39 / 64
訪ねてきた女性
しおりを挟む
突然の来客はウィル様ともお知り合いのようで、さすがに玄関ホールで話をするわけにもいかず、そのまま応接室へと移動になりました。私も一緒にと言われて今はウィル様の隣に腰かけています。
女性は艶やかな黒髪と意志が強そうな鮮やかな緑色の瞳が目を引きました。年はウィル様と同じくらいでしょうか。胸が立派で腰はきゅっと細くて、とても女性らしい身体つきをしています。身体の線がわかるドレスはお似合いですが、胸元が開き過ぎているので女性の私でも目のやり場に困ってしまいます。それにしても……
(……何だか睨まれている、ような……?)
何だかさっきから向けられる視線が険しいです。何でしょう……
(も、もしかして、ウィル様の昔の恋人、とか?)
なるほど、それなら納得です。年も近そうですし、私よりもずっとお似合いに見えます。ただ、突然訪問するような方をウィル様が恋人にしていたとは意外でした。ウィル様の愛称を呼んでいたので、それだけ親しかったのかもしれませんが……
「久しいな、ボレル伯爵令息夫人。急な訪問とは何用か?」
デリカがお茶を入れて下がると、ウィル様が淡々とした口調で尋ねました。女性の気安い態度に反して、ウィル様のそれは随分と温度差を感じます。
「ああ、実はボレル伯爵家とは縁が切れましたの……」
そう言うと女性と悲しそうな表情でまつ毛を伏せ、愁いを帯びた表情を浮かべました。
「子が出来ぬと言われて、追い出されてしまって……今は実家に戻って肩身の狭い居候ですわ」
言葉だけ聞いているととてもしおらしく感じますが、露出の多いドレスでは効果が半減です。こういう場合、清楚なドレスの方が向いているでしょうに。
「そうか、それは残念だったな。だが子が出来るかどうかは天の采配だからな。それで、用件は?」
「え……?」
(えええっ!?)
ウィル様が改めて用件を尋ねましたが、女性はそんな風に言われるとは思わなかったのか戸惑いの表情を浮かべました。そして私は……悲鳴を上げそうになるのをこらえるので精一杯でした。
(ウ、ウィル様、何を……?)
突然ウィル様が私の手を握ったのです。このタイミングで私の手を握るなんて……相手からはテーブルが邪魔して見えないかもしれませんが、ウィル様がそうした理由がわかりません。
(この女性、恋人ではないのですか……?)
相手の名前もわからない中、私は一人混乱していました。
「……ウィル様、怒っていらっしゃいますの? 私が婚約者を辞退して、他家に嫁いだことを……」
女性は両手を前に組んで、ウルウルと潤んだ瞳でウィル様を見上げました。どこかで見たことがある光景です。あ、あれです! お姉様がよくお父様にお願いごとをする時にするポーズです。美人なので効果はあるのですが、ドレスがやはり邪魔をしているように見えます。そしてウィル様、指を一本一本指で撫でるのは止めて下さい……!
「いや、怒ってなどいないが? そもそもあなたは候補の一人だっただけだし、他の者も辞退した。それも呪い故とわかっているからな。当家としては当然のことと思っていたが?」
「そ、そうですの……」
ウィル様の淡々と事務的な答えに、女性は何だか落胆したように見えました。ということは、離婚されて実家に居場所がないから復縁を狙っていらっしゃった、と? お二人の関係を考えようとするのですが、ウィル様の手がそれを許してくれません。指と指の間を撫でられるとくすぐったくて背筋がぞくぞくするので止めてほしいのですが……
「だが今は感謝している」
「え?」
突然の謝意に、女性が益々混乱を深めたようですが、私もです。こちらはウィル様の奇行のせいですが。
「お陰でこんなに可愛い妻を娶ることが出来たからな」
「え? か、可愛い……?」
(……は?)
ウィル様の言葉に女性が目を見開いて私を見ましたが、私も思わずウィル様を見上げてしまいました。か、可愛いって……私が!?
「ウ、ウィル様、まさか本気でこの方を妻に迎える気ですか!?」
たっぷり十は瞬き出来た時間女性が固まっていましたが、突然我に返ると語気を強めました。
「ああ、陛下からのご紹介だからな」
「で、ですがこの方、王都では……王都では癇癪もちで我儘だと噂されていますわ。それで社交界では『出涸らし令嬢』とも呼ばれているのですよ? そんな方が由緒ある公爵家の妻になど……」
久しぶりに『出涸らし令嬢』と呼ばれました。学園の中だけかと思っていましたが……社交界でもそのように言われているのですね。
「自分が何を言っているのか、理解しているのか?」
尚も言い募ろうとした女性に、ウィル様が唸る様に問いかけました。そんな風に凄まれると威圧感が凄いです。私に向けられているわけではないとわかっていても、条件反射で謝ってしまいそうです。
「……え?」
「国王陛下が勧め、お認めになった妻をその様に貶めるとは。ヒルスナー侯爵家とは父の代から付き合いがあったとは言え、そのような暴言を見過ごせるほどの仲ではなかったと思うが?」
「そ、それは……」
益々声のトーンを落としたウィル様に、令嬢の顔色も薔薇色から青へと急降下です。
「無礼な客に割く時間はない。早々にお取引願おう。ライナー、デリカ、客人がお帰りだ」
「はっ」
「え? ウ、ウィル様? そ、そんな……」
「失礼する」
そう言うとウィル様は私の手を握ったまま立ち上がってしまいました。そのまま私を立たせると手を繋いだまま部屋を出てしまいました。後ろでは女性のウィル様を呼ぶ声が聞こえましたが、ウィル様はそれを機にすることなく歩を進めましたが……
(な、何が起きているの?)
置かれている状況が全くわからないまま、女性との面会が終わってしまいました。
女性は艶やかな黒髪と意志が強そうな鮮やかな緑色の瞳が目を引きました。年はウィル様と同じくらいでしょうか。胸が立派で腰はきゅっと細くて、とても女性らしい身体つきをしています。身体の線がわかるドレスはお似合いですが、胸元が開き過ぎているので女性の私でも目のやり場に困ってしまいます。それにしても……
(……何だか睨まれている、ような……?)
何だかさっきから向けられる視線が険しいです。何でしょう……
(も、もしかして、ウィル様の昔の恋人、とか?)
なるほど、それなら納得です。年も近そうですし、私よりもずっとお似合いに見えます。ただ、突然訪問するような方をウィル様が恋人にしていたとは意外でした。ウィル様の愛称を呼んでいたので、それだけ親しかったのかもしれませんが……
「久しいな、ボレル伯爵令息夫人。急な訪問とは何用か?」
デリカがお茶を入れて下がると、ウィル様が淡々とした口調で尋ねました。女性の気安い態度に反して、ウィル様のそれは随分と温度差を感じます。
「ああ、実はボレル伯爵家とは縁が切れましたの……」
そう言うと女性と悲しそうな表情でまつ毛を伏せ、愁いを帯びた表情を浮かべました。
「子が出来ぬと言われて、追い出されてしまって……今は実家に戻って肩身の狭い居候ですわ」
言葉だけ聞いているととてもしおらしく感じますが、露出の多いドレスでは効果が半減です。こういう場合、清楚なドレスの方が向いているでしょうに。
「そうか、それは残念だったな。だが子が出来るかどうかは天の采配だからな。それで、用件は?」
「え……?」
(えええっ!?)
ウィル様が改めて用件を尋ねましたが、女性はそんな風に言われるとは思わなかったのか戸惑いの表情を浮かべました。そして私は……悲鳴を上げそうになるのをこらえるので精一杯でした。
(ウ、ウィル様、何を……?)
突然ウィル様が私の手を握ったのです。このタイミングで私の手を握るなんて……相手からはテーブルが邪魔して見えないかもしれませんが、ウィル様がそうした理由がわかりません。
(この女性、恋人ではないのですか……?)
相手の名前もわからない中、私は一人混乱していました。
「……ウィル様、怒っていらっしゃいますの? 私が婚約者を辞退して、他家に嫁いだことを……」
女性は両手を前に組んで、ウルウルと潤んだ瞳でウィル様を見上げました。どこかで見たことがある光景です。あ、あれです! お姉様がよくお父様にお願いごとをする時にするポーズです。美人なので効果はあるのですが、ドレスがやはり邪魔をしているように見えます。そしてウィル様、指を一本一本指で撫でるのは止めて下さい……!
「いや、怒ってなどいないが? そもそもあなたは候補の一人だっただけだし、他の者も辞退した。それも呪い故とわかっているからな。当家としては当然のことと思っていたが?」
「そ、そうですの……」
ウィル様の淡々と事務的な答えに、女性は何だか落胆したように見えました。ということは、離婚されて実家に居場所がないから復縁を狙っていらっしゃった、と? お二人の関係を考えようとするのですが、ウィル様の手がそれを許してくれません。指と指の間を撫でられるとくすぐったくて背筋がぞくぞくするので止めてほしいのですが……
「だが今は感謝している」
「え?」
突然の謝意に、女性が益々混乱を深めたようですが、私もです。こちらはウィル様の奇行のせいですが。
「お陰でこんなに可愛い妻を娶ることが出来たからな」
「え? か、可愛い……?」
(……は?)
ウィル様の言葉に女性が目を見開いて私を見ましたが、私も思わずウィル様を見上げてしまいました。か、可愛いって……私が!?
「ウ、ウィル様、まさか本気でこの方を妻に迎える気ですか!?」
たっぷり十は瞬き出来た時間女性が固まっていましたが、突然我に返ると語気を強めました。
「ああ、陛下からのご紹介だからな」
「で、ですがこの方、王都では……王都では癇癪もちで我儘だと噂されていますわ。それで社交界では『出涸らし令嬢』とも呼ばれているのですよ? そんな方が由緒ある公爵家の妻になど……」
久しぶりに『出涸らし令嬢』と呼ばれました。学園の中だけかと思っていましたが……社交界でもそのように言われているのですね。
「自分が何を言っているのか、理解しているのか?」
尚も言い募ろうとした女性に、ウィル様が唸る様に問いかけました。そんな風に凄まれると威圧感が凄いです。私に向けられているわけではないとわかっていても、条件反射で謝ってしまいそうです。
「……え?」
「国王陛下が勧め、お認めになった妻をその様に貶めるとは。ヒルスナー侯爵家とは父の代から付き合いがあったとは言え、そのような暴言を見過ごせるほどの仲ではなかったと思うが?」
「そ、それは……」
益々声のトーンを落としたウィル様に、令嬢の顔色も薔薇色から青へと急降下です。
「無礼な客に割く時間はない。早々にお取引願おう。ライナー、デリカ、客人がお帰りだ」
「はっ」
「え? ウ、ウィル様? そ、そんな……」
「失礼する」
そう言うとウィル様は私の手を握ったまま立ち上がってしまいました。そのまま私を立たせると手を繋いだまま部屋を出てしまいました。後ろでは女性のウィル様を呼ぶ声が聞こえましたが、ウィル様はそれを機にすることなく歩を進めましたが……
(な、何が起きているの?)
置かれている状況が全くわからないまま、女性との面会が終わってしまいました。
160
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
私の事を婚約破棄した後、すぐに破滅してしまわれた元旦那様のお話
睡蓮
恋愛
サーシャとの婚約関係を、彼女の事を思っての事だと言って破棄することを宣言したクライン。うれしそうな雰囲気で婚約破棄を実現した彼であったものの、その先で結ばれた新たな婚約者との関係は全くうまく行かず、ある理由からすぐに破滅を迎えてしまう事に…。
さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。
心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。
そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。
一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。
これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
その発言、後悔しないで下さいね?
風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。
一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。
結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。
一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。
「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が!
でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません!
「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」
※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
※クズがいますので、ご注意下さい。
※ざまぁは過度なものではありません。
婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。
アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。
もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる