【完結】呪いで異形になった公爵様と解呪師になれなかった私

灰銀猫

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姉の暴挙

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「ふ、ふふ、ふふふふふ……」

 お姉様が発動させた何らかの術は、あっという間に光を失って消えました。一瞬のことで術がどんな術が発動したのかもわかりませんでしたが、自分の胸元を見てもと術がかけられた形跡はありません。一方でお姉様の胸元に術式がはっきりと見えます。

(も、もしかして……)

 そう言えばウィル様から魔術除けの腕輪を渡されていましたわね。もしかしてそれのせいで、私にかける筈だった術がお姉様に跳ね返ってしまった、のでしょうか……
それにお姉様、ご自身の胸元のそれに気付かないのでしょうか。もしかして魔力が見えない……筈はないですよね。卒業後は魔術師になることが内定しているとずっと言っていたのですから。

「あら、エル―シア様」

  その時です。すっきりとよく通るソプラノが私の名を呼びました。どなたがと思ってその方を見やると、ゆったりした足取りで入ってきたのは王女殿下でした。王族は専用のそれがありますのに、どうしてここに……?

「あ、あなた様は……!」
「お、王女殿下?」
「またお会いしましたわね、エルーシア様。私のことはどうかアリッサとお呼びくださいな」

 そう言って王女殿下は親しげに私の側まで歩み寄ってこられました。お姉様もさすがに王女殿下の行く手を阻むことは出来ないようで、私を掴む手を離し後ずさりしていきます。

「そ、そんな恐れ多いことです」
「ウィルお兄様の奥様ですもの。私もエル―シア様と呼ばせて頂きますから」

 可憐な王女殿下は意外に押しが強い方でした。これが王族の威厳というか気品でしょうか。しかも王族の名を呼ぶのを許されることはかなり名誉なことです。そしてお姉様の目が恐ろしいことになっています。私が王女殿下と親しいとなれば、私と入れ替わることがますます難しくなりますものね。

「あら、あなたは?」
「は、はい。リルケ伯爵が娘、アルーシアにございます。王女殿下にお声をかけて頂き光栄至極にございます」
「ああ、エル―シア様の姉君でしたのね。双子ですのに似ていらっしゃらないのね」

 そう言うとアリッサ様はお姉様を見た後で私に向き合い、にっこりと笑みを浮かべました。

「エル―シア様、そのドレス素敵ですわ。ウィル様の見立てですの?」
「え? あ、はい。私はドレスなどには疎いもので……」
「そう。そのドレス、品があってよくお似合いですわ」
「……っ!」

 アリッサ様の指摘にお姉様が声にならない声を上げたように感じました。今のお言葉、お姉様への当てつけにも聞こえますわね。私はウィル様の瞳の色と同じ薄紫色のドレスですが、既婚者なのでレースやフリルは控えすっきりしたデザインです。その分生地は最高級の品を使い、刺繍と小ぶりのレースで可愛らしさを出しています。それにこの薄紫色は王族の色を持つ者とその配偶者しか使えないので、それだけでも特別感が強いのです。
 一方のお姉様は濃い青のドレスに金糸で刺繍が施されています。肌は首まで隠れていますがデザインが胸を強調するものなので、未婚の令嬢が着るにはいささか品がありません。凄く似合ってはいるのですが……アリッサ様や私のそれに比べるとその差は私でもはっきりわかります。

「……ご、御前失礼致します」

 さすがに王女殿下の前でこれ以上私と話は出来ないと悟ったのでしょうか。お姉様は忌々しい表情を必死に抑えながらアリッサ様に一礼すると去っていきました。

「……全く、相変わらずやり方が姑息ね」

 アリッサ様が控えめに眉を顰めて出口に視線を向けましたが、相変わらずという言葉に頭を抱えたくなりました。お姉様、何をしているのですか……

「申し訳ございません」
「エル―シア様が謝ることではないわ。でもあの方、イドニア様に対して随分失礼だったのですよね」
「そ、そうでしたか」
「ええ。表立っては何もしないけれど、マダリン嬢たちを焚きつけていたのは知っているわ。お陰でイドニア様も随分苦労なさったのよ。まぁ、あれはローリングが馬鹿だったのが一番の原因だけど」

 それもお母様が甘やかし過ぎたからよね、とアリッサ様は仰いましたが、確かにローリング様は王妃様に溺愛されて少々我儘にお育ちだと伺っています。

「そうそう、アルーシア嬢、何か魔術を使ったわよね」
「あ、はい……」

 お姉様が魔術を使ったことにお気づきになられたようです。アリッサ様は魔術の研究をされているので当然と言えば当然ですが、これはまずいことになりました。王宮内で魔術の使用は確か禁止されている筈です。しかもあの魔術は……

「自分に返ってきたのに気付いていないようね」
(やっぱりお気づきになりましたか!)

 ウィル様に持たされた腕輪が反応したのを感じたので、恐らくはと思っていましたが……お姉様、さすがに今回はやり過ぎです……

「まさか王宮内の、しかも夜会でそんなことをするなんてね。彼女、本当に魔術師になるつもりなの? あの倫理感では確実に許可は下りないと思うのだけれど」
「本人はそのつもりのようですが……」

 やっぱりそうなりますよね。私に従属の呪いを掛けた時点で魔術師としては不適格です。このことが表に出ればお姉様は一生魔力封じを付けて生活することになるでしょう。そのことに気付かないほど愚かではないと思うのですが、そこまでして私を貶める理由が分かりません。

「ああ、彼女がエル―シア様に魔術をかけられたと騒いでも、私が証人になるから安心して。勿論報告もあげておくから」
「あ、ありがとうございます」

 お姉様が去った方に冷え冷えとした視線を向けながら、アリッサ様がはっきりそう仰って下さいました。アリッサ様が証言して下さるのなら安心です。魔術のことに関してはお父様より地位も実力も上ですから、何を言われても大丈夫でしょう。また訳の分からない言いがかりを吹っ掛けてくるだろうと気が滅入っていましたが、その一言で胸のつかえがとれました。

「ああ、そういえば。ウィルお兄様が外でヤキモキしていたわよ。私がここに来たのも控室に戻る途中でウィル様に頼まれたからなの。待っていらっしゃるでしょうから早く行って差し上げて」
「あ……」

 ごめんなさい、ウィル様。すっかり失念していました!




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