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ウィル様からのお話
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目が覚めてから五日経ちましたが、今後の身の振り方はまだ決まらないままでした。さすがにこんなことをマーゴやデリカに相談するわけにもいきませんし、一方で玉砕をするだけの勇気がまだ持てません。
ここでの生活があまりにも快適過ぎて失うのが怖いのと、どうせ何もしなくてもいつかは離婚の話が出るのではないか、わざわざ私から行動を起こす必要はないのかも、と思ってしまうのですよね。随分後ろ向きではありますが、本音を言えばウィル様の側を離れたくありません。だって仕方ないじゃないですか、好きになってしまったのですから……
そんなことを考えていると益々気が滅入ってきました。庭にでも出ようかと思っていたところにウィル様がやってきました。
(や、やだ……まだ決心がつかないのに……)
もしかして早くも令嬢からの釣書が届いたのでしょうか。まだ心の準備が出来ていないことを大いに悔やみました。そしてウィル様に嫌な役割を押し付けてしまったことに気付きました。やっぱり私から離婚を申しでるべきでしたね……
「エルーシア、ちょっといいだろうか? 話があるんだ」
「え、ええ。それでは……」
これは込み入った話になると思い、庭に出るのは諦めて私の部屋で話をすることにしました。さすがに庭だと誰に聞かれるかわかりませんから。
「あの、私からもお話があって……」
「エルーシアも? どうかしたか? 何でも遠慮なく言ってくれ」
私から話があるとは思わなかったようで、ウィル様は目を大きく開きました。そうすると少しだけ幼く見えるのですね。そんな表情も素敵です……ではなくて!
「あ、あの、ウィル様……」
女は度胸! そう思って当たって砕け散るための一歩を踏み出したその時です!
「旦那様! 大変です!!」
バーンと! 扉が壊れそうな勢いで開き、私は次の言葉を発するタイミングを大いに失いました。やってきたのは騎士で、血相を変えているところを見ると緊急事態のようです。どうしたのでしょう、また魔獣でも出たのでしょうか。
「何事だ、騒々しい。しかもここは妻の部屋だぞ。ノックもなしとはどういうことだ!?」
「はっ!!! 申し訳ございません。しかし一大事なのです」
「どうした?」
「はっ! 討伐隊で呪われた者の容態が急変しまして……」
「何だと!? わかった。直ぐに行く!」
「はっ!」
ウィル様の返事を聞くと、騎士は頭を下げて直ぐに下がりました。
「ウィル様、呪われた方って……」
「ああ、この前の討伐隊で強い呪いに中てられた者だ。実はここに来たのはその件を相談したかったんだ」
「そうでしたか」
離婚の話ではなかったのですね。それがわかってホッとしている自分がいました。それに、人命の方がずっと大事です。
「ウィル様、直ぐに参りましょう」
「いいのか?」
「勿論です」
ウィル様に連れられて向かったのは、お屋敷の隣にある大きな建物でした。ここはヘルゲン騎士団のもので、呪いを受けた騎士はここにある救護所で王都から解呪師が来るまで療養していたのだそうです。
(こんなことなら……もっと早くに来ればよかったわ)
今までの日々を無駄に過ごしていたことが申し訳ない気持ちになりました。ウィル様と聖域が解呪されて終わった気がしていた自分が情けないです。
「ここが呪いを受けた者たちの病室だ」
案内されたのは大きな部屋で、その中には何人もの騎士たちがベッドの上で過ごしていました。横になっている者や上半身だけ起こして本を読んでいる人もいます。呪いの強さは様々のようです。
「容体が悪化した者はどこだ?」
「はっ、こちらです」
案内されたのは部屋の奥にある衝立で仕切られた一角でした。そこには重症の騎士がいるそうですが……
(えええっ!? オ、オスカー?)
騎士が案内した先にいたのはオスカーでした。きつく目を瞑り、顔には生気がありません。かなりの呪いを受けている上に、頭や上には包帯が巻かれていて怪我を負っているようです。そう言えばあの時、大きな魔獣の攻撃からウィル様を庇ったのは彼でした。これは一刻の猶予もありません。
「ウィル様、直ぐに解除します」
「ああ、すまない」
オスカーからの暴言で私が傷ついたからと、ウィル様は私を気遣って下さったのでしょうか。そのお気持ちがどこかくすぐったくて嬉しくて、でも同時に悲しくもありました。離れようとしているのに、また好きにさせるなんて酷いです……
オスカーはいくつもの呪いを受けていたため、解呪には時間がかかりました。それでも、呪いがなくなれば随分楽になったのでしょう。呼吸も顔色も随分とマシになった気がします。それにしても……
「ウィル様、オスカーはどうしてあんな無茶を……」
ウィル様が大好きなのはわかりましたが、さすがにここまで身を切るのは普通じゃないような気がします。
「ああ、私への罪滅ぼしなんだ……」
苦しそうにオスカーを見下ろしながら、ウィル様は彼のことを話してくれました。
彼はウィル様の一つ下で、中隊長を務める父に憧れてこのヘルゲン騎士団に入り、十三歳で初陣を迎えて魔獣を仕留めたのだとか。その後も積極的に魔獣討伐に参加していたそうです。
そして十年前、彼の森でスタンビートが起きました。ウィル様は先代公爵様と参加し、そこにはオスカーとその父もいたそうです。しかし……
「オスカーが魔獣に襲われたところを、父が庇ったんだ……」
ウィル様のお父様が亡くなったのは、周りが止めるのも構わずに飛び出したオスカーを庇ったためでした。それ以降オスカーはウィル様を守ることに躍起になって、無茶な行動が増えたそうです。
「責任を感じるのなら、誰よりも長く生きて欲しいのだが……」
オスカーは多分罪悪感から動いているのでしょうが、ウィル様の気持ちはオスカーには届いていないようです。私へのあの態度もウィル様のためを思ってのことだったといわれれば納得です。だからといって何を言ってもいいわけじゃないと思いますが。それに……
(もう、ウィル様に離婚を言い出すタイミングを失っちゃったわ……)
八つ当たりだとわかっていましたがそう思わずにはいられませんでした。でもどこかホッとしている自分がいるのも確かでした。
「旦那様! お戻りですか」
お屋敷に戻ると、今度はライナーがウィル様を探していたようです。慌てた様子ですが何事でしょうか。
「まぁ、ウィル様! 呪いが解けたのは本当だったのですね!」
ライナーを押しのけてウィル様の前に現れたのは……とても美しい女性でした。
ここでの生活があまりにも快適過ぎて失うのが怖いのと、どうせ何もしなくてもいつかは離婚の話が出るのではないか、わざわざ私から行動を起こす必要はないのかも、と思ってしまうのですよね。随分後ろ向きではありますが、本音を言えばウィル様の側を離れたくありません。だって仕方ないじゃないですか、好きになってしまったのですから……
そんなことを考えていると益々気が滅入ってきました。庭にでも出ようかと思っていたところにウィル様がやってきました。
(や、やだ……まだ決心がつかないのに……)
もしかして早くも令嬢からの釣書が届いたのでしょうか。まだ心の準備が出来ていないことを大いに悔やみました。そしてウィル様に嫌な役割を押し付けてしまったことに気付きました。やっぱり私から離婚を申しでるべきでしたね……
「エルーシア、ちょっといいだろうか? 話があるんだ」
「え、ええ。それでは……」
これは込み入った話になると思い、庭に出るのは諦めて私の部屋で話をすることにしました。さすがに庭だと誰に聞かれるかわかりませんから。
「あの、私からもお話があって……」
「エルーシアも? どうかしたか? 何でも遠慮なく言ってくれ」
私から話があるとは思わなかったようで、ウィル様は目を大きく開きました。そうすると少しだけ幼く見えるのですね。そんな表情も素敵です……ではなくて!
「あ、あの、ウィル様……」
女は度胸! そう思って当たって砕け散るための一歩を踏み出したその時です!
「旦那様! 大変です!!」
バーンと! 扉が壊れそうな勢いで開き、私は次の言葉を発するタイミングを大いに失いました。やってきたのは騎士で、血相を変えているところを見ると緊急事態のようです。どうしたのでしょう、また魔獣でも出たのでしょうか。
「何事だ、騒々しい。しかもここは妻の部屋だぞ。ノックもなしとはどういうことだ!?」
「はっ!!! 申し訳ございません。しかし一大事なのです」
「どうした?」
「はっ! 討伐隊で呪われた者の容態が急変しまして……」
「何だと!? わかった。直ぐに行く!」
「はっ!」
ウィル様の返事を聞くと、騎士は頭を下げて直ぐに下がりました。
「ウィル様、呪われた方って……」
「ああ、この前の討伐隊で強い呪いに中てられた者だ。実はここに来たのはその件を相談したかったんだ」
「そうでしたか」
離婚の話ではなかったのですね。それがわかってホッとしている自分がいました。それに、人命の方がずっと大事です。
「ウィル様、直ぐに参りましょう」
「いいのか?」
「勿論です」
ウィル様に連れられて向かったのは、お屋敷の隣にある大きな建物でした。ここはヘルゲン騎士団のもので、呪いを受けた騎士はここにある救護所で王都から解呪師が来るまで療養していたのだそうです。
(こんなことなら……もっと早くに来ればよかったわ)
今までの日々を無駄に過ごしていたことが申し訳ない気持ちになりました。ウィル様と聖域が解呪されて終わった気がしていた自分が情けないです。
「ここが呪いを受けた者たちの病室だ」
案内されたのは大きな部屋で、その中には何人もの騎士たちがベッドの上で過ごしていました。横になっている者や上半身だけ起こして本を読んでいる人もいます。呪いの強さは様々のようです。
「容体が悪化した者はどこだ?」
「はっ、こちらです」
案内されたのは部屋の奥にある衝立で仕切られた一角でした。そこには重症の騎士がいるそうですが……
(えええっ!? オ、オスカー?)
騎士が案内した先にいたのはオスカーでした。きつく目を瞑り、顔には生気がありません。かなりの呪いを受けている上に、頭や上には包帯が巻かれていて怪我を負っているようです。そう言えばあの時、大きな魔獣の攻撃からウィル様を庇ったのは彼でした。これは一刻の猶予もありません。
「ウィル様、直ぐに解除します」
「ああ、すまない」
オスカーからの暴言で私が傷ついたからと、ウィル様は私を気遣って下さったのでしょうか。そのお気持ちがどこかくすぐったくて嬉しくて、でも同時に悲しくもありました。離れようとしているのに、また好きにさせるなんて酷いです……
オスカーはいくつもの呪いを受けていたため、解呪には時間がかかりました。それでも、呪いがなくなれば随分楽になったのでしょう。呼吸も顔色も随分とマシになった気がします。それにしても……
「ウィル様、オスカーはどうしてあんな無茶を……」
ウィル様が大好きなのはわかりましたが、さすがにここまで身を切るのは普通じゃないような気がします。
「ああ、私への罪滅ぼしなんだ……」
苦しそうにオスカーを見下ろしながら、ウィル様は彼のことを話してくれました。
彼はウィル様の一つ下で、中隊長を務める父に憧れてこのヘルゲン騎士団に入り、十三歳で初陣を迎えて魔獣を仕留めたのだとか。その後も積極的に魔獣討伐に参加していたそうです。
そして十年前、彼の森でスタンビートが起きました。ウィル様は先代公爵様と参加し、そこにはオスカーとその父もいたそうです。しかし……
「オスカーが魔獣に襲われたところを、父が庇ったんだ……」
ウィル様のお父様が亡くなったのは、周りが止めるのも構わずに飛び出したオスカーを庇ったためでした。それ以降オスカーはウィル様を守ることに躍起になって、無茶な行動が増えたそうです。
「責任を感じるのなら、誰よりも長く生きて欲しいのだが……」
オスカーは多分罪悪感から動いているのでしょうが、ウィル様の気持ちはオスカーには届いていないようです。私へのあの態度もウィル様のためを思ってのことだったといわれれば納得です。だからといって何を言ってもいいわけじゃないと思いますが。それに……
(もう、ウィル様に離婚を言い出すタイミングを失っちゃったわ……)
八つ当たりだとわかっていましたがそう思わずにはいられませんでした。でもどこかホッとしている自分がいるのも確かでした。
「旦那様! お戻りですか」
お屋敷に戻ると、今度はライナーがウィル様を探していたようです。慌てた様子ですが何事でしょうか。
「まぁ、ウィル様! 呪いが解けたのは本当だったのですね!」
ライナーを押しのけてウィル様の前に現れたのは……とても美しい女性でした。
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