【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

文字の大きさ
68 / 68

それから・・・

しおりを挟む
 結婚式と即位式から一年が過ぎた。妻としても王妃としても全くしっくりこなかった私だけど、さすがに一年も過ぎると慣れてくるもので、ようやくそれらしくなったと思う。自分では。
 ただ、皇子―今は陛下―との新婚生活は……仕事に追われる日々でとてもじゃないけれど甘い雰囲気に酔っている暇なんかなかった。式の翌日だけは休みを貰えたけれど、翌々日からはスケジュールがびっしり詰まっていて、この一年で丸一日休めたのは数えるほどしかなかった。

「とうとう帰ってしまわれたのね……」
「はい」

 昨日、皇弟殿下が帝国へと戻られた。エヴェリーナ様も一緒に。皇弟殿下は何というか、特殊な才能をお持ちの方だった。属国になった国を帝国風の統治に切り替えるのが得意で、でもある程度落ち着くと途端に興味を失ってしまうという癖がおありなのだ。アシェルもその例に漏れず、やっと落ち着いてきたと思ったら『後はお前たちで出来るだろう』と言い出して、あっという間に残っていた問題を片付けて帰ってしまわれた。
 そのせいか、今日の王宮は静かでどこかガランとした雰囲気を漂わせていた。帰国までの慌ただしさが嘘のようだ。ティアが淹れてくれたお茶を飲みながら、この数日を思い返した。

「それで、陛下は?」
「先ほど財務局の方が訪ねて来ていたので、多分そのお相手をなさっているのかと」
「陛下も仕事中毒よね。体力があるとはいえ、よく倒れないなと思うわ」

 さすがに私には同じように付き合える体力も気力もない。その分陛下に負担がかかっているんじゃないかと思うのだけど、涼しい顔をしてこなしている。手伝うと言っても「絶対にダメだ」と側却下されるからどうしようもない。

 ドアがノックされて騎士が顔を出した。待ち人が来たと告げるので頷くと中年の女性が入ってきた。





 待ち人との予定を終えた私は、ティアや護衛騎士を伴って庭に出ていた。雨上がりの庭は木々や花々が一層鮮やかに己の存在を主張していた。庭に出るのは久しぶりだ。頬を撫でる風も心地いい。

「ソフィ! どうして外に出ているんだ? 休んでいないとダメだろう」

 ティアと話しながら咲き始めた花々を眺めていると、陛下がこちらに向かっているのが見えた。かなり慌てているようで進みが早い。足の長さも関係しているのだろう。鮮やかな花や緑を背にした姿はそれだけで絵になるなと思った。ただ、鬼気迫る感じが風景に合っていないけれど。

「ティア、どうしてソフィを外に出した?」
「陛下、ティアを……」
「アルだろ」
「……」

 愛称で呼べと無言の圧力がかかった。人目が気になるのに本人は全く意に介さないのだから困ったものだ。。

「……アル、ティアを責めないで。私が出たいと言ったの。それに先生のお墨付きも頂いたわ」
「先生? ハルネス女史か?」
「ええ。先ほど診察して頂きました。どこも悪くないそうですわ」
「そ、そうか……」

 あからさまにホッとした表情を浮かべ、その場の空気が和らいだ。目尻が下がると少し幼く見える。側に来ると勢いを弱め、そっと抱きしめられて私の頭に顔を埋めているのを感じた。また私の匂いを吸い込んでいるのだろう。変態じゃないかと思ったけれど、皇帝陛下や皇子方も同じだとティアに聞いてからは好きにさせている。

「よかった。どこも悪くなかったか」
「ええ」
「疲れが出たのか。ここ数日は叔父上の帰国の件で慌ただしかったからな」
「そうかもしれませんね。でも……」

 そこで区切ると陛下を見上げると心配そうに紅眼が揺れていた。「アル、耳を」と言うと少し屈んだので、その耳にそっと囁いた。途端に身体が強張るのを感じた。

「……ほ、本当か?」
「ええ、ハイネス先生からそう伺いました」
「ハイネス女史が……じゃ……」
「ええ」

 戸惑いの表情が一転して歓喜へと変わった。

「……子が……俺たちの子が……」
「はい」
「それじゃ、この前までの体調不良は……」
「妊娠のせいだったみたいですね」
「そうか……そうだったのか!」

 途端にきつく腕の中に閉じ込められてしまった。痛いけれど感極まってのことだからしょうがない。私だってまだ驚きが冷めていないのだから。心を落ち着かせようと庭に出たのだ。

「先生から庭の散歩の許可を頂いたの」
「散歩だって? ダメだ! 危険すぎる」
「でも、出産は体力が必要なんですって。でないと難産になってしまうかもって」
「難産? それもダメだ! じゃ歩きやすい小道を整備しよう。休憩用に四阿も必要だろうか。直ぐに庭師を手配して……」
「だ、大丈夫よ、今のままで。余計な予算を使わないで!」

 財政難は改善しつつあるけれどまだまだ赤字解消には至らない。こんな事で税金を使うなどとんでもない話だ。

「でも、お前絶対に転ぶだろう。今までだって何もないところでつまずいていたんだぞ?」
「う……ちゃ、ちゃんと気を付けるから大丈夫よ。ティアも一緒だし」
「ダメだ、心配で仕事にならん。ああ、俺がエスコートしよう。いや、抱いて歩いた方が安全か? それなら……」
「ちょっと待って! それじゃ体力がつかないじゃない!」
「だが、お前とお腹の子にもしものことがあったら……」

 勇猛果断で「帝国の狂犬」「紅の死神」と呼ばれた猛将はどこに行ったのだろう……過保護というよりも病んでいるように見えるのだけど……

「陛下、さすがにやり過ぎですわ。でも木陰に休憩用のベンチを置くとよろしいかと」
「そ、そうか。わかった。直ぐにベンチを用意しよう」

 ティアに窘められるとあっさり受け入れた。さすがはティア、アルの扱いを心得ている。

「じゃ、一緒に回るぞ」
「え?」
「散歩だよ、散歩。ソフィの初めては俺が一緒だと決めているんだ」
「何よ、それ……」

 呆れたけれど、一年も夫婦として過ごしていればまた言っているとしか思えなくなっていた。全く、私のどこがそんなに気に入ったのかわからないけれど、世間では愛妻家の国王として有名なのだ。私もすっかり絆されてしまったし。

「ああ、男かな、女の子だろうか。どうせなら最初は女の子がいいな。ソフィそっくりの女の子。うん、決まりだ」
「ちょっと! 気が早すぎるわ。まだ無事に生まれるかもわからないんだから」
「いや、絶対に無事に生まれる。可愛い女の子だ」

 堂々と根拠のない確信を口にするアルを見上げると本当に嬉しそうで、青い空の下で赤い髪が風に揺れた。他愛もない会話が心に沁みてきて、それだけで涙が出そうになった。






         【完】




- - - - - 
最後まで読んで下さってありがとうございました。
また誤字脱字を報告して下さった皆様に御礼申し上げます。


しおりを挟む
感想 68

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(68件)

ikuwaka1
2025.04.12 ikuwaka1

面白かった!!いつもながら夢中になって途中切なく、ざまぁもあり、そして最後はスッキリ!

2025.04.13 灰銀猫

こちらも読んで下さってありがとうございます(⁎˃ᴗ˂⁎)

解除
ろん
2024.02.12 ろん
ネタバレ含む
2024.02.12 灰銀猫

コメントありがとうございます。
こちらこそ最後まで読んで下さってありがとうございました。
中々甘くならなくて悩みましたが、無事終わってよかったです。

解除
えすく
2024.02.12 えすく
ネタバレ含む
2024.02.12 灰銀猫

コメントありがとうございます。
最後までお付き合い下さってありがとうございます。
皇子の溺愛に引きながらも付き合うソフィになりそうです。
男の子が生まれたら、父息子でソフィの取り合いになりそうです。

解除

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。