【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

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有言実行

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 ソフィに心配いらないと言われたけれど安心出来なかったし、教えてくれるってどういう意味なのかと気になって仕方がなかった。そして皇子は有言実行だった。

 翌朝、目覚めた私の元にティアが花を手に現れた。それは雪の季節に咲く花で、まだ切り取られて時間が経っていないのか、葉の元には氷の欠片が残っていた。

「ティア、その花……」
「殿下が今朝、自らお摘みになったものですわ。ソフィ様にと」
「殿下が……」

 この雪の中、自分で花を切りに行ったと? 帝国の皇子が? その後もディドレスに着替えようとしたら皇子からの品だと言われた。薄茶に赤の差し色が入ったドレスはシンプルだけど品がよくて会議などに出るのにちょうどいい。朝食後には皇子が帝国から取り寄せたという私の大好きなフルーツが出たし、会議に向かおうとしたら皇子が迎えに来た。いつもは現地集合なのに。

「まぁ、殿下ったら早速ですわね」

 ティアが生温かい目で皇子を見ていたけれど、それは自分にも向けられているのだろう。そう思うと恥ずかしい。私だけが気付いていなかったということは、会議に出ている方々もご存じだったということだろうか。そう思うと居た堪れない。凄く……
 会議後のお茶の時間には私の好きなスイーツが出た。いつも通りに。つまりはいつも皇子が手配してくれたということだ。皇子は皇弟殿下に呼ばれていなかったことにホッとしていた。恥ずかしい……今更どんな顔で王子に向き合えばいいのだろう。会議など公務中ならまだしも、私的な時間が困る。凄く……

 昼食はどうしようと心配だった。そして悪い予感ほど当たるのだと、今、実感していた。皇子の執務室の一角にあるソファで、私たちは共に昼食を摂った。そこまではよかった。問題はその後だ。食器を片付けた後で新しくお茶を入れられると、私は皇子の膝の上に乗せられた。

「な、何で、膝の上に……」
「わからせるって言っただろう? お前、これくらいしないとわからなそうだし」
「わからせるって……

 向かい側に座っていた皇子が直ぐ側に立ったと思ったら、すっと持ち上げられて膝の上に乗せられたのだ。その早業に驚いて声を上げる間もなかった。座らせられてぎゅっと抱きしめられると皇子の匂いが一気に濃くなって、クラクラしてきた。酔いそう。

「ああ、似合ってるな」
「え?」
「そのドレス。アシェルのデザイナーに頼んだんだ。何着か頼んでおいた」
「何着もって……そんなにたくさん要らないんだけど……」
「俺たちが頼まなきゃデザイナーらも仕事がなくて困るんだよ。金を使って経済を回すのも俺たちの務めだ。必要以上のものは頼まないから心配するな」

 そう言われてしまうと何も言い返せなかった。確かに王族貴族が依頼しなければ仕立て屋は仕事を失い、そこで働く者たちも職を失ってしまう。贅沢するのも経済を回し技術を向上させるために必要なのだ。それは頭では理解しているけれど、今までの生活が生活だったので贅沢に思えて気が引けてしまう。

「……そ、そう言えば、あの騎士たちはどうなったんですか?」

 居心地が悪いし会話が途切れると気まずくて、何か話題をと思って出てきたのは先日の襲撃のその後だった。

「あ、あの騎士たちはどうなりましたか?」
「ああ、今取り調べの真っ最中だ。背後関係も調べなければならないからな。慎重にやっている」

 意外に根が深そうだった。皇子の手が私の髪を撫でた。

「そうですか。それで、彼らは……」
「まだ背後関係が完全には掴めていないから何とも言えないな。どうも首謀者は王党派の残党で、その中にアンジェリカの信望者が紛れ込んでいたようだ」
「紛れ込んで?」

 マテウスは復讐のために王党派に加わっていたのか。王党派だと知られればそれだけで危険人物と目され、命までは取られないけれど職は失う。それほどに彼女を想っていたのかと胸が痛くなった。彼らが偽王女と呼んだ私が父の血を継ぎ、真の王女と崇めていたアンジェリカが偽王女だったなんて皮肉な話だ。って……

「ちょっと! 何しているのよ!」

 急に抱きしめる腕に力が入り、頭の上で皇子が息を吸っているのを感じた。

「ん~堪能?」
「はぁ? 堪能?」

 言っている意味が分からない。堪能って何? 何を? この体勢だけでもあり得ないのに……!

「殿下、ソフィ様、そろそろお時間ですわ」
「ああ、もうそんな時間か」

 どうやら次の会議の時間らしい。やっとこの状態から抜け出せるとホッと息を吐いたところで皇子の指が顎にかかった。何かと思った瞬間、皇子の顔が近づいてきて唇に一瞬何かが当たった。

「ひっ!」

 も、もしかして、今……テ、ティアもいる前でなんて事を……

「さ、行くぞ」

 膝から降ろされて手を引かれたけれど、私は混乱したまま会議室まで連れていかれた。お陰で怒るタイミングを逃してしまったのは不覚だった。そしてマズい。今絶対に顔が赤くなっているだろうに。慌てて開いている手を顔の前で振って覚まそうとした。あんまり意味はなかったかもしれない。

 そんな私の動揺を吹き飛ばしたのは皇弟殿下だった。

「アルヴィド殿下とソフィ殿下、三か月後の青葉の月の十二日、婚姻を成立させた後、ヴァルカード朝初代アシェル国王として即位して頂きます。これは皇帝陛下の思し召しです。どうかそのおつもりで」

 大臣たちは神妙な面持ちでその発令を聞いていた。落ち着いた様子からこうなることは事前に知っていたのだろう。

「はっ! 謹んで拝命いたします」

 皇子に迷いはなかった。そのために来ているのだから当然だろう。皇族としてその前提で育っているのだろうから。

「……皇帝陛下の思し召しのままに」

 深く頭を下げてそう答えたけれど、頭の中は大嵐だった。そうなるとわかっていたけれど、具体的な日付を示されたのはこれが初めてだった。しかも三か月後だなんて……王妃という立場の重さよりも、今は皇子と夫婦になることの方がずっと心を占めた。



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