【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

文字の大きさ
34 / 68

二度目の謁見

しおりを挟む
 二度目の謁見の間は、以前よりも周りがよく見えた。その中には皇子の姿もあって、元気そうだった。近くにいる赤い髪の男性が多分彼の兄皇子なのだろう。似たような容貌で、燃えるような赤い髪が一際目についた。

(この前より、護衛騎士が多い……?)

 前回と違うと感じた。尤も、前回は緊張もあって殆ど周りが見えていなかったから、変化があっても気が付いていない可能性もあるけれど。でも、騎士の姿が前回の倍はいるように見えて、それはそれで不安になった。

 程なくして皇帝陛下がお見えになった。伏せて待つ間に覚悟を決めた。何のために呼ばれたのかわからないけれど、父たちが逃げたのなら決していい話にはならないだろう。もしかしたら私たちも幽閉されるか、最悪処刑だ。恭順すると言いながら逃げたなんて重大な裏切り行為でしかない。だったら帝国が我が国と私たちをどう扱っても文句は言えないだろうから。

「今日この場に呼んだのは他でもない。第三皇子の妃が決まったからだ」
(……え?)

 皇帝陛下の第一声は全く予想しないものだった。このタイミングで王妃を決めるのは時期早々ではないだろうか。それとも父王たちが見つかって、その処罰が決まったのだろうか。

「発表の前に、彼の者たちをここに」
「はっ!」

 陛下の言葉に騎士が応じ、謁見室の右側のドアから入ってきた人物を見て息を呑んだ。

「お母様!! お父様!!」

 声を上げたのは異母姉で、騎士に囲われて入ってきたのは、父王と王妃だった。

(何時の間に帝国に? あれからまだ二十日しか……)

 アシェルと帝都は早くても半月はかかる。前回の謁見の直後に捕まって、連れて来られたのだろうか……それとも……

(もしかして、かなり前に逃亡を? あの謁見は確認のため……?)

 私たちが父たちの逃亡に関与など出来る筈もない。ずっと軟禁されていて、外部からの連絡手段はなかったのだから。帝国はそれをわかっていたから、形だけの尋問にしたのか。

「お母様!!」
「ああ、アンジェリカ!!」

 王妃の元に異母姉が駆け寄った。騎士がそれを阻止しようとしたが、皇帝陛下が手を軽く振ると後ろに下がった。異母姉は泣きながら王妃に抱きついた。

(完全に入れ替わったこと、忘れているわね……)

 異母姉も王妃もそのことは頭から抜けているように見えた。父王はそんな二人を冷めた目で見ていた。随分疲れた表情で髪も乱れ、痩せたように見える。王妃に至ってはかつての美貌の欠片もなく、化粧の乗っていない顔は二十は老けて見えて別人だった。きっと異母姉が言わなければ気付かなかったかもしれない。

「……そろそろよろしいか、アシェルの元王妃よ」

 感動の再会を割ったのは宰相の声だった。そこには他国の王族への配慮はなく、どこか蔑むような響きさえあった。宰相の声に王妃と異母姉がハッと我に返り、父王は眠たそうな目を玉座へ向けた。

「さて、逃亡した元国王と元王妃よ。愛娘との時間は後で設けよう」

 陛下の言葉に、彼らが有罪でこの先にあるのは本当の別れだと悟った。逃亡した元国王夫妻は生涯幽閉か処刑だろうか。

「アシェルの元国王よ、申し開きがあれば聞こうか」

 皇帝陛下が玉座から見下ろした。その姿は完全に格下を見る目で侮蔑すらも感じさせられた。父もそれを感じ取っただろうに、表情は変わらなかった。

「何もない」
「そうか。では元王妃はどうだ?」

 父は呆気ないほど一言だけ返した。その声には何もかもを諦めているようにも、何も考えていないようにも見えた。 一方で話を振られた王妃はまだ目に力があった。

「私はアシェル王妃。蛮族の王風情に礼をとる必要など認めません」

 皇帝に頭を下げないその態度に、騎士たちが殺気立つのを感じた。胸を張ってそう告げる姿はいっそ天晴とも言えるものかもしれない。あの怖いもの知らずの胆力は大したものだろう。案外父よりも王に向いていたかもしれないとすら思う。

「なるほど。で、そなたらはネルダールと共謀してアシェルの領土奪還を計画していたそうだな。成功すると思っていたのか?」
「な……! なぜそれを……?」

 王妃が声を詰まらせた。まさかネルダールが絡んでいたなんて。ネルダール王国はアシェルの東、マイエル王国の北に位置する王国だ。アシェルとネルダール、さらに東のノルデンの参加国は反帝国に同盟を結んでいて、その可能性はないとは言い切れなかった。それでも三か国を合わせても帝国に対抗する力はないだろう。三国とも大陸の北にあり、食料などの面で後れを取っていたから。

「ネルダールの王からの書状がある。宰相、読み上げろ」
「はい。ネルダール国王陛下から皇帝陛下への親書です。我がネルダールはアシェルに関して一切手を出さないことを約束する。これに違反した場合、今後三年、帝国からネルダールへの穀物の輸出を禁じられても異議は唱えない」
「そんなっ!!」
「……そう、か……」

 王妃が驚きの表情を浮かべたけれど、父の表情は変わらないままだった。どこか諦めた様にそう呟いて、こうなる事を予想していたようにも見えた。

「ネルダール……! 裏切るなんて……!」

 王妃は尚も忌々しそうに顔をしかめた。どうやらネルダールとの間で密約があったらしいが、それも帝国と天秤にかけて切り捨てられたらしい。食料を帝国に頼っている以上、仕方がないだろう。ネルダールもアシェル同様農作には向かない気候だから。

「アシェル王族への沙汰を下す。国王と王妃、正妃の娘は共に処刑。王子は今後の再教育の結果を見て処遇を決める。最後に側妃が産んだ王女を、我がヴァルカード帝国第三皇子であり初代ヴァルカード朝アシェル国王の妃とする」

 謁見の間がしんと静まり返った。



しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...