【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

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課題の多い母国

 アシェルの冬は早い。帝国よりもずっと北にあるアシェルは秋が短く、木枯らしが吹くとあっという間に雪が降り始める。窓から見える景色は薄っすらと白みを帯び、その度合いを増していた。

 アシェルに来て二週間が経った。

 アシェルに戻るのに二十日かかったが、時間がかかったとは感じなかった。というのも、馬車に文官たちがやって来て政策の話し合いをしていたからだ。私も王妃として意見を求められたけれど、その度に白い視線を浴びて胃が痛くなる日々だった。それは今も変わっていない。力不足を実感する日々は神経を少しずつ削っていったけれど、アシェルに着くと泣き言を言う暇もなかった。

 というのも、アシェルの民の食糧事情が一層深刻になっていたからだ。帝国から物資を運んでいるとはいえ無限ではない。また物資を運んでも末端の民に十分いきわたらせる仕組みがない。民を蔑ろにして来た弊害がここにきて一気に表面化していた。皇弟殿下も対策に乗り出しているけれど、一年に満たない期間ではそこまで手が回らなかった。お陰で連日その対策に奔走する日々なのだ。

 今日は朝から皇弟殿下や皇弟殿下が選んだアシェルの新しい宰相らと共に会議だった。私だけ場違いな気がして逃げ出したくなったけれど、皇子がそれを許してくれなかった。個人的に話をする分には打ち解けてきたと思っていたけれど、仕事が絡むと途端に別人のように厳しくて、泣きごとを言おうものならアシェルの真冬のような視線を向けられた。

(いきなり国を背負えって言われても無理な物は無理!!)

 教育を受けられたのは十四歳までで、それだって一般的な貴族令嬢のそれよりも遥かに劣る内容だったのだ。いくら帝国の教育が優れていても一年にも満たない期間では普通の令嬢レベルが関の山だろうに。そう思うのだけど、誰もそんな事情など汲み取ってくれない。この二週間で私の心はこれ以上ないくらいに折れていた。

「ソフィ様、これを食べて元気を出してくださいまし」

 会議が終わってヘロヘロになった私に、ティアがお茶を入れた後でプリンを出してくれた。何と生クリーム付きの私の大好物だ。それだけで折れた心の幾分かに添え木された気分だった。我ながら単純だと思うけれど、これ以上の慰めが見つからない。最近食欲が落ちているから、甘いものも受け付けなくなったら終わりだろう。それは予感ではなく確証だった。

「そういえばでん……アルヴィド様は?」

 アシェルに着いてからは名前呼びを命じられた。あれは命令といっていいだろう。まだ言い慣れない。

「宰相閣下のお部屋ですわ。何やらお確かめになりたいことがおありだとか」
「そう」

 元気だなと思う。私よりよっぽど大変そうだけど疲れたように見えない。生まれた時から皇族としてこうなる可能性も考慮して育てられたのだろうけど。そんなことを言えば甘えていると言われてしまうのだろうけど。それだけ多忙なのにこのプリンを手配しているのは彼だ。飴と鞭の使い分けが上手すぎる。

「さぁ、食べ終わったらこちらの資料に目をお通しくださいとのことです。次の会議のものだそうですよ」

 飴の比率が低すぎる。そう思ったら資料の上に飴をいれた小さな袋が載っていた。

(飴よりも鞭を減らしてほしい……)

 それは切実な願いだった。鞭の内容が容赦なくて辛い。無邪気に飴を口に放り込めた頃が懐かしかった。



 会議室に皇子の後に続いて入った。ぐるりと見渡せば次の会議もさっきと似たような顔ぶれだった。王党派の重鎮が追放されたせいで貴族の数もかなり減ったから仕方がない。外交や財務などの重要な職は帝国人が占めているけれど、進行役の宰相はアシェル人のリネー侯爵だ。彼は公明正大な方で、父らを諫めていたせいで煙たがられずっと不遇の地位にいた。今はそれが功績となって皇弟殿下の側近に加わっていた。
 さっきティアに渡された資料に目を落としながら、ネリ―侯爵の話を聞く。今度は王都の治安に関するものだった。騎士服が目についたのはそのせいだった。騎士団も王党派が追放されて、今は帝国騎士団の傘下にあると聞く。帝国に主権が移ってからは騎士たちの待遇が改善されたらしく、今までのように飢えることはなくなったとか。お陰で騎士たちが帝国に反することはないという。食べ物が決め手だなんて私と同じだなと可笑しかった。

(……そういえば、あの人はどうなったんだろう……)

 懐かしい茶の髪の騎士。国を明け渡す時にはまだ生きていたから、今も無事でいるのだろうけど、帰国してからは一度もその姿を見たことはなかった。名前も所属も知らないから探しようもない。実質王妃として遇されて自由がないから、探すことも会えたとしても言葉を交わすことも難しいだろう。お礼を言えたらと思っていたけれど、そんな些細なことも出来ない身になってしまった。

「……おい」
「っ」
「何ぼ~っとしてる?」
「す、すみません」

 彼のことを思い出していたら皇子に集中していないのを気付かれてしまった。小声で諫められたのは彼なりの気遣いなのだろう……でも重苦しさに一層気が滅入る。胸に閊えた何かを吐き出すようにそっと息を吐いた。気を取り直して前を見て……固まった。

(……え?)

 テーブルの向こう、重鎮たちの向こうに探していた茶色を見つけたからだ。ドアを守る騎士として立っているのだろう。記憶よりも少し髪が長いけれど、あの眼鏡も昔と同じままだった。




(……また、会えた……)

 会議はちっとも集中できず、あの後も皇子に小声で小言を貰った。それでも心は軽かった。会えないかもしれないと諦めていたのに、また会えたのだ。怪我もなく元気そうで、それだけで何だか泣きたくなった。

(別に、そういうんじゃないし……)

 過去を懐かしんでいるだけで、別に彼とどうにかなりたいなんて思わない。そんなことを夢見ていられたらどんなに幸せか。死ぬかここにいるかしか選べなかったのだから後悔はないし、それに抗う気もない。ただ、お礼を言いたかっただけ。それだけなのに心は比べ物にならないほど軽くなった。



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