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知らなかった事実
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陛下は急な予定が入ったとのことで、面会はあっという間に終わりました。緊張し過ぎて神経が焼き切れそうになっていた私には有難かったです。それでもお屋敷につくと一気に疲れが出て、倒れ込みそうになりました。疲労具合では魔獣討伐の方がまだ楽だったかもしれません。王宮ではいつ父と鉢合わせるかと気が気じゃありませんでしたから。
さすがにその日はゆっくり休むように言われて、私はまたソファでうとうとしながら、その日を過ごしました。
ウィル様から神獣や聖域のことを聞いたのは、その翌日のことでした。本当は王宮で説明したかったけれど、陛下に急用が出来てその話が出来なかったのだとか。私としてはここでウィル様から伺うだけで十分です。王宮では緊張し過ぎて頭に入らなかったでしょう。
「……それでは、神獣とは王家の守護獣なのですね」
「そうなんだ。エガードとローレは我が国の守護獣でもある。王族の髪が銀髪なのはエガードの守護を得ているからだと言われているし、実際にそうなんだ。罪を犯した王族は廃籍されると髪の色が変わってしまうからね」
「そうだったのですか……それじゃ、ウィル様の髪も……」
「ああ、そうだよ。私の髪もエガードの守護のお陰だ。ちなみに薄紫の瞳はローレの加護なんだ」
「そうなんですか」
何ともお伽噺のようで現実味がありませんが、エガードは私には知り得ない力を持っているので、そういうこともあるのでしょう。聖域があるヘルゲン領も代々王家の加護を持つ者が守ってきたのだそうです。ヘルゲン公爵家の特徴は銀髪だというのも、そこから来ているのだそうで、定期的に王族が養子に入っているのだとか。
「ああ、それからエルの精霊が視える件も、陛下に報告させて貰ったよ」
「陛下に? それでは……」
精霊が視える者は国の管理下に入ります。そんなことをしたら……
「ああ、心配はいらないよ。エルはこのままヘルゲンに留まってくれていいんだ。むしろ聖域を守るためにもいて欲しいと陛下も仰っている。エルはエガードの加護を得ているし、今はローレと同化しているからね。エルが負担になるようなことはしないよ」
「あ、ありがとうございます」
王都に残らなければいかないかとも思ったのでホッとしました。いえ、報告しないのは重大な義務違反なので仕方がないのですが、事前に一言教えてほしかったですわね。
「ああ、あとエルの呪いもトーマスに頼んで解析をお願いしてある。上手くすれば誰がかけたのかわかるだろう」
「あの呪いを?」
「ああ、凡その予測はついているが確証はないからね。別の者だったらそれはそれで手を打たなきゃいけないし」
「そ、そうですよね」
ウィル様も誰とは言いませんが、多分お姉様だと思っていらっしゃるでしょう。でも、確かにお姉様ではない可能性もないとは言えません。その可能性を思えばかけた相手を調べる必要はあります。それにしても……
「あの、ウィル様……」
「ん?」
「あの、両親と姉が、申し訳ございません」
「ああ、あの手紙の件か」
「ええ。まさかあんな恥知らずなことを言ってくるとは思わなくて……」
いえ、あの家族ならやりかねないと思ったのだから、予測しておくべきでした。嫌な思い出しかなかったので無意識に避けていました。
「エルのせいじゃないよ。心配しないで。まぁ、まだ暫くは王都には戻って来られないだろうけど」
「え?」
思いがけない言葉に一瞬面食らいましたが、その意味は直ぐに分かりました。わかりたくなかったのですが……
「まさか、両親と姉が……」
「ああ、うちに来ると手紙があって、部下からもも王都を出たと連絡があってね。だから出発を早めたんだよ。まぁ、ドレスの手配なんかもあって早く出たかったのもあるけど。今頃はまだ馬車の中で悶絶しているんじゃないかな」
にこにことそう告げるウィル様ですが、確実にお怒りですわね。でも、花嫁の交換を申し出て、しかも相手の了承なしに押しかけてくるのはマナー違反どころの話ではありません。公爵家への不敬と取られてもおかしくない蛮行です。
「どうしてそんなことを……」
もう頭を抱えるしかありません。お姉様も人目を気にする癖にこんな行動に出るなんて。世間に知れたら大切な評判に傷が付くでしょうに。
「それだけ焦っているのだろうね。ローリングとの婚約が完全に潰えたから」
「え?」
「ああ、ローリングはイドニア嬢と再構築するそうだよ。だからこれまで親しくしていた令嬢たちを完全に切ってね。アルーシア嬢は婚約者探しに苦戦しているそうだ」
まさかそんなことになっていたとは思いませんでした。お姉様は美人で魔力量も多く、しかも外面も完璧だったので、男性の間では特に人気がある一人だったと聞いています。
そんなお姉様は確かに第三王子の婚約者になろうとしていました。私の悪い噂も、困った妹を持つ健気で慈悲深い姉像を作るためのものだったのでしょう。そんな評判の悪い妹がいたら、余計に婚約者から遠ざかると思っていたのですが……
「令嬢は卒業するまでに婚約するのが一般的だからね。高位貴族の嫡男は早々に婚約者を決めるし、今残っているのは次男三男や問題ありの令息ばかりだ」
「まさかそこまで……」
「貴族が妻に迎えるに当たって重視するのは、家同士の釣り合いや利益、貞操観念だからね。リルケ家は魔術師の家だけど事業には消極的で特産物もないから、繋がりが出来ても旨味は薄い。しかも伯爵家なのに王族の婚約者を狙っていたのもマイナスだ。伯爵家なら侯爵家が精々だからね」
「そう、ですよね」
両親とお姉様はリルケ家がさも素晴らしい家のように言っていましたが、所詮は一伯爵家でしかありません。魔術師であることに重きを置くので領地経営に力を入れていませんし、そのせいで特産物などもパッとしたものはないのです。お姉様を娶っても必ずしも魔力の多い子が産まれるとは限らないだけに、損得で考えれば他家に後れを取るでしょう。
だからお姉様の美貌が頼りなのですが、貴族も上に行けば行くほど美貌などという年を取れば失われるものに価値を置かないのです。美しいに越したことはないけれど、というレベルです。お姉様はちやほやされ過ぎたせいか、そのことが理解出来ないのでしょう。いえ、認められないのかもしれません。
さすがにその日はゆっくり休むように言われて、私はまたソファでうとうとしながら、その日を過ごしました。
ウィル様から神獣や聖域のことを聞いたのは、その翌日のことでした。本当は王宮で説明したかったけれど、陛下に急用が出来てその話が出来なかったのだとか。私としてはここでウィル様から伺うだけで十分です。王宮では緊張し過ぎて頭に入らなかったでしょう。
「……それでは、神獣とは王家の守護獣なのですね」
「そうなんだ。エガードとローレは我が国の守護獣でもある。王族の髪が銀髪なのはエガードの守護を得ているからだと言われているし、実際にそうなんだ。罪を犯した王族は廃籍されると髪の色が変わってしまうからね」
「そうだったのですか……それじゃ、ウィル様の髪も……」
「ああ、そうだよ。私の髪もエガードの守護のお陰だ。ちなみに薄紫の瞳はローレの加護なんだ」
「そうなんですか」
何ともお伽噺のようで現実味がありませんが、エガードは私には知り得ない力を持っているので、そういうこともあるのでしょう。聖域があるヘルゲン領も代々王家の加護を持つ者が守ってきたのだそうです。ヘルゲン公爵家の特徴は銀髪だというのも、そこから来ているのだそうで、定期的に王族が養子に入っているのだとか。
「ああ、それからエルの精霊が視える件も、陛下に報告させて貰ったよ」
「陛下に? それでは……」
精霊が視える者は国の管理下に入ります。そんなことをしたら……
「ああ、心配はいらないよ。エルはこのままヘルゲンに留まってくれていいんだ。むしろ聖域を守るためにもいて欲しいと陛下も仰っている。エルはエガードの加護を得ているし、今はローレと同化しているからね。エルが負担になるようなことはしないよ」
「あ、ありがとうございます」
王都に残らなければいかないかとも思ったのでホッとしました。いえ、報告しないのは重大な義務違反なので仕方がないのですが、事前に一言教えてほしかったですわね。
「ああ、あとエルの呪いもトーマスに頼んで解析をお願いしてある。上手くすれば誰がかけたのかわかるだろう」
「あの呪いを?」
「ああ、凡その予測はついているが確証はないからね。別の者だったらそれはそれで手を打たなきゃいけないし」
「そ、そうですよね」
ウィル様も誰とは言いませんが、多分お姉様だと思っていらっしゃるでしょう。でも、確かにお姉様ではない可能性もないとは言えません。その可能性を思えばかけた相手を調べる必要はあります。それにしても……
「あの、ウィル様……」
「ん?」
「あの、両親と姉が、申し訳ございません」
「ああ、あの手紙の件か」
「ええ。まさかあんな恥知らずなことを言ってくるとは思わなくて……」
いえ、あの家族ならやりかねないと思ったのだから、予測しておくべきでした。嫌な思い出しかなかったので無意識に避けていました。
「エルのせいじゃないよ。心配しないで。まぁ、まだ暫くは王都には戻って来られないだろうけど」
「え?」
思いがけない言葉に一瞬面食らいましたが、その意味は直ぐに分かりました。わかりたくなかったのですが……
「まさか、両親と姉が……」
「ああ、うちに来ると手紙があって、部下からもも王都を出たと連絡があってね。だから出発を早めたんだよ。まぁ、ドレスの手配なんかもあって早く出たかったのもあるけど。今頃はまだ馬車の中で悶絶しているんじゃないかな」
にこにことそう告げるウィル様ですが、確実にお怒りですわね。でも、花嫁の交換を申し出て、しかも相手の了承なしに押しかけてくるのはマナー違反どころの話ではありません。公爵家への不敬と取られてもおかしくない蛮行です。
「どうしてそんなことを……」
もう頭を抱えるしかありません。お姉様も人目を気にする癖にこんな行動に出るなんて。世間に知れたら大切な評判に傷が付くでしょうに。
「それだけ焦っているのだろうね。ローリングとの婚約が完全に潰えたから」
「え?」
「ああ、ローリングはイドニア嬢と再構築するそうだよ。だからこれまで親しくしていた令嬢たちを完全に切ってね。アルーシア嬢は婚約者探しに苦戦しているそうだ」
まさかそんなことになっていたとは思いませんでした。お姉様は美人で魔力量も多く、しかも外面も完璧だったので、男性の間では特に人気がある一人だったと聞いています。
そんなお姉様は確かに第三王子の婚約者になろうとしていました。私の悪い噂も、困った妹を持つ健気で慈悲深い姉像を作るためのものだったのでしょう。そんな評判の悪い妹がいたら、余計に婚約者から遠ざかると思っていたのですが……
「令嬢は卒業するまでに婚約するのが一般的だからね。高位貴族の嫡男は早々に婚約者を決めるし、今残っているのは次男三男や問題ありの令息ばかりだ」
「まさかそこまで……」
「貴族が妻に迎えるに当たって重視するのは、家同士の釣り合いや利益、貞操観念だからね。リルケ家は魔術師の家だけど事業には消極的で特産物もないから、繋がりが出来ても旨味は薄い。しかも伯爵家なのに王族の婚約者を狙っていたのもマイナスだ。伯爵家なら侯爵家が精々だからね」
「そう、ですよね」
両親とお姉様はリルケ家がさも素晴らしい家のように言っていましたが、所詮は一伯爵家でしかありません。魔術師であることに重きを置くので領地経営に力を入れていませんし、そのせいで特産物などもパッとしたものはないのです。お姉様を娶っても必ずしも魔力の多い子が産まれるとは限らないだけに、損得で考えれば他家に後れを取るでしょう。
だからお姉様の美貌が頼りなのですが、貴族も上に行けば行くほど美貌などという年を取れば失われるものに価値を置かないのです。美しいに越したことはないけれど、というレベルです。お姉様はちやほやされ過ぎたせいか、そのことが理解出来ないのでしょう。いえ、認められないのかもしれません。
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