【完結】呪いで異形になった公爵様と解呪師になれなかった私

灰銀猫

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ようやく初仕事!

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「奥方様、まだ横になっていて下さいませ!」

 熱を出してから五日目、ベッドの上で起き上がって本を読んでいると、昼食を手にしたマーゴがやってきて、開口一番に叱られてしまいました。
 あれから四日目の朝にはすっかり熱も下がり食欲も戻って、私としてはもう通常運転でもいいと思うのですが、ここの侍女さん達は皆さん過保護なのですよね。お陰でベッドの上から降りる許可が貰えません。今だって状態を起こして本を読んでいても止められてしまいます。

(私、こう見えて頑丈なのですけれど……)

 実家では熱が出てもお医者様を呼んで貰えなかったので寝て治していましたし、そうならないよう体調管理にはすごく気を使っていました。そのことをマーゴに話したら、物凄く悲しい顔をされてしまいました。髪や目の色が薄いのでひ弱そうに見えるのでしょうか……心配をかけ過ぎているようで心苦しいです。

「マーゴったら過保護だわ。もうすっかり元気なのに……」
「そうは仰いますが、この季節は領民でも体調を崩しやすいのですよ」
「そうなの?」
「ええ。これから冬に向かって気温が下がる一方ですからね。特に今は朝晩と昼間の寒暖差が激しいですし」

 王都は割と暖かくて、冬でも雪が降ることはありません。でも、ここヘルゲンではかなりの雪が降るのだとか。実は雪を見たことがないので少し楽しみなのですが、寒いのはちょっと勘弁ですわね。

「さぁ、旦那様が心配しますから、もう暫くはお身体をお安め下さい」
「……わかったわ」

 そうなのです。ウィル様は心配性らしくて、私が寝込んでいる間もしきりに私の様子をデリカやマーゴに尋ねられたそうです。しかも毎日お見舞いだとお花を届けて下さったのだとか。今でも部屋の中にはいくつも花瓶があって、それぞれに花が生けられています。外に出られないけれど、こうして部屋の中に花があるととても気持ちがいいです。

(本当は、お優しい方なのよね)

 魔獣には無慈悲だと恐れられているウィル様ですが、私にまで気を使って下さるなんてとても出来た方だと思います。お陰で誠心誠意お仕えしようという気が益々強くなりました。お屋敷の皆さんもきっと同じなのでしょう。やはり解呪の経験値を積んで、いつかはウィル様の解呪も出来るようになりたいです。

 私がベッドから出る許可が出たのはその翌日でした。寝すぎて却って体がなまっている感じがします。ここで過ごすならもっと体力を付けないといけませんね。



 それから三日後、私はようやく解呪に取り掛かりました。最初に手を付けたのは玄関のドアについているものでした。ここはお屋敷の顔であり多くの方が出入りする場所なので、早めに何とかしたかったのですよね。それに呪いも時間が経っているのか風化し始めていたので、初仕事としてはうってつけでしょう。

 呪いには大きく分けて二通りあります。
 一つは人や魔獣の恨みや憎しみが呪いとして残ったもので、玄関ホールにあるのもその一つです。呪いの強さ、つまり人に与える影響は呪いを残した人や魔獣が持つ魔力に比例します。強い魔力を持つものが残せばより大きなものになり、解呪も多くの魔力量を必要とします。ただ、負の感情が魔力として残っただけなので、解呪自体は簡単です。

 問題はもう一つのほうで、こちらは魔術師が意図的に相手を呪った場合です。これには魔術が使われているのでその魔術を逆から解呪していかなければなりません。複雑に絡み合った糸を解していくようなもので、魔術の知識だけでなく非常に根気の要る作業になります。ただ、読み解くだけなので術をかける時ほどの魔力は必要としません。問題は一つでも間違えるとその術が解呪しようとしている者にしっぺ返しとして降りかかる点です。その為、入念な事前準備と集中力が必要です。一度解呪を始めたら途中で止めることは出来ないので、場合によっては何日もかけて解呪することになります。

「で、出来たわ……!」

 魔力を通すと呪いは一瞬、残像のように光り、そのまますぅと消えました。今日の呪いは誰かの恨みが形になって残ったものでした。既に誰のどんな呪いかもわからないほど弱っていたので、使った魔力もかなり少なくて済みました。初仕事としては簡単でしたが、実践は初めてなので上々と言えるでしょう。

「なるほど、あれが呪いだったのか」
「ウィル様」

 解呪してホッと肩で息をした私に声をかけたのはウィル様でした。今日もフード付きの大きめのローブを羽織っていらっしゃいますが、これは呪われたお姿を周りの方に見られないようにするためだそうです。今日は書類が溜まっているからと、朝からライナーと執務室に籠っていらっしゃいましたわね。

「以前からここに黒いシミのようなものが視えていた。あれが呪いだったのか」
「はい。魔力が視える方だとシミやモヤのように見えます。ウィル様は魔力がお見えになるのですか?」
「ああ。私は魔力も強いし視ることも出来る。一応魔術師の資格もあるしな」
「それだけでも十分に凄いです」

 簡単なことのように仰いますが、視ることが出来る魔術師はそんなにいません。お姉様ですら全てを視ることは出来ないようでしたし。

「そうですわ、他に気になる場所はございませんか?」
「気になる場所?」
「はい。視える呪いの中でも、ウィル様が気になる場所は多分、ウィル様の呪いに干渉している可能性がありますから」
「成程。だとしたら……執務室と私室もそうかもな」
「執務室と私室、にですか?」
「ああ。子どもの頃からあったものだから、あまり気にはしていなかったが……」

 そう仰ると言うことは、気にはなっていらっしゃったのでしょうね。呪いが部屋にあるなんて、気持ちがいいことではありません。私は早速そちらの解除もすることにしました。

「エルーシア、無理は……」
「無理はしていませんわ。これくらいなら全然問題ございませんもの」

 幸いにも執務室と私室の解呪をパパっと片づけました。これでウィル様もお心やすく過ごせるでしょう。少しでも呪いの影響が小さくなるといいのですが……

「あの、ウィル様、一つ伺っても?」
「ああ、何だ?」
「ウィル様の呪いには、痛みなどの苦痛はないのでしょうか?」





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