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不審な影
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アシェルに来て二月が経った。あれからも時々茶髪の騎士の姿を見かけることが増えて、その度に私の心は懐かしさに高鳴った。話をすることはまだ叶わないけれど、彼は王宮騎士団に所属する騎士で、反国王派だったために罷免も追放も免れたのだろうと言うことだけはわかった。そうでなければここにはいないからだ。
アシェルの王宮は帝国の目があるせいか表面上は静かだった。今でも皇弟殿下が実権を握り、その下で皇子と私が政務について学ぶ日が続いていた。課題は山のようにあり、とても解消出来る気がしない。それでも民のためには立ち止まることも許されなかった。
多忙を極める日々の中、この一月ほどの間に王宮内を騒がしている事件があった。
「また帝国人が襲われた?」
会議を終えて私室に戻り一息ついていると、ティアが昨晩帝国の高官が襲われたのだと教えてくれた。
「はい。今度は財務の文官だそうです。王宮の庭を移動中に木陰から出てきた人物に刺されたようです」
「また文官が?」
「はい。今騎士たちが追っていますが……」
「そう……」
これまでに被害に遭っているのは三人だからこれで四人目になる。全員帝国人でそれなりに地位がそれなりに高い者だ。文官が殆どなのは騎士だと反撃される可能性があるからだろか。今のところ重傷者はいても死者は出ていない。それでもあからさまに帝国人を狙った犯行は見過ごせない。帝国だけでなく今後治世を担う私たちの力不足ともとられ、侮られるから。
「神出鬼没ね。庭にも警備の騎士はいたのでしょう?」
「はい。王宮から騎士団の入る建物に移動中だったそうです。近道として使う者も多い場所だそうですし」
「あの場所ね。私も以前使っていたわ」
襲われる場所も曜日も様々だ。共通しているのは襲われるのは暗い時間帯で帝国人であること、騎士たちが警備している場所でもお構いなし、犯行に使われるのは短剣で犯人は顔を布で覆っていること、一人でいる時を狙われることだった。
「一人で行動しないようにと通達は出ていますが、忙しいので中々難しいようです」
「そうね。かと言ってこれ以上警備を増やすのも人員的に難しいわね……」
国王派の貴族が一層された余波で騎士も半分以下になってしまった。帝国から連れて来た者もいるけれど、皇族の警備に当たっているから王宮の警備には使えない。でも、誰彼構わず王宮に入れるわけにもいかないので解消は簡単ではなかった。
「これだけ犠牲者が出ても証拠も残さないなんて、相当腕が立つのでしょうね」
「はい、その様に思われます。それに王宮の事情にも通じているかと」
そうなるとアシェル人が犯人の可能性が高いと言うか、そうなのだろう。わざわざここにきてまで帝国人が騒ぎを起こすとも思えないし。
「やっぱり帝国に反対する者の仕業かしら?」
「そうなるかと。王宮から王党派を一掃したとは言っても、一人ひとり確かめたわけではありませんから」
「そう、よね。家が反王党派でも個人的には王や王妃らに忠誠を誓っている者もいたでしょうし」
あるいはアンジェリカに憧れていたとか。彼女の美貌は多くの騎士の憧憬を集めていたっけ。
「そうなると、私も狙われるかしら……」
「まぁ、ソフィ様が? それはないのでは?」
「でも……犯人がアンジェリカに憧れていたとかなら、私は仇のようなものよ」
「ですが……」
「あの父や王妃に忠誠を誓うよりもアンジェリカに憧れる者の方が多い気がするわ」
そう言うとティアは黙り込んでしまった。私の予想も的外れというわけじゃないのだろう。その証拠に、翌日には護衛が二人増えていた。ティアの仕事が早すぎる。既に三人の護衛が付いているのだ、大袈裟過ぎやしないだろうか。でも……
「今やアシェル王家の血を引くのは、ソフィ様お一人なのですから!」
ティアにそう言い負かされてしまった。ついでに皇子のご命令ですと言われればどうしようもない。皇子も過保護過ぎるだろう。私がいなくてもあれだけ優秀な皇子なら恙なく統治できるだろうに。
「案外私が囮になれば、直ぐに犯人は見つかるかもね」
「ソフィ様!! 冗談でもそのようなことは仰らないで下さい!!」
「で、でも……」
「ダメです!! これ以上殿下の心労を増やさないでくださいまし!」
ちょっと冗談で言っただけなのに、そこまで怒らなくてもいいだろうに。それに皇子が心労って、そこまで迷惑をかけていたのか。これでも精一杯頑張っているのだけど……そっちの方がよほどショックだった。
「さぁ、これからまた会議ですわ。そろそろ準備はよろしいでしょうか?」
「もうそんな時間なのね。わかったわ」
まだそんなに時間は経っていないけれど、もう少し休みたかったけれど仕方がない。皆を待たせるわけにはいかない。
廊下に出て角を曲がると皇子と鉢合わせた。どうやら向こうも会議室に向かうところだったらしい。
「調子はどうだ?」
「お陰様で、大分楽です」
「そうか。無理はするなよ」
「あ、ありがとうございます」
皇子が過保護になったのには理由がある。父らの処刑の後で熱を出し、アシェルに来てからも食欲が落ちて寝不足が続いているからだ。食事の量はティアがしっかり確かめているし、睡眠不足に関しては目の下の隈を見ればわかるらしい。それにこっちに来てからは皇弟殿下の課題も山積みだ。今後のためにと何かというと課題として考えてくるようにと仰るので、その対応に頭も神経もすり減らしている。皇子にしてみればいつ倒れるんじゃないかと気が気じゃないらしい。それで食欲が減った分はスイーツで補わせようとしているのだ。
(優しい人、なんだよねぇ……)
赤い目が血のようだと言われればそうとも見えるし、つり目だし普段は無表情なので冷たいどころか怖く見えるけど、根は優しいのだろう。そうは思うのだけど厳しくするのも愛情の内ってタイプだから甘えを許してくれない。いずれ夫婦になると言うのに皇子との関係は共に戦う仲間、戦友みたいな感じだ。恋愛のれの字もなかった。
アシェルの王宮は帝国の目があるせいか表面上は静かだった。今でも皇弟殿下が実権を握り、その下で皇子と私が政務について学ぶ日が続いていた。課題は山のようにあり、とても解消出来る気がしない。それでも民のためには立ち止まることも許されなかった。
多忙を極める日々の中、この一月ほどの間に王宮内を騒がしている事件があった。
「また帝国人が襲われた?」
会議を終えて私室に戻り一息ついていると、ティアが昨晩帝国の高官が襲われたのだと教えてくれた。
「はい。今度は財務の文官だそうです。王宮の庭を移動中に木陰から出てきた人物に刺されたようです」
「また文官が?」
「はい。今騎士たちが追っていますが……」
「そう……」
これまでに被害に遭っているのは三人だからこれで四人目になる。全員帝国人でそれなりに地位がそれなりに高い者だ。文官が殆どなのは騎士だと反撃される可能性があるからだろか。今のところ重傷者はいても死者は出ていない。それでもあからさまに帝国人を狙った犯行は見過ごせない。帝国だけでなく今後治世を担う私たちの力不足ともとられ、侮られるから。
「神出鬼没ね。庭にも警備の騎士はいたのでしょう?」
「はい。王宮から騎士団の入る建物に移動中だったそうです。近道として使う者も多い場所だそうですし」
「あの場所ね。私も以前使っていたわ」
襲われる場所も曜日も様々だ。共通しているのは襲われるのは暗い時間帯で帝国人であること、騎士たちが警備している場所でもお構いなし、犯行に使われるのは短剣で犯人は顔を布で覆っていること、一人でいる時を狙われることだった。
「一人で行動しないようにと通達は出ていますが、忙しいので中々難しいようです」
「そうね。かと言ってこれ以上警備を増やすのも人員的に難しいわね……」
国王派の貴族が一層された余波で騎士も半分以下になってしまった。帝国から連れて来た者もいるけれど、皇族の警備に当たっているから王宮の警備には使えない。でも、誰彼構わず王宮に入れるわけにもいかないので解消は簡単ではなかった。
「これだけ犠牲者が出ても証拠も残さないなんて、相当腕が立つのでしょうね」
「はい、その様に思われます。それに王宮の事情にも通じているかと」
そうなるとアシェル人が犯人の可能性が高いと言うか、そうなのだろう。わざわざここにきてまで帝国人が騒ぎを起こすとも思えないし。
「やっぱり帝国に反対する者の仕業かしら?」
「そうなるかと。王宮から王党派を一掃したとは言っても、一人ひとり確かめたわけではありませんから」
「そう、よね。家が反王党派でも個人的には王や王妃らに忠誠を誓っている者もいたでしょうし」
あるいはアンジェリカに憧れていたとか。彼女の美貌は多くの騎士の憧憬を集めていたっけ。
「そうなると、私も狙われるかしら……」
「まぁ、ソフィ様が? それはないのでは?」
「でも……犯人がアンジェリカに憧れていたとかなら、私は仇のようなものよ」
「ですが……」
「あの父や王妃に忠誠を誓うよりもアンジェリカに憧れる者の方が多い気がするわ」
そう言うとティアは黙り込んでしまった。私の予想も的外れというわけじゃないのだろう。その証拠に、翌日には護衛が二人増えていた。ティアの仕事が早すぎる。既に三人の護衛が付いているのだ、大袈裟過ぎやしないだろうか。でも……
「今やアシェル王家の血を引くのは、ソフィ様お一人なのですから!」
ティアにそう言い負かされてしまった。ついでに皇子のご命令ですと言われればどうしようもない。皇子も過保護過ぎるだろう。私がいなくてもあれだけ優秀な皇子なら恙なく統治できるだろうに。
「案外私が囮になれば、直ぐに犯人は見つかるかもね」
「ソフィ様!! 冗談でもそのようなことは仰らないで下さい!!」
「で、でも……」
「ダメです!! これ以上殿下の心労を増やさないでくださいまし!」
ちょっと冗談で言っただけなのに、そこまで怒らなくてもいいだろうに。それに皇子が心労って、そこまで迷惑をかけていたのか。これでも精一杯頑張っているのだけど……そっちの方がよほどショックだった。
「さぁ、これからまた会議ですわ。そろそろ準備はよろしいでしょうか?」
「もうそんな時間なのね。わかったわ」
まだそんなに時間は経っていないけれど、もう少し休みたかったけれど仕方がない。皆を待たせるわけにはいかない。
廊下に出て角を曲がると皇子と鉢合わせた。どうやら向こうも会議室に向かうところだったらしい。
「調子はどうだ?」
「お陰様で、大分楽です」
「そうか。無理はするなよ」
「あ、ありがとうございます」
皇子が過保護になったのには理由がある。父らの処刑の後で熱を出し、アシェルに来てからも食欲が落ちて寝不足が続いているからだ。食事の量はティアがしっかり確かめているし、睡眠不足に関しては目の下の隈を見ればわかるらしい。それにこっちに来てからは皇弟殿下の課題も山積みだ。今後のためにと何かというと課題として考えてくるようにと仰るので、その対応に頭も神経もすり減らしている。皇子にしてみればいつ倒れるんじゃないかと気が気じゃないらしい。それで食欲が減った分はスイーツで補わせようとしているのだ。
(優しい人、なんだよねぇ……)
赤い目が血のようだと言われればそうとも見えるし、つり目だし普段は無表情なので冷たいどころか怖く見えるけど、根は優しいのだろう。そうは思うのだけど厳しくするのも愛情の内ってタイプだから甘えを許してくれない。いずれ夫婦になると言うのに皇子との関係は共に戦う仲間、戦友みたいな感じだ。恋愛のれの字もなかった。
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