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彼らが去った後
父らが去った謁見室は、さっきまでの騒ぎが嘘のように静まり返った。実際はあちこちで囁くような会話が起きているけれど、それでも静かに思えるほど王妃が叫んでいたのだろう。呆然と彼らが去ったドアの方を眺めていたけれど、近くに人の気配を感じて我に返った。皇子が側にいるのも忘れるくらい、王妃の存在感が凄かったんだけど……
「大丈夫か?」
「……はぁ」
間の抜けた返事しか出来なかったけれど、ここにきてじわじわと気恥ずかしくなってきた。今は顔を上げたくない。こんな時だと言うのに顔が赤くなっていないだろうか。不謹慎だろうに……
「ソフィ王女よ」
「は、はいっ!」
皇帝陛下に呼ばれて思わず声が裏返ってしまった。まさか直接話すことになるなんて……
「アシェルの王妃はそなただ。心して勤めよ。帝国の方針に外れれば廃妃もあり得ると忘れぬな」
それは警告だった。王妃になっても帝国の意に反した行動をとれば廃位されると言うことか。一度私を妃に立てれば大義名分は立ち、格好は付く。帝国なら適当な罪をでっち上げて廃妃にするなど造作もないだろう。その後で帝国人の妃を据えればいい。この先も決して安泰ではないのだ。
「ご厚情に感謝いたします。今後も精進し、心からお仕えさせて頂きます」
他に言えることがなかった。帝国に従うしか生き残る道はないのだから。尤も、アシェルよりも帝国の考えの方が好ましいと思えるからまだマシだろう。問題があるとすれば皇子の方か。私が相手なんて嫌じゃないだろうか。皇子がどんな表情をしているのか気になったけれど、視線を向けるのは何となく憚られた。まず身長差が問題だ。ここで見上げると目立つような気がしてやりにくい。もう少し離れてくれるといいのだけど……
というか、いつの間に近付いていたのか。足音もしなかったし、全く気付かなかった。そりゃあ、王妃の様子にすっかり気を取られていたけれど。そしてなぜやってきたのか。こうなるとわかっていた? いやでも、飛んできたのは靴だし、当たったところで大したことは……
「エリク王子よ」
「はい」
「そなたもだ。王位を継げないのは悔しいかもしれんがそこは諦めろ。その上で自分の道を探せ。そなたは若い。まだ時間はいくらでもあろう」
「ご厚情、感謝申し上げます」
相変わらず感情がわからないけれど、ここに来た時よりも顔色がよくなっていた。若いからアシェルの考えに染まっていないだろうし、帝国がしっかり道を示してくれるだろうから大丈夫だろう。そう思いたい。こうなると私もいずれアシェルに向かう。エリクは帝国から出られないだろうから、もう会えないかもしれない。これまでだって数えるほどしか顔を合わせたことはなかったけれど、彼の未来が明るいものであることを願いたい。出来ればここにいる間に一度だけでも会えないだろうか……
「ソフィ王女とエリク王子よ。王と王妃、アンジェリカ王女は十日後には旅立つ。そなたらはどうする?」
どうと言われても、直ぐには答えが出なかった。彼らと共に十日を過ごすのは……さすがに勘弁してもらいたかった。どうせ罵詈雑言の嵐で身の危険さえ感じる。そりゃあ騎士が見張っているだろうけど、そんな中で十日も過ごしたくなかった。
(どうしよう……)
ここで王妃と異母姉を前に、高笑いでもしてこれまでの思いをぶつけたらすっきりする……とは思えなかった。そんなことをしても後で後悔しそうだ。それにあの人たちと同じ土俵に上がることになる。それは……大事な何かを失いような気がする。
それでも、一度は会うべきだろうか。特に父が何を考えているのかを聞いてみたかった。死の宣告の前にも表情を変えなかった父。王妃や異母姉が騒いでも一言も発しなかった父。あの人は何を考えていたのだろう……
「皇帝陛下」
エリクの声にハッとした。ああ、また自分の考えに入り込んでしまった。大事な場だというのに……
「何だ、エリク王子よ」
「ぼ……私は、会いません」
「そうか。だが、いいのか? いずれ後悔することになるかもしれんぞ?」
皇帝陛下は案じるような目をエリクに向けた。ご自身の末の皇子よりもずっと年下の弟への態度には労りが感じられた。本当は優しくて愛情深い方なのかもしれない。
「後悔するとは思えません。それに……」
「それに?」
「後悔する時が来ても、それは自分で選んだことだと、受け止めたいと思います」
生気のない姿からは想像出来ないほどエリクの声ははっきりしていた。この子が意志をもって話すのを見たのは、これが初めてかもしれない。
「そうか。わかった」
「ありがとうございます」
頭を上げたエリクの顔は何だかすっきりしているように見えた。彼は彼なりにこうなった時のことを考えていたのかもしれない。
「ソフィ王女はどうする?」
「わ、私は……」
エリクと違い、私は直ぐに答えられなかった。どうすべきなのだろう、どうすると一番後悔しない? 答えが欲しいのに心はどちらにも揺れて決められなかった。どっちを選んでも後悔しそうだったけれど、エリクの答えを聞いて合わない選択肢の方がいいように思えたのもある。
「……まだ十日ある。ゆっくりと考えよ。後悔のないように」
「ご厚情、ありがとうございます」
決めかねているのを見透かされてしまったらしいけれど、今はそれに甘んじたいと思った。まだ色んな事を聞かされたばかりで消化出来ていない。せめて一晩考えるくらいの時間が欲しかった。
(エリクですらちゃんと考えていたのに……)
今までの半年間、こうなる予想をしていなかったわけじゃない。それでも、いざとなった時にどうするかを決めていなかった。いや、違う。決断から逃げていたのだ。予想が立てられなかったわけじゃない。立てた先にある未来が怖くて避けていたのだ。
謁見室を去る足は酷く重く感じた。見えた筈の未来から逃げていた自分を自覚してしまったからだ。ここでの生活が今までの中で一番穏やかで居心地がよかったから、ずっとこのままでいいとすら思っていた。王妃や異母姉ですら死ぬと思うと気が重くなったから。
(異母姉を馬鹿になんか出来なかった……)
現実に向き合っていないのは、私の方だった。
「大丈夫か?」
「……はぁ」
間の抜けた返事しか出来なかったけれど、ここにきてじわじわと気恥ずかしくなってきた。今は顔を上げたくない。こんな時だと言うのに顔が赤くなっていないだろうか。不謹慎だろうに……
「ソフィ王女よ」
「は、はいっ!」
皇帝陛下に呼ばれて思わず声が裏返ってしまった。まさか直接話すことになるなんて……
「アシェルの王妃はそなただ。心して勤めよ。帝国の方針に外れれば廃妃もあり得ると忘れぬな」
それは警告だった。王妃になっても帝国の意に反した行動をとれば廃位されると言うことか。一度私を妃に立てれば大義名分は立ち、格好は付く。帝国なら適当な罪をでっち上げて廃妃にするなど造作もないだろう。その後で帝国人の妃を据えればいい。この先も決して安泰ではないのだ。
「ご厚情に感謝いたします。今後も精進し、心からお仕えさせて頂きます」
他に言えることがなかった。帝国に従うしか生き残る道はないのだから。尤も、アシェルよりも帝国の考えの方が好ましいと思えるからまだマシだろう。問題があるとすれば皇子の方か。私が相手なんて嫌じゃないだろうか。皇子がどんな表情をしているのか気になったけれど、視線を向けるのは何となく憚られた。まず身長差が問題だ。ここで見上げると目立つような気がしてやりにくい。もう少し離れてくれるといいのだけど……
というか、いつの間に近付いていたのか。足音もしなかったし、全く気付かなかった。そりゃあ、王妃の様子にすっかり気を取られていたけれど。そしてなぜやってきたのか。こうなるとわかっていた? いやでも、飛んできたのは靴だし、当たったところで大したことは……
「エリク王子よ」
「はい」
「そなたもだ。王位を継げないのは悔しいかもしれんがそこは諦めろ。その上で自分の道を探せ。そなたは若い。まだ時間はいくらでもあろう」
「ご厚情、感謝申し上げます」
相変わらず感情がわからないけれど、ここに来た時よりも顔色がよくなっていた。若いからアシェルの考えに染まっていないだろうし、帝国がしっかり道を示してくれるだろうから大丈夫だろう。そう思いたい。こうなると私もいずれアシェルに向かう。エリクは帝国から出られないだろうから、もう会えないかもしれない。これまでだって数えるほどしか顔を合わせたことはなかったけれど、彼の未来が明るいものであることを願いたい。出来ればここにいる間に一度だけでも会えないだろうか……
「ソフィ王女とエリク王子よ。王と王妃、アンジェリカ王女は十日後には旅立つ。そなたらはどうする?」
どうと言われても、直ぐには答えが出なかった。彼らと共に十日を過ごすのは……さすがに勘弁してもらいたかった。どうせ罵詈雑言の嵐で身の危険さえ感じる。そりゃあ騎士が見張っているだろうけど、そんな中で十日も過ごしたくなかった。
(どうしよう……)
ここで王妃と異母姉を前に、高笑いでもしてこれまでの思いをぶつけたらすっきりする……とは思えなかった。そんなことをしても後で後悔しそうだ。それにあの人たちと同じ土俵に上がることになる。それは……大事な何かを失いような気がする。
それでも、一度は会うべきだろうか。特に父が何を考えているのかを聞いてみたかった。死の宣告の前にも表情を変えなかった父。王妃や異母姉が騒いでも一言も発しなかった父。あの人は何を考えていたのだろう……
「皇帝陛下」
エリクの声にハッとした。ああ、また自分の考えに入り込んでしまった。大事な場だというのに……
「何だ、エリク王子よ」
「ぼ……私は、会いません」
「そうか。だが、いいのか? いずれ後悔することになるかもしれんぞ?」
皇帝陛下は案じるような目をエリクに向けた。ご自身の末の皇子よりもずっと年下の弟への態度には労りが感じられた。本当は優しくて愛情深い方なのかもしれない。
「後悔するとは思えません。それに……」
「それに?」
「後悔する時が来ても、それは自分で選んだことだと、受け止めたいと思います」
生気のない姿からは想像出来ないほどエリクの声ははっきりしていた。この子が意志をもって話すのを見たのは、これが初めてかもしれない。
「そうか。わかった」
「ありがとうございます」
頭を上げたエリクの顔は何だかすっきりしているように見えた。彼は彼なりにこうなった時のことを考えていたのかもしれない。
「ソフィ王女はどうする?」
「わ、私は……」
エリクと違い、私は直ぐに答えられなかった。どうすべきなのだろう、どうすると一番後悔しない? 答えが欲しいのに心はどちらにも揺れて決められなかった。どっちを選んでも後悔しそうだったけれど、エリクの答えを聞いて合わない選択肢の方がいいように思えたのもある。
「……まだ十日ある。ゆっくりと考えよ。後悔のないように」
「ご厚情、ありがとうございます」
決めかねているのを見透かされてしまったらしいけれど、今はそれに甘んじたいと思った。まだ色んな事を聞かされたばかりで消化出来ていない。せめて一晩考えるくらいの時間が欲しかった。
(エリクですらちゃんと考えていたのに……)
今までの半年間、こうなる予想をしていなかったわけじゃない。それでも、いざとなった時にどうするかを決めていなかった。いや、違う。決断から逃げていたのだ。予想が立てられなかったわけじゃない。立てた先にある未来が怖くて避けていたのだ。
謁見室を去る足は酷く重く感じた。見えた筈の未来から逃げていた自分を自覚してしまったからだ。ここでの生活が今までの中で一番穏やかで居心地がよかったから、ずっとこのままでいいとすら思っていた。王妃や異母姉ですら死ぬと思うと気が重くなったから。
(異母姉を馬鹿になんか出来なかった……)
現実に向き合っていないのは、私の方だった。
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