【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

文字の大きさ
64 / 68

襲撃者の処分

しおりを挟む
 とうとう即位と結婚の日程が決まった。そろそろだと言われていたし、理解していたつもりだったけれど、いざとなると表現のしようのない焦燥感が湧き上がった。私が王妃に立つと言われていたけれど、実際にそうなると突きつけられると空恐ろしく感じた。足元が揺らぐような感覚に思わず強く目を瞑った。

「いよいよソフィ様が……王妃におなりになりますのね」

 部屋に戻るとティアが感慨深そうにそう言った。ずっと私を王妃にするために導いてくれたから、その想いに応えることが出来たのは嬉しい。嬉しいけれど、本当に私でいいのかと不安になる。王女として育っていないから威厳もないし、貴族はともかく民は納得してくれるのだろうか。王妃だと紹介された女が地味で平凡だったらがっかりしないだろうか。皇子の見目も所作も王者の風格があるだけに、並んで立つと凄く不釣り合いで今から胃が痛くなりそうだった。

「どうした?」

 声をかけてきたのは皇子だった。

「殿下……いつの間にここに……」
「何時の間にって……ずっと一緒に来ただろうが」
「え?」
「……もしかして、気付いていなかったのか?」

 全く気付いていなかった。そう言えば何か話があるようなことを言っていた気がする。

「何の話?」
「何だ、そこは覚えていたのか?」
「……一応……」
「何だよ、それ」

 やっぱり呆れられるのは同じだった。手を引かれてそのままソファに座った皇子の膝に乗せられた。またこれかと思ったけれど、抗議しても却下されるのは目に見えている。今は抵抗する気力が湧かなかった。

「……それで、話って?」

 早くこの状態を終わらせたくて話を振った。

「ああ、先日の騎士らの処分が決まったんだ。叔父上からさっき聞いた」
「処分が?」
「ああ、思ったよりも賛同者が少なかったらしい。最終的に捕まったのは十六人だった」
「十六人って……そんなに少なかったの?」

 五十人は軽くいると思っていた。十六人だったら逃げずに大声を出すか隠し通路に隠れていればよかったかもしれない。今更だけど。

「首謀者は王妃の実家の傍流だ。血筋的にかなり遠かったから追放の対象にならなかった男だ。どうやら王の学友だったらしいな」
「父の……」

 あんな父でも支持してくれた者がいたのか。命を懸けるほどの相手じゃないのにと気の毒に感じた。

「彼らはお前を助け出してネルダールに保護してもらう気だったらしい。帝国人に無理やり嫁がされるよりはネルダールで人並みの幸せをと考えていたようだな。男にはお前と年の近い娘がいたから同情したんだろう」
「娘がいた?」
「ああ。だが先の戦争時に流行り病にかかって、妻と娘が亡くなったらしい。自棄になっていたのかもしれないな」

 戦争が起きなければ妻子は亡くならずに済んだかもしれないのに……そう思うほどに戦争を選んだ父の罪の深さに鳥肌が立った。今父が生きていたら、彼に何と言っただろうか……それを想像しようとしてやめた。きっとあの父には何も届かないような気がしたからだ。

「あと、マテウス=リドマンだが……」

 その名を聞いて心臓が跳ねた。皇子に気付かれなかっただろうか……

「ソフィの暗殺を考えていたのは奴と年の近い騎士の二人だった」
「二人だけ?」

 それは意外だった。てっきりそれなりの協力者がいると思っていたから。

「賛同していた者たちはソフィに忠誠を誓う者ばかりだった。その中であの二人だけがアンジェリカの信者だったんだ。まぁ、もう一人はネルダールに売り込んで自分も彼の国で一発当てようと考えていたらしいな」
「そっ、か……」

 私を本気で殺そうとしたのは彼一人だった。まさかたった一人の味方だと思っていた人がそうだったなんて……そんな霞のような思い込みを支えにしていた自分も、人を見る目のない自分も情けなかった。

「おい。どうした?」

 皇子の声が震え、頬に手が添えられていた。どうしたって……

「……え?」
「何で泣く?」

 側にいたティアからハンカチを受け取った皇子がそっと私の頬に当てた。どうして泣いているのか、自分でもよくわからなかった。

「……あの男のこと、好きだったのか?」
「……え?」

 思いがけない言葉に思わず皇子を見上げた。好きって……私が、彼を? 確かにずっとあの人に優しくされた記憶があったから今まで耐えて来られたけれど……好き?

「……わかり、ません……」
「……そうか」
「でも……ずっと昔に、優しくしてくれて……」
「ああ」
「誰も私に声を、かけなかった……母も私のこと、嫌っていたし……」
「そうか」
「彼だけが大丈夫って言ってくれて……お菓子もくれて……」
「……」
「それが嬉しくて、ずっと……頑張ろうって、思えて……私は……」

 それ以上は声にならなかった。母が死んだ後は泣くもんかと誓ったのに……涙が止まらなかった。抱き寄せられて皇子の体温が伝わってきた。包み込まれる温かさと、背を撫でる手が優しくて心地よくて、一層泣けて仕方がなかった。

「ほら。泣けるときに泣いとけ」

 子どもをあやす様な声でそう言われたら、一層歯止めが利かなくなってしまった。いい年して、よりにもよって皇子の前で泣くなんて……そう思うのに皇子が思いがけず優しくて抗う気力が湧いてこなかった。

「ほら、寝ておけ」

 何度も髪を撫でる手が心地よかった。泣き過ぎたせいか物凄く眠くて、その言葉に抗うことが出来ず目を閉じた。


しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...