のことだとは思わなかった。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「では、宰相である私が皇帝陛下に代わり両王女殿下にお尋ねします」
穏やかそうでありながらどこか犯し難い空気を纏った壮年の男性が声を上げた。あの方が宰相なのだろう。アシェルのそれと違い、背筋が真っ直ぐに伸び、まるで一国の王のようだ。父よりも王らしく見えた。
「先日、旧アシェル王と王妃が幽閉先から逃亡致しました」
「お、お父様たちが!?」
宰相の第一声に反応したのは異母姉だった。顔は青褪め、口元に手を当てて戦慄いていたけれど、それも仕方がない。幽閉先からの逃亡は帝国への反逆だし、私たちは見捨てられたとも言える。私たちの処遇も大きく変わってくるかもしれない。
謁見の目的は私たちへの尋問だった。この計画を知っていたか、もし彼らが逃げるならどこに向かうか、協力者になりうる人物や賛同しそうな国はあるか、あるならどこの国かなど、質問は多岐にわたった。でも、私には殆ど答えられるものがなかった。
一方で異母姉は何か思うところがあったのだろう。正直に答えれば命は取らないと言われると、知っていることを推測だと前置きしながらも話して始めた。彼女は父や王妃と共に過ごしていたから、私よりも事情に明るかった。それでも、異母姉が話した内容は帝国も掴んでいるだろうと思われるものが多いような気がしたけれど。
その日はそれだけで終わり、私たちは暫くの間自室から出ないように命じられた。
(何を考えているのよ……)
真っ先に湧いたのは父王たちへの呆れだった。逃げたところで大陸一の力を持つ帝国に勝てる筈もなく、いい方向に事が進むとは思えなかった。それに王妃が異母姉を残して逃げたのも意外だった。そんなことをすれば溺愛している娘の立場が危うくなることくらい思い至っただろうに。異母姉も母親が自分を見捨てて逃げたと思ったのか、顔色は酷く悪かった。
(これからどうなるのやら……)
こうなると私たちの中から妃を選ぶのは難しくないだろうか。親のために私たちが帝国を裏切る可能性が高くなったから。そりゃあ亡国の王女なんてお飾りでしかないだろし、多分実権などないのだろうけど、それでも王宮で王妃という地位にあれば秘かに援助なりすることは可能だろう。王宮内の勤める者は帝国人だけではない。旧アシェルの貴族も残るだろうから、その中に協力者がいる可能性もある。尤も、そんなことは帝国の方がよくわかっているだろう。なんせマイエル王国という前例があるのだから。
謁見があった日から皇子が顔を出すことがなくなった。様子を探りに来るだろうかと思っていたから意外だった。
私の生活は、皇子が来なくなった以外はあまり変わらなかった。授業も今まで通り行われたし、外に出られないのは今までと変わらない。それでもアシェルの動向が気になって落ち着かない日が続いた。誰かにどうなっているのかを聞くことも出来ない。一度ティアたちに尋ねたけれど、困った顔をされてしまってそれ以上尋ねるのも憚られた。こういう時こそ皇子が来てくれればいいのにと、見当違いだと分かっていても文句の一つも言いたい気分になった。
そんな私たちの生活に変化が訪れたのは、謁見から二十日後だった。再び謁見の前に呼ばれたのだ。
「ティア、何かあったのか、話せる?」
「申し訳ございません……」
「そう、ありがとう」
念のために尋ねてみたけれど、ティアは答えられなかった。こうなったら覚悟を決めて向かうしかない。この二十日間は長かった。何の情報もなく、不安と焦りで心が不安定になるのを抑えるのに精いっぱいだった。それもようやく終わるのだと思えば気が楽だ。今よりもずっと悪くなる可能性があるかもしれないけれど。
(どうして急に皇帝陛下が……)
まだ選考期間は残っている中で謁見する意味が分からない。最初の頃に皇帝陛下にご挨拶したいと願い出たけれど、必要ないと言われたのだ。なのに、なぜ今なのか……皇子の言葉が思い出される。もしかすると妃が発表されるのかもしれない。
指定されたドレスはシンプルで露出も控えたデザインだった。クリーム色で差し色も刺繍などの装飾もないけれど、生地の手触りは素晴らしく最高級のものだろう。宝飾品なども最低限で、皇后様にお会いする時とは随分控えめな装いで、それが却って不安になる。
迎えの女官と護衛に囲まれて向かった先は、玉座のある広いホールだった。いわゆる謁見室、だろうか。趣向を凝らした装飾は帝国の国力を示し、それだけで圧倒された。既に部屋には多くの高位貴族らしい者が集まり、その中には正装した皇子の姿もあった。玉座は空で、皇帝陛下はこれからお出ましになるのだろう。
異母姉も呼ばれていて、戸惑いの表情を浮かべていた。私と同じドレスだけど、スタイルが違うせいか別物に見える。目が合うと口の端だけを上げた。
(何?)
何を考えているのかわからないだけに警戒心が募る。もしかしたらここに呼ばれた理由を知っているのだろうか。侍女と護衛を連れて私の隣までやってきたところで、皇帝陛下の入場が告げられた。頭を下げて入場を待っているうちに緊張が増してきた。何が起こるのかがわからないのが不安を煽る。
「顔を上げろ」
衣擦れの音が一通り収まると、深く染み入るような低音が響いた。決して大きくないのに空気が重くなった感じがした。恐る恐る顔を上げると、玉座には赤い髪の男性が座り、その隣には皇后様の姿もあった。
(……この方が、皇帝……)
皇子が年を重ねたらこうなるのだろう。そう思うほどに皇子と顔立ちがよく似ていた。違うのは頬に走る深い傷跡だろうか。そのせいか精悍というよりも恐ろしく見えた。じりじりと肌を指すような威圧感が重い……
「本日は旧アシェル国王と王妃のことを尋ねたくて呼んだ。宰相の質問に答えるように」
父と王妃のことだとは思わなかった。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「では、宰相である私が皇帝陛下に代わり両王女殿下にお尋ねします」
穏やかそうでありながらどこか犯し難い空気を纏った壮年の男性が声を上げた。あの方が宰相なのだろう。アシェルのそれと違い、背筋が真っ直ぐに伸び、まるで一国の王のようだ。父よりも王らしく見えた。
「先日、旧アシェル王と王妃が幽閉先から逃亡致しました」
「お、お父様たちが!?」
宰相の第一声に反応したのは異母姉だった。顔は青褪め、口元に手を当てて戦慄いていたけれど、それも仕方がない。幽閉先からの逃亡は帝国への反逆だし、私たちは見捨てられたとも言える。私たちの処遇も大きく変わってくるかもしれない。
謁見の目的は私たちへの尋問だった。この計画を知っていたか、もし彼らが逃げるならどこに向かうか、協力者になりうる人物や賛同しそうな国はあるか、あるならどこの国かなど、質問は多岐にわたった。でも、私には殆ど答えられるものがなかった。
一方で異母姉は何か思うところがあったのだろう。正直に答えれば命は取らないと言われると、知っていることを推測だと前置きしながらも話して始めた。彼女は父や王妃と共に過ごしていたから、私よりも事情に明るかった。それでも、異母姉が話した内容は帝国も掴んでいるだろうと思われるものが多いような気がしたけれど。
その日はそれだけで終わり、私たちは暫くの間自室から出ないように命じられた。
(何を考えているのよ……)
真っ先に湧いたのは父王たちへの呆れだった。逃げたところで大陸一の力を持つ帝国に勝てる筈もなく、いい方向に事が進むとは思えなかった。それに王妃が異母姉を残して逃げたのも意外だった。そんなことをすれば溺愛している娘の立場が危うくなることくらい思い至っただろうに。異母姉も母親が自分を見捨てて逃げたと思ったのか、顔色は酷く悪かった。
(これからどうなるのやら……)
こうなると私たちの中から妃を選ぶのは難しくないだろうか。親のために私たちが帝国を裏切る可能性が高くなったから。そりゃあ亡国の王女なんてお飾りでしかないだろし、多分実権などないのだろうけど、それでも王宮で王妃という地位にあれば秘かに援助なりすることは可能だろう。王宮内の勤める者は帝国人だけではない。旧アシェルの貴族も残るだろうから、その中に協力者がいる可能性もある。尤も、そんなことは帝国の方がよくわかっているだろう。なんせマイエル王国という前例があるのだから。
謁見があった日から皇子が顔を出すことがなくなった。様子を探りに来るだろうかと思っていたから意外だった。
私の生活は、皇子が来なくなった以外はあまり変わらなかった。授業も今まで通り行われたし、外に出られないのは今までと変わらない。それでもアシェルの動向が気になって落ち着かない日が続いた。誰かにどうなっているのかを聞くことも出来ない。一度ティアたちに尋ねたけれど、困った顔をされてしまってそれ以上尋ねるのも憚られた。こういう時こそ皇子が来てくれればいいのにと、見当違いだと分かっていても文句の一つも言いたい気分になった。
そんな私たちの生活に変化が訪れたのは、謁見から二十日後だった。再び謁見の前に呼ばれたのだ。
「ティア、何かあったのか、話せる?」
「申し訳ございません……」
「そう、ありがとう」
念のために尋ねてみたけれど、ティアは答えられなかった。こうなったら覚悟を決めて向かうしかない。この二十日間は長かった。何の情報もなく、不安と焦りで心が不安定になるのを抑えるのに精いっぱいだった。それもようやく終わるのだと思えば気が楽だ。今よりもずっと悪くなる可能性があるかもしれないけれど。
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